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父と 子と 精霊と
誓約の地
しおりを挟む馬車の車列は大きく方向を変える。 行く道は、放棄された聖堂都市ソデイムへの道。 そして、その先にある聖堂都市ゴメイラ。
最初に目指す聖堂都市ソデイムは、あの結節点である、” 聖なる場所 ” から、五日の道程。 その間に見た光景は、多分これから先の人生に於いて、決して忘れる事が無いわ。 整備もソコソコの二級街道並みの道。 うっそうと茂る、異界の樹々。 その林間に漂う、決して”遠き時の輪の接する所”に辿り着けない揺らぐ魂。
淫隠滅滅とした空気感が漂うその道行は、私の心に深く悔恨を刻み込んで行ったの。 人族の所業。 ましてそれが自国の民が作り出してしまった光景であった事。 この世界が血を流す傷の様な風景。 不快なんてモノじゃ無いわ。 胸を押しつぶす様な、黒々とした渦巻く ” 感情 ” が私の中に流れ込んで来るんだもの。
聖堂都市ソデイムへの道は、北伐軍道のように、お金を掛けた道では無かったわ。 だってそうでしょ、敷設時の状況が全く違うんだもの。 片や自然がそのまま残る、精霊様方に愛された土地。 片や「異界の魔力」に侵食された、何時「大変容」してしまった、野獣や魔獣の襲撃が有るかもしれない土地。 そんな状況の違いは、如実に道の状況に直結するわ。
デコボコの土を固めただけの道。 見渡せば、林間に幾らでもいる ” 迷える魂 ” の影。 ナジール様が眉を顰めるのも、仕方のない事。
だってね、そんな、迷える魂の大部分が、『不治の病』の様な ” 恨み ” ” 嘆き " ” 哀しみ ” ” 怒り ” の感情を滾らせているんだもの。 この北の荒野に無理矢理連れてこられた、かつての兵士。 そして、私と同業の薬師の方々の成れの果て。 深く傷付き病んだ上、異界の魔力に汚染されてしまった魂が、何処にも行けず、まして、”遠き時の輪の接する処” の優しき闇に抱かれる筈も無く、導きの『闇の精霊』様の御加護も無く、其処此処に漂っていたんですものね。
彼等を救うには、その行くべき場所に行く事が『唯一』の方策。
―――― でも、それが出来ないのには、二つの理由が有るの。
一つ目は、彼等が…… そう、魂が「異界の魔力」に汚染されているから。 この世界の理に外側に無理やり連れていかれている状態だから。
二つ目は、彼等を「魂の揺り籠」たる、遠き時の輪の接する所に誘う精霊様が、この北の大地には御光臨出来ない為。 今は、本当に無理な状況なの。 少なくとも、この地に精霊様の息吹が届かなければ、望む事すら難しいのよ。
身を慎み、結界を幾重にも張り巡らせ、道行に同行してくれている獣人さん達の安全を守る事に専念するわ。 だって、今の私に出来る事は、それしか無いんだもの。 ソデイムとゴメイラを浄化するって言っても、まだ、その方法すら思いつかないのよ。
余りにも対象が大きすぎて…… だって、聖堂都市よ? 普通に考えても、都市を丸ごと浄化する魔方陣を編むなんて、途方もない魔力を要求されるわ。 だから、考えているの。 どうやって、その事を成すか。 どうすれば、成せるのか。
私の魔力だって限界が有るんですもの。 そして、時間はさして多くない筈。
最終的な目的地は、「大召喚魔方陣」ですものね。 使命が重いわ。 精霊誓約の元、為すべきを成すのは、本当に難しいんだもの。 おばば様…… 非力な私に知恵をお与えください。 どうか、どうか…… おばば様と暮らした幼少期。 おばば様の薫陶を受けていた頃を思い出して、なにか現状を打破出来る考え方や、方策が無いか……
一生懸命に思い出そうとしていたの。
揺れる馬車のキャビン。 中には私を含め三人が座っているの。 不安げに私を見詰めるシルフィー。 私と一緒に「結界」を張り続けて居るナジール様。 静かに精霊賛歌を口にされているわ。 今、私が出来ること言えば、考える事だけ。
―――考える事しか出来ないのよ。
なにか…… そう、何か、方策が有る筈なのよ。 煮詰まる私は、余りの重圧に負けて、視線を上げる。 馬車の窓の向こう側。 林間に其処此処に居る ” 迷える魂 ” 達。 その数は、道行を進めると同時に増え続けている。
