その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 23 

 閑話 王権の奪還(4)

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 冬場とは言え、暖かな風が吹き、花々が咲き乱れる王丘。 白亜の巨城は、北の大陸とは違い高い尖塔を有していない。 箱が連なるような城の最奥。 王丘の頂上に立つ一際大きな建築物。 周囲をぐるりと柱が取り囲み、大屋根を支えているのが、遠く市街地からも見て取れた。

 現地の民が感じる ” 寒さ ” は、北の大陸出身の王太子妃には、感じられない。

 真冬の今の季節ですら、実家のある場所での春先に似た陽気が続く。 多少、汗ばむ程。 高貴なる王族が集う、芙蓉の間。 実家で言えば『会堂』の様な、そんな空間。 上級王家や、各王家の気の置けない方々が、思い思いの場所に座し、緩やかな集まりを持っていた。

 その様子を、腕の中に抱いた大切な『我が子』と交互に目を細めて、眺めているのはこの国の上級王太子妃。


 ハンナ=ダクレール=グランディアント上級王太子妃。


 隣の長椅子に座る、ルフーラ=エミル=グランディアント上級王太子の眩しい笑顔と共に、ゆったりとしたその時間を受け入れている。 時は、上級王 セーメイ=コクーウ=グランディアント陛下の公式謁見の後。 上級王、上級王妃、並びに、第一から連なる各王家の王と王妃が一堂に揃い、内政や外務の忌憚のない意見交換の場でもあった。

 本来ならば、絢爛豪華な婚姻式を経て、上級王太子の妻になるべきハンナではあったが、事情がありその婚姻式も、今、芙蓉の間に滞在している各王家の者達の前でのみ挙行された。 皆、ハンナに申し訳なく思っていたが、そんな事はハンナにとっては些細なことでしかない。

 胸に抱く我が子が、虚空に手を翳し、アウアウと意味の掴めぬ言葉を紡ぐ。 そんな我が子を愛し気に見つめつつも、彼女の耳はその場の会話に集中していた。




「ファンダリアの首脳部は、一応、不介入の構えをとっているな。 混乱に乗じて…… とは、行かぬか」

「あの国は今、ゲルン=マンティカ連合王国との戦端を開こうとしておりますわ、陛下。 わざわざ好んで、二正面に敵を抱え込む必要はないのでしょう。 それに、マグノリアの真王は、ファンダリアの血を引くもの。 ならば、様子見が当然となりましょう」

「リッカ。 そのようだな。 南方辺境域は、我らと善き通商相手でもある。 ファンダリアは、北との戦に力が入ろうと云うのも自明の理となるか……」



 上級王と上級王妃の会話。 ゆるりとした雰囲気の中に硬質な何かが含まれる。 戦乱は商いの元となる、経済混乱を引き起こす。 大量の糧秣、金穀が無為に消費され、国力が大幅に落ち込む。 戦に勝っても負けても、国家には、大きな負担となることは、歴史書を紐解くまでもない。

 その気運に乗じる事は、ベネディクト=ペンスラ連合王国の首脳部としては、当然すぎる事柄でもある。 大陸すら違う海の向こうの事でもある。 様々な勢力に恩を売りつけ、最大限の果実をつかみ取ろうと、各王家の配下の商会も虎視眈々と状況の推移を見守っている。

 子をあやしているハンナに、リッカ上級王妃が問いかけた。




「ハンナ。 マグノリアの今後について、どう見るかや?」




 我が子を愛してやまない上級王太子に手渡し、姿勢を正しリッカ上級王妃に恭しく頭を垂れる。 右手を左の胸の上に置き、リッカの問いに応える彼女は、王太子妃と云うよりも、情報分析官筆頭と云うべき声であった。




