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薬師と聖職者 精霊の至る場所
バルバロイの街 エリオット小聖堂の薬師錬金術師
しおりを挟むこのバルバロイには、難民の方々も多々いる。 皆さん疲労困憊しているわ。 とても街に収容しきれるような人数の難民の方々では無いのよ。 このバルバロイの街は、領都では無いし、対応は全て聖堂教会に一任されているのよ。
――― いわゆる、聖堂都市 っていう街なの。
聖堂教会は、全ての人を救うって建前だけど、それも、潤沢な金穀が有る場合に限るわ。 だから、溢れだし、さらに続々と集まってくる難民の方々に十分な救済は施せない。 今は…… それでも、何とかしているわ。 街の北側に、天幕群を建て、街に入りきれない人々をそこに留め置いている。
ギリギリ、日に二回の食事の配布。 硬く焼しめた丸パンと、薄いスープ。 それでも、難民の方々の命を繋ぐ方法に違いないわ。 そんな難民の方々にさらに襲うのが、様々な病。
遠く北部辺境域、北域からの逃避行。 強い男の大人の人ばかりではないんだもの。 女性も、子供も、老人も…… 皆さん、土地を失い、職を失い、食べていく方法を失い、そして、希望を失った方々。 命からがら、汚染された土地から逃げてきた……
追い打ちを掛ける様に、そんな彼らに病は襲う。 十分な食事も、清浄な水も、なにより、十分な休息を得ているわけじゃないんだもの。 この地方には、風土病も存在するの。 罹患初期に判明するば、暖かくして眠れば、自然と治るんだけど、体力落ちていたり、休息が十分に取れなければ……
重篤な状況に陥るの。 そんな境目の人々が向かう先は、エリオット小聖堂の治癒所。 街の治癒所には、街の住人の方々が大勢いらっしゃって、とても、難民の方々にまでは、手が届かない。
それに…… 北部から逃げてきた彼らにとって、厄介な事が、ご家族の中に決まって何人かいらっしゃる、「身体大変容」を始めてしまっている方。 北部辺境域では「奇病」として認識されているわ。
そんな未知の病気を街に持って入ってこられないようにって、街方の治癒院や薬師所では、難民の方を診ようともしないって…… シルフィーが教えてくれた。
――― いけないわ。 間違った知識と認識が、差別を助長する
辛うじて、聖堂教会の敷地内にある治癒院で、そんな切羽詰まったかられを受け入れているわ。 でも、病床がひっ迫していて…… そのうち、受け入れる事すらできなくなる。 時間の問題よ。
ならば…… やるしかないわ。 精霊様の御意志にも叶うと思うわ。 だって、精霊様は民を慈しむ方々なんだもの。 シルフィーも、私が何を考えているのか分かったらしいわ。 ちょっと溜息を付きつつ、認めてくれたような感じがしたの。
「リーナ様。 薬師所と、治癒院へはお知らせしておきます。 『奇跡の御業』を行われるのですね?」
「そんな大げさな…… でも、困っている人たちがたくさんいらっしゃるんだもの」
「そう云われると思っておりました。 ……あと、二日で、リーナ様の耳と目が、このエリオット小聖堂に参りますから、それまでは精霊様の御導きのままに」
「有難う。 ……えっ? 誰か聖堂に来るの?」
「はい。 北部の状況を収集していた……」
シルフィーの顔に柔らかい表情が浮かぶの。 本当に珍しい事よ? なにより、彼女にこんな顔をさせられる人なんて、ほんの僅かしかいない。 ええ、その僅かな人の中に、大切な人たちが居るんですもの。 本当なら…… 王宮学習室の女官にって、思っていた人たちがねッ!
