その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地 道行きと、朋友

甘棠之愛

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 静けさを破るのは、ナジールさん。 厳めしくも、重くラムソンさんに短く問う。



「なに?」



 滔々と古い言葉を紡ぎだすラムソンさん。 それは、獣人族の古い言葉。 古エフタルの民の言葉に通じる、そんな廃れた遠い昔の言葉。



「 ” ……そのもの緑の大地を踏みしめる者。 生きとし生けるの者に慈愛の心を捧げる者。 夜空の月光から織られた髪、昼の紺碧の空の様な瞳を持ちしその魔術師・・・。 その到来を望むなら、神と精霊に真摯な祈りを、森の民の矜持をもって捧げるべし…… ” 」




 皆が聞き入る、散文詩の様な物語の一節。 ラムソンさんが言葉を紡ぐ迄、虚空に消えていった彼の紡いだ言葉が皆の心に染み込んでいた。




「森の破壊と再生の伝説。 いや、お前達から見れば、『御伽噺』か。 古エフタルがまだ存在していた時、聖域の森が荒れ果てた。 原因は精霊様への信仰が揺らいだ為。 森は力を弱め、聖域は滅んだ。 その時、聖域跡地の荒野に一人の人族の魔術師が降り立った。 男か女かは伝えられていない。 しかし、強大な力を秘めた魔術師・・・だった」



 何人かの方々が小さく頷いている。 ナジールさんも例外では無いわ。 きっと、森の神官として、受け継がれた事柄に在ったのでしょうね。 精霊様への祈りが薄く成る時、森は廃れるって。 だから、ラムソンさんの言葉に、一同は頷くしかないわ。 続けてラムソンさんは、言葉を紡ぐ。



「荒れ果て穢れた大地を大いに憂い、渾身の力を籠め、一つの魔法を放った。 寸土…… ほんの狭い地面から、瘴気が抜け、穢れた土地が浄化された。 しかし、人の子の力では、それが限界…… 魔力を使い放たした魔術師は、懐から一粒の種を取り出し、その浄化された地面に植えた。 最後に残る魔力命の雫を使って水を注ぎ、そして、その場で死んだ。 しかし、魔術師は肉体をその一粒の種に捧げ、パエシア一族と深い深い友誼を結んだ。 その結びつきは強く、霊体となっても魔術師はパエシア一族と共に、この世界に残ったという。 パエシア一族が消えれば…… 聖域が侵され、彼らが連環の理の向こう側あっちの世界に、旅立てば、かの魔術師も、もうこの世には、存在し得なくなる。 かの者の魂は、強き肉体に生まれ変わり、そして……彼等パエシアン達を呼び戻す。 そう言い伝えにはあった」

「…………語り継がれるべき、御伽噺真実の物語か。 それで、お前は……」




 ナジールさんは、御伽噺を真実の物語って、そう云った。 寓話には何か真実が含まれるものだからかしら、それを、知っているからかしら。 ナジールさんは、ラムソンさんの語る話を笑うでも無く、事実と受け止め、先を促すの。




「そうだ。 だから、俺は探していたのだ、その魔術師・・・を。 荒れ果てた、我らが故郷を再興してくれる、魔術師・・・をなッ! 樹人族のパエシア一族は、ファンダリア王国の獅子王と、ゲルン=マンティカ連合王国の魔術師によって、全てを焼かれそして、誰一人として残らなかった。 荒野に成り果てた聖域。 希望は失われ、獣人族……いや、 ジュバリアンの苦難の日々が始まった。 長い年月を経て、リーナが生まれ、そして、パエシア一族の者は、霊体として魔法の杖の中に納まり、リーナの左腕の中に入った。 残されたパエシア一族の誰かの枝か、芽吹いた芽を使った杖だな…… きっとそうなのだろう。 真実は、その杖を有する、リーナしか知らん。 しかし、実際に、パエシア一族の誰かがリーナと共に居るのは確かだ」




 シュトカーナ…… あなた…… そうなの? そっと、左腕に触れる。 暖かい感情と、労わりと、そして、親愛の情が、左腕の中から流れ出て私の身体を包み込むんで来るの。 そっかぁ…… ナジールさん達には、あんまり見せて無かったものね。 この左腕の魔法の杖は…… シュトカーナが宿る、魔法の杖は……




