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薬師錬金術士の歩む道
苦渋の決断と、リーナの決意
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エスタット司祭様に連られて、聖堂の奥に向かったの。 狐人族の方々と、ピールさんは、聖堂の結界を維持するのに残られたから、今一緒に居るのは、ラムソンさん、シルフィー、エスト、そして、ウーカルさんの五人でね。
司祭様の深刻そうな御言葉に、とっさにウーカルさんを同道する事に決めたの。
私一人で対処できないかもしれないって、そう ” 予感 ” がしたんだもの……
幸い、聖堂の皆さんの容体は落ち着いたわ。 小聖堂の外にはまだまだ、軽症の患者さん達はいらっしゃるんだけど、” 緊急! ” って程では無かった。
暫くは、大丈夫かしら。
^^^^^
十分な栄養を取って、しっかりと休養を取れば、体内に入り込んだ「異界の魔力」も、蓄積はされず、排出されていくかも…… その為には、清浄な食べ物と飲み物が必要なんだけどね。 南の御領から運ばれてくる食料品で、それは、何とかなりそう。 問題は ” 水 ” なのよ。 プーイさん達が行っている、異界の魔力が広がるのを阻止する、魔力網状供給線の敷設が、決め手になりそうなの。
あの魔力網状供給線に接続されてるはずの、イグバール様から贈って頂いた「魔道具」には、私が編んだ魔方陣が符呪されているわ。 勿論水源に対しても十分に効果がある筈なの。 汚染源を潰せば、水は自ずと綺麗になるわ。
清浄な水は、北部辺境域、北域にとっては生命線でもあるしね。 その為に、プーイさん達には無理をお願いしたんだもの。
私達が、小聖堂へと赴いたのは、その魔道具が稼働する為に必要な魔力を供給する源を求めた為なのよ。 何としても、精霊様への ” 感謝の祈り ” を得なくては、何もかもが上手く行かなくなる。 だから…… 司祭様のお願いを蔑ろにしては成らないの。
^^^^^
エスタット司祭様に連られて、聖堂の奥へ向かう。 静かな回廊の先は、錬石で出来た建物と、石造りの扉があったわ。 闇の精霊様の御印が刻み込まれたその石の扉……
何度も、何度も、見たその闇の精霊様の御印が刻み込まれたその石の扉には、あまり良い記憶が無いの。 特に、薬師、治癒師としての私にはね。 だって、その扉を潜ると云う事は、私の手が及ばなかったって事に他ならないんだもの。
指の間から、零れ落ちた幾多の人達の、顔が脳裏に浮かび上がっていたの。
「リーナ様? あの扉…… 聖廟に向かわれているのでしょうか?」
「……小聖堂の奥に有って、中庭の向こう側ということは…… そうなのでしょう。 しっかりと、闇の精霊様の御印が刻み込まれているから……」
「何故でしょうか? 聖廟には、生を全うした者の骸が安置されているばかりで御座いましょう?」
「エスト。 今は、エスタット司祭様の御心のままに成さねばなりません。 事態を詮索するのは、止めにいたしましょう」
「はい…… 申し訳御座いません」
すっと、後ろに下がるエスト。 そうなのよ、エストは良く鼻が利く。 危険を察知する能力はずば抜けているわ。 でも、危険を恐れるあまり、その周囲に有る『必然』と『立ち向かう勇気』に欠ける所があるの。 私の側に居る限り、危険は常に付きまとうわ。
――― それが、「大召喚魔方陣」関係であれ、” 人族 ” の諸々であれ。
逃げているばかりでは、事態の収拾はつかないし、悪くすれば、追い詰められ、死地しか残されなくなるもの。 今は、エスタット司祭様の抱えていらっしゃる問題に、お応えする事が絶対に必要な事。 そうしないと、作戦全体に大きな障害が生まれると云っても、過言ではないわ。
静かに歩みを進めらていた、エスタット司祭様と数名の神官様達。 中庭に足を踏み入れられ、聖廟の手前で止まられたの。 生憎の曇天。 厚い雲は今にも泣き出しそうで、風に水の香が多く含まれているわ。 あちらこちらに、水の精霊様の眷属の方々が舞う姿すら確認できるの。
