その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
630 / 714
薬師と聖職者 精霊の至る場所

バルバロイの街 エリオット小聖堂の薬師錬金術師

しおりを挟む
 
 このバルバロイには、難民の方々も多々いる。 皆さん疲労困憊しているわ。 とても街に収容しきれるような人数の難民の方々では無いのよ。 このバルバロイの街は、領都では無いし、対応は全て聖堂教会に一任されているのよ。 


 ――― いわゆる、聖堂都市 っていう街なの。


 聖堂教会は、全ての人を救うって建前だけど、それも、潤沢な金穀が有る場合に限るわ。 だから、溢れだし、さらに続々と集まってくる難民の方々に十分な救済は施せない。 今は…… それでも、何とかしているわ。 街の北側に、天幕群を建て、街に入りきれない人々をそこに留め置いている。

 ギリギリ、日に二回の食事の配布。 硬く焼しめた丸パンと、薄いスープ。 それでも、難民の方々の命を繋ぐ方法に違いないわ。 そんな難民の方々にさらに襲うのが、様々な病。

 遠く北部辺境域、北域からの逃避行。 強い男の大人の人ばかりではないんだもの。 女性も、子供も、老人も…… 皆さん、土地を失い、職を失い、食べていく方法を失い、そして、希望を失った方々。 命からがら、汚染された土地から逃げてきた…… 

 追い打ちを掛ける様に、そんな彼らに病は襲う。 十分な食事も、清浄な水も、なにより、十分な休息を得ているわけじゃないんだもの。 この地方には、風土病も存在するの。 罹患初期に判明するば、暖かくして眠れば、自然と治るんだけど、体力落ちていたり、休息が十分に取れなければ……

 重篤な状況に陥るの。 そんな境目の人々が向かう先は、エリオット小聖堂の治癒所。 街の治癒所には、街の住人の方々が大勢いらっしゃって、とても、難民の方々にまでは、手が届かない。

 それに…… 北部から逃げてきた彼らにとって、厄介な事が、ご家族の中に決まって何人かいらっしゃる、「身体大変容メタモルフォーゼ」を始めてしまっている方。 北部辺境域では「奇病」として認識されているわ。

 そんな未知の病気を街に持って入ってこられないようにって、街方の治癒院や薬師所では、難民の方を診ようともしないって…… シルフィーが教えてくれた。 


 ――― いけないわ。 間違った知識と認識が、差別を助長する


 辛うじて、聖堂教会の敷地内にある治癒院で、そんな切羽詰まったかられを受け入れているわ。 でも、病床がひっ迫していて…… そのうち、受け入れる事すらできなくなる。 時間の問題よ。

 ならば…… やるしかないわ。 精霊様の御意志にも叶うと思うわ。 だって、精霊様は民を慈しむ方々なんだもの。 シルフィーも、私が何を考えているのか分かったらしいわ。 ちょっと溜息を付きつつ、認めてくれたような感じがしたの。




「リーナ様。 薬師所と、治癒院へはお知らせしておきます。 『奇跡の御業』を行われるのですね?」

「そんな大げさな…… でも、困っている人たちがたくさんいらっしゃるんだもの」

「そう云われると思っておりました。 ……あと、二日で、リーナ様の耳と目が、このエリオット小聖堂に参りますから、それまでは精霊様の御導きのままに」

「有難う。 ……えっ? 誰か聖堂に来るの?」

「はい。 北部の状況を収集していた……」



 シルフィーの顔に柔らかい表情が浮かぶの。 本当に珍しい事よ? なにより、彼女にこんな顔をさせられる人なんて、ほんの僅かしかいない。 ええ、その僅かな人の中に、大切な人たちが居るんですもの。 本当なら…… 王宮学習室の女官にって、思っていた人たちがねッ!




