その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
656 / 713
断章 25

 閑話 白いハトの便り(2)

しおりを挟む




  白いハトが一羽が王宮学習室の主賓室に向かう。



 こちらの【重結界】も難なく突破するハト。 目指すは、送り出したものと同じ年齢の淑女。 主賓室の執務机の上に着地すると、はらりとその姿を書簡に変える。

 誰の目にも、単なる書簡にしか見えはしない。 しかし、その宛先の淑女にのみ、” 特別 ” な紋章が浮かび上がっている。 紋章は…… ドワイアル大公家の紋章。 いや、それだけでは無かった。 書簡を封じた封緘は紛れもなく、王家ファンダリア―ナの紋章であった。

 王太子府での朝議から、王宮学習室に帰ったドワイアル大公令嬢、アンネテーナ=ミサーナ=ドワイアルの目に最初に飛び込んできたのが、その書簡であった。 誰も居ないはずの、主賓室。 その執務机の上に彼女の目を引く様に、薄く光りつつその書簡が待っていた。

 王宮学習室の女官たちから、目を通すべき書簡は無いと…… そう、報告されていた。 にも関わらず厳然として執務机の上に『その書簡』は、存在した。

 不審に思い、彼女は女官を呼ぼうとするも、その浮かび上がる紋章と封緘に、声を留める。 親書…… とも云える、設え。 それが、アンネテーナ自身に宛てられたものであるのは、一目見て…… 理解できたからに違いなかった。

 恐る恐る…… 執務机に向かい そっと、手を伸ばす。 彼女の行動は、この部屋の安全に心を配ってくれている朋と、その師匠の言葉よるもの。 厳重な【重結界】を抜け、この部屋に侵入する悪しきものは無い。 そう言い切ったのは、友誼を結んだニトルベイン大公令嬢の言葉。 さらに、その師匠である、海道の賢女が保証。

 ならば、この親書は…… 悪しきものが、何かを成そうとしたものでは無いと…… そう判断したに過ぎない。 美しい白磁の様な指が、その親書に届いたとき…… 全ての封緘が解け…… 手紙として彼女の目の前に現れた。




「手紙? …………誰からかしら? 直接、この部屋に…… 届くなんて」




 手紙には、流麗な文字が浮かび上がっている。 アンネテーナには、どことなく見た覚えの有るの、文字だった。 記憶を呼び覚ますまでも無く、最初の一文で差し出した者が誰であるか…… 彼女は理解する。




 ” 突然のお便り、ごめんなさい。 わたくしの親愛にして、大切な義姉妹アンネテーナ。 王太子妃となる貴女に、わたくしから、最後のお手紙をお出しします。 どうか、どうか、ファンダリア王国を光ある未来に、導いて欲しいから。 ………………”




 食い入るように、その手紙を貪り読む。 手紙を持つ両の手がブルブルと震える。 文字を追う目が忙しく…… 手紙の主がいかな覚悟を秘めているかを、文字通り理解する。

 共に学んだ、ドワイアル大公邸での懐かしい情景や、もう、手に入れる事が出来なくなってしまった…… あのシロップの事が脳裏に浮かび上がる。 なにより、既に失われてしまったと…… そう心に言い聞かせていた自分に対し、途轍もない後悔が伸し掛かる。

 なんでも知っていると…… そう自負していた。 大切な義姉妹の事なら、誰よりも知っていると…… そう、信じていた。 光芒の果てに消えたとそう報告を受けた時、あの子らしいと…… そう、思ってしまった。

 父が、母が…… 今でも生存を信じている大切な義姉妹。 それは、叶わぬ望みだと、葬礼を出さずにいる父母に困惑を覚えたことも何度もあった……



 父、ガイスト=ランドルフ=ドワイアル大公が…… 母、ポエット=サーステル=ドワイアル大公夫人が…… 正しかったと。



 幼少の頃を共に生きていた姉妹…… 愛くるしい表情で、自分と共に居た姉妹。 お茶を共にし、最初の英知を、貴族としての心構えを諭してくれた姉妹。 自身が庶子であり、貴族籍を持たぬ者であることを、あんなに小さいのに理解し…… 母たる人の汚名を注ぎ、名誉を回復し…… 自身は市井に降りて行ってしまった、姉妹。

 光芒の果てにその身を隠し…… ベネディクト=ペンスラ連合王国の上級王太子が ” 唯一 ” を、救い…… 王国南方領域の人々に安寧と平穏を齎した姉妹。 王都に於いて、その身を投げ出しながら王太子を救った姉妹。 崩壊の危機にあった、第四軍を精強なる将兵と成さしめた姉妹。

 どんな思いで、暮らしていたか…… どんな、決意を胸に秘めていたか…… 

 アンネテーナは項垂れる。 



 ――― わたくし…… 何も分かっていなかった。 




 そして、手紙はそんな姉妹が、死地に向かう事を告げている。 二度も…… 二度も…… 失う事になる…… ぎゅっと握りしめた手紙。 最後の一文が、彼女の心を締め上げる。






 ” ……アンネ、ウーノル殿下とお幸せに。 貴方方の道は細く険しいとは思います。 しかし、王妃たる責務を貴女は全うする。 そう、わたくしは信じます。 だって、貴女は、わたくしの大切で、誰よりも敬愛する、我が姉妹。 アンネテーナ=ミサーナ=ドワイアル様に御座いますもの。

 わたくしは、穢されれし大森林ジュノー 獣人族が国 ジュバリアンに赴きます。 人の手に依り穢された大地と森を癒す為に。 この世界の理と取り戻す為に。 精霊様との大切なお約束で御座いますもの。 だから、貴女に、大切なわたくしの姉妹たる貴女に、ファンダリアに光ある未来を、託します。



                  ――――― 薬師錬金術師 エスカリーナ ”








 ワナワナと震える両手。 血走る眼。 立っているのもやっとな位の衝撃を受けたアンネテーナ。 グッと引き結んだ口が、緩み、震え、嗚咽が零れ落ちる。

 言葉に成らない言葉が、彼女の口から洩れる。

 紡がれるべき言葉は…… なにも……





  ―――― そう、何もなかった。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:859pt お気に入り:10,037

王家の影である美貌の婚約者と婚姻は無理!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:18,261pt お気に入り:4,439

君じゃない?!~繰り返し断罪される私はもう貴族位を捨てるから~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:10,878pt お気に入り:1,842

六丁の娘

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:4

召喚されたのに、スルーされた私

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:255pt お気に入り:5,599

妖精のお気に入り

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:1,746pt お気に入り:1,103

趣味を極めて自由に生きろ! ただし、神々は愛し子に異世界改革をお望みです

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:44,488pt お気に入り:12,054

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。