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薬師錬金術士の歩む道
北部辺境の安寧の為に (4)
しおりを挟む司教様は…… 猜疑の視線を私に投げかけられているの。
私の『お願い』が、信じられない事なのよね。
北の辺境域に関して言えば、今まで何の手当もされてないどころか、重税の徴収やら、兵の拠出やら、本領からの命令は北の辺境域の状況を無視した、傍若無人の数々を行ってきたのだものね。
御領主様方だけでなく、エスタット司祭様のような心ある神官様だって、疑ってしまうのも無理はないわ。 いえ、不信の目を向けられても当然なのよ。 でもね……
――― 私のご提案に、頷いてもらわないといけないの。
ご説明は必要ね。 どうやって、王宮魔導院が、高度な術式を開発し得たか。 どうして、それを王都の守りに組み込んだのか。 そして、その術式を魔道具にして、辺境に於いての汚染阻止に使おうなどと、誰が、その快挙ともいうべき判断を下したのか。
その辺りの状況をご説明したら、あるいは……
下級の、一介の官吏などでは、決して行えないような事柄ばかりだもの。 もっと、高位の者が関与していなくては、どれもこれも成し得なかったことばかりだもの。 誰かが、統率し推し進めないと、従来の王宮関係者では、不可能な事ばかりだもの。
それも、これらの事を成そうとすれば、かなりの強権を用いなければ、途中で誰かに阻止されてしまうような事柄…… なんだものね。
疑念を抱いたエスタット司祭様に、軽く…… 王都の状況を説明しなくては、とてもご納得して頂けないと思うの。 納得していただけたら、私のお願いも聞いてくださるかもしれないし。 その上、高位の聖職者様方に、聖壇へ祈りを捧げて戴けるかもしれないもの。
ひいては、この北部辺境域の民が、祈りを捧げて下さるかもしれないわ。 ええ、聖堂教会の御威光と、そして、彼らが為す、” 治療 ” への感謝としてね。 彼等には、聖堂教会が ” 奇病 ” の治癒を行っているように感じる筈だもの。
そして、基本的に聖堂教会の ” 治療 ” には、対価は要求されない。 『寄進』として、幾許かの『喜捨』が、推奨されているに過ぎないんだもの。 本来はね。 邪な心を持つ神官が御している小聖堂、聖堂、なんかは、そういったモノを過大に『要求』する。
精霊様の御心に叶わない行動だとも思わずにね。 だから、シルフィーの持って帰ってきてくれた情報は、値千金なの。 真摯な祈りと、聖堂教会の『教え』を、実直に、誠実に守り続けている ” 場所” だもの。 調べつくしてくれた、クレアさんにも感謝を捧げるわ。
民の『祈り』と、聖職者の 『祈り』があれば…… 莫大な量の魔力を集めることが可能なのよ。
そうなれば、かなりの魔力を北部辺境域、北辺の穢された大地に、送ることが出来るわ。 プーイさん達が敷設している、魔力網状供給線が、その力を発揮できるもの。 要所要所に設置される、魔道具も機能を始める。 であるならば、彼の地の『穢れ』を、浄化することも、「身体大変容」を引き起こしてしまった、野獣や魔獣の「異界の魔力」すら昇華することも可能なの。
あと、もう一つ。 善き小聖堂は此処だけじゃない。 シルフィーのもたらした、お知らせには、その場所も記載されているんですもの。 司祭様に、お口添えを戴ければ、それらの小聖堂にも聖壇を設置することが出来るわ。 そうすれば…… 祈りは…… 大地に遍く祝福を引き寄せられる。
そして、彼の地に暮らしていた人々は、見捨てなければならなかった、彼らの故郷への帰還も、『 夢 』 ではなくなるわ。 だから、何としても…… 何としてでも、司祭様にはご納得いただかないとッ!
