その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
608 / 714
薬師錬金術士の歩む道

約束の履行 (2) 

しおりを挟む
 


 さて…… これからが本番よ。 



 ――― 本命が残っているのですものね。



 聖廟の中もほんのりと明るくなってきているわ。 濃く重い異界の魔力が昇華され続けているのですものね。 光の粒は小さくても、相当の数が立ち上っていくんだもの。 明るくなって当たり前。


 その明かりの中で、異界の魔物の本体が見え始めたの。


 漆黒の毛皮、ピーンと立ち上がっている両方の耳。 赤く燃えるように輝く瞳。 手は変形して、長い硬度の高そうな爪が全部で十本。 腰から下が異様に発達して…… 筋肉の塊のような様相を呈しているわ。 

身体大変容メタモルフォーゼ」は、その元だった生物の特徴的な部分に多く引き起こされる。 兎人族ならば…… そう下半身に集中してね。


 低く姿勢を下げるソレ。


 跳躍前の沈み込み。 まともに受けては、きっと、致命的な事になるわ。 すかさず、ホワテル達 妖精騎士さんが三方から、棒を以て打ちかかる。 もちろん、完全鎧に身を包んでいたわ。 旋回する、足。 蹴りと同じくらいの衝撃を以てホワテル達を襲う。



        キン
             キン
   キン




 金属が噛み合うような硬質な音がしているわ。 素早い動きに、ホワテル達も翻弄され気味なの。 できるだけ傷つけないようにってお願いしていたから、立ち回りにキレがないのかも…… でも、やっぱり妖精騎士なのよ。 それも、三対一。 徐々に押していくのよ。 

 その ” 人 ” の足は、物凄く強化されていて、短い爪が練石造りの床を削り食い込んでいるわ。 足を滑らせるような事もなく、安定した体幹から繰り出される爪の軌道は鋭く速い。 攻撃速度の速さと、それに対応しているホワテル達。 とても、手が出せるような状況でもない。

 勿論、魔法陣を繰り出して、浄化の範囲に取り込む事も考えたの。

 でも、その動きの速さから、捉え切れるとは言えないわ。 要求されている魔力は少ないとは言え、やはり消耗もあるんだもの。 この後のことを考えると…… とても、手出しなんてできないわ。

 押しているホワテル達三人。 ラムソンさんもすきを窺っているの。 投げナイフを手に、決定的な瞬間を待っているわ。

 相手の無限の体力もあるんだけれど、それでも、一瞬でもなにかヘマを仕出かさないかなって、見つめ続けていたの。 ホワテル達三人の連携はとてもよくとれているわ。 それも時間が経つにつれ、徐々に精度も上がってきている。 懐かしげで、誇らしげな表情を浮かべつつ、ホワテルなんか結構キツイ打ち込みをしているわ。

 ほかの二人だって…… 紙一重で重い爪の一撃を躱しつつ、手に持った棒で打ち込んでいるのよ。 それも、晴れやかな笑顔でね。 まるで、好敵手ライバルに出会った、戦士の様に。 戦場音楽は、徐々にそのテンポを速めていくの。

 打ち込まれる一撃が重いわ。 ちょっとね…… ちょっとだけ、うずうずして来ちゃうのは…… 辺境の薬師の性なのかしら? 





「リーナ。 出るなよ。 アレの間に入ると、お前の護衛がやり辛い」

「ええ、判っている…… 判っているわ、ラムソンさん。 今は、魔力を温存すべき時。 それは…… 理解しているつもりよ」

「なら、云う事は無い。 ……妖精騎士か…… やるな」

「パエシア一族を村樹として暮らしていた猛者達よ。 王国の精鋭だって、簡単にはいかないわ」

「成程な。 聖域の守護者……か。 狐共が崇めるわけだ」

「人族が使う魔法とは、少し違う ” 精霊魔法 ” に長けている妖精族。 村樹として、聖域の樹人族の方々を棲み処となす者達ですものね。 森の民ジュバリアンの神官と云えど…… その存在は無視できないわ。 共に聖域を護るもの同士なのですものね」

「そろそろか?」

「たぶん…… 精霊魔法の発動条件が揃いつつあるもの。 ほら、聖廟内の異界の魔力はかなり排除できたし、それと共に、「闇」の精霊 ノクターナル様の息吹が強くなりつつあるわ」

