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断章 23
閑話 王権の奪還(3)
しおりを挟むまるでロマンスティカを庇う様に、エドワルド=バウム=ノリステン子爵が言葉を紡ぐ。
それが、自分の役目だという様に。 そう、目の前の賢女にそう 『 役割 』 を与えらたが故に。 そして、その役割は何にも増して、自身の歓びに直結している故に。
「こたびの快挙には、相当にアンソニー=ルーデル=テイナイトししゃ…… いえ、彼は王国籍と王国貴族籍を離脱しましたから、アンソニーとだけ言うべきでした。 彼のマクシミリアン殿下に対する献身が大きいと…… そう、報告が上がっております。 『月夜の瞳』、『眺訊の長き手』、『王家の見えざる手』、そして、ロマンスティカ様の配下の『影』…… それぞれの報告を集約するに、そういった結論となりました」
「あぁ…… あの戦バカの孫だろ? 獅子王陛下の傍に付き従い、最後まで陛下の『盾と剣』となり、身を賭して陛下をお守りした…… そうか…… そうさね。 テイナイトの血筋か。 あの血を受け継ぐ者が、傍にいれば、戦場では無敵さね」
「蜂起軍を率い、居留地の森に侵攻した、マグノリア正規兵の補給線を絶ち、救援に向かった、王都の予備兵を誘引したのです。 ファンダリア王国軍の基準では、軍隊とも呼べぬ烏合の衆を率いてです。 まったく、奴は……」
「当り前さね。 テイナイトの漢ならば。 テイナイトならば、万軍を相手にしても、怯える事はないね。 そんな漢だったよ、そいつの爺さんもね。 そんな漢を心酔させる、マクシミリアンもまた、血筋って事だろうねぇ」
ニヤリと凄みのある笑みをその老いて尚美しい顔に浮かべる、ミルラス=エンデバーグ。 しかし、一転、その笑みが強張る。 何かを思いついて、その思いつきに恐怖が競り上がって来たようだった。 強くしなやかな声が僅かに震え、エドワルドに問いただす。
「まさか…… まさか、戦闘神官と、魔導童女まで、揃っているんじゃないだろうね?」
「戦闘神官は存じ上げておりますが、魔導童女とは?」
「戦場を駆ける、戦術魔術師さね。 あぁ、薬師錬金術師でもあったな。 私のこったよ。 で、どうなんだい?」
「…………戦闘神官ならば、ユーリと云う戦闘神官が、居留地の森に赴いております。 戦闘神官の試練を受けに…… と」
エドワルドの言葉に、目を剥いて驚きを隠せないミルラス=エンデバーグ。 声の震えはさらに大きくなり、エドワルドへの問いが詰問に代わる。
「馬鹿かッ! それを、神官長共は許したってのかい?!」
「はい…… とても、危ぶまれておりました。 その懸念は現実のものになってしまっております。 ユーリは…… 居留地の森にて、行方が分かりません」
「あぁぁぁ…… なってこったい。 行方が分からない? 坊やの傍には居ないのだね?」
「はい。 残念な事では御座いますが…… しかし、決して死んではおらぬと、そう神官長パウレーロ猊下が仰っておいでです。 精霊様から、ユーリ=カネスタント=デギンズの魂は保たれていると「託宣」を受けられたとか」
「ちょっと待て。 ユーリとかいう神官…… デギンズだと?」
「はい…… フェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿の御子に御座います。 が、従僕の洗礼を与えられたのは、特例を以て還俗から戻られた、フォーバス=ヅゥーイ=デギンズ枢機卿…… ユーリの伯父に当たる、南方辺境領 セトロ=アレンティア大聖堂 南方特別教区 の先の大司教 神官長デギンズ猊下にございます」
「…………知ってるね、その名は…… そうかい…… そうだったんだね。 し、しかし…… これで、三人衆が内、二人……か。 で、クソガキ! あとの一人ッ! 魔導童女に心当たりはッ!」
真剣な目で、エドワルドを見つめる、鬼気迫るミルラス=エンデバーグ。 座っていたソファーから腰を浮かべ、乗り出すように問いただす。 その強烈な視線を受けつつ、たじろぎながらも、必死で言葉を紡ぐエドワルド。
「魔導童女…… と申されてましても…… そのような役職は今のファンダリア王国は存在しておりません。 ………………が、先ほど、賢女様が仰られた…… ” 私のような者 ” となれば…… 一人だけ、心当たりが……」
「誰なんだい?」
