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薬師錬金術士の歩む道
北部辺境の安寧の為に (3)
しおりを挟む――― 心から、ファンダリア王国の安寧を求められたお母様。
……「異界の魔人様」のお話。 ティカ様に読ませて頂いた、お母様の職務日報。 お母様の書かれていた日記。 おばば様から伺った、お母様のご様子…… その全てと、私の朧気に成っている、前世の記憶が、前世と現世のお母様の試行錯誤を浮き彫りにしていたの。
そして、前世に於いて、何故 私があれほど、愛する人の為だけに、『驕慢』に『傲慢』に振舞っていたか、その理由すら思い至っていたのよ。
―――― 考える時間は、沢山あったんだもの。
王都ファンダルが広がるにつれ、露呈するミルラス防壁への魔力供給問題。 獅子王陛下の御代から、王都ファンダルは広がり続けている。 王城コンクエストムもまたしかり。 ミルラス防壁の魔法陣では、拡大された王城すべてを包み込むことが難しくなっていたの。
無理に防壁を拡大したとしても、絶対防御を誇るミルラス防壁でも、魔力供給が薄く成れば、魔法陣は瓦解する。 聖職者さん達の魔力供給ですら限界に近かったらしいわ。 それに、もう、ミルラスは王都には戻られない。
ご自身で…… 王妃として、為さねばならない事は、『防壁の強化』と、『新たな魔力の供給源の入手』だったのよ。 途轍もない重圧が、お母様の双肩にかかった…… 代々、防壁の保守管理は、王妃殿下の職掌でもあったから…………
――― そして、見つけられた。
様々な伝手を駆使して、手に入れられた、「大召喚魔法陣」の術式の数々。 そして、多分、統一聖堂からも流れてきたであろう、「異界の魔法」についての知識。 手にされたのは、異界の魔法である、【魂の捕縛術式】と【魔力抽出術式】。
人の持つ体内保有魔力を強制的に取り込む魔法陣だったのよ。 そして、それを、ミルラス防壁に組み込まれた。
―――でも。
その為に、お母様は、予期せず「異界の魔人」さんと契約を結んでしまったのよ。 そして、ご自身の中で『異界の魔力』に侵されていったの。 優秀な魔術士でもあったお母様でも、それを止める手立てはなかった。
汚染が進み…… 意識を喰らわれ…… 意識を奪われた時に、お母様が欲して止まなかった、陛下の愛を無意識に求めてしまった…… お母様は、即物的な【魅惑】を用いて、ガング―タス陛下の愛を強制的に…… その身に受けてしまわれたのよ。 結果…… 新しい命がお母様に宿ったの。 それが……
――― 私 ―――
……それが、エスカリーナ=デ=ドワイアル と云う…… 者だったの。 お母様の国を愛するお気持ちは判るわ。 どんな手段を用いても、ミルラス防壁は強化されねばならない。 愚かなお振舞を成される、国王陛下のご様子から、王都の守りは万全を図らねば、成らなかった。
でもね……
でもね……
それは、悪手だったのよ。 前世の記憶は、私の死を以て終わっているわ。 あの処刑は…… 今ならわかる。 あれは……
―――私を「贄」にするためのモノだったって。
私が十八歳前に「贄」にされたのも、なんとなく理解できるしね。 ミルラス防壁の暴走は、既に始まっていたのよ。
それを抑えるために、膨大な魔力が必要だった。
それが……
――― 私が生れ持っていた、魔力 ―――
ティカ様と、ミルラス防壁の術式を編みなおした時、理解できてしまったんだもの。 あのまま何の手も打てず、術式の中に組み込まれている、「異界の魔力」の術式を放置していれば…… あと、二、三年の内に、” 人の手 ” では、制御しきれなくなっていたもの。
それを”人の手”に、取り戻すためには、莫大な量の魔力が必要だったのよ。 一般の方々…… 重罪人の人達の内包魔力では、到底足りるはずもなく…… 貴種であり、王族の血を引く私の「闇」属性の大量の魔力が必要だったの。
――― きっと…… それを見出したのは、前世のティカ様。
