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断章 24
閑話 光へと導く王太子。
しおりを挟む時には、休息が必要だと、重臣一同が口を揃え、ウーノル王太子に進言するも、冷たく ” その時では無い ” と言い放つ彼。
日に十八刻は政務に取り組み、残り、六刻の内、睡眠に充てられるのは僅か一刻半。 四刻半の間に食事も清潔に保つための諸々も全てを押し込み、余力が有れば、影たちの報告を受ける。
その生活が、既に二ヶ月。 王宮薬師院 第一位 上級薬師 御典薬師 エルネスト=ベックマン上級伯爵 等は、盛んに警鐘を鳴らしても居た。
” 若き王太子の身に何かあれば、どうなさる御積りか! ”
その言葉が、王宮内に響き渡る時、ウーノル王太子は決まって苦く黒い『笑み』を浮かべる。 口元が歪む様な笑み。 チラリとその表情を読む、内務を司る ニトルベイン大公と、軍務を司る フルブランド大公は、小さく首を振る。
ウーノル王太子の表情には、” 何を言っている? この緊急時に汗をかかねば、何時かくのだ? ウツケか、この王宮薬師院の上級伯は? ” と、全く表情を隠さず、冷たい視線を彼に投げるばかりであった。 その気迫と冷気にベックマン上級伯爵は、ウーノル王太子に直接の言葉を紡ぎだすことは出来ず、殊更周囲に対し吠え続けていた。
そんな事は、百も承知とばかりに、周囲も又彼を放置する。 元来気位の高いベックマン上級伯爵は、王族専門の治癒師としての矜持を粉みじんに粉砕されてしまう。 そんな彼に同情する者は…… いない。 普段の彼の行いが全て。
尊敬を集められぬ者が、驕慢に振舞う。 自身の栄達を望みすぎた者が哀れな道化と成る瞬間でもあった。
その事実が、なんとも滑稽に王宮内の者達の目には映っていた。
^^^^^
ウーノル王太子が、十分な休息も取れず、国事を遂行するに足る理由も又、厳然と存在する。
国王陛下が親征に旅立たれ、後に残る権威の長たる王族の内、政務に精通しているのが、ウーノル王太子只一人と云う惨憺たる現実が、彼をしてその様な生活に置かれている理由でもあった。
国王が国を離れているのならば、その補佐をし、国政に携わるのは、国母の責務。 しかしながら、それは望むべきも無い事柄であった。
ウーノル王太子の母たる、フローラル=ファル=ファンダリアーナ王妃殿下は、現在離宮にて国王陛下の勝利を祈願している…… と云う建前で、軟禁状態にある。 彼女は…… 王妃の器では無かった。 自己の栄華を希求する事、甚だしく、王族と王家の者に課されている責務に関しては、無頓着な唯の女性でしかなかった。
国王ガング―タスもそれで良しとした。 ただ、ニコニコと空虚な微笑みを浮かべた、美しい人形のような彼女を、ガング―タスはひたすら愛し続けた。 そう、何の責務も負えなくしたのは、当のガング―タス国王陛下に他ならなかった。
彼女の期限を取るために、膨大な数の舞踏会、晩餐会が行われ、ドレスや宝飾品も絶え間なく買い与えられた。 もちろん対価は必要となる。 王家の予算は元より、国家予算にまでその浪費のツケは廻って来ていた。
外交儀礼や国内貴族対応に使用するのならば、まだ、理解は出来たが、国内の貴族対応としても、お粗末なもので、フローラル王妃の言動で、友好国に嫌悪の情を齎した事すらあった。 とても、政務を担える ” 貴人 ” では無いと、王城各所に於いて ” 人の口 ” に、上がりもしていた。
その処遇は、国王陛下が北伐の途についた現在、かなり問題となった。 下手に彼女を国政に携わせると、要らぬ混乱を引き起こしかねない。 しかし、その困惑は杞憂に終わる。 ウーノル王太子の一言で、全てが収まるべき場所に収まったのだった。
” 王妃様は、国王陛下の征途に光あらん事を祈願される為、離宮に御籠り成られる。 側には、王都聖堂教会の神官長パウレーロ猊下より、敬虔な神官殿を派遣してもらう様、お願い申し上げた。 これは、既に、パウレーロ猊下には、ご了承済み。 ” よく補佐出来る神官を配しましょう ” とのお言葉も貰っている ”
つまり、神官長パウレーロ猊下の直属の ” 戦闘神官 ” が、フローラル王妃を監視すると宣言したに同じことであった。 政務的にも、困難な外国との折衝にも…… いれば、困る人を良いように押し込めた。
――― その手腕に、王宮各所の文官武官も唸りを漏らす。
王都ファンダルに置いて、要らぬ騒動を引き起こしそうな、最も高位の女性を、完膚なきまでに無害化してのけた手腕に、侮れぬと云う思いが募る。 さらに、その処置に、王妃の尊父である、ブロンクス=グラリオン=ニトルベイン大公は、不満の一言も漏らしていない。
つまり、王都はウーノル王太子が押さえたと、そう認識されるに至っている。
しかし、彼をして、問題に成るのはその年齢。 僅か十五歳…… ファンダリア王国を双肩に載せるには、幼過ぎると…… 見られているのも又事実。
実際、彼の弟妹である、
第二王子 オンドルフ=ブルアート=ファンダリアーナ
第一王女 ティアーナ=バーティミール=ファンダリアーナ
第二王女 エレノア=ウリス=ファンダリアーナ
の三人。 彼等、幼少の王家に連なる者達は、いまだ王城後宮や王城学習室から公の場への出席は見送られている。 すべてはウーノル王太子の差配によって決まっていた。
” 虫を遠ざける為の暫定処置だ。 国王陛下の北伐が終わるまでは、このまま金の籠に、留め置く ”
漏らす言葉は、とても十五歳とは思ない程、重い。 周囲の高位貴族や、王宮内の力関係を理解していない中位、低位の貴族の者達は、その言葉をウーノル王太子の言葉では無く、彼を補佐する四大大公家の当主達の言葉と思い込んでいる。
若く幼い王太子を、大公家の当主達が神輿に担ぎ、ガングータス国王陛下が北伐から勝利をもって、戻られるまでの間、合議にてファンダリアを動かしている…… と、そう認識していた。
そんな無理解の中、ウーノル王太子は唯ひたすらに策謀を練り続けている。
暴挙を口に出した、父、ガング―タス国王陛下の処遇。
遠慮策謀を重ね、ファンダリアを奪い取ろとしていたマグノリア王国への対処。
営々と築き上げて、虎視眈々と南方を切り取ろうとしていた、ベネディクト=ペンスラ連合王国への掣肘。
溢れださんばかりに、その森に魔物や魔獣を抱え込んだ「西方禁忌の森」への警戒。
そして、国王の暴挙に反撃の機会を虎視眈々と狙っている、ゲルン=マンティカ連合王国の野望の打破。
ファンダリの周辺に於いて、これだけの策謀が渦巻いている。 国の利益と国民の安寧。 そして、未来へ続く細い光への道。 自身に誓う千年の安寧。 この時、この場が、まさに正念場と云えた。 なにより……
それに対処できるのは、そう……
――――― ウーノル王太子、唯一人だけであった。
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