「東方に向かわれず、西方に赴き、ク・ラーシキンの街、シャオーラン小聖堂からその足跡を消した、『辺境の聖女』様…… マクシミリアン殿下が同行を望まれ、そして、却下された方…… ええ、そうです。 わたくしに、心当たりがあるとすれば…… ――― 薬師錬金術師リーナ ――― 以外には、居られません」
ドサリと浮かび上がった腰を落とすミルラス=エンデバーグ。 その表情には安堵とも不安ともつかない表情が浮かび上がる。 呟くように、口から洩れる言葉が、その場にいた者達の耳朶を打つ。
「なら…… それなら…… まだ、安心だね。 再来かと…… 感じてしまったよ。 おい、ノリステンのクソガキ。 お前のん所の影と、ティカの影、総動員してあっちの動向を探れ。 万が一って事がある。 阻止部隊も必要か……」
「お師匠様は、何を仰っているのですか?」
安堵の表情を浮かべるミルラス=エンデバーグに、思わずロマンスティカの口から疑問の声が上がる。
「判らんのかい? 獅子王の血脈と、英傑王の血脈を受け継いだ ” 漢 ” が心を決めたんだ。 その傍に、戦場馬鹿のテイナイトの血脈を受け継ぐ者がいる。 さらに、戦闘神官も揃うって可能性すらあるんだ。 もし、そこに、リーナが合流してみろ…… 統合戦役の再来になりかねん。 英傑の獅子が、戦闘馬鹿と、戦闘神官を傍に置いたら…… どんな血の雨が降るか…… 私は恐ろしいよ。 あの、血で血を洗った時代を知っている身とすればね。 いいかい、クソガキ。 何としても、あっちの内戦を早期に終了させろ。 どんな手を使ったって構いはしない。 アレが血に酔う前に…… これが、老人の杞憂であって欲しいんだがね。 …………英傑たちの『血』を呼び起こされた ”英傑の獅子” が、血に酩酊したら…… 目も当てられないよ」
ミルラス=エンデバーグの危惧を、ロマンスティカは思いのほか意外に感じてしまった。 彼女の師匠がマクシミリアンに何を危惧したか。 どうしてそこまで焦る必要があるのか……
ウーノル王太子から、マクシミリアンは ” 蒼 ” に染まったと、そう聞き及んでいる。 ならば…… 彼がファンダリアに牙を剥くような事にはなる筈も無いと。
「お師匠様。 マクシミリアン殿下は、ウーノル王太子に忠誠を誓われておられます。 御自ら、” 蒼 ” に染まったと、そう申されておられました。 お師匠様の御懸念は…… 不要かと?」
「…………年寄りの思い違いであったら、良いんだがね。 ティカよ。 血の酩酊は怖いぞ。 目的と手段と、そして、何よりも、精霊様に誓った『誓約』でさえも………… 押し流してしまう『衝動』が、起こりえるんだ。 ……獅子王陛下が『北伐』を決せられたのも…… 血の酩酊による、判断の失敗からさッ…… パウにも止められんかった。 わたしは、後を付いて逝くだけだったからねぇ。 だから用心せねばならんのよ。 干渉することは…… 血に酔わさない為に留めておくべきなんだろうけどね。 ……でも、よく見ておくこった。 あとで後悔しても、遅いからね」
「…………心得ました」
ロマンスティカは、ミルラス=エンデバーグの言葉に、深い悔恨の情を見つける。 それは、獅子王陛下の御代。 獅子王陛下を抑えられなかった…… 雄大で神聖ともいえる、大森林ジュノーを焼いた、激しい自責の念とも云えるものだった。
だからこそ……
ロマンスティカは理解する。
誰しもが希求する、平和と安寧を護るためには、どんな些細な事でも見逃すべきではないと。
それが、たとえ……
ウーノル王太子が信を置いている ” 漢 ” であっても……
手を胸の前に組み、煤けた天井を振り仰ぐ。 小さく…… 本当に小さく、祈りの言葉を口にする。
” 精霊様…… 人の業の深さ…… お許しください。 ただひたすら、安寧を求め、精霊様の御心に縋るばかり。 どうそ、どうそ、お見捨てになりませんように。 ロマンスティカは、祈りと共に誓います。 先は茨の道であろうと、光を掴むまでは…… 鬼にでも羅刹にでもなりましょう…… 民を…… 生きとし生ける者達に、どうぞ、どうぞ…… 御加護を……
リーナ…… 私の大切な義妹。
貴女に会いたい。
会って、この世界の理不尽を語り合いたい……
どうして、こんなにも……
―――― 安寧は遠いの ―――― ”
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