その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
614 / 714
薬師錬金術士の歩む道

北部辺境の安寧の為に (4)

しおりを挟む
 



 司教様は…… 猜疑の視線を私に投げかけられているの。


 私の『お願い申し出』が、信じられない事なのよね。



 北の辺境域に関して言えば、今まで何の手当もされてないどころか、重税の徴収やら、兵の拠出やら、本領からの命令は北の辺境域の状況を無視した、傍若無人の数々を行ってきたのだものね。

 御領主様方だけでなく、エスタット司祭様のような神官様だって、疑ってしまうのも無理はないわ。 いえ、不信の目を向けられても当然なのよ。 でもね……



 ――― 私のご提案に、頷いてもらわないといけないの。


 ご説明は必要ね。 どうやって、王宮魔導院が、高度な術式を開発し得たか。 どうして、それを王都の守りに組み込んだのか。 そして、その術式を魔道具にして、辺境に於いての汚染阻止に使おうなどと、が、その快挙ともいうべき判断を下したのか。

 その辺りの状況をご説明したら、あるいは…… 

 下級の、一介の官吏などでは、決して行えないような事柄ばかりだもの。 もっと、高位の者が関与していなくては、どれもこれも成し得なかったことばかりだもの。  が、統率し推し進めないと、従来の王宮関係者では、な事ばかりだもの。

 それも、これらの事を成そうとすれば、かなりの強権を用いなければ、途中で誰かに阻止されてしまうような事柄…… なんだものね。

 疑念を抱いたエスタット司祭様に、…… 王都の状況を説明しなくては、とてもご納得して頂けないと思うの。 納得していただけたら、私のお願いも聞いてくださるかもしれないし。 その上、高位の聖職者様方に、聖壇へ祈りを捧げて戴けるかもしれないもの。

 ひいては、この北部辺境域の民が、祈りを捧げて下さるかもしれないわ。 ええ、聖堂教会の御威光と、そして、彼らが為す、” 治療 ” への感謝としてね。 彼等には、聖堂教会が ” 奇病 ” の治癒を行っているように感じる筈だもの。

 そして、基本的に聖堂教会の ” 治療 ” には、対価は要求されない。 『寄進』として、幾許かの『喜捨』が、推奨されているに過ぎないんだもの。 本来はね。 邪な心を持つ神官が御している小聖堂、聖堂、なんかは、そういったモノを過大に『要求』する。

 精霊様の御心に叶わない行動だとも思わずにね。 だから、シルフィーの持って帰ってきてくれた情報は、値千金なの。 真摯な祈りと、聖堂教会の『教え』を、実直に、誠実に守り続けている ” 場所聖なる家” だもの。 調べつくしてくれた、クレアさんにも感謝を捧げるわ。

 民の『祈り』と、聖職者の 『祈り』があれば…… 莫大な量の魔力を集めることが可能なのよ。 

 そうなれば、かなりの魔力を北部辺境域、北辺の穢された大地に、送ることが出来るわ。 プーイさん達が敷設している、魔力網状供給線マジックネットワークが、その力を発揮できるもの。 要所要所に設置される、魔道具も機能を始める。 であるならば、彼の地の『穢れ』を、浄化することも、「身体大変容メタモルフォーゼ」を引き起こしてしまった、野獣や魔獣の「異界の魔力」すら昇華することも可能なの。

 あと、もう一つ。 善き小聖堂は此処だけじゃない。 シルフィーのもたらした、お知らせには、その場所も記載されているんですもの。 司祭様に、お口添えを戴ければ、それらの小聖堂にも聖壇を設置することが出来るわ。 そうすれば…… 祈りは…… 大地に遍く祝福を引き寄せられる。 

 そして、彼の地に暮らしていた人々は、見捨てなければならなかった、彼らの故郷へのも、『 夢 』 ではなくなるわ。 だから、何としても…… 何としてでも、司祭様にはご納得いただかないとッ!





「ご懸念は理解しているつもりです。 ……いまだ、王宮には、辺境を蔑視する輩は大勢おりますでしょう。 しかし、心ある高貴な方は存在いたします。 そして、雌伏の時を終えられ、行動に移されました」

「それが、ガング―タス国王陛下であらせられたなら、どれ程幸せな事でしょうか…… 違うのですね」

「………………。 そのお方は…… 王家の方。 一介の野良薬師のわたくしが、その御芳名を口にすることも畏れ多いお方にあらせられます」

「…………左様にございましたか。 理解いたしました。 既に緒についている…… そう、理解しても?」

「聖堂教会は、民の心の拠り所。 神官長猊下も御心は同じくされているとか。 ならば、全ての聖職者の、” 為すべき事 ” は、一つに御座いましょ?」

「これば…… 手厳しいですね。 貴女の言葉は、心に刺さりますね。 …………よろしいでしょう。 聖壇の設置は許可しましょう。 祈りを捧げる事もまた、『お約束』しましょう。 奇病に苦しむ者達を癒せるというのならば、何のことは無い。 前例がなければ、私が作りましょう。 加えて、小聖堂の司祭達に、私の親書を送ることも吝かでは御座いません。 しかし、” 貴女の名誉 ” は、どうされる御積もりなのです? これほどの偉業に、私は、どうやって報いれば宜しいのか? 私には、その術が思いつきませぬ」