「ご懸念は理解しているつもりです。 ……いまだ、王宮には、辺境を蔑視する輩は大勢おりますでしょう。 しかし、心ある高貴な方は存在いたします。 そして、雌伏の時を終えられ、行動に移されました」
「それが、ガング―タス国王陛下であらせられたなら、どれ程幸せな事でしょうか…… 違うのですね」
「………………。 そのお方は…… 王家の方。 一介の野良薬師のわたくしが、その御芳名を口にすることも畏れ多いお方にあらせられます」
「…………左様にございましたか。 理解いたしました。 既に緒についている…… そう、理解しても?」
「聖堂教会は、民の心の拠り所。 神官長猊下も御心は同じくされているとか。 ならば、全てのこころある聖職者の、” 為すべき事 ” は、一つに御座いましょ?」
「これば…… 手厳しいですね。 貴女の言葉は、心に刺さりますね。 …………よろしいでしょう。 聖壇の設置は許可しましょう。 祈りを捧げる事もまた、『お約束』しましょう。 奇病に苦しむ者達を癒せるというのならば、何のことは無い。 前例がなければ、私が作りましょう。 加えて、心ある小聖堂の司祭達に、私の親書を送ることも吝かでは御座いません。 しかし、” 貴女の名誉 ” は、どうされる御積もりなのです? これほどの偉業に、私は、どうやって報いれば宜しいのか? 私には、その術が思いつきませぬ」
「…………すべては、精霊様の思し召し。 精霊様への祈りを以て、名誉に代えさせていただきたく、存じます」
「……そうなのですか。 貴女はどこまでも、” 在野の ” 、 ” 名も無き ” 、 ” 放浪の薬師 ” で、居られると云われるかッ!!」
「名声、栄誉、財貨、爵位…… 何にもわたくしは、縛られとうございません」
「あぁぁ…… 『愛と慈しみの薬師』の異名は…… 伊達では御座いませんな」
「はて? どなたかと、お間違えなのでは?」
ニコリと笑い、韜晦するの。 だって、いろいろと面倒なんだもの。 私が薬師錬金術師リーナである事が露見するのは、あまりよくない事。 だってね、もう私の姿は、” 人族 ” のそれとは違っているのだもの。 だからね、薬師錬金術師リーナは暫くいなくなるのよ。 私の笑みを見て、本当に深く溜息を吐き出されたエスタット司祭様。
でもね、実際私はこの北部辺境域を沢山回らければならないの。 それが、精霊様とのお約束でもあるのよ。
私が薬師錬金術師リーナであれば、行く先々で困った事が多発するに違いないもの。 王都から帰還命令が発せられる可能性すらあるんだもの。 だから、私は、一介の在野の放浪の薬師でいいの。
早速、ピールさんに聖壇を持ってきてもらったわ。 結構大きくて、重いんだけど、穴熊族の彼女にかかれば、それこそちょっと重い荷物位の調子で運んでくれるの。 とっても力持ちなのよ。 彼女に本気で抱きしめられたら、一瞬で、魂が体から抜け出してしまう事、間違いないもの。
兎にも角にも、設置して魔力線を接続しないことには始まらない。
聖壇にはちゃんと【妖気浄化】、【清浄浄化】、【解呪】の三つが符呪されていたわ。 祭祀場の片隅。 周囲に少し余裕を持たせた感じで設置させてもらったの。 聖壇を中心に符呪された術式が起動するようにね。
それにもう一つ。 魔力線の存在に気が付いて欲しくなったから。 細い細い魔力線だけど、魔力の流れを見とがめられたら、誰かが切ろうとするかもしれないんだもの。 それとなく、外に出せるように、上手い場所に設置できたのは、幸運だったわ。
術式の起動は、簡易起動術式で大丈夫。 三つの符呪式はあっけなく起動したの。 あとは、この術式が維持できるように、魔力が供給されればいいだけね。 聖壇の前に膝をつき、祈りを捧げるの。
” この地に住まう人々、病に惑う方々を癒し給え。 精霊様の慈しみが、この地に広がり、安寧と平穏がこの地を満たされますように 精霊様の御加護に、感謝の祈りを…… ”
聖壇の術式が稼働を始める。 ぼんやりと薄く光を発するの。 そう、これが稼働確認の証。 私一人が祈るだけで、魔法陣が起動するに足る魔力を集めることが可能なのよ。 背後で気配がするの……
「精霊様の栄光とその慈しみに感謝申し上げる。 失われし、聖域の守護神官のこの世界に対する、贖罪。 我らが主たる辺境の薬師様の御業、その方へ託宣を与えし精霊様に感謝の祈りをいざ、捧げん」
朗々とした『言祝ぎ』の文言。 お声は…… 狐人族のナジールさんね。 彼等、狐人族の方々は、そのお言葉の通り、大森林ジュノーの聖域であった、樹人族パエシア一族の聖地の守護神官様の一族の方々。 護り切れなかった後悔を、世代を超えて持ち続けられているわ。 だからこそ、彼らの祈りには力があるの。
祈りに祈りを重ね、遠き未来にまた、大森林が再生することを祈り続けていらっしゃるんだもの。
途端に聖壇の光が増すわ。 ええ、祈りが真摯であれば、真摯である程、聖壇は活性化するんだものね。 驚きに息を飲まれるのは、エスタット司祭様。 この光景を見れば、そうなるのよ。 祈りが確かな ” 力 ” となるのは、まるで、精霊様の御顕現の様なのですものね。
祈りの姿勢を解き、エスタット司祭様に向き直るの。
「エスタット司祭様。 これで、「身体大変容《メタモルフォーゼ》」への対処は可能となりました。 出来るだけ早い処置ならば、予後の生活も不安がなくなるでしょう。 この術式には、種族的な制限は設けておりません。 出来るならば…… その慈愛に満ちた御心を以て、すべての種族の方々に、お使い戴けます事、願ってやみません」
「お申し出、確かに承りました。 私の権限を以て、この聖壇に祈りを捧げ続けましょう。 そして、奇病に苦しむ者はたとえそれが、どんな種族の者であろうと、私がここに連れてまりましょう。 精霊様に対し、その旨をお誓いいたします」
精霊誓約を結んでくださるのよ。 それも、神官様がよ…… 嬉しい。
深々と頭を垂れ、感謝の意を顕わにするの。 もうこれ以上の望みは無いわ。
さしあたり、重篤な状態の庶民の方々、流浪の方々も処置できた。
……あとは、魔力酔いの症状を呈している神官様を診たら、この小聖堂でのお仕事は全部終わりになるわ。
ふぅぅ…… 疲っかれたぁぁ~
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