そして、私が驕慢に振舞うように、誘導されたのも…… 義御姉さまだったの。 前世の私が罪を重ね、罰として「贄」となるように…… 誘導されていたのよ。 最後の日。 あの時、あの場所から見た、バルコニーに居た影は、きっとロマンスティカ様。 もう、ほとんど霞の向こう側にあるような、記憶の断片なんだけれど……
――― 妙にそのお姿だけは、印象的に記憶に刻まれているんですもの。
……だからって、ティカ様をいまさら恨むような事はしない。 だって、そんな風に誘導されたって、私が私自身で選択した結果なのだもの。 あの方を愛する事に汲々として、何も見えていなかった、愚かな娘だったんですもの。
そして、それは、前世の出来事なの。 そして、現世ではティカ様と、力を合わせて、ミルラス防壁の魔法陣を原初の姿に作り替えたんですものね。
今は、ミルラス防壁を維持するのに必要な魔力を、精霊様への ” 祈り ” をもって収集しているわ。 もう、汚染され、歪むことも無い。 だから、私は精霊様に王都ファンダルを離れる事を許可されたのよ。 思し召しは、きっとそう。 あの防壁を元の状態に戻すことが…… この世界の理を護るうえで、何よりも重要な事柄だったのですものね。
「ミルラス防壁は、王宮魔導院、特務局の偉大な魔術士様の御尽力により、改変されました。 もう、「贄」の魂は必要ないのです。 代わりに、真摯な ” 人の祈り ” が、魔力の供給源となりました」
「なんとッ!! それは、誠かッ!」
「はい。 縁あって、そのお手伝いをいたしました。 この小聖堂に設置を ” お願い ” する、聖壇もその機能を有しております。 必要な魔力は、精霊様に祈りを ” 捧げる ” ことに依り、供給されることでしょう」
「……ご希望では、その聖壇とやらを設置されるのは…… この祭祀場 でしたな」
「はい、左様に御座います。 祭祀場とは…… 常に、祈りを捧げられるべき場所。 邪な思いを乗せることも無い、真摯な祈りに満たされる場所。 感謝と加護を乞う、人々の思い。 もちろん神官様方の絶大な祈りも…… 必要なのは真摯な『 祈り 』なのです。 多くの方々の祈りが集まれば集まる程、聖壇の力は増します」
「それは…… 真実なのか」
「はい。 誠にございます。 お許し頂ければ、直ぐにでも、祭祀場の片隅にでも設置いたしたく存じます」
「……薬師殿がいらっしゃらなくても、その『魔法陣』とやらは、展開したまま維持できると?」
「はい。 わたくしが居らずとも、” 魔法陣 ” は、維持されます。 エスタット司祭様が必要だと感じられた、癒しが必要だと判断された『奇病の患者さん』を、魔法陣の範囲内にお運びいただければ、術式は自動的に効力を発揮するでしょう」
「…………そのような、聖秘術を…… あの方々は……」
「王宮魔導院、特務局の研鑽の成果。 ファンダリア王国本領に於ける、王国の安寧を護るとの意思。 正確には、王宮魔導院にて、現在も開発中には御座いますが、今のところ特段の不具合もありません」
「……この地の御領主様である、エドマイヤー伯爵からは、そのような魔法陣があると、告げられたことも無い。 北辺の大聖堂からも…… 捨て置かれたような現状を鑑みても、あり得ぬ。 まして、本領が辺境へ救いの手を差し伸べている…… いや、辺境の安寧を考えていたなど…… 思えない」
はぁぁ……
まだまだ、信じては頂けないようですね。 困ったことに成りましたねぇ。
でも、まだ、説得の余地はありますものね。 きっと、エスタット司祭様はご存じないのよ。 今の王宮がどういった方々の思惑で動いているかを。 特に秘されて居られますしね。 大司教様方も迂闊な事は、お口にできないでしょうし……
必要な事だから、秘密もお知らせしないとッ!
王太子殿下も頑張っておられるんだものッ!
私が為すべきことなんだものね。
―――― 頑張らないとッ!
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