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薬師と聖職者 精霊の至る場所
リーナの朋
しおりを挟む涙目に成りながらも、しっかりと私を護るように抱きしめているピールさん。 その腕の中で、しっかりとした声を私の耳朶が捉えるの。
何時もの通り、ぶっきらぼうに、でも、私の事を熟知した様に言葉を紡ぐ人の声。 なんだか落ち着くわ。
「シルフィーには黙って居ろ。 いいな、ピール」
「…………な、何故?」
「アレは、リーナの護衛と云う ” 矜持 ” が、強いんだ。 自分の知らない処で倒れられたなんて、二回も聞かされたら、暴走始めるぞ? リーナの心を乱す様な情報は全て遮断するな。 北の荒地への道行も、なんのかんの云って妨害する。 そう云うヤツだ」
「…………いけない事なの?」
「あぁ、いけない事だ。 リーナには、『精霊誓約』がある。 薬師の誓いもな。 何重にもリーナの身には、重い頸木の『誓約』が課せられているんだ。 その相手が……な。 もし、リーナの道行を彼女の身を案じていると云う ” 正統な ” 理由で妨害しようものなら…… な。 相手方にとっては、織り込み済みなんだよ、リーナの身の危険は。 それが故に、あの方々は、リーナに『加護』を、お与えに成っている。 それも幾重にも。 それが『精霊の愛し子』と云う者なんだ。 判るな?」
「…………」
まだ、容易に言葉を紡ぐことは出来ない私を、ピールさんが涙目でジッと私を見つめて居るのよ。 もう、身の置き所が無いわ。 それにしても、ラムソンさん。 長年一緒に暮らして来たし、私の背中を預けられる人の言葉は重いわね。 そうよ。 私には為すべき事が有るの。 それは、違えられない、お約束でもあるの。
不肖にして、魂が肉体を抜けてしまって、仮死状態になってしまったけれど、それは私の責。 魔力を使いすぎて、昏倒した訳じゃないわ。 ……心が揺らいで、不安定になってしまった、私の弱さの証なんだもの。
――― 今回に限って言えばね。
だから、私は自身に罰を与えたの。 幽界に赴くと云う事は、 ” あの方 ” に逢える『唯一の機会』でもあったんだけど、敢えてその時間を取らなかったわ。 異界の魔人様への現状の説明と、あちらの過去や状況を詳しく、詳しく、教えて貰ったんですもの。
それが、これからの道行に大切な情報に成るって……
それが、為すべきを成す為の礎になるって……
そう、思ったかから。 だから、名前を付けられない ” 感情 ” にそっと蓋をしたの。 暴れ出す様な思いは、しっかりと胸に刻んだわ。 でも、だからこそ、この想いには、名前を付けてはいけないの。
もし、その想いに名前を付けてしまったら、きっと、私は彼を連れ出そうと、藻掻くは。 そうね、私はとても欲深なのよ。
そうなってしまうのは、” 前世 ” での私の振る舞いで良く判っているわ。 執着して縋って依存して…… 心が深く傾倒して行き、それ以外何も要らないって程に……ね。 私の弱い心では、きっとまた…… また、後悔する事になってしまうから。 だから、今は、想いに名前は付けない。 想いは深く温めるわ。 為すべきを成すまで、じっくりと…… 熟成させるのよ。
前世の私なら、もう何も見えなかったかもしれない。 だけど、ラムソンさんの云う通り、私のは幾重にも課せられた「精霊誓約」があるんだもの。
やっと、声が紡ぎだせるようになったわ。 少々、擦れた声だったけど、十分に伝わると思う。
「……ピールさん。 ありがとう。 もう大丈夫よ」
プーイさんは、私がやっと言葉を紡ぎだせるようになったのを確認して、安堵の息を漏らしたの。 ” ふぅ…… ” って、深い吐息を一つ。 限りなく優しく私を見つめる彼女に、私は告げるわ。 幽界での出来事について。 何を知り、何を思ったか…… をね。
「私は、見るべきモノは見たの。 そして、聞くべき ” お話 ” も聞けた。 ” 薬師錬金術士リーナ ” は、為すべきを成す為に生きているのだから。 精霊様方の御加護も頂いているんだもの。 心配はないわ」
「リーナ様…… グッ…… わ、判りました。 リーナ様は、穴熊族の聖地を奪還されし聖女様ですから、御身に掛けれれる誓約の数々は…… 理解してます。 プーイにも、言われていますから。 ……人族なのに、獣人族との約束を守り切ったリーナ様へ、護衛隊の穴熊族はこの命尽き果てるまで、忠誠を誓う…… って。 で、でもッ! でもッ! 無茶はしないで。 お願いッ!」
「…………ええ、出来る限りは。 皆さんに護って頂いているのは、痛いほど判っておりますから。 大丈夫です」
心温まる、ピールさんとの言葉の遣り取り。 そこに冷や水を被せてくるのは、いつも通りのラムソンさん。 ほんとに、もう……
「…………ピール。 リーナの『大丈夫』と、『心配無い』は、信用するな。 リーナは目的の為なら、容易く死地に飛び込む。 それをさせないようにするのが、我らが勤めでもある。 まぁ、あまり、気に病む事は無い。 常に側に居て、そうなったら、一歩前に出ればいいだけだから」
「ラムソン…… そ、そうね」
えっ、えっ? なによ、それ。 ピールさんも何で納得しているのよ…… 嫌ねぇ…… まるで、わたしが、とんでもない、お転婆娘って事になっちゃうよ? えっ、ラムソンさんの私への認識って…… そうなの?