「…………すべては、精霊様の思し召し。 精霊様への祈りを以て、名誉に代えさせていただきたく、存じます」

「……そうなのですか。 貴女はどこまでも、”  ” 、 ”  ” 、 ”  ” で、居られると云われるかッ!!」

「名声、栄誉、財貨、爵位…… 何にもわたくしは、縛られとうございません」

「あぁぁ……  『愛と慈しみの薬師』の異名は…… 伊達では御座いませんな」

「はて? 、お間違えなのでは?」




 ニコリと笑い、韜晦するの。 だって、いろいろと面倒なんだもの。 私が薬師錬金術師リーナである事が露見するのは、あまりよくない事。 だってね、もう私の姿は、” 人族 ” のそれとは違っているのだもの。 だからね、薬師錬金術師リーナは暫くいなくなるのよ。 私の笑みを見て、本当に深く溜息を吐き出されたエスタット司祭様。

 でもね、実際私はこの北部辺境域を沢山回らければならないの。 それが、精霊様とのお約束でもあるのよ。 

 私が薬師錬金術師リーナであれば、行く先々で困った事が多発するに違いないもの。 王都から帰還命令が発せられる可能性すらあるんだもの。 だから、私は、一介の在野の放浪の薬師でいいの。


 早速、ピールさんに聖壇を持ってきてもらったわ。 結構大きくて、重いんだけど、穴熊族の彼女にかかれば、それこそちょっと重い荷物位の調子で運んでくれるの。 とっても力持ちなのよ。 彼女に本気で抱きしめられたら、一瞬で、魂が体から抜け出してしまう事、間違いないもの。

 兎にも角にも、設置して魔力線を接続しないことには始まらない。

 聖壇にはちゃんと【妖気浄化ピュアリカンツ】、【清浄浄化メンダリクピュリファリオン】、【解呪デカース】の三つが符呪されていたわ。 祭祀場の片隅。 周囲に少し余裕を持たせた感じで設置させてもらったの。 聖壇を中心に符呪された術式が起動するようにね。

 それにもう一つ。 魔力線の存在に気が付いて欲しくなったから。 細い細い魔力線だけど、魔力の流れを見とがめられたら、誰かが切ろうとするかもしれないんだもの。 それとなく、外に出せるように、上手い場所に設置できたのは、幸運だったわ。

 術式の起動は、簡易起動術式で大丈夫。 三つの符呪式はあっけなく起動したの。 あとは、この術式が維持できるように、魔力が供給されればいいだけね。 聖壇の前に膝をつき、祈りを捧げるの。




 ” この地に住まう人々、病に惑う方々を癒し給え。 精霊様の慈しみが、この地に広がり、安寧と平穏がこの地を満たされますように 精霊様の御加護に、感謝の祈りを…… ”




 聖壇の術式が稼働を始める。 ぼんやりと薄く光を発するの。 そう、これが稼働確認の証。 私一人が祈るだけで、魔法陣が起動するに足る魔力を集めることが可能なのよ。 背後で気配がするの…… 




「精霊様の栄光とその慈しみに感謝申し上げる。 失われし、聖域の守護神官のこの世界に対する、贖罪。 我らが主たる辺境の薬師様の御業、その方へ託宣を与えし精霊様に感謝の祈りをいざ、捧げん」




 朗々とした『言祝ぎ』の文言。 お声は…… 狐人族のナジールさんね。 彼等、狐人族の方々は、そのお言葉の通り、大森林ジュノーの聖域であった、樹人族パエシア一族の聖地の守護神官様の一族の方々。 護り切れなかった後悔を、世代を超えて持ち続けられているわ。 だからこそ、彼らの祈りには力があるの。 

 祈りに祈りを重ね、遠き未来にまた、大森林が再生することを祈り続けていらっしゃるんだもの。

 途端に聖壇の光が増すわ。 ええ、祈りが真摯であれば、真摯である程、聖壇は活性化するんだものね。 驚きに息を飲まれるのは、エスタット司祭様。 この光景を見れば、そうなるのよ。 祈りが確かな ” 力 ” となるのは、まるで、精霊様の御顕現の様なのですものね。

 祈りの姿勢を解き、エスタット司祭様に向き直るの。




「エスタット司祭様。 これで、「身体大変容《メタモルフォーゼ》」への対処は可能となりました。 出来るだけ早い処置ならば、予後の生活も不安がなくなるでしょう。 この術式には、種族的な制限は設けておりません。 出来るならば…… その慈愛に満ちた御心を以て、すべての種族の方々に、お使い戴けます事、願ってやみません」

「お申し出、確かに承りました。 私の権限を以て、この聖壇に祈りを捧げ続けましょう。 そして、奇病に苦しむ者はたとえそれが、どんな種族の者であろうと、私がここに連れてまりましょう。 精霊様に対し、その旨をお誓いいたします」




 精霊誓約を結んでくださるのよ。 それも、神官様がよ…… 嬉しい。

 深々とこうべを垂れ、感謝の意を顕わにするの。 もうこれ以上の望みは無いわ。

 さしあたり、重篤な状態の庶民の方々、流浪の方々も処置できた。

 ……あとは、魔力酔いの症状を呈している神官様を診たら、この小聖堂でのお仕事は全部終わりになるわ。









 ふぅぅ…… 疲っかれたぁぁ~







しおりを挟む
感想 1,880

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。 レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。 【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。