「マグノリア王国に於いて、電撃的な政権交代が行われました。 先の王は、弑殺され、その御首みしるしは、玉座から転がり落ちました由。 苛烈な断罪は現在も続いており、マグノリア王族を手中にしていた統一教会は解体。 さらに、佞臣と思しき執政府の大貴族達はすべて解任。 現在、彼の地の行政機能は、中下位の実務を担当していた貴族達が担っております。 すべては王政復古と呼べる政体となっておりますわ」

「して、その政体でのマグノリア王は十全に機能しているのかや?」

「まだ、緒についたばかり。 各地に雌伏しておりました、今は亡きガルブレーキ国王の藩屏たる者達が、続々と王城に入城しているとの事。 しかし……」

「しかし?」

「はい。 容易にはマグノリア国王に謁見の機会は与えられぬと」

「ほう、それは何が故かの?」

「一部の大貴族に於いて、ガルブレーキ国王陛下放逐の時、反対もせず、中には追従した者すら居ります。 第一王子であった時、王妃殿下とファンダリア王国に逃げ帰った時、現国王陛下はその者達の事をよく覚えておられます事が、その理由かと」

「ふむ…… 信に足らぬ者は、傍には置かぬ…… と?」

「まさしく。 既に、北方より現国王の片腕と成る方々も王城に入城し、辣腕を振るい始めておられるとのこと。 主に、戦場にて戦線の真正面に立ち、国を思い、力の限り戦い抜かれた若き貴族の方々と。 その行動と、血と、矜持を以て、王家と国王に忠誠を捧げた者達であるとの事。 なんにせよ、そうなれば、少なくとも国王陛下の周辺は一塊となりますわ」




 にこやかに微笑みつつ、ハンナはそう答える。 手の者はすでに、王宮にも入り込んでいる。 情報の収集も御座なりにはしていない。 たった一人、至高の玉座に座るマクシミリアンの情報は、続々と入り続けている。 ベネディクト=ペンスラ連合王国とは、良き間柄を模索しようとしていると、情報は続く。

 国内の混乱を早期に収めるためには、物資の流通を抑え、経済の混乱を最小限にせねばならず、そのためには流通を担う者を何よりも欲していた。 あえて、王宮にベネディクト=ペンスラ連合王国の者を迎え入れ、利益をぶら下げつつ、協力を依頼してきているとも。





「真王陛下は、良く見える目を持っておられるように御座います。 王権を奪取し、今までの王と成り代わることだけを目的とはされては、居られません。 その行動、言動を鑑みるに、もっと先をお考えかと、愚考いたします」

「その先? ……絶対王政を敷く、王家が未来を見るというか?」

「はい。 熟成した政体では無いのは、真王陛下もよくご存じであると。 しかし、王国は混乱の極みであるために、強力な指導力が必要であると。 その為には、何にも掣肘されぬ、強固な王権を保持する必要があるとの、見解に御座います」

「独りよがり…… では、無いのか?」

「絶対王政は、真王陛下の代で終わると。 そう思召されました。 そして、王である限り、傍には誰も立てぬ…… と」

「なに? 継嗣はどうする!」

「後宮に、大勢の御子が居られる吉。 その中で最も優秀な者を、次代の王とするとの…… ことでした」





 絶句するリッカ。 王家の過ちを正すために、自身を『捨て石』とする…… まるで、そう云うような宣下に他ならない。 それほどの覚悟を以て、王権を奪取したのかと、改めて若き王の決意を見た。 少々、眉を顰めたのは、ハンナ。 その表情を素早く見抜いたリッカは、問う。




「如何した?」

「次代をお決めになるのはまだ先の話なのですが、少々、壮絶な情報も流れてまいりました」

「なんぞや?」

「エーデルハイム前国王陛下が後宮の件でございます。 側妃、愛妾、妾、お手付きは、すべて家に帰されました。 中には既に家が無くなった者も居たようです。 それぞれに後見を付け、後宮より放逐。 後見に付く貴族も、厳選された様子に御座います」