「何故、そう断定するッ! パエシアの聖域は、既に失われ 樹人族の聖樹は焼かれ灰に成っているのだぞ? 聖なる方々の残滓のみが我らを護っていると云うのに、違うかッ!!」

「…………以前、リーナの左腕の魔法の杖が、俺に語り掛けて来たのだよ、ナジール。 確かに、パエシア一族の一人だった。 ならば、俺は、血脈が受け継いだ、” 予見の誓約最後の希望 ” の守護者として…… 森の民として…… 王国ジュバリアンの秘匿されし、” 第十三氏族・・・・・ ” の最後の者継承者として。 リーナを護る事、何処までもリーナに付き従うのは、当たり前の事だ。 すなわちそれは、『聖域の守護者俺の一族』の役目でもあるのだからな」

「ぐぅぅぅ…… 秘匿されし、第十三氏族ッ! 王族十二氏族とは別に、パエシアの聖樹を守護を専任とする氏族ッ! 表に現れず、影より聖域を守護する者達ッ! そんな氏族が居たと、口伝には伝えられてはいたが、その存在は確認さて居なかったッ!! それが…… それが、お前かッ! お前なのかッ! ラムソンッ!! …………何故、黙っていたッ!!」

「人の在り方など、他言するものでも無し。 まして、リーナに伝えるべき物でもない。 リーナの意思で、北の荒地を、我らが故郷を再興する意思なくしては、” 口伝 ” は、霧散・・する」

「口伝の成就の故にかッ! ならば、何故、今になってそれを伝えたかッ!」

「事、ここに至って、リーナの意思は変わらない。 リーナにとって、大切な愛しき者達に別れを告げてまで、荒野に向かおうとしている。 彼女の意思は固い。 もう、彼女の意思を翻す様な者も事も存在はし得ない。 反対に問うぞ、ナジール。 判っているのだろ? ナジール、お前を含め皆を、リーナは強く愛している。 その身を害する事すら恐れる程にな。 ナジール…… いや、此処に居る皆に問おう。 お前達はリーナを縛る縄に成るつもりか?」




 静かに問いかける、ラムソンさんの声。 広がる動揺と、困惑。 揺れる瞳。 皆の心が揺れ動いているのが手に取る様に判ってしまう。 そんな中、やっぱり…… 言葉を紡ぐのはナジールさん。




「…………いいや、違う。 ここに集いし者たちは、ただ、リーナ殿を護りたいと云うだけでは無い。 それぞれが、それぞれの理由による、「精霊誓約」を精霊様方と結んでいる。 個人の祈りだ。 ……集約している点に於いては、リーナ殿である事に違いは無いがな」

「ならば、誓約を遵守せよ。 個人の矜持、一族の誓い、そして、ジュバリアンとしての想い。 なんだっていい。 リーナが手を振り解こうとするのならば、それも良かろう。 しかし、お前たちはどうする? 振り解かれたならば、それで終わりか? お前たちの『誓約』とは、それほどに、軽いモノ・・なのか?」



 ラムソンさんの言葉の数々に、私は打ちのめされている。 事情がとても重く…… 私にのしかかる様な気がしてきた。 今までは、個人の…… 私だけの『精霊誓約』だと、思っていた。 でも…… この世はもっと深く、茨のツタの様に事情が絡み合い、そして、硬く縛っていたのよ。


 ――― でも、それは、光へ続く道なの。


 この世界のことわりを取り戻す為の唯一の道なのよ。 ラムソンさんの問いかけに、ナジールさんを含め、皆の顔が強張るの。 ラムソンさん…… 皆に覚悟を要求している…… どんなことが有っても、自身が結んだ精霊誓約を護れって…… それは、誰に強要された訳でも無く、ただ、自身の信じるモノと、自身の矜持に依って紡ぎだされるべき ” 覚悟 ” なのよ……