「おいで頂きましたのは、目の前の聖廟に問題が御座いましてな、薬師殿」
「はい…… その様で御座いますね」
「本来ならば、薬師殿…… いえ、治癒師殿の手が及ばず、遠き時の輪の接する所へ旅立った者達の骸《むくろ》が、永遠の眠りに付く場所では御座います。 それは、重々存じております。 ですが、そこに、われら神官では対処できぬ問題が生じております」
「永遠の眠りにつかぬ骸《むくろ》が有ると?」
「左様に。 アレが、外に出てしまうと、聖堂に…… いや、街…… もっと言えば、この北部辺境域に混乱と破滅が訪れましょう。 それ故、我らは必死に結界を張り、アレが外に出る事の無いように努力しております」
「……そのモノが現れたのは?」
「二週間ほど前に御座います。 我らでは手の施しようの無い ” 奇病 ” を患ったモノ達。 身体が人とは言えぬような、怪異なモノに成ってしまい、既に息絶えようとしていた者達を、聖廟の中で安らかな眠りに誘っておりました」
「……『死の香』を、お使いに成ったのですね」
聖堂教会には、ある『聖香』が存在するわ。 手の施しようの無い、『重病』を患った方、手当の方法すら無い、『重傷』を負った方、齢を重ね『人としての尊厳』を失った方。 そう云った方々を、ご家族の了承の元、安らかな
眠りに誘う『聖香』と云う、甘美な香りの毒薬がね。
薬師として…… 治癒師として、本当に受け入れられないんだけれど…… 魂を遠き時の輪の接する所へ還し、何時の日か又この世界に戻って来てもらう為に必要な事でもあるの。 誰しもが、最高の手当てを受ける事は出来ないわ。 流行り病が襲ったとして、辺境の村や町では、その病に対して効能がある薬を手に入れられる方は、僅かしかいないもの。
金銭的な理由しかり…… お薬が無い場合だってある。
苦しみの果てに、亡くなるのは、家族にとっても煉獄の中に居るような物。 そして、本人も…… だから、安らぎの導き手として、聖堂教会があるのよ。 魂の導きを、闇の精霊 ノクターナル様にお願いして、安らかに、眠る様に魂を肉体から分離する……
――― 安楽死 ―――
本当に、嫌になるわ。 でも…… それは、十分な人数の『薬師』も『治癒師』も居ない、辺境では当たり前の出来事なの。
「はい。 街の治癒師でも、本領の治癒師でも、あの症状は快癒できぬと。 症状の固定すらままならず…… そして、本人も死を望んでいる筈だと。 まだ、” 人 ” としての尊厳があるうちに…… と。 私が決断いたしました」
「それが…… 二週間前?」
「既に、多くの者があの扉を潜っております。 北の村々で、最後まで居た者達です。 ……離れられぬ、事情も心情も、痛いほど理解しておりますが…… もう少し早く…… 避難をしていればと…… 徒に苦しみを引き延ばす事は、精霊様の御心に叶いませぬ。 ……しかし、この有様は…… わたくしは、間違えたのかもしれませぬ」
「どういう意味でしょうか?」
「荒野を渡り、息も絶え絶えの女性が一人、この聖堂にやってきました。 兎人族の女性です。 なんでも…… 居留地の森で捕らえられ、奴隷商に売られ、各地の娼館を転々とし、最後に北の荒野にあるソデイムの聖堂都市に売られたと…… 散々な目に会いながらも、生きて居留地の森に還る事を夢見た彼女は、奇病に侵された事により、最後の自由を手に入れたと、そう述べておりました」
ピクリと、ウーカルさんの肩が跳ねるの。 兎人族…… ウーカルさん…… ゴメンね。 酷いお話を聞かせてしまったわ。 でも、続きは聞かずには、置けなかった。
「…………最後の自由とは?」
「廃棄されたそうです。 城壁の外へ…… そこから、痛む身体を引きずりつつ、北の荒野を抜け、北部辺境域北域の警備をすりぬけ、やっと事で、この街まで。 しかし、『奇病』の進行は進み過ぎておりました。 もう立つことも歩む事も叶わず…… 聖堂の治癒師、そして、私も含めた神官達も治癒に努めましたが…… 如何せん…… 意識をも失い、鼓動も弱く…… 決断いたしました。 『死の香』を使うと……」