「つまりは、その者達の影響力を潰したと?」

「はい。 国母と成る可能性のある方々では御座いますが、その権能はすべて剥奪し、未亡人としての地位のみ保証したと。 特にその可能性の高い方々が、修道院に収容された由」

「徹底しておるな」

「はい。 さらに、齢10歳以上の王子、王女の方々に於いては……」

「…………『毒杯』か。 禍根を残さぬ様にする為とは言え、苛烈な事よの」

「誠に…… 残された王子王女はそれでも十指に届きます。 ガルブレーキ国王陛下の血を受け継ぐと、確認された方々です。 養育は王城後宮に於いて。 先の王妃殿下は、王太后として、『黒紫の塔』に、お入りになったと」





 唸るような声が、リッカから漏れる。 政治的には何も発言できぬ様に、幽閉したと云う事と、先王の愚行はあくまでも、先王のみが仕出かしたと、広く公言するような、そんな行動。 よく考えられ、練られた施策でもあった。 先王の王妃を断罪するのではなく、王太后として遇しながら、その実、全く手出しが出来ないようにする。

 これでは、従来の高位貴族も手も足も出ない。 旗頭にするべき者達がすべて、抑えられている。 

 加えて、発言権を有するであろう、十歳以上の王族の子弟は全て「毒杯」を以て、処せられた。 政治的な駒として使おうにも、もう何処にもその存在は無い。

 よく、反発されなかったものだと、リッカは思う。






「恐怖を以て、統治する段階であると、そう申された由。 恐怖の象徴として、傍に ” 黒騎士 ” を置かれました。 反逆の素振りを見せるだけで、 ” 黒騎士 ” の剣が首を落とすと…… 誠、苛烈な王に御座います」

「その王が、我が国と善き関係を築きたいと? 少々、身構えねばならぬな」

「はい。 今後の動向は常に目をつけておかなくてはなりますまい。 ついては、マグノリア王国に商家の支店を置くべきかと」

「ふむ…… どの家が良いか?」

「マグノリア王国をよく知り、貴族の力関係も把握するもの。 そして、今後の推移に機敏に動ける者が良いと思われます」

「…………云ってくれるな。 ハンナ、腹案はあるのであろう? では、リッカの名に於いて、為すべきを成せ」

「御意に」





 ハンナは思う。 マクシミリアン殿下…… いや、マグノリア国王陛下は、きっと民の安寧を願う者であると。 その行動と『勅』の全ては、民の暮らしを立て直すために為されていると。 奴隷制の廃止、国軍の動員解除。 街道の整備。 農地の再開発。 精霊様への祈りの場の設置。 教会は…… まだ、組織化されてはいない。 が、民が信ずるモノへの祈りは決して邪魔しては成らぬと、そう宣言された。



 ―――― 間者の術者は云う。



 精霊様の息吹が戻りつつあると。

 マグノリアと云う国は、精霊様の御加護を取り戻しつつあると。


 …………誰が、マクシミリアンにその強い意志を植え付けたのか。 小さく聞こえる、声が一つ。




 彼以外誰も居ない玉座に於いて、呟かれたマクシミリアンの言葉。







 ” あのひとが…… 私が為すことを見れば、嫌悪に眉を顰められるだろう…… しかし、やらねば、マグノリアは沈む。 民が苦しみ、塗炭に喘ぎ、以て王国は本当に瓦解する。 ならば、悪しき王は必要なんだ。 そうでしょ、薬師錬金術師殿。 同行を乞い、この国に遍く光をもたらして欲しかった…… いや、今からでも遅くはない。 直接にでも、お願い申し上げ…… 欲を言えば、我が隣に…… ”







 ハンナは、フンと鼻を鳴らす。 その望みは、絶対に訪れないと。 ハンナの目に光がある間は、絶対に阻止すると。



 暗く、重い笑みが、ハンナの美しい顔に浮かび上がった。








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