その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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父と 子と 精霊と

収束するは、始まりの ”人”

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 そ、そうかぁ……

       それで……






 それにしても、七龍の話は初めて聞くわ。 獣人族の方々の間では、有名なのかしら? それとなくナジール様のご様子を伺うと、神妙な面持ちで沈黙を守られる。 それを見て、深い溜息を吐き、言葉を紡がれるのはプーイさん。



「リーナ。 獣人族の中でも、『狐人族の神官』は特別者達さ。 古来よりの伝承は、こいつらに守られているんだ。 精霊様に関しても、まぁ、種族により色々と信じるモノは違うんだよ。 でもまぁ、ナジールの云う通り、ここらは、元々、狐人族の縄張りなんだ。 そして、あの岩山は、狐人族の聖なる山って事なんだよ。 神秘主義の狐人族はあんまり、他の種族と交わらないから、他の獣人族でも知らん者は多いけどね。 自分たちが特別なんだって事を、他の者達に見せ付けるためにさぁ…… なぁ、そうなんだろ、ナジール。 はぅ…… こらこら、そんなに睨みなさんなよ。 でも、事実だろ?」




 苦く笑いながら、プーイさんが、そう言ってくれたの。 勿論、ナジール様がプーイさんを睨んでいるって事は無いのよ? ちょっと、視線がきつくなっているだけ。 図星を突かれたのかもね。 ウフフ…… でも、この場所の「異界の魔力」が薄いのは『事実』なの。

 つまりは…… ナジール様の云う通り、山の精霊様の霊気とか息吹が流れてくる場所? とも…… 云えるわ。 ならば、理由は付く。 …………えっと。 もし、この仮定が真実ならば、聖堂都市が建設された場所って……

 一つの考えが浮かび、それが形を伴い、言葉と成って私の口から洩れる。





「ナジール様? ご質問が」

「何なりと」

「聖堂都市、ソデイムとゴメイラ。 その建設された場所と云うのは、もしや、この「小白竜シャオパイロン」の御山からの、精霊様の息吹と関係が御座いますでしょうか?」

「…………お見せいただいた、地図から判断いたしますが、まさしく」



 深く頷かれるナジール様。 その瞳に剣呑な光が宿るのを私は見誤らなかった。 だって、彼等の大切な場所が、人族により、” 聖堂都市 ” と、なっているんですものね。 きっと…… 耐えられない程の屈辱を感じて居られるに違いないわ。 ええ…… きっとね。




「……やはり、獣人族の方々にとって彼の場所は、『大事な場所』 ……なのですね」

「山頂の霊宮から延びる「山」の精霊様の霊気の落ちる場所。 小白竜シャオパイロンより紡ぎ出される、「聖なる湖」と、「霊饌れいせんの精地」…… に御座いますな。 あの大崩壊に於いて、小白竜の『聖地』は次々と汚濁に飲まれて行き申した。 最後まで、その姿を残した場所こそ、「聖なる湖ソデイム」と、「霊饌が霊地ゴメイラ」でした。 我等の先達達も…… 迫りくる ” 穢れ ” に抵抗は致しましたが…… 敢え無く…… 引かざるを得ませんでした。 山頂の霊宮にも…… もう狐人同胞は居りますまい。 ですが、あの場所は、他の獣人族も一般の狐人族をも、容易くは寄せ付けぬ場所にござりますから。 もし、残っていたとしても、長老の骸かと…… もし、この穢れが払われましたならば…… 出来得るならば、我らの長老をあの場に、誘いとうございます。 それが、我らの『精霊誓約』 リーナ様の思召しにより、果たされる事に御座いましょう…… 我らが ”狐人族”が、リーナ様を大切にし、付き従う理由に御座います」




 苦し気な声。 そうか…… ナジール様が精霊様に御誓約されたのは、霊宮の奪還……なのね。 いつか、聖なる山を取り戻すと云う…… 切なる願いなのね。 理解が出来た。 そして、何故か、私の中で一つの ” 想い ” が浮かび上がるの。 誰に云われた訳でも無く、まして、私自身が紡ぎ出した思いでも無く……

