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断章 25
閑話 白いハトの便り(2)
しおりを挟む白いハトが一羽が王宮学習室の主賓室に向かう。
こちらの【重結界】も難なく突破するハト。 目指すは、送り出したものと同じ年齢の淑女。 主賓室の執務机の上に着地すると、はらりとその姿を書簡に変える。
誰の目にも、単なる書簡にしか見えはしない。 しかし、その宛先の淑女にのみ、” 特別 ” な紋章が浮かび上がっている。 紋章は…… ドワイアル大公家の紋章。 いや、それだけでは無かった。 書簡を封じた封緘は紛れもなく、王家ファンダリア―ナの紋章であった。
王太子府での朝議から、王宮学習室に帰ったドワイアル大公令嬢、アンネテーナ=ミサーナ=ドワイアルの目に最初に飛び込んできたのが、その書簡であった。 誰も居ないはずの、主賓室。 その執務机の上に彼女の目を引く様に、薄く光りつつその書簡が待っていた。
王宮学習室の女官たちから、目を通すべき書簡は無いと…… そう、報告されていた。 にも関わらず厳然として執務机の上に『その書簡』は、存在した。
不審に思い、彼女は女官を呼ぼうとするも、その浮かび上がる紋章と封緘に、声を留める。 親書…… とも云える、設え。 それが、アンネテーナ自身に宛てられたものであるのは、一目見て…… 理解できたからに違いなかった。
恐る恐る…… 執務机に向かい そっと、手を伸ばす。 彼女の行動は、この部屋の安全に心を配ってくれている朋と、その師匠の言葉よるもの。 厳重な【重結界】を抜け、この部屋に侵入する悪しきものは無い。 そう言い切ったのは、友誼を結んだニトルベイン大公令嬢の言葉。 さらに、その師匠である、海道の賢女が保証。
ならば、この親書は…… 悪しきものが、何かを成そうとしたものでは無いと…… そう判断したに過ぎない。 美しい白磁の様な指が、その親書に届いたとき…… 全ての封緘が解け…… 手紙として彼女の目の前に現れた。
「手紙? …………誰からかしら? 直接、この部屋に…… 届くなんて」
手紙には、流麗な文字が浮かび上がっている。 アンネテーナには、どことなく見た覚えの有るの、文字だった。 記憶を呼び覚ますまでも無く、最初の一文で差し出した者が誰であるか…… 彼女は理解する。
” 突然のお便り、ごめんなさい。 わたくしの親愛にして、大切な義姉妹アンネテーナ。 王太子妃となる貴女に、わたくしから、最後のお手紙をお出しします。 どうか、どうか、ファンダリア王国を光ある未来に、導いて欲しいから。 ………………”
食い入るように、その手紙を貪り読む。 手紙を持つ両の手がブルブルと震える。 文字を追う目が忙しく…… 手紙の主がいかな覚悟を秘めているかを、文字通り理解する。
共に学んだ、ドワイアル大公邸での懐かしい情景や、もう、手に入れる事が出来なくなってしまった…… あのシロップの事が脳裏に浮かび上がる。 なにより、既に失われてしまったと…… そう心に言い聞かせていた自分に対し、途轍もない後悔が伸し掛かる。
なんでも知っていると…… そう自負していた。 大切な義姉妹の事なら、誰よりも知っていると…… そう、信じていた。 光芒の果てに消えたとそう報告を受けた時、あの子らしいと…… そう、思ってしまった。
父が、母が…… 今でも生存を信じている大切な義姉妹。 それは、叶わぬ望みだと、葬礼を出さずにいる父母に困惑を覚えたことも何度もあった……
父、ガイスト=ランドルフ=ドワイアル大公が…… 母、ポエット=サーステル=ドワイアル大公夫人が…… 正しかったと。
幼少の頃を共に生きていた姉妹…… 愛くるしい表情で、自分と共に居た姉妹。 お茶を共にし、最初の英知を、貴族としての心構えを諭してくれた姉妹。 自身が庶子であり、貴族籍を持たぬ者であることを、あんなに小さいのに理解し…… 母たる人の汚名を注ぎ、名誉を回復し…… 自身は市井に降りて行ってしまった、姉妹。
光芒の果てにその身を隠し…… ベネディクト=ペンスラ連合王国の上級王太子が ” 唯一 ” を、救い…… 王国南方領域の人々に安寧と平穏を齎した姉妹。 王都に於いて、その身を投げ出しながら王太子を救った姉妹。 崩壊の危機にあった、第四軍を精強なる将兵と成さしめた姉妹。
どんな思いで、暮らしていたか…… どんな、決意を胸に秘めていたか……
アンネテーナは項垂れる。
――― わたくし…… 何も分かっていなかった。
そして、手紙はそんな姉妹が、死地に向かう事を告げている。 二度も…… 二度も…… 失う事になる…… ぎゅっと握りしめた手紙。 最後の一文が、彼女の心を締め上げる。
” ……アンネ、ウーノル殿下とお幸せに。 貴方方の道は細く険しいとは思います。 しかし、王妃たる責務を貴女は全うする。 そう、わたくしは信じます。 だって、貴女は、わたくしの大切で、誰よりも敬愛する、我が姉妹。 アンネテーナ=ミサーナ=ドワイアル様に御座いますもの。
わたくしは、穢されれし大森林ジュノー 獣人族が国 ジュバリアンに赴きます。 人の手に依り穢された大地と森を癒す為に。 この世界の理と取り戻す為に。 精霊様との大切なお約束で御座いますもの。 だから、貴女に、大切なわたくしの姉妹たる貴女に、ファンダリアに光ある未来を、託します。
――――― 薬師錬金術師 エスカリーナ ”
ワナワナと震える両手。 血走る眼。 立っているのもやっとな位の衝撃を受けたアンネテーナ。 グッと引き結んだ口が、緩み、震え、嗚咽が零れ落ちる。
言葉に成らない言葉が、彼女の口から洩れる。
紡がれるべき言葉は…… なにも……
―――― そう、何もなかった。
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