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薬師錬金術士の歩む道
約束の履行 (2)
しおりを挟むさて…… これからが本番よ。
――― 本命が残っているのですものね。
聖廟の中もほんのりと明るくなってきているわ。 濃く重い異界の魔力が昇華され続けているのですものね。 光の粒は小さくても、相当の数が立ち上っていくんだもの。 明るくなって当たり前。
その明かりの中で、異界の魔物の本体が見え始めたの。
漆黒の毛皮、ピーンと立ち上がっている両方の耳。 赤く燃えるように輝く瞳。 手は変形して、長い硬度の高そうな爪が全部で十本。 腰から下が異様に発達して…… 筋肉の塊のような様相を呈しているわ。
「身体大変容」は、その元だった生物の特徴的な部分に多く引き起こされる。 兎人族ならば…… そう下半身に集中してね。
低く姿勢を下げるソレ。
跳躍前の沈み込み。 まともに受けては、きっと、致命的な事になるわ。 すかさず、ホワテル達 妖精騎士さんが三方から、棒を以て打ちかかる。 もちろん、完全鎧に身を包んでいたわ。 旋回する、足。 蹴りと同じくらいの衝撃を以てホワテル達を襲う。
キン
キン
キン
金属が噛み合うような硬質な音がしているわ。 素早い動きに、ホワテル達も翻弄され気味なの。 できるだけ傷つけないようにってお願いしていたから、立ち回りにキレがないのかも…… でも、やっぱり妖精騎士なのよ。 それも、三対一。 徐々に押していくのよ。
その ” 人 ” の足は、物凄く強化されていて、短い爪が練石造りの床を削り食い込んでいるわ。 足を滑らせるような事もなく、安定した体幹から繰り出される爪の軌道は鋭く速い。 攻撃速度の速さと、それに対応しているホワテル達。 とても、手が出せるような状況でもない。
勿論、魔法陣を繰り出して、浄化の範囲に取り込む事も考えたの。
でも、その動きの速さから、捉え切れるとは言えないわ。 要求されている魔力は少ないとは言え、やはり消耗もあるんだもの。 この後のことを考えると…… とても、手出しなんてできないわ。
押しているホワテル達三人。 ラムソンさんもすきを窺っているの。 投げナイフを手に、決定的な瞬間を待っているわ。
相手の無限の体力もあるんだけれど、それでも、一瞬でもなにかヘマを仕出かさないかなって、見つめ続けていたの。 ホワテル達三人の連携はとてもよくとれているわ。 それも時間が経つにつれ、徐々に精度も上がってきている。 懐かしげで、誇らしげな表情を浮かべつつ、ホワテルなんか結構キツイ打ち込みをしているわ。
ほかの二人だって…… 紙一重で重い爪の一撃を躱しつつ、手に持った棒で打ち込んでいるのよ。 それも、晴れやかな笑顔でね。 まるで、好敵手に出会った、戦士の様に。 戦場音楽は、徐々にそのテンポを速めていくの。
打ち込まれる一撃が重いわ。 ちょっとね…… ちょっとだけ、うずうずして来ちゃうのは…… 辺境の薬師の性なのかしら?
「リーナ。 出るなよ。 アレの間に入ると、お前の護衛がやり辛い」
「ええ、判っている…… 判っているわ、ラムソンさん。 今は、魔力を温存すべき時。 それは…… 理解しているつもりよ」
「なら、云う事は無い。 ……妖精騎士か…… やるな」
「パエシア一族を村樹として暮らしていた猛者達よ。 王国の精鋭だって、簡単にはいかないわ」
「成程な。 聖域の守護者……か。 狐共が崇めるわけだ」
「人族が使う魔法とは、少し違う ” 精霊魔法 ” に長けている妖精族。 村樹として、聖域の樹人族の方々を棲み処となす者達ですものね。 森の民ジュバリアンの神官と云えど…… その存在は無視できないわ。 共に聖域を護るもの同士なのですものね」
「そろそろか?」
「たぶん…… 精霊魔法の発動条件が揃いつつあるもの。 ほら、聖廟内の異界の魔力はかなり排除できたし、それと共に、「闇」の精霊 ノクターナル様の息吹が強くなりつつあるわ」
「精霊の息吹無くして、精霊魔法は発動し得ない……か」
「力の源ですものね」
真っ直ぐに、戦う彼らを見つめつつ、小声でそんなやり取りをしたの。 聖廟に入ってからずっと発動していた、【清浄浄化】と、【解呪】が、聖廟内の異界の魔力を排除していたし、囚われていた残留思念も、ノクターナル様の元に届けられたわ。
だから、今、濃く重い異界の魔力はあの人からだけ漏れ出しているのよ。 間隙を埋めるのは、優しい「闇」の息吹。 そう、ノクターナル様の精霊の息吹ね。 妖精騎士さん達の魔力は基本的に「闇」属性。 息吹のおかげで充満しつつある、闇の魔力が彼らを活性化させているのは、手に取るようにわかるのよ。
魔力ばかりでなく、精霊様の息吹が注ぎ込まれるわ。 闇の精霊様だけではなく、光の精霊様も、そのほかの精霊様の息吹も混ざりこんで来るの。 神聖な場所なんだもの、聖廟って。
命の帰着点にして、巡る魂の起点でもあるわ。 闇の精霊様であるノクターナル様が、遠き時の輪の接する所、肉体に何の意味も無い場所へ肉体を離れた魂を誘い、そして、真っ新にして、光の精霊様である、グローリアス様が、この世界のどこかに送り出すんだもの。
そんな終着点であり始発点でもある聖廟が神聖な息吹で満たされるのは…… 本来当然な事。 そして、精霊様の息吹がたっぷりとある場所では、精霊魔法は無類の強さを発揮するわ。
――― グリーニーの手に精霊魔法の魔法陣が紡がれるのが見て取れる。
あれは…… 捕縛術式かな? ホワテルがあの人の意識を引き付け、エイローが背後から膝を打ち据えるの。 一瞬のスキが生まれたのよ。 まるで、最初からそこに来るのが判っていたかのように、グリーニーが捕縛術式を展開していたわ……
あれだけ、跳躍し躍動していた、その人の動きが止まる。 見透かしたように、ラムソンさんがナイフを投げた。 たっぷりと麻痺毒を付着したナイフは、その人の足を練石の床に縫い留めたの。 きっと……生身だったら、たっていられないわね。
動きの止まった「その人」に、ホワテルとエイローが捕縛術式を重ねて掛けるの。 床にね…… ビタンって感じで、動きを止められたその人は横たわったのよ。 捕縛術式は両手、両足を拘束して動けないようにしているわ。 それでも、跳ねようとしているけれど……
口から、この世界のモノでは発声できない呻き声が漏れている。 きっと…… 相当な罵詈雑言なんだろうなって思うのよ。 でも、これで、やっと…… 治療に入れるわ。
ゆっくりと近寄るの。 そこに縫い留められている、その人の元に。 口に綴られ紡ぎだすのは、聖堂教会の聖句。 これでも私…… 童女なんだよ? その資格は持っているもの。 押し付けられたんだけどね。 でも…… でもね。 彼女を治療するには、どうしても踏まないといけない手順なんだもの……
Fiat voluntas Tua
Sicut in caelo, et in terra
Et dimitte nobis debita nostra
Et ne nos inducas in tentationem
Sed libera nos a Malo
Gloria Pet, Si Santo, sicut erat inPrincipio
Et nunc et semper et in saecula saeculorum.
memento mori.
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