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薬師と聖職者 精霊の至る場所
暴威の聖堂騎士 迎撃の薬師 彷徨の神官戦士
しおりを挟む―――― 私の馬車は疾走する。
ガラガラと回る車輪。
軋む台車。
飛び交う、魔法の火球、雷撃、水流。
焦げ臭い匂い。 電撃が焼いた空気の何とも言えない、嫌な香り。
私の張った簡易防壁が幾度も、その攻撃を弾く。 襲撃は突然だったわ。 追い駆けてくるのは、煌びやかな甲冑を付けた重装騎士の方々。 問答無用に、抜刀して迫ってくるの。 魔法の詠唱がまるで漣の様に聞こえるわ。 追撃して、何としても、私を落とすつもり満々ね。
シルフィーは…… 苦虫を噛んだように表情が歪んでいたの。 完全に想定外だったと云わんばかりね。 そんな緊迫した中、左腕の中から、ホワテルが語りかけてくる。
” どうも、狙われているのは、リーナはんやさかい、後ろの馬車は退避させまひょ。 グリーニーとエイローが、御者に付くさかい、安心しとり。 ”
” えっと…… あちらが、本命なのでは、無くって? ”
” アレをどうにかしようとしたって、無理でんがな。 早々に見切りを付けよるよ ”
” うん? どう云う事? ”
” アレを引いているのはなんやったか、覚えとらんのか? ペガサスやよ? そんで、御者は妖精騎士。 その組み合わせで退避ちゅうたら、お空に決まっとうやろ? わいは、こないだ解放した、「妖精の森」経由で、ケーナを呼び出すよって、少しだけ待っててやッ! ”
” う、うん。 判った…… ラムソンさんに走ってもらう ”
” 気張りや。 なんやったら、シュトカーナ様が結界張るし、ブラウニーやらレディッシュが、その辺りからゴーレム呼び出しよるからな。 けど、先に進む方を優先するんやろ? 立ち止まっとう時間は惜しいんやろ?”
” うん…… そうね。 そうよね。 判った。 逃げつつ、待ってる。 相手は…… 聖堂騎士団だもの。 排除するにしても、命は奪いたくないもの ”
” リーナはん、行きなされ。 疾く、行きなされ ”
ホワテルの云う通り、後に続いていた二台の荷馬車が、浮かび上がるの。 屈強なペガサスさん達が、馬車ごとお空に駆け上がるの。 ちょっと、あっけにとられてしまうわ。 あんなの…… 見たことない…… 特殊なガラスの向こう側の、おかしな情景に混乱したのは、なにも私だけじゃないわ。
私たちの後を追っていた聖堂騎士達も、その情景に度肝を抜かれて、ちょっと行き足が遅くなる。 ラムソンさんはそんなスキは逃がさない。 さらなる疾走の為に、馬さんたちに鞭を入れ、その場から撤退を敢行するわ。 御者台のラムソンさんが、キャリッジの中の私たちに言葉を紡ぐの。
「リーナ。 アレは、” 待ち伏せ ” と、思っていい。 どこでこちらの『情報』が漏れたのか判らんが、あいつら、真っ直ぐに俺たちを狙ってきた。 シルフィー、アレは聖堂騎士だろ? 聖堂教会はこっち側じゃなかったのか?」
「ラムソン。 その認識は間違っている。 あいつらはあちら側。 聖堂の戦力でこちら側なのは、数少ない本物の神官戦士だけだ。 それも爺ぃ共だから、こんな場所には来ない。 聖堂騎士団は、野盗と変わらん」
「そうか…… まぁ、どちらにしても、現状は変わらんがな。 多勢に無勢という訳だ。 ピールは、後ろの馬車だっただろ? 退避させて良かったのか、リーナ」
「森の中でもない、こんな開けた場所で、ピールさんを投入しても、一時の足止めにしかなりません。 相手は一個小隊ほど居られます。 回り込まれるだけです。 そんな場所にピールさんを残すことはできません。 ホワテルも判っているから、空に逃がしたのですよ」
「…………まぁ、そうなるな。 後で、ピールに怒られるな、これは」
「仕方ありません。 大切な仲間を、死地に置き去りにするような真似は、しませんから!」
「リーナなら、そう言う。 知っていた。 ……前方に丘。 あそこ迄、行って一旦、重防御で守りを固め、俺とシルフィーで迎撃する。 いいか?」
「今は、それしか…… 方法はありませんね。 援護は私がします」
「あぁ、援護だけだぞ。 決して、前線に出るな。 重防御にて、この馬車と共に待っていて欲しい」
「……仕方ないでしょうね。 判りました」
シルフィーは、キャリッジの中で、侍女服を脱ぎ棄て、『疾風の風』の姿に変わったの。 ぴたりと体に沿う、その装備の背に私は手を当てる。 掌に魔法陣を書き出して、定着させたの。
驚くシルフィー。 その顔を見て、柔らかく笑みを浮かべて応えたの。
「シルフィーは無茶をします。 ならば、【隠形】の魔法術式を貴女の装備に ” 符呪 ” しました。 貴女の基本的能力と相まって、貴女の姿を追う事はかなり困難になります。 ……ラムソンさんは、ああですから、彼に攻撃は集中するでしょう。 彼が金床。 貴女が槌。 熱くなっている聖堂騎士を叩いてください」