「あっ! クレアさんとスフェラさんね!!」
「はい、その通りです。 第四〇〇特務隊の事務方の方々です。 魔女の白面を付け、北の状況を探っておられました。 彼女たちの情報により、リーナ様の安全がかなり護られたのは事実です。 聖堂の聖堂騎士の動向の収集、第一軍、第二軍の情報の収集、汚染の状況、奇病の広がりの状況、そして、北部の難民たちの移動状況も、北部辺境域に入ってから、逐一報告してもらっておりました」
「それは、凄いこと。 また、彼女達に会えるって、とても嬉しいわ」
「あの方々も、そう仰っておいででした。 第四〇〇特務隊の一員として、あの魔女に頼まれたからという訳では無いと云う事です。 あの方々…… 残念ながらご実家に帰ることは出来かねます」
「…………やはり」
「そうですね、お察しの通り、ご実家の状況はかなり酷く、たとえ帰ったとしても、身の置き所がありません。 リーナ様は、あの方々の事はよくご存じなのでございましょ?」
目を細め、酷薄な表情を浮かべるシルフィー。 そうね…… 娘を ” 売った ” 家なんて、帰る気にもならないものね。 彼女たちがこの北部辺境域に戻ると云う事はつまりは、そう云う事。
人の目を避け、かつての伝手を違う人物に成り切り、繋ぎを付けていく。 第四〇〇特務隊の軍属として、白面で私のお母様に ” よく似た相貌 ” に【変容】している二人なのよ。 きっと、難しい状況だったと思うの。 軍属として、なにより、その出自を知られないように、行動しなくてはならなかったんだもの。
シルフィーが持つ、この北部辺境域の貴族や聖堂教会の情報は、彼女達からの ” 鳩便 ” で、得ていたらしいわ。 私には、教えてくれなかったけれどもね。 ねぇ、本当に ” 鳩便 ” なの? どうも違うと思うのだけど?
「繋ぎの付け方は、リーナ様はお知りに成れぬ方が宜しいでしょう。 …………ほら、私は闇のモノだよ? リーナ。 それなりの方法は持っている」
私のジト目を受けて、砕けた調子でシルフィーが片目を瞑る。 とっても、雰囲気のある、ウインクって…… あのね、私は女の子よ? そんな表情したって、何も起こらないわよッ! きっちりと韜晦する辺りは、さすがシルフィーって所かしら。
そんな、シルフィーが目を掛けている、クレアさんとスフェラさんが、こんな状況に追い込まれているのに、我慢がならないらしい。 まぁ、彼女達も成人女性だから、シルフィーやラムソンさんあたりに云わせれば、 ” 好きに生きれば良いんだ。 もう、家だの何だのに振り回される必要も無い ” だっけ?
人族の在り方に、シルフィーや、獣人族の方々は、とても懐疑的なの。 獣人族の方々は、どんなに困窮しても、決して家族を ” 売り ” はしない。 万が一、なにか生活に支障が有っても、その場から ” 逃げる ” って、新天地を目指す。 そして、庇護下にある子供を決して手放すことは無い。 そんな、選択をするわ。
――― 愛情深き人達なのよ。
貴族的な体面を重んじる人達と相容れない思考なのよね。 ” お家の名を惜しむ ” なんて事は頭っから無いもの。 人の幸せ…… 子の幸せを常に追求しているともいえるわ。 家名よりも、個人の名誉と幸せを追求するのよ。 それが、獣人族の皆さんの、在り方なんですもの。
さて、嬉しさ「半分」、眉を顰める事態に困惑する事「半分」で、彼女たちの到着を待つ間、私は私の為すべきを成しましょう! ピールさん、ラムソンさん。 行きますよ!
ええ、私の力が必要とされている場所に。
エリオット小聖堂の薬師所と、治癒院へ。
病と怪我に苦しむ人たちに、癒しと救いを示しに。
精霊様の愛と慈しみを、皆さんに知らしめに。
対価は……
精霊様への真摯な祈り。
さぁ、頑張りましょう! 聖堂の中を祈りで満たしましょう! 北部の汚染を抑えるためにも、沢山の人々の祈りが必要なのですから!!
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