やっと、ピールさんが放してくれたの。 体温も戻ってきて、動きもよくなったからかな? 寝台に横たわっていたけど、そこでやっと、態勢を立て直すことが出来たわ。 緩められていた着衣を直し、いつも通りにきちんと装備を付けた。
うん、やっぱりこれがいいね。 ちょっと喉が渇いたから、お茶にしましょうか。
^^^^^
王都のモノでは無いけれど、それなりに良い茶葉を使って、お茶を淹れたのわ。 馥郁たる香りが、この小部屋に広がるの。 ラムソンさんにも、ピールさんにもお出ししたの。 頑張って、護ってくれたんですもの、せめてものお礼にね。 茶菓子は乾燥果物。 北域では、これでも高級品よ。
シルフィーの分は、まだ、淹れていない。 茶葉は用意してあるけれど、顔を見てからね。 それにしても、遅いなぁ…… こんなになった私を知られずに済んでよかったけれど、遅いのは心配よね。
暫くして、ようやくシルフィーが戻ってきたの。 なにか、いろいろと折衝してくれたみたいね。 ちょっとお疲れ気味なのよ。 早速、彼女の献身に応えるためにお茶を一服。 いい感じに淹れられたお茶を彼女の前に差し出すの。
シルフィー…… ほんとにお疲れ様。
「よく眠れましたか?」
「ええ、とても楽になったわ。 雑事を任せてしまって、ごめんなさいね」
「とんでも御座いません。 ……よかった。 とてもお疲れの御様子でしたので、とても心配しておりました。 十分な休息が取れたとの事ですね。 何よりです」
シルフィーの表情が緩むの。 そんなに疲れていたかな、私? その言葉を聞いて、ピールさんは複雑な表情を浮かべていたの。 ラムソンさんは…… 鉄面皮が機能して、表情は一切変わりないわ。 本気で、彼女には内緒にしておくつもりね。 はぁぁ…… なんだかね。 大丈夫なのに……
^^^^^
シルフィーが、私に伝えてくれたのは、このエリオット小聖堂の状況。 エルグリッド=ノーマン司教は、とても忙しいので、お時間を頂くのはもう少し先になるそうなの。 バルバロイの街は北部辺境の中域では最大の街だもの。 聖堂教会も力を入れている場所ね。
その証拠に、エリオット小聖堂は北部の大聖堂であるヴォラス大聖堂と、同じような規模の聖堂なんだもの。 様々な施設が併設されているのも一緒。 孤児院も尼僧院もある。 それだけじゃないわ、薬師所や治癒院もね。 大聖堂との違いはその規模だけ。
そんな規模の大きな聖堂の中で、私はただ待つだけしかなかったの。 エルグリッド=ノーマン司祭の忙しい原因は、国王陛下の『北伐の宣下』の結果ね。 ファンダリア王国だけではなく、聖堂教会も引きずられるように戦いの準備に追い込まれている…… ようなの。
――― 戦は嫌いよ。
無辜の民に塗炭の苦しみを押し付けるんだもの。 必死に生きている市井の方々の、ほんの細やかな幸せも、粉みじんに粉砕してしまうのだもの。 危機が迫って居るのならば、まだしも…… 事実上、国王陛下の暴走ともいえる御宣下。
民を思うならば…… と、思ってしまうのは、不遜な事なのかな?
北の荒野からの「異界の魔力」汚染が広がっているのよ? その上、戦の準備に追われる事になってしまった。 少しでも、民の事を思えるならば、精霊様の御加護の力が薄い北部辺境域の実情を、理解していたなら……
国王陛下の御宣下は、違ったモノになっていたと、思わずにはいられなかったの。
そう、無辜の民にとっては……ね。
だから少しでも、そんな彼らの力に成りたいと思ってしまうわ。
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