並走するかのように。 「憎悪」や「恨み」や「悲しみ」の感情を滾らせて……
馬車の車列に迷える魂が引き寄せられるのは、きっと、私達が汚染されていないから。 彼等の ”感情” が、手に取る様に判るのよ。 視線の様な気配が、強く私達に向けられるのよ。 彼等の ” 感情 ” の根源は、『嫉妬』。
” 何故貴方達は、この場所に於いても、汚染されず気高くいられるのか。 眩い光の様に、何故存在できるのか。 私達の様に何故汚染されないのか ”
口惜しさと、羨望と、嫉妬と、負の感情が渦巻いているのよ。 道行の行き足が遅いのは、なにも、街道の整備がおざなりだからだけじゃ無いわ。 そんな迷える魂の激しい負の感情が、私達の行く道を閉ざそうとしているのよ。 このままでは、いずれ馬車の車列は、「迷える魂」に取り囲まれてしまう。 道行もまま成らない程に……
「このままでは埒があきませんね、ナジール様」
「そうですな、リーナ殿。 ……このままでは、あ奴らに憑りつかれてしまうやもしれません。 如何いたしましょう。 ただ、追い払うにしても……」
「ええ、問題ですわ。 そんな事をしてしまえば、更に怒りを助長して…… その辺りの変容した魔獣に憑依して、此方に危害を加えてくるのは、確実でしょうね」
「……この際ですが」
「なにか?」
「この迷える魂達の【浄化】と、彼等を導いて頂く為の【葬送祈願】をされては如何か?」
「……それは、わたくしの薬師としての使命からなのでしょうか?」
「リーナ殿の力は、私は存じております。 少なくとも、【浄化】により、悪しきモノを払う事は出来ましょう」
「しかし、わたくしにはあの方々を『魂の揺り籠』に送り届ける力は御座いません。 その事はナジール様もご存知で御座いましょ?」
「はい、存じております。 しかし、方策も御座います」
「それは?」
「『白小龍』の周辺は、我ら狐人族の地。 何が何処に有るかは、手の内に有ります。 そして、リーナ殿の御力により、とある特定の場所を【浄化】して頂けるのならば、取り戻せる場所も知っております」
「……聖地なのですか?」
キラリと瞳が輝くナジール様。 狐人族の彼の瞳が輝くのは、決まって、とても大切なお話が有る時だったわ。 居住まいを正し、ナジール様の御言葉を聞く。 低くとても優し気な御声が紡ぎ出され、私に指針を示して下さったの。
「はい。 特定の場所とは、「精霊小宮」。 汚染が広がり、忸怩たる思いを残しながら、我らが先達が封鎖し、その地を離れました。 頑強な「精霊結界」を張り巡らせたと、教えを戴いております。 そして、それらの「精霊小宮」は、「白小龍」の周辺に点在しております。 『山』の精霊様の息吹は、いまだ流れて居る筈。 地脈を通し、それはきっと、この穢された地にまで到達している筈なのです。 周辺の『穢れ』が取り除かれれば、その場に届く事に御座いましょう。 そして、聖山「白小龍」は、大黒龍王へ繋がっております。 取り戻した「精霊小宮」から聖山「白小龍」の地脈へ、【浄化】された魂を誘えば必ずや、大黒龍王の御許に…… この近くに、嘗ての「精霊小宮 リアクロ」とう云う場所が御座います。 あそこならば……」
「そう…………なのですね。 森の神官様の御言葉ならば、その通りでしょう。 この哀れな者達を、『遠き時の輪の接する処』に送り出さねばなりませんものね。 判りました。 行きましょう」
ナジールさんが先頭に案内したのは、聖堂都市ソデイムと三差路の中間地点。
小白竜《シャオパイロン》に向かって、半日ほど行った場所。 奇岩が辺りに林立するその場所は、馬車で向かうには少々難しい場所。 でも、狐人族の人達は、そんな場所の事を大変よく知っておられたわ。 なんでも、此処を聖地とする彼らの頭の中では、嘗ての森の様子が二重写しの様に浮かんでいるそうなのよ。
――― だから、さして苦労もせずその場所に到達できたのよ。
彼等の聖地である……
「精霊小宮リアクロ」に。
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