 ――――― まるで、精霊様に直接伝えられたかの様に。

 途端に、湧き上がるような「闇」の精霊様の息吹を感じるの。 頭の中で木霊するような、荘厳な鐘の音。 そして紡がれる言葉。 これは……




 ” ……我が愛し子、 ” エスカリーナ ” よ。 言葉は違えど、同じなのだ。 この世界が生まれし折、我は光と共にあった。 そして、親精霊様方ナギ様、ナミ様の御意思により、分かたれた。 我はその折、魂の安寧と再生を司る者となった。 我は乞う、そして、願う、我が愛し子に。 諸々の魂が眠りに向かう我の領域エボンメイヤ。 『遠く時の輪の接する場所エボンメイヤ』への門口とばぐちを、浄化して欲しい。 この大いなる大地に於いて、我が為すべきを取り戻しいて欲しい。 我が切なる、願い。 其方との精霊誓約を以て、我は命ずる。 『聖地』を奪還せよ ”




 荘厳な鐘の音と共に、頭の中に響き渡る声。 まさしく、それは……





       ” 託宣ハングアウト ”





 そ、そうね。 そうよね。 ドラゴンバック山脈の…… いえ、大黒龍王のお話って、どこか記憶の中にある事柄に似ていたのよ。 それは、まさしく…… 小さい子供が聖堂教会に置いて、神官様方から伝えられる、数々の精霊様のお話。 説法と寓話。 その中の「闇」の精霊様であらせられる、ノクターナル様の『創世記神話』と同じ……



 そうなのね。



 この世界に産れ出た者達は、この世界で魂の研鑽を積み、そして、時を経て遠き時の輪の接する処エボンメイヤへ魂を送られる。 魂の安寧を図られ、研鑽の裁定を下し、その結果を以て再度この世に魂を送り出すのは……



 『闇』の精霊、ノクターナル様に違いないもの……



 ”託宣ハングアウト” を受けた、精霊の愛し子はその命に従わねばならいわ。 判っていますとも、それが、『精霊誓約』というものなんだもの。 ここで、命に背き北に向かっては、契約を反故にするのと同義。


 精霊様のお導きに従わねばッ!


 きっと…… この道行を完遂するには、絶対に必要な事なのかもしれないわ。 精霊様のお導きと絶大なご加護がさらに増す事にも成る。 私も周囲の状況を見て、心が痛んでいたんだもの。 ええ、彷徨える魂が、こんなにも沢山いらっしゃるんですものね。 傷付き病んだ魂は、「闇」の精霊様の慈愛溢れる腕に返る事が、必要なんですものね。



 理解しているわ。 だから、皆に伝えるの……





「この軍道に接続された、北西への道は、ソデイム、そして、ゴメイラに続きます。 いにしえの時よりこの地に在りし霊地を取り戻す為に…… 私達は、霊地に於ける「異界の魔力」の汚濁を払わねばなりません。 それに…… この北の大地に散華したこの世界の魂はいまだ、遠き時の輪の接する場所に向かう事すら叶っておりません。 それは…… ナジール様もお感じになっている筈」

「そうですな。 まさしく、迷える魂がそこかしこに…… 居りますな」

「……すこし、遠回りに成りましょう。 本来ならば、このまま北上を続け、「大召喚魔法陣」へ到達するのが、本来では御座います。 しかし、これは看過できません。 彷徨える魂を安寧に導く事は、薬師としての義務でもあります。 また…… 邪なる者達が策謀を続けているのも又、事実。 その者達が居る場所は、ゴメイラ。 何としても、止めないと、傷付き病んだ、彷徨える魂の 『悲哀』と『恐怖』と『憎悪』の感情が憑りつかば…… 「大変容メタモルフォーゼ」した魔物達に憑依し、暴走を始めてしまいます。 そうなれば、もう誰にも…… たとえ、精霊様方の大いなる御力を以てしても 『止める事』叶いますまい」

「この地の魔物達が魔物暴走スタンピートすると?」

「はい。 まず間違いないでしょう…… それに…… それを加速するかのような人族の所業が御座いますれば」




 唸るのは、ナジール様。 そして、その悪い予感は皆が思い当たるのよ。 さらに思い出されるのは、襲撃してきた聖堂騎士達。 そう、あれは…… あれは、まさしく、悪しき者達に他ならない。


 止めなくては……


 たとえ、「大召喚魔法陣」を昇華しても…… あの者達が居る限り…… 汚濁はいつまでも残ってしまい、やがてそれは、拡大していく…… やらねばならないんだ。 「浄化」しなくては…… ならないんだ……




 あっ! そ、そんな者達に囲まれているのはッ!




 クラリと眩暈がした。 自分の思いついた危険の中心に居る人物に、背筋に悪寒が走るの。





 そう。 そうなのよッ! 





 そんな人たちの中心に居るのは…… 『ガング―タス国王陛下』





  私の……


     市井に下った ファンダリア王国 第一王女たる


            エスカリーナ=デ=ファンダリアーナの……







 ―――― お父様なんですもの!



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