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薬師と聖職者 精霊の至る場所
未知のポーションの実態。
しおりを挟むそれにしても、このポーション。
一体、なんだろう?
簡易錬金釜を使って分解しないと、完全な分解は出来ないわよね。 だって、よくわからない成分が入っているわ。 でも、いきなり、放り込むわけにもいかない。 簡易錬金釜自体が、汚染される事も考えられるのだもの。
キャリッジの荷台に上って、中に入る。 魔法灯火を付けて、明るくするの。 細かい魔法操作も必要だし、手元は明るくないと作業も出来ないからね。
予備的な『鑑定』をする為に、水晶ガラスで出来た小皿に、その得体のしれないポーション瓶から、残っているポーションを一滴落とすの。 あくまでも予備検査。 いきなり得体の知れないモノを、小型とはいえ錬金釜に放り込むのは、どうかと思ってね。
だって、このポーション。 本当に得体が知れないんだもの。
何とも形容しがたい色をしているわね。
これを飲んだの? あり得ない…… 体に悪いって感が無かったのかしら? 目に張り付けている、制限付きの【完全鑑定】の制限を全て取り払って、その一滴のポーションを見るの。 途端に、頭の中に成分やら元材料なんかが、流れる様に浮かび上がる。
高度な錬金術を使っていることは判るわ。
使っている材料がとても高価なモノであることも理解できる。
でも、何種類か、空白の記述が頭の中に流れるの。 私の知識に無いモノだった。 蓄積してある薬の材料は、人族のモノだけじゃなく、ウーカルさんから教えてもらった森の民の知識も有るのよ? それに合致しないって事よ。 まだ見ぬ新たな材料? 私が知っている、膨大ともいえる、薬剤や草木根皮の知識にも無いモノ?
一つの仮説が、私の頭の中に浮かびあがる。
嫌な汗が、額を流れて落ちる。
もし…… もし、私の考えが合っていたら……
封印してある、「異界の魔人」さんから頂いた、あちらの世界の知識に合致するものが有るのかもしれない。 ありえない事だけれど、それでも、その可能性がある限り、試してみる価値はあるわ。 だって、私は薬師錬金術師。 好奇心や探究心なら、人一倍持っているもの。
また、それが、薬師錬金術師である資格だと、おばば様にも、ご鞭撻頂いた。 だから……
恐る恐る、その知識の封印を解き、当ててみるの……
途端に流れ出す、膨大ともいえる、鑑定結果。 脳裏に溢れだしそうなほどの情報が流れ出したわ。 異界の魔人さんから、魂に転写されていた、あちらの世界の、知識と知恵が…… 次々と…… 次々と……
――― なによ、これ!
狙った効果を求めているのでは無いことだけは確か。 だって、これ…… あちらの世界の理でも、” 禁忌 ” と呼ばれる種類のモノだったんだもの。 成分は…… 成分は……
【異界の魔物の血肉】
それも…… 魔人のモノ。 この世界には、魔人さんは居ない。 そして、【詳細鑑定】は綴る。 その魔人は、この世界の ” 人 ” が 「身体大変容」したモノ。 つまり…… これを作った人は、敢えて、人を異界の魔力に曝し、人を人外のモノへ変化させた後、ポーションの材料と成した……
使われているのは…… 『心臓』と『肝』と『血液』
効果は、この世界の ” 人 ” を穢し、汚染し、そして、魔人化する事。 意識を留め、その上、上位者の言葉を忠実に実行する様に頸木を付ける。 魂を鎖で縛り、思いのままに動かす、そんな『傀儡』の呪いに似た状態を作り出す。
さらに、肉体は魔人化され、強化し、痛みも覚えず、何処までも強靭化する。 異界の魔物以上の強靭さを生み出すように……
人工的に作り出された、異界の魔物…… 人がその元になっている魔物の、『心臓』と『肝』と『血液』を、錬金素材となす。 もう…… まともな人のやることじゃないッ!!
