その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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父と 子と 精霊と

その目に映るのは、” 真実 ”

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 魔道具の錬成は、妖精さん達に任せちゃって、構いはしないわ。




 だって、そんなに難しくないし、材料だって揃っているんだもの。 レディッシュなんか、うきうきしながら、簡易錬金釜に向かって、術式を展開しているのよ。

 最初に出来上がった、『眼鏡』。 小さいけれど、高品質な魔石がブリッジにくっついているわ。 ここからが私の出番。 ちゃんと準備した簡易符呪台の上に、その『眼鏡』を置いて、拡大鏡越しに、魔石を覗き込むの。

 正確に魔石に「術式」を刻み込まないと、魔力が無駄になるんだものね。 魔石に刻み込むのは、『魔力変換術式』。 出力線を両方のレンズに導いて、レンズに刻み込むのは、『初級鑑定』と、『遠目』の術式。 

 これで、周囲の状況が拾えるわ。 自前の【周辺警戒】の魔法で、何かを感知したら、そっちに視線を送るだけで、何が居て、どのような状態か…… 敵対的かどうかとかを、瞬時に判断できるんじゃないかな?

 何時も、やって居る事。 ……なのよ。 ただ、視界を閉ざされているから、皆さんの気持ちは相当に追い詰められている…… のかな? 鼻の利く方々もいらっしゃるけれど、この場所のどんな匂いも、彼等には馴染みのない物に変化してしまっている。

 木々の匂い、草花の香り。 そんな、彼らにとって、身近なものですら、かなりの違和感を感じている筈なんですものね。 故郷の大地は、その姿を ” 大変容メタモルフォーゼ ” してしまったんだもの。

 もう、彼らの知る、大森林ジュノーの面影は無いわ。 そして、時間と共に変化してしまった、この異界の林があるんですものね。 「異界の魔力」と「この世界の魔力」が近似していたから…… 融合して、変化して、” 大変容メタモルフォーゼ ” してしまったのよ。

 でも、状態は極めて不安定。 どちらかが優位に立っているだけで、本質的には混じらないもの。 より多くが、その受け皿たる ” 血肉 ” や、 ” 状態 ” の状況を左右するのよ。

 厄介な事に、こちら側の魔法の法理には、こんな状態を定義するような法理は一切無いわ。 更に云えば、異なる世界が交わる【召喚魔法】ですら…… 本来は ” この世界の魔法 ” の大系の中には存在していないんですもの。




 つまり…… 次元の違う、高位なる方が…… この世界の精霊様や創造神様以外の、高位の方が…… この世界に ” 異界の者 ” を送り込み、そして、その方が編み出した、この世界の理の外側にある、【魔法】であった、と云えるの。




 それはね…… ナゴシ村の村長さんのお宅で、「大召喚魔法陣」の様々な資料を見せてもらってから…… そして、私の魂に刻み込まれている、「異界の魔人」様の英知を得た事によって、『確信を以て』云える事になったわ。

 この世界の理を乱す、この世界の外側から来た、術理、術式。 だから…… だからね、「大召喚魔法陣」は、” その魔法陣 ” だけは、この世界に在っては成らない物なの。

 この不安定に、揺らぎ、その存在もが揺らいでいる、北の荒野…… 嘗て、大森林ジュノー在りし、この世界の聖域を含む場所は…… 取り戻さないと…… 世界自体が崩壊を始めてしまうんだもの。

 微細な呪符は上手くいったわ。 色々とお教えいただいた事も、そして、日々鍛錬し続けた事も、そして、私自身が ” 人ならざる者 ” になってしまった事も…… 今では、全てが、此の為だったんだと、そう思える様になって来たの。

 こんな微細な符呪は、きっとイグバール師匠でも、相当の時間と手間がかかるはずだもの。 でも、異界の知識を用いた私の符呪は、その時間と手間を、数十分の一、数百分の一に凝縮してしまえるわ。