「あっ! クレアさんとスフェラさんね!!」

「はい、その通りです。 第四〇〇特務隊の事務方の方々です。 魔女の白面を付け、北の状況を探っておられました。 彼女たちの情報により、リーナ様の安全がかなり護られたのは事実です。 聖堂の聖堂騎士の動向の収集、第一軍、第二軍の情報の収集、汚染の状況、奇病の広がりの状況、そして、北部の難民たちの移動状況も、北部辺境域に入ってから、逐一報告してもらっておりました」

「それは、凄いこと。 また、彼女達に会えるって、とても嬉しいわ」

「あの方々も、そう仰っておいででした。 第四〇〇特務隊の一員として、あの魔女に頼まれたからという訳では無いと云う事です。 あの方々…… 残念ながらご実家に帰ることは出来かねます」

「…………やはり」

「そうですね、お察しの通り、ご実家の状況はかなり酷く、たとえ帰ったとしても、身の置き所がありません。 リーナ様は、あの方々の事はよくご存じなのでございましょ?」





 目を細め、酷薄な表情を浮かべるシルフィー。 そうね…… 娘を ” 売った ” 家なんて、帰る気にもならないものね。 彼女たちがこの北部辺境域に戻ると云う事はつまりは、そう云う事。

 人の目を避け、かつての伝手を違う人物に成り切り、繋ぎを付けていく。 第四〇〇特務隊の軍属として、白面で私のお母様に ” よく似た相貌 ” に【変容モーフ】している二人なのよ。 きっと、難しい状況だったと思うの。 軍属として、なにより、その出自を知られないように、行動しなくてはならなかったんだもの。

 シルフィーが持つ、この北部辺境域の貴族や聖堂教会の情報は、彼女達からの ” 鳩便 ” で、得ていたらしいわ。 私には、教えてくれなかったけれどもね。 ねぇ、本当に ” 鳩便 ” なの? どうも違うと思うのだけど?




「繋ぎの付け方は、リーナ様はお知りに成れぬ方が宜しいでしょう。 …………ほら、私は闇のモノだよ? リーナ。 それなりの方法は持っている」




 私のジト目を受けて、砕けた調子でシルフィーが片目を瞑る。 とっても、雰囲気のある、ウインクって…… あのね、私は女の子よ? そんな表情したって、何も起こらないわよッ! きっちりと韜晦する辺りは、さすがシルフィーって所かしら。

 そんな、シルフィーが目を掛けている、クレアさんとスフェラさんが、こんな状況に追い込まれているのに、我慢がならないらしい。 まぁ、彼女達も成人女性だから、シルフィーやラムソンさんあたりに云わせれば、 ” 好きに生きれば良いんだ。 もう、家だの何だのに振り回される必要も無い ” だっけ?

 人族の在り方に、シルフィーや、獣人族の方々は、とても懐疑的なの。 獣人族の方々は、どんなに困窮しても、決して家族を ” 売り ” はしない。 万が一、なにか生活に支障が有っても、その場から ” 逃げる ” って、新天地を目指す。 そして、庇護下にある子供を決して手放すことは無い。 そんな、選択をするわ。



 ――― 愛情深き人達なのよ。



 貴族的な体面を重んじる人達と相容れない思考なのよね。 ” お家の名を惜しむ ” なんて事は頭っから無いもの。 人の幸せ…… 子の幸せを常に追求しているともいえるわ。 家名よりも、個人の名誉と幸せを追求するのよ。 それが、獣人族の皆さんの、在り方なんですもの。

 さて、嬉しさ「半分」、眉を顰める事態に困惑する事「半分」で、彼女たちの到着を待つ間、私は私の為すべきを成しましょう! ピールさん、ラムソンさん。 行きますよ!



 ええ、私の力が必要とされている場所に。

 エリオット小聖堂の薬師所と、治癒院へ。

 病と怪我に苦しむ人たちに、癒しと救いを示しに。

 精霊様の愛と慈しみを、皆さんに知らしめに。






 対価は……






 精霊様への真摯な祈り。



 さぁ、頑張りましょう! 聖堂の中を祈りで満たしましょう! 北部の汚染を抑えるためにも、沢山の人々の祈りが必要なのですから!!







しおりを挟む
感想 1,880

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。