もう、嫌だぁ……
なによ、なんなのよ…… そんなモノを使うって……
流れ込む、素材の元情報に血の気が引いていくの。 係累の居ない孤児を使い…… 異界の魔力に弱い幼い女児を素材にした…… 嫌がる女児に、ファンダリア王国北辺で捕まえた異界の魔物の肉を食べさせ、血を飲ませた…… 徐々に身体大変容を始めるその女児を冷酷に見つめる目……
素材にされた、女児の記憶が流れ込んでくるの…… その子の痛みや苦しみに至るまで…… 私の中に。 今、そこに在るかのように……
気が付けば、その女児の嘆きと悲しみに、私がかなり取り込まれた状態に成っていたの。 引き離そうとしても、縋り付く彼女の残留思念…… もう、もう、体中が熱い。
身体大変容が極限まで進み、作業台に縛り付けられ、心臓を抉られ…… 肝を抜かれ…… あふれ出る血を抜き取られ…… それでも、魂は捕縛され続ける…… 痛みと恐怖が、私に流れ込んでくるの。
ポーションの詳細を、読み解けば、読み解いていく程と、ほんとに反吐が出そうになったわ。 込み上げて来るモノが有るのよ。
” もう大丈夫。 私が解放してあげる。 苦しみの無い、遠き時の輪の接する処に、送ってあげる。 だから、だから…… 離れて! お願い!! ”
強引に意識を取り戻し、血の気が引いた私は、【灼熱の業火】を無意識に紡ぎだし、水晶ガラスのお皿ごと、その一滴のポーションを燃やし尽くしたの。 そして、【清浄浄化】の魔法陣を紡ぎだして浄化したわ。
はぁ、はぁ、はぁ……
こ、これじゃぁ、前世の私と同じよ…… 贄よ…… な、何でこんな事を……
うぷっ……
うぷっ……
よろめくようにキャリッジの荷台から降りて、その場で胃の中のモノを吐き出してしまったの。 シルフィーが慌てて、背中をさすってくれる。 ピールさんが、奇麗な布を取り出して、口に当ててくれた。 ラムソンさんは、周囲に視線を投げ、危険があるか見極めてくれている……
違うのよ。 誰かに何かをされたわけじゃないの。 鑑定結果に思わず……ね。
「リーナ様! リーナ様! 如何なさいました!!」
「はぁ、はぁ、はぁ…… シルフィー。 あのポーションは、この世界にあっては成らないものです。 決して、決して!」
「そ、それは、どういう意味なのですか?」
「アレは…… 人を『魔人化』するポーション。 姿形はそのままに、中身を魔人となすモノ。 私たちこの世界の理の中に居る者とは、根本的に違います。 ……シルフィーが急所近くを狙っても止まらない筈です。 あの十六人が、全て同じ…… 一体何なのッ! 『 人 』 を、あんなモノに為して、何が目的なのッ!!」
シルフィーは、私の背を撫でつつ、沈黙し、熟考している。 ラムソンさんは、周囲に脅威が無いことを確認できたのか、荷馬車の中から、水袋を持ってきてくれた。 ピールさんは、もう一台の荷馬車から、簡易寝台を取り出し、組み立てているの。 グルグルと回る視界。 よろめく足元。
シルフィーが手を貸してくれて、組み上がった簡易寝台の上に横たえてくれたわ。 気持ちの悪さは今も続く。 なんだってあんなモノを錬成したっていうの。 簡易錬金釜に入れなくて、本当に良かった。 予備的な「鑑定」をしてなかったらと思うと、ゾッとするわ。
あんなモノを錬金釜に入れたら、それこそ大惨事になっていたわよ。 錬金釜が汚染されるだけでなく、据え付けられているキャリッジも、そして、汚染が大きく広がったら…… この小聖堂にも影響が出ていたはず。 ほんとにもう! あんな危険なポーションなんてッ!
慌てて、焼滅して、浄化したから、大丈夫。 ええ、大丈夫よ。 たった一滴だったし、それなりの防御はしていたもの。 でも、アレを飲んだの? 残していたって事は、あの方…… とても危険なモノだと、認識していたの? ほかの瓶は中身は無かったのよ。 それでも、その残滓はあるんだけど、ちゃんと、分析できるような分量が入っていたのは、その一瓶だけ。
……でも、その用心も意味は無いわ。 だって、一滴でも口にしたら、体内で増殖して、いずれ魔人化は避けられないもの。 二重にも三重にも厭らしいポーションなのよ。 もし…… もし、このポーションを水源なんかに放り込まれたら!
更に気分が悪く、顔色が悪くなったの 自覚できるほどだから、シルフィーの表情も曇る。
「リーナ様、少々、お休みください。 手続きなどはわたくしがやります」
「ごめんなさい。 シルフィー。 ありがとう…… 本当にゴメンなさい。 あとで、ちゃんとご挨拶に向かいます。 少し…… 休みます」
「毛布はこちらに。 ピール、頼む。 ラムソン、警戒は厳重に。 私には遣る事が出来た」
「「承知」」
シルフィーが倉庫から滑るように出ていったの。 くるくると回る視界を如何にかすべく、瞼を閉じるの。 気持ちの悪さは、潮が引くように引いていく。 それにしても……
――― なんだって、あんなモノを ―――
と、思考の海に沈みつつも、それまでの旅路の疲れからか、次第に意識が遠くなり、やがて睡魔の微睡に捉えられ、深く深く、微睡の闇の中に引きずり込まれていったわ。
意識から手を放し、たゆとう闇に身を任せる。
ラムソンさんとピールさんが居るから……
安心して眠れる……
蓄積した疲れが、解けていく感覚がしたの……
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