「 ” 槌と金床 ” ……か。 承知した。 リーナの術式は硬い。 安心だな」
「シルフィー。 過信はもっての外です。 戦闘では何が起こるかわかりません。 それに、相手は聖堂騎士。 ファンダリアの民でもあります。 穏便には行かないでしょうが、出来るだけ命は奪いたくはありません」
「 判っている。 殺すことは、敵対していても、相手はファンダリアの民。 徒にその命を奪うことを、リーナは良しとしない。 知っている。 ……もうすぐ、ラムソンの云う丘だ。 止まったら出る。 リーナは馬車の中で、強固な【重防御】を展開してほしい。 後ろを気にせず、” 槌 ” と、成ろう」
「……出来るだけ、そのように。 馬車が止まります」
「行くぞ」
するりと扉を抜け、シルフィーが馬車の外に出るの。 ラムソンさんは馬を止め、御者台から飛び降り、両手剣を掲げつつ、馬車の後ろに駆け出して行ったの。 私は即座に【重防御】を紡ぎだして、馬車の周りに重複展開するわ。 彼らにとってもその方がやり易いから……
あぁぁ、もう!! 私だって! 私だって、冒険者登録はしているのよ? 重装騎士と対峙するくらい、なんでもないわ。 ただ…… まぁ…… 騎兵だから、その突進力は侮れないけれども……ね。
――― 開けた場所。 丘の上。 周りは放棄された農地。
騎兵がその能力を十全に果たすには、もってこいの地形ね。 丘の上っていうのが、唯一の優位かな? これで、相手に歩兵がいたら…… そう思うと、ちょっと、ゾッとするわ。 拠点としては、脆弱に過ぎるんだもの。 馬車の後方で、斬撃の戦場音楽が奏でられているわ。
ラムソンさんの両手剣がうなりを上げて、迎撃している。 相手も…… まぁ…… そうね。 騎士なんだもの。 相応に訓練されているわよね。 それに騎馬に騎乗している、騎士なんだもの。 その攻撃力は、馬鹿には出来ないわ。
押されているのは…… 判るわ。 だって、相手は完全武装の聖堂騎士、一個小隊。 十六騎の騎兵を相手に、致命傷にならない様に戦闘力を奪うのは至難の業だもの。 無茶なお願いだとは、判っている。 でも、それでも…… お願いしたいの。
私たちの迎撃で、相手の『意思』を挫けたら…… 交戦を諦め、【撤退】を選択してほしいと…… ファンダリアの民同士での命の遣り取りなんて、遣りたくなかったんだもの。 そう思っていたの。
遠距離の【周辺警戒】に何かが引っ掛かったの。 これは…… 歩兵? でも……
今防御戦闘を行っている反対側の街道からの進軍? 多くは無いわ。 二個小隊位の人数。 でも、明らかなのは、騎士でも兵でもない、纏う雰囲気。 【周辺警戒】の術式に反応するのは、精霊術式を纏う一団だったの。 そう、魔法兵でも、魔法騎兵でも、そして、聖堂騎士でも無いわ。
この術式を纏うモノの名は…… 戦闘神官なのよ。
でも、聖堂教会の戦闘神官様方なんて、ここ十年では誰も任じては居られないわ。 若い戦闘神官は、唯一、居留地の森に向かわれた…… ” ユーリ ” 様だけな筈なのよ。 そのほかは、もう既に老齢の方々ばかり。
――― だから、私は、混乱したの。
ファンダリアの民であり得ない、戦闘神官の一団に。
駆け寄る者達。 戦意はとても高く、そして何よりも、彼らに精霊様の息吹が漲っているわ。 【周辺警戒】に反応している ” 色 ” は赤。 戦意も殺意もとても高い集団と云える。 狙いは……
私?
私なの?
これ以上の ” 防御 ” は、今のところ張れない。 ただ、ただ、推移を見つめるしか方法は無い。 助けを求めるには、あまりにも、遠い場所。 敵性集団のど真ん中って…… 事なのよ。
これは…… いよいよ、私も参戦しなくてはならないかも。
何にも増して、必要なのは、自身の覚悟。
唸るような音が私の口から迸るの。 目が半眼に成る。
【身体強化】の術式が紡ぎだされる。
ブギットさんに頂いた山刀の柄を握りしめ、扉の施錠を解き放ち、外に転がるように出るの。 両足で大地を踏みしめ、大空に向かって祈りを捧げる。
” 我、エスカリーナ。 精霊様の御意志を体現する者。 その歩みを止めんとする者を排除せん ”
Sed libera nos a Malo
Gloria Pet, Si Santo, sicut erat inPrincipio
Et nunc et semper et in saecula saeculorum.
memento mori.
体中に漲る ” 精霊様の息吹 ”
手に足に体に巻き付くような、そんな ” 力 ”
精霊様の御意志を阻む者には、鉄槌を。
―――― 我、薬師錬金術師リーナ。 いざ 参らんッ!!
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