その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 23 

 閑話 王権の奪還(2)

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 王城コンクエストム 王宮学習室にほど近い特別に用意された一室。 ウーノル王太子の命令で用意されたその部屋への訪問は、極、極、限られた者にしか許されてはいない。


 薄暗い中々の広さの部屋。 調度品はそれなりに整っている。 部屋の中ほどに、大きな執務机。 深い色をした豪奢なしっかりとした造りの机の上には……



 山となった書類の束が所狭しと置かれている。



 部屋の片隅には、怪しげな湯気を上げる、錬金釜が数個。 小型ではあるが、釜の胴体に刻まれている魔法陣の数は多く、その難易度は計り知れない。 周囲に置かれた木箱には、王宮薬師院の紋が彫り込まれてもいる。 さらに、書棚には多くの魔導書が備え付けられており、それも、一部は抜き取られた歯抜け状態。

 執務机の前に応接用のローテーブルが置かれ、両側には座り心地の良い三人掛けのソファーが二つ備えられている。 が、その一つはすでに人が座る事は出来ない。 座面に置かれた毛布がクシャリと投げ捨てられるように置かれ、その上に一人の人物が鎮座していたからだった。

 さらに、ローテーブルの半分は書籍、魔導書が積み上げられ、数冊は閉じられもせず頁を広げられたまま、蝶が花に止まるように置かれている。

 辛うじて反対側の三人掛けのソファーのみが、この部屋の中で、客人を迎える事の出来る希少な空間となっていた。 毛布が叩きつけられた様に置かれているソファーに座る人物が、足をローテーブルの上に投げ出して、胸の前に魔導書を置き、集中して読み解いていた。

 三人掛けのソファーの方には、王宮学習室の教務官職の官服を纏う妙齢の婦人、王宮魔道院のローブ姿の少女、内務の官服を纏った年若き官吏が座っている。 ローテーブルの上には、芳醇な香気醸す茶器が置かれているが、誰もカップには手を付けていない。 妙齢の婦人が、部屋の様子を伺いつつ、呆れたように『言葉』を口に乗せる。





「相変わらずですね」

「筆頭教育官もな。 そんなにしゃちこばってたら、王太子妃だって辛かろうよ」

「アンネテーナ様は御強いですわよ。 そう、エリザベート様と同様に。 流石はドワイアルの血筋と云えましょう」

「そうさね。 あの血筋ドワイアル大公家の者は我慢強い。 けどね、それを当たり前と思っちゃいけないよ。 うまく息を抜いてやらないと、何もかも『自分の責務』だって、思っちまう。 そうだろ、メアリ」




 苦く笑うのは、メアリ=アイリス=スコッテス女伯爵。 三顧の礼を以て、ウーノル王太子に王宮学習室に招聘された、かつての王宮教育室 筆頭教育官。 ウーノル王太子に招聘されてから、旧職に復職を命じられ、アンネテーナ=ミサーナ=ドワイアル 大公令嬢 と、ベラルーシア=フォースト=ミストラーベ大公令嬢 の王妃教育に尽力している。




「とは言われますが、アンネテーナ様も、ベラルーシア様も、それぞれ御傍に立つ方の善き伴侶とならんことを願われておられますわ。 お答えするのは、教育官たるわたくしの使命と信じております。 ……それにしても、この御部屋、何とかなりませんの、エンデバーグ卿」

「はッ! 王城内に留まれば、どう過ごそうと勝手だと、ウーノルの小僧に言質はとったさ。 嫌なら、とっとと、百花繚乱に帰るだけさね」

「はぁ…… また、そのような…… 王宮魔道院、特務局筆頭ロマンスティカ嬢も困ってらっしゃいますよ?」

「あぁ? ティカは私の弟子さね。 弟子が師匠に意見するってのかい?」

「そうやって、また、困らせる……。 何も言えぬからこそ、お困りなんですよ。 ……判ってらっしゃるのでしょ、エンデバーグ卿はッ!」

「まぁ、そんなに怒るな。 眉間の皺が深くなる。 お奇麗な顔が台無しじゃないか。 ……はぁ、まぁ、努力はするよ。 ここにゃ、妖精共もおらんしな。 つい、百花繚乱と同じように過ごしちまう。 ティカ、お前が世話してくれてもいいぞ?」

「エンデバーグ卿ッ!!」

「ハハッ! 冗談さ。 冗談さね。 …………リーナが居ったら、云わんでもやってくれたんだけどねぇ」

「ツッ!!! お、お止めください! その名を出すのは! ようやく、ロマンスティカ嬢が落ち着かれたと云うのにッ!」

「メアリ、大丈夫さ。 お前の言葉を借りるなら、ティカも相当に強いんだ。 あぁ、強いとも。 心配は無用さね。 な、ロマンスティカよ。 …………さて、雁首並べて、私の所に来たってことは、何かあったんだね? 坊主が何か始めようってのかい?」




 胸の上に広げて、文字を追っていた魔導書を閉じ、ローテーブルの上に置く。 身を起こし、出されているカップを手に取り、一度深くその香気を吸い込むと口をつけた老女。 「海道の賢女」 ミルラス=エンデバーグは深い色の瞳をさらに深くして、ローテーブルの向こう側に座る三人に視線を投げた。


 ―――― 王宮魔道院のローブを纏う少女が言葉を発する。


 深く静かな声で、はっきりと、そして、事実を伝えようと、真摯に実直に。 





「お師匠様。 隣国、マグノリア王国、王宮にて、ガルブレーキ=トップガイト=マグノリア先王陛下が王子、マクシミリアン=デノン=殿下が、叔父である、現国王陛下、エーデルハイム=カーリン=マグノリア様を弑殺され、王位を奪還されました」

「ほう…… ミラベル王姉殿下の御子がねぇ…… やるもんだ。 そこまで、胆力を持った子が出来たのは、重畳、重畳」

「驚かれないのですか?」

「驚く必要があるのかねぇ…… 外戚とは言え、獅子王陛下の曾孫。 その上、獅子王陛下が盟友たる、マグノリアの英傑王の曾孫だぞ? あの当時を知る私からすれば、その両方の血を受け継ぐ者ならば、まぁ、想定内ってところか。 その上、傍にも誰か居るんだろ?」





 言葉に詰まるロマンスティカ。 長い長い時を生きている、師匠は王族の連枝や他国の王族にも詳しく知っている。 それは、ロマンスティカが書物で得た知識を凌駕すらしている。 隠された関係性や、獅子王陛下時代の混乱で失われた、今は無き王国や族国の者達の事さえも、ミルラス=エンデバーグと云う老女は掌を指すように、記憶し諳んじて居る。



 ” 故に、彼女お師匠様の眼には ” 今 ” の状況はある意味必然と映っているのかもしれない ”



 と、ロマンスティカは思う。 とても敵わない。 お師匠様の様に成るには、まだまだ精進が足りない。 唇を噛みしめ、己の小ささに溜息が漏れそうになるのを懸命に堪える。 未だ、薬師錬金術師リーナからの連絡は入らず、師匠より、彼女の生存だけは伝えられているロマンスティカは、心の中に大きな空洞を抱えていることを自覚していた。

 こんな時に、一言だけでも…… 彼女の声が聞きたいと、そう希求する。 それほどまでに、ロマンスティカの中で、薬師リーナの存在は大きな物になっていた。 懸命に、懸命に寂しさは堪える。 ただ、少し…… ほんの少し…… 心の内で弱音が零れる。





 ” マグノリアの大きな政変を、報告に来たと云うのに、全てを見通されておられた。 時が満ちただけって、云われた様なものね。 リーナ…… どうしよう…… ”





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