その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
640 / 714
断章 24

 閑話 光へと導く王太子。

しおりを挟む


 

 時には、休息が必要だと、重臣一同が口を揃え、ウーノル王太子に進言するも、冷たく ” その時では無い ” と言い放つ彼。



 日に十八刻は政務に取り組み、残り、六刻の内、睡眠に充てられるのは僅か一刻半。 四刻半の間に食事も清潔に保つための諸々も全てを押し込み、余力が有れば、影たちの報告を受ける。

 その生活が、既に二ヶ月。 王宮薬師院 第一位 上級薬師 御典薬師 エルネスト=ベックマン上級伯爵 等は、盛んに警鐘を鳴らしても居た。


 ” 若き王太子の身に何かあれば、どうなさる御積りか! ”


 その言葉が、王宮内に響き渡る時、ウーノル王太子は決まって苦く黒い『笑み』を浮かべる。 口元が歪む様な笑み。 チラリとその表情を読む、内務を司る ニトルベイン大公と、軍務を司る フルブランド大公は、小さく首を振る。

 ウーノル王太子の表情には、” 何を言っている? この緊急時に汗をかかねば、何時かくのだ? ウツケか、この王宮薬師院の上級伯は? ” と、全く表情を隠さず、冷たい視線を彼に投げるばかりであった。 その気迫と冷気にベックマン上級伯爵は、ウーノル王太子に直接の言葉を紡ぎだすことは出来ず、殊更周囲に対し吠え続けていた。

 そんな事は、百も承知とばかりに、周囲も又彼を放置する。 元来気位の高いベックマン上級伯爵は、王族専門の治癒師としての矜持を粉みじんに粉砕されてしまう。 そんな彼に同情する者は…… いない。 普段の彼の行いが全て。 

 尊敬を集められぬ者が、驕慢に振舞う。 自身の栄達を望みすぎた者が哀れな道化と成る瞬間でもあった。

 その事実が、なんとも滑稽に王宮内の者達の目には映っていた。







 ^^^^^ 





 ウーノル王太子が、十分な休息も取れず、国事を遂行するに足る理由も又、厳然と存在する。


 国王陛下が親征に旅立たれ、後に残る権威の長たる王族の内、政務に精通しているのが、ウーノル王太子只一人と云う惨憺たる現実が、彼をしてその様な生活に置かれている理由でもあった。



 国王が国を離れているのならば、その補佐をし、国政に携わるのは、国母の責務。 しかしながら、それは望むべきも無い事柄であった。



 ウーノル王太子の母たる、フローラル=ファル=ファンダリアーナ王妃殿下は、現在離宮にて国王陛下の勝利を祈願している…… と云う建前で、軟禁状態にある。 彼女は…… 王妃の器では無かった。 自己の栄華を希求する事、甚だしく、王族と王家の者に課されている責務に関しては、無頓着な唯の女性でしかなかった。

 国王ガング―タスもそれで良しとした。 ただ、ニコニコと空虚な微笑みを浮かべた、美しい人形のような彼女を、ガング―タスはひたすら愛し続けた。 そう、何の責務も負えなくしたのは、当のガング―タス国王陛下に他ならなかった。

 彼女の期限を取るために、膨大な数の舞踏会、晩餐会が行われ、ドレスや宝飾品も絶え間なく買い与えられた。 もちろん対価は必要となる。 王家の予算は元より、国家予算にまでその浪費のツケは廻って来ていた。

 外交儀礼や国内貴族対応に使用するのならば、まだ、理解は出来たが、国内の貴族対応としても、お粗末なもので、フローラル王妃の言動で、友好国に嫌悪の情を齎した事すらあった。 とても、政務を担える ” 貴人 ” では無いと、王城各所に於いて ” 人の口 ” に、上がりもしていた。

 その処遇は、国王陛下が北伐の途についた現在、かなり問題となった。 下手に彼女を国政に携わせると、要らぬ混乱を引き起こしかねない。 しかし、その困惑は杞憂に終わる。 ウーノル王太子の一言で、全てが収まるべき場所に収まったのだった。




 ” 王妃様は、国王陛下の征途に光あらん事を祈願される為、離宮に御籠り成られる。 側には、王都聖堂教会の神官長パパパウレーロ猊下より、敬虔な神官殿を派遣してもらう様、お願い申し上げた。 これは、既に、パウレーロ猊下には、ご了承済み。 ” よく補佐出来る神官を配しましょう ” とのお言葉も貰っている ”




 つまり、神官長パパパウレーロ猊下の直属の ” 戦闘神官バトルクレリック ” が、フローラル王妃を監視すると宣言したに同じことであった。 政務的にも、困難な外国との折衝にも…… いれば、困る人を良いように押し込めた。


 ――― その手腕に、王宮各所の文官武官も唸りを漏らす。


 王都ファンダルに置いて、要らぬ騒動を引き起こしそうな、最も高位の女性を、完膚なきまでに無害化してのけた手腕に、侮れぬと云う思いが募る。 さらに、その処置に、王妃の尊父である、ブロンクス=グラリオン=ニトルベイン大公は、不満の一言も漏らしていない。

 つまり、王都はウーノル王太子が押さえたと、そう認識されるに至っている。

 しかし、彼をして、問題に成るのはその年齢。 僅か十五歳……  ファンダリア王国を双肩に載せるには、幼過ぎると…… 見られているのも又事実。

 実際、彼の弟妹である、 

 第二王子 オンドルフ=ブルアート=ファンダリアーナ

 第一王女 ティアーナ=バーティミール=ファンダリアーナ

 第二王女 エレノア=ウリス=ファンダリアーナ

 の三人。 彼等、幼少の王家に連なる者達は、いまだ王城後宮や王城学習室からおおやけの場への出席は見送られている。 すべてはウーノル王太子の差配によって決まっていた。 



 ” 虫を遠ざける為の暫定処置だ。 国王陛下の北伐が終わるまでは、このまま金の籠後宮に、留め置く ”



 漏らす言葉は、とても十五歳とは思ない程、重い。 周囲の高位貴族や、王宮内の力関係を理解していない中位、低位の貴族の者達は、その言葉をウーノル王太子の言葉では無く、彼を補佐する四大大公家の当主達の言葉と思い込んでいる。

 若く幼い王太子を、大公家の当主達が神輿に担ぎ、ガングータス国王陛下が北伐から勝利をもって、戻られるまでの間、合議にてファンダリアを動かしている…… と、そう認識していた。

 そんな無理解の中、ウーノル王太子は唯ひたすらに策謀を練り続けている。



 暴挙を口に出した、父、ガング―タス国王陛下の処遇。

 遠慮策謀を重ね、ファンダリアを奪い取ろとしていたマグノリア王国への対処。

 営々と築き上げて、虎視眈々と南方を切り取ろうとしていた、ベネディクト=ペンスラ連合王国への掣肘。

 溢れださんばかりに、その森に魔物や魔獣を抱え込んだ「西方禁忌の森」への警戒。

 そして、国王の暴挙に反撃の機会を虎視眈々と狙っている、ゲルン=マンティカ連合王国の野望の打破。



 ファンダリの周辺に於いて、これだけの策謀が渦巻いている。 国の利益と国民の安寧。 そして、未来へ続く細い光への道。 自身に誓う千年の安寧。 この時、この場が、まさに正念場と云えた。 なにより……

 それに対処できるのは、そう……




 ――――― ウーノル王太子、唯一人だけであった。




しおりを挟む
感想 1,880

あなたにおすすめの小説

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。