 ナジールさんは身体を私に向け、胸に手を組みつつ、真摯な視線を私に投掛けれ来られるの。 そして紡がれるのは、心からの言葉。




「…………リーナ殿。 やはり、我らでは、力が無いと? この先の道行きに同道するのには、あまりに無力と感じられるか?」

「い、いいえ、それはッ! それは違います! 断じてそのような事は思っておりません。 全ては……」

「貴女の言葉気持ちは、有難く頂きましょうぞ。 しかし、ここに集う皆は、皆、精霊様に誓約を捧げた者達。 当初、第四〇〇特務隊は五十人。 内、二十五名は、故郷、家族、そして、種族の要請に従い、特務隊を抜けました。 …………覚えが御座いましょう。 彼等とて、この仲間たちから抜けたくは無かった。 故に、義勇兵としてでは無く、一人の獣人として、今も尚、貴女に忠誠を捧げ、協力は惜しんではおりませぬ。 しかし、此処に居る面々は、世俗のしおがらみを放逐し、貴女と共に歩まんと望んだ者達。 ……愛されておられるのです。 貴女が私達を愛するが如く、私を含め、この場所に集った者達は、貴女を敬愛しておるのです」




 ナジールさんの言葉がとても優しく強く紡がれる。 それに対して、私は、何も云う事が出来ない。 彼らが彼等自身の誓約に基づき、行動するって事なのよ。 そして…… 何より…… こんなにも、私を愛して下さっているんですもの…… こんなにも深く…… 強く……





「………………」

「リーナ殿。 まだ、その時では御座いません。 リーナ殿が危惧されるような事は起こりますまい。  友愛を感じる大切な朋が、命の危険を伴う『困難な道行き』を征こうとする。 その時、その場所に於いて、みすみす見送るような、そんな心根を持つ者は、この場にはおりませんぞッ! そして、その時に成れば、私が皆を説得いたします。 敬愛するリーナ殿とのお約束、違える事は御座いません」

「…………ナジール様」

「我らの意思は固く、貴女と共に歩まんとしているのです。 既に我らも、誓約を胸に刻み込んでおるのです。 共に、参りましょうぞ。 我等が故郷に。 森の王国ジュバリアンに。 そして、ラムソンが信ずる、魔術師・・・の力、我らに示して下され。 何卒、我らの母なる森を…… リーナ殿」


 真摯な瞳で私を見詰められるの。 その高き志と、矜持にお応えするには、たった一つの選択肢か私には残されていない。 精霊様とのお約束の外側。 彼らが、彼等ゆえに、精霊様に立てられた誓約に沿って、彼らの行動は起こされるの。 そこに、私の意思は存在しない。

 だけど…… とても、嬉しい。 やはり…… 仲間は…… とても、いい物よ。 心が強くなる。 前を向ける。 心細さや、恐怖や、怖気を難なく吹き飛ばし、荒野であろうと、煉獄であろうと、私は強く成れる。

 だから…… だから、しっかりと、お返事申し上げるの。





「お気持ち…… 痛い程に頂きました。 わたくしが、精霊様にお伺いを立てるまでも無く…… きっと、共に征く事をお認め下さるに違いありません。 貴方方の『御誓約』を遂行する『意思』に、精霊様方も…… お喜びに成られる事でしょう。 エスカリーナ、とても嬉しく思います」




わぁぁと歓声が上がる。 皆の顔が喜びに輝きだすの。 そして、それは、まさしく、精霊様の御加護の光。 御意志と宸襟に叶う行動。 この場所に集った皆は、この世界の理を正す為に使われし矜持高い者達に違いないわ。

まさに、誇り高く、穢れなく、矜持高き者達に他ならないんだもの。

行くわ。 皆と。 この愛すべき人たちと。 敬愛を捧げ合う人たちと。

何としても、この世に ” この世界の理 ” を取り戻しにッ!





「我等が友誼と共にッ!」

「敬愛する、我が友 リーナと共に!」

「大森林ジュノーを取り戻せッ!」

「偉大な祖先の名と、我が朋リーナが名の元にッ!」

「共に征かん、荒れ果てた、故郷の大地にッ!!!」




 口々に、歓喜と共にそう口にする皆。 私も、それに習い、手を胸の前に祈りの形に組み、天空を見上げ、強くなった心を胸に、同じように叫ぶの。


 見上げると、早春の青空。 深く ” 蒼い空 ”。

 ええ、風にそよぐ、銀灰色シルバーグレイの髪と、深い群青色ロイヤルブルーの瞳の目を持つ……



         ”  ”


 と、してね。








「…………行きましょう。 皆がそれぞれに思う、それぞれの理由と誓約を果しに」







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