その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地 道行きと、朋友

愛別離苦

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「貴方達の献身と責務の遂行には、感謝しか御座いません。 本当に、本当に、有難うございました。 第四〇〇特務隊の指揮官。 薬師錬金術師リーナは、そんな貴方方を誇りに思います。 しかし、ジュバリアン入国に際し、私は軍属であるわけにはいきません。 第四〇〇特務隊の指揮官の任を返上せねば、獅子王陛下の定められし ” 法 ” を犯す事に相成ります。 そして、あなた方は、義勇兵。 このわたくしに付き従い、ファンダリアの軍務を拝命された方々。 特異な立場の貴方方は、わたくしが指揮官である間のみ、その身分が保証されておりました。 …………よって、此処に、私は宣言いたします。

 ――― 皆さん、長い時を共に致しました、第四〇〇特務隊は、この場で解隊致します。 

 貴方方は…… もう誰にも縛られる必要は在りません。 義勇兵として、ファンダリアの命に従う必要も御座いません。 そうです。 貴方方は、本日只今を以て、何にも縛られる事が無くなるのです。 皆さんは、自由・・なのです」





 私の気持ちは、沈んでいるの。 だって、大好きな方々とのお別れの時なんだもの。 もう、これ以上、この方々を痛めつける様な事は出来ない。 これまで、どれ程の献身を示してくださたっか……

 そして、優しく強く、私を励ましてくれた事か。

 私は、何もこの方々に、為せなかった。 お約束も、少しは果たす事が出来たかもしれないけれども、それでも…… この方々が示してくださった、献身と友愛の対価には程遠いと…… そう、感じていたんですもの。

 精霊様とのお約束は、私と精霊様とのお約束。 この方々には、なんの関係も無いもの。 だから、これ以上、そして、これまで以上に、大切な友人が傷付く可能性の有る場所に連れては行けない。

 苦渋の決断とも…… 精霊様との『お約束』とも…… 云えるの。 でも、弱い私の心は、少しでも、ほんの刹那でも良いから、彼らと道行きを共にしたかった。 こんな北辺の端の端まで、大切な方々を連れてきてしまった。

 心苦しく、そして、込み上げてくる、万感の思いに今にも、双眸から涙が零れて落ちそうになるわ。 グッとそれを我慢して、出来るだけ厳粛に、そして、凛とした表情を保つのに、かなりの努力を必要としたの。

 朝の風が…… 頬を撫でる。 シンと静まり返った城門前の広場。 私の言葉を耳にした、私の大切な人達は、呆然と私の顔を見つめる。 言葉にならない言葉。 怒りとも、憤りともつかない複数の視線。 


 眉を顰め、私の言葉の真意を掴もうとしているのは…… 穴熊族のプーイさん。
 目を瞑り、思案に暮れているのは、兎人族のアーギルさん。
 周囲に漏れ出す、怒りの感情を何とか抑えているのは、森狼族のツェナーさん。
 呆れたような表情を浮かべているのは、森猫族のローヌさん。


 でも、言葉は発しない。 それぞれがそれぞれに思う事が有るんですものね。 そう、貴方達には、帰る事が出来る場所が有るんですもの。 わたしが「大召喚魔法陣」を昇華させてしまうまでは、そこに帰っていて欲しい。
 そして、異界の魔力が無くなった、北の荒野の再興を目指して欲しい。

 だって…… そこは、貴方達の故郷森の王国なんですもの。


 言葉も無く、じっと見つめ合ったわ。 そう、誰も、言葉を発せられなかったのが…… 現実ね。 そろそろ、出発の時間。 足元に視線を下げ、深々とこうべを垂れるの。 大切な人たちへの感謝と、彼らの未来に光あらん事を精霊様に祈りつつ、こうべを垂れたの。


 ―――― 重い声色が、私の耳朶を打った。





「リーナ殿。 お気持ちを察する事は出来ます。 そして、あの日、貴女と『お約束』いたしました事は、記憶に新しい。 が、しかし。 私は断言いたしましょうぞ。 ” 今は、その時では無い ” と。」

「えっ? な、何故ですの、ナジール様? だって…… お約束、頂いたでは御座いませんか」

「ですから、今、申し上げた通り、” その時では無い ” のです。 貴女が精霊様と交わされた、御誓約の事は存じ上げております。 しかし、その誓いを全うする為の助力を乞うことは、禁じられておりませんぞ? 我らとて、” この世のことわり ” の中に生きる者。 ことわりが捻じ曲げられている今、それに抗うのは、この世界に生きる者にとっては必然では御座いませんか」

「でも…… もう…… 十分に……」



 強い語気に、圧倒されつつも、言葉を選び紡ぐ。 だって…… だって、本当にもう…… 十分なほど、貴方方は任務を遣り通したのですよ? この先に有るのは、未知の危険。 そこに何が在るか、判ったものではないの。 そんな危険な場所に大切な、大切な人たちを連れていくのは、心が引けるわ。

 なんで、退避してくださらないの? 十分すぎる程、貴方方は……





「いいえ、此処からが、正念場です。 精霊様方の御意志。 その御意志は、我等とて感じる事が出来ます。 ……リーナ殿一人が、重き荷を背負う事が、正当な精霊様の思し召しとは、思えませぬ。 それに、リーナ殿の背後のお二人は、お連れに成るご様子。 ……正直申しまして、納得できませぬ」



 えっ? そこ…… なの? だって、シルフィーにしても、ラムソンさんにしても、もう帰る場所は無いのよ。 係累も門地も、そして、家族でさえいないのよ? シルフィーに至っては、エストの反応を見るまでも無く、獣人族の間ですら、忌避されている。 そんな人たちに何処に逃げろって云える?

 それに、既に、彼らの同道は精霊様に願い、許されたわ。 だのに……

 キッと眦を上げ、ナジールさんを見詰め言葉を紡ぐ。 皆には帰る場所も、安寧に過ごす場所もあるんですもの。 そして、皆さんは故郷と云える場所に待っている人達も居る。 だから…… だから……






「……皆さんには…… 帰る場所が有るのですよ? 居留地の森にしても、ブルシャトの森にしても…… そこで、事が済むまで、退避して頂けないのですか?」




 ギロリって感じで、ナジールさんが、私を睨まれた。 とても強い視線でね。 狐人族の方が、真摯に感情を乗せて人を見詰めるのは、極めて稀な事。 そして、それは、彼の中に相当な感情の揺れ…… いえ、憤りがあると云う証左。




「我らでは、足手纏いと…… 申されるか?」



 鋭い言葉が、私の心を抉る。 言葉の刃が、柔らかな私の弱い心を抉って来るの。 もう…… 違う…… 断じて違うのよ。 言葉を重ねる。 ええ、重ねて私の真意を伝えてみる。 だって、そうしないと…… 朋が…… 友誼が、揺らいでしまうんですもの。





「いいえ、いいえ、断じて、そのような事は思っておりません。 わたくしは…… 敢えて、真名で答えます。 エスカリーナ・・・・・・は、大切な人に…… わたくしに親しく・・・して下さった方に…… 傷ついて欲しくは無いのです。 だから…… 皆さんには、安全な場所に退避していただきたいのですッ!!」









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