「精霊の息吹無くして、精霊魔法は発動し得ない……か」

「力の源ですものね」




 真っ直ぐに、戦う彼らを見つめつつ、小声でそんなやり取りをしたの。 聖廟に入ってからずっと発動していた、【清浄浄化メンダリクピュリファリオン】と、【解呪デカース】が、聖廟内の異界の魔力を排除していたし、囚われていた残留思念も、ノクターナル様の元に届けられたわ。

 だから、今、濃く重い異界の魔力はあの人からだけ漏れ出しているのよ。 間隙を埋めるのは、優しい「闇」の息吹。 そう、ノクターナル様の精霊の息吹ね。 妖精騎士さん達の魔力は基本的に「闇」属性。 息吹のおかげで充満しつつある、闇の魔力が彼らを活性化させているのは、手に取るようにわかるのよ。

 魔力ばかりでなく、精霊様の息吹が注ぎ込まれるわ。 闇の精霊様だけではなく、光の精霊様も、そのほかの精霊様の息吹も混ざりこんで来るの。 神聖な場所なんだもの、聖廟って。

 命の帰着点にして、巡る魂の起点でもあるわ。 闇の精霊様であるノクターナル様が、遠き時の輪の接する所、肉体に何の意味も無い場所へ肉体を離れた魂を誘い、そして、真っ新にして、光の精霊様である、グローリアス様が、この世界のどこかに送り出すんだもの。

 そんな終着点であり始発点でもある聖廟が神聖な息吹で満たされるのは…… 本来当然な事。 そして、精霊様の息吹がたっぷりとある場所では、精霊魔法は無類の強さを発揮するわ。



 ――― グリーニーの手に精霊魔法の魔法陣が紡がれるのが見て取れる。



 あれは…… 捕縛術式かな? ホワテルがあの人の意識を引き付け、エイローが背後から膝を打ち据えるの。 一瞬のスキが生まれたのよ。 まるで、最初からそこに来るのが判っていたかのように、グリーニーが捕縛術式を展開していたわ……

 あれだけ、跳躍し躍動していた、その人の動きが止まる。 見透かしたように、ラムソンさんがナイフを投げた。 たっぷりと麻痺毒を付着したナイフは、その人の足を練石の床に縫い留めたの。 きっと……生身だったら、たっていられないわね。

 動きの止まった「その人」に、ホワテルとエイローが捕縛術式を重ねて掛けるの。 床にね…… ビタンって感じで、動きを止められたその人は横たわったのよ。 捕縛術式は両手、両足を拘束して動けないようにしているわ。 それでも、跳ねようとしているけれど……

 口から、この世界のモノでは発声できない呻き声が漏れている。 きっと…… 相当な罵詈雑言なんだろうなって思うのよ。 でも、これで、やっと…… 治療に入れるわ。


 ゆっくりと近寄るの。 そこに縫い留められている、その人の元に。 口に綴られ紡ぎだすのは、聖堂教会の聖句。 これでも私…… 童女アコライトなんだよ? その資格は持っているもの。 押し付けられたんだけどね。 でも…… でもね。 彼女をするには、どうしても踏まないといけない手順なんだもの……






 Fiat voluntas Tuaみこころが天に行われるとおり
 Sicut in caelo, et in terra地にも行われますように。
 Et dimitte nobis debita nostraわたしたちの罪をおゆるしください。
 Et ne nos inducas in tentationemわたしたちを誘惑におちいらせず、
 Sed libera nos a Maloこの世の理を乱す邪なモノから、お救いください。
 Gloria Pet, Si Santo, sicut erat inPrincipio願わくは、創造神と聖霊とに栄えあらんことを!
 Et nunc et semper et in saecula saeculorum. 始めにありし如く、今もいつも世々にいたるまで! 








 memento mori.汝、死ぬ事を忘れる事なかれ。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『別れても好きな人』 

設樂理沙
ライト文芸
 大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。  夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。  ほんとうは別れたくなどなかった。  この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には  どうしようもないことがあるのだ。  自分で選択できないことがある。  悲しいけれど……。   ―――――――――――――――――――――――――――――――――  登場人物紹介 戸田貴理子   40才 戸田正義    44才 青木誠二    28才 嘉島優子    33才  小田聖也    35才 2024.4.11 ―― プロット作成日 💛イラストはAI生成自作画像

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。