 だから、二十数本の「眼鏡」は、それほど時間もかからずに、符呪することが出来たのよ。 全部が終わってから、妖精さん達にお礼の祈りを捧げ、左腕に還ってもらったの。 こんな、危ない状況の中に、此方の世界の魔力の塊のような妖精さん達を晒すような事は出来ないんだもの。 彼等には…… そして、シュトカーナには、今はおとなしく私の中に居て貰う他…… 安全を保障できる術は無いんだものね。

 馬車キャリッジの後部の扉を開けて、大地に降り立つ。 流石はナジールさん達、森の神官様。 馬車を円形に組み、その内側にみんなで持ってきた聖壇を設置してたの。

 祈りを以て、その聖壇を起動して、周囲に漂う「異界の魔力」を浄化して…… 決して、「身体大変容メタモルフォーゼ」する事がない程度まで、馬車で作られた円形の宿営地を、浄化して下さっていたわ。

 皆の顔が良く見えるわ。 重結界が馬車の輪の外周に張り巡らされ、その上に【隠遁】の精霊魔法が重ねられていたんですもの。 この空間の中だけは、清浄な空気に立ち戻っている。



 ――― そう、云う事なのよ。



 ただね、そうであっても、これからの移動とか、色々と考えると、ちょっと頭が痛いかも。 皆が、私が出てきたことを認識して、集まって来るわ。 不安げな瞳ね。 大丈夫。 その、不安は吹き飛ばしてあげるから。





「皆さん、お待たせしてしまい、すみませんでした。 これより、皆さんに一つの魔道具をお渡しします。 簡単な物ですが、視界を取り戻せます」

「リーナ殿? それは、どう云う事でしょうかな? 馬車に籠られる前にお伝え頂いた事と?」

「はい、ナジール様。 これを…… この眼鏡を御掛け頂けないでしょうか?」

 手に一本の眼鏡。 それを、そっとナジールさんにお渡しするの。 いくら、口で…… 言葉でご説明しても、多分、直ぐには…… ご理解願いないでしょうから、その目で見てもらおうと思って。

 困惑気味にも、私の言葉を受けたナジール様は、ゆっくりと、黒縁の眼鏡を御掛けになったの。 そのとたん、グルン、グルンって感じで、周囲を見渡されたわ。

「こ、これは…… 木々が…… 林が…… いや、森が、原初の森が…… 戻っているのか?」

「ナジール様。 その眼鏡は、「異界の魔力」により、塞がれていた視界を取り戻す為の魔道具。 そして、貴方の目に映るのは、異界の魔力により「変異メタモルフォーゼ」してしまった、嘗ての大森林ジュノーの今の姿なのです。 よくご覧ください。 木々も草花も、その存在がとても淡く、不安定である事は…… 森の神官様である、ナジール様ならば、お判り頂けることでしょう」
「…………長き時が、あの大崩壊から経っておりましたな。 草木も大きく成りましょう。 しかし、長らくこの ” 異界の魔力 ” に当てられたこと、そして、精霊様の息吹を受けられぬ事で…… この世の樹々とは、違った在り方になったという訳ですか」

「余りも、多くの刻を無為に過ごした…… とも、云えましょうね。 そして、問題は、今も拡大し続けている事」

「成程…… 左様に御座いますな。 しかし…… なんと…… 清々しく、清らかな情景かッ!」

「はい、そう見えます。 わたくしにも、そう見えます。 ですが、それは、仮初の物であることも又、ご理解して戴きとうございます」

「『原初の森』もかくや…… と、思えるこの風景が…… 仮初の物…… ですか」

「存在の根本たるが、不安定故に………… 幻の森と、云う事が出来ます」





 私が皆さんに、眼鏡を配る。 ええ、その中には、シルフィーもラムソンさんも居るわ。 視界を奪われてから、みんな、相当ピリピリしてたから、一気に開けた視界を驚きを以て、周囲を見回しているのよ。




 いつもは、ぶっきらぼうで、動じないラムソンさん迄……

    目を大きく開けて、周囲を見回していたんですものね。









 私たちは、真実を見極める ” 目 ” を取り戻す事に成功したわ。






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