「そして、聖廟に入れられたのですね」
「はい、これ以上苦しみを伸ばす訳には行かぬと、判断いたしました。 『死の香』は、特別な部屋に焚き込められます。 その部屋の中の聖台に身を横たえ…… 『死の香』に火を灯して扉を閉めました。 精霊様に、遠き時の輪の接する所へ誘って頂ける様に、聖句を唱えておりました。 十分な時間が経ち、魂が抜けたと思しき時にそれは始まったのです」
「死者が蘇ったとでも?」
「あれほどの時間、『死の香』が漂う中にいれば、間違いなく魂は肉体から離れ、精霊様に誘われる筈。しかし、扉を中から叩く音がしました。 それは、激しく、強く。 常識では考えられない事でした。 扉は破られ、中から、おぞましく変容した兎人族の女人が…… 紅い目がとても強く光り、鉤爪が容赦なく辺りの骸を切り裂いておりました。 既に、我らではどうしようも無く、止む無く聖廟を退出。 石扉を閉じ、結界を張るくらいしか、出来る事は有りませんでした」
「……その結界を張る為に、聖堂の結界が緩んだ? そう、考えても宜しいのでしょうか?」
「はい、まさしく。 聖廟全体に強度の結界を張り続ける為、十余人の神官が交代で詰めて居ります」
「……由々しき問題ですね」
「いつまで続くか…… 判りません。 対処の方法すら…… もう、我らも限界でした。 そこに、貴女が来られた。 小聖堂の外に詰め掛けていた、” 奇病 ” を患う者達を、癒し、治癒した…… 貴女がッ! な、何卒、何卒、我らに力を! 力をお貸しくだされッ!!」
「身体大変容」を起こしてしまったのね。 意思の力で、抑え続けて居た進行を、「死の香」で意識を奪った為に、変容が一気に進行したのよ。 二週間…… 十四日…… その人が、まだ、” 生きる ” って意思を持っていれば……
異界の魔力に穢された魂は、輪廻の輪には入れないわ。
たとえ、既に、魂の存在となっていたとしても、肉体にはとらえられ続けて居る筈だもの。 ある意味呪縛の様なモノなの。 だから……
私は薬師にして、治癒師。
薬師が誓いに掛けて、魂を安息に導く義務があるわ。
――― ならば
やりましょう。
捉えられ、永劫の苦しみに落ちる前に。 異界の魔物としてでは無く、この世界の理の中に生きるモノとして、逝くべき魂を……
” 癒し、救い、助け ” ましょう!
司祭様の深刻そうな御言葉に、とっさにウーカルさんを同道する事に決めたの。
私一人で対処できないかもしれないって、そう ” 予感 ” がしたんだもの……
幸い、聖堂の皆さんの容体は落ち着いたわ。 小聖堂の外にはまだまだ、軽症の患者さん達はいらっしゃるんだけど、” 緊急! ” って程では無かった。
暫くは、大丈夫かしら。
^^^^^
十分な栄養を取って、しっかりと休養を取れば、体内に入り込んだ「異界の魔力」も、蓄積はされず、排出されていくかも…… その為には、清浄な食べ物と飲み物が必要なんだけどね。 南の御領から運ばれてくる食料品で、それは、何とかなりそう。 問題は ” 水 ” なのよ。 プーイさん達が行っている、異界の魔力が広がるのを阻止する、魔力網状供給線の敷設が、決め手になりそうなの。
あの魔力網状供給線に接続されてるはずの、イグバール様から贈って頂いた「魔道具」には、私が編んだ魔方陣が符呪されているわ。 勿論水源に対しても十分に効果がある筈なの。 汚染源を潰せば、水は自ずと綺麗になるわ。
清浄な水は、北部辺境域、北域にとっては生命線でもあるしね。 その為に、プーイさん達には無理をお願いしたんだもの。
私達が、小聖堂へと赴いたのは、その魔道具が稼働する為に必要な魔力を供給する源を求めた為なのよ。 何としても、精霊様への ” 感謝の祈り ” を得なくては、何もかもが上手く行かなくなる。 だから…… 司祭様のお願いを蔑ろにしては成らないの。
^^^^^
エスタット司祭様に連られて、聖堂の奥へ向かう。 静かな回廊の先は、錬石で出来た建物と、石造りの扉があったわ。 闇の精霊様の御印が刻み込まれたその石の扉……
何度も、何度も、見たその闇の精霊様の御印が刻み込まれたその石の扉には、あまり良い記憶が無いの。 特に、薬師、治癒師としての私にはね。 だって、その扉を潜ると云う事は、私の手が及ばなかったって事に他ならないんだもの。
指の間から、零れ落ちた幾多の人達の、顔が脳裏に浮かび上がっていたの。
「リーナ様? あの扉…… 聖廟に向かわれているのでしょうか?」
「……小聖堂の奥に有って、中庭の向こう側ということは…… そうなのでしょう。 しっかりと、闇の精霊様の御印が刻み込まれているから……」
「何故でしょうか? 聖廟には、生を全うした者の骸が安置されているばかりで御座いましょう?」
「エスト。 今は、エスタット司祭様の御心のままに成さねばなりません。 事態を詮索するのは、止めにいたしましょう」
「はい…… 申し訳御座いません」
すっと、後ろに下がるエスト。 そうなのよ、エストは良く鼻が利く。 危険を察知する能力はずば抜けているわ。 でも、危険を恐れるあまり、その周囲に有る『必然』と『立ち向かう勇気』に欠ける所があるの。 私の側に居る限り、危険は常に付きまとうわ。
――― それが、「大召喚魔方陣」関係であれ、” 人族 ” の諸々であれ。
逃げているばかりでは、事態の収拾はつかないし、悪くすれば、追い詰められ、死地しか残されなくなるもの。 今は、エスタット司祭様の抱えていらっしゃる問題に、お応えする事が絶対に必要な事。 そうしないと、作戦全体に大きな障害が生まれると云っても、過言ではないわ。
静かに歩みを進めらていた、エスタット司祭様と数名の神官様達。 中庭に足を踏み入れられ、聖廟の手前で止まられたの。 生憎の曇天。 厚い雲は今にも泣き出しそうで、風に水の香が多く含まれているわ。 あちらこちらに、水の精霊様の眷属の方々が舞う姿すら確認できるの。
「おいで頂きましたのは、目の前の聖廟に問題が御座いましてな、薬師殿」
「はい…… その様で御座いますね」
「本来ならば、薬師殿…… いえ、治癒師殿の手が及ばず、遠き時の輪の接する所へ旅立った者達の骸《むくろ》が、永遠の眠りに付く場所では御座います。 それは、重々存じております。 ですが、そこに、われら神官では対処できぬ問題が生じております」
「永遠の眠りにつかぬ骸《むくろ》が有ると?」
「左様に。 アレが、外に出てしまうと、聖堂に…… いや、街…… もっと言えば、この北部辺境域に混乱と破滅が訪れましょう。 それ故、我らは必死に結界を張り、アレが外に出る事の無いように努力しております」
「……そのモノが現れたのは?」
「二週間ほど前に御座います。 我らでは手の施しようの無い ” 奇病 ” を患ったモノ達。 身体が人とは言えぬような、怪異なモノに成ってしまい、既に息絶えようとしていた者達を、聖廟の中で安らかな眠りに誘っておりました」
「……『死の香』を、お使いに成ったのですね」
聖堂教会には、ある『聖香』が存在するわ。 手の施しようの無い、『重病』を患った方、手当の方法すら無い、『重傷』を負った方、齢を重ね『人としての尊厳』を失った方。 そう云った方々を、ご家族の了承の元、安らかな
眠りに誘う『聖香』と云う、甘美な香りの毒薬がね。
薬師として…… 治癒師として、本当に受け入れられないんだけれど…… 魂を遠き時の輪の接する所へ還し、何時の日か又この世界に戻って来てもらう為に必要な事でもあるの。 誰しもが、最高の手当てを受ける事は出来ないわ。 流行り病が襲ったとして、辺境の村や町では、その病に対して効能がある薬を手に入れられる方は、僅かしかいないもの。
金銭的な理由しかり…… お薬が無い場合だってある。
苦しみの果てに、亡くなるのは、家族にとっても煉獄の中に居るような物。 そして、本人も…… だから、安らぎの導き手として、聖堂教会があるのよ。 魂の導きを、闇の精霊 ノクターナル様にお願いして、安らかに、眠る様に魂を肉体から分離する……
――― 安楽死 ―――
本当に、嫌になるわ。 でも…… それは、十分な人数の『薬師』も『治癒師』も居ない、辺境では当たり前の出来事なの。
「はい。 街の治癒師でも、本領の治癒師でも、あの症状は快癒できぬと。 症状の固定すらままならず…… そして、本人も死を望んでいる筈だと。 まだ、” 人 ” としての尊厳があるうちに…… と。 私が決断いたしました」
「それが…… 二週間前?」
「既に、多くの者があの扉を潜っております。 北の村々で、最後まで居た者達です。 ……離れられぬ、事情も心情も、痛いほど理解しておりますが…… もう少し早く…… 避難をしていればと…… 徒に苦しみを引き延ばす事は、精霊様の御心に叶いませぬ。 ……しかし、この有様は…… わたくしは、間違えたのかもしれませぬ」
「どういう意味でしょうか?」
「荒野を渡り、息も絶え絶えの女性が一人、この聖堂にやってきました。 兎人族の女性です。 なんでも…… 居留地の森で捕らえられ、奴隷商に売られ、各地の娼館を転々とし、最後に北の荒野にあるソデイムの聖堂都市に売られたと…… 散々な目に会いながらも、生きて居留地の森に還る事を夢見た彼女は、奇病に侵された事により、最後の自由を手に入れたと、そう述べておりました」
ピクリと、ウーカルさんの肩が跳ねるの。 兎人族…… ウーカルさん…… ゴメンね。 酷いお話を聞かせてしまったわ。 でも、続きは聞かずには、置けなかった。
「…………最後の自由とは?」
「廃棄されたそうです。 城壁の外へ…… そこから、痛む身体を引きずりつつ、北の荒野を抜け、北部辺境域北域の警備をすりぬけ、やっと事で、この街まで。 しかし、『奇病』の進行は進み過ぎておりました。 もう立つことも歩む事も叶わず…… 聖堂の治癒師、そして、私も含めた神官達も治癒に努めましたが…… 如何せん…… 意識をも失い、鼓動も弱く…… 決断いたしました。 『死の香』を使うと……」
「そして、聖廟に入れられたのですね」
「はい、これ以上苦しみを伸ばす訳には行かぬと、判断いたしました。 『死の香』は、特別な部屋に焚き込められます。 その部屋の中の聖台に身を横たえ…… 『死の香』に火を灯して扉を閉めました。 精霊様に、遠き時の輪の接する所へ誘って頂ける様に、聖句を唱えておりました。 十分な時間が経ち、魂が抜けたと思しき時にそれは始まったのです」
「死者が蘇ったとでも?」
「あれほどの時間、『死の香』が漂う中にいれば、間違いなく魂は肉体から離れ、精霊様に誘われる筈。しかし、扉を中から叩く音がしました。 それは、激しく、強く。 常識では考えられない事でした。 扉は破られ、中から、おぞましく変容した兎人族の女人が…… 紅い目がとても強く光り、鉤爪が容赦なく辺りの骸を切り裂いておりました。 既に、我らではどうしようも無く、止む無く聖廟を退出。 石扉を閉じ、結界を張るくらいしか、出来る事は有りませんでした」
「……その結界を張る為に、聖堂の結界が緩んだ? そう、考えても宜しいのでしょうか?」
「はい、まさしく。 聖廟全体に強度の結界を張り続ける為、十余人の神官が交代で詰めて居ります」
「……由々しき問題ですね」
「いつまで続くか…… 判りません。 対処の方法すら…… もう、我らも限界でした。 そこに、貴女が来られた。 小聖堂の外に詰め掛けていた、” 奇病 ” を患う者達を、癒し、治癒した…… 貴女がッ! な、何卒、何卒、我らに力を! 力をお貸しくだされッ!!」
「身体大変容」を起こしてしまったのね。 意思の力で、抑え続けて居た進行を、「死の香」で意識を奪った為に、変容が一気に進行したのよ。 二週間…… 十四日…… その人が、まだ、” 生きる ” って意思を持っていれば……
異界の魔力に穢された魂は、輪廻の輪には入れないわ。
たとえ、既に、魂の存在となっていたとしても、肉体にはとらえられ続けて居る筈だもの。 ある意味呪縛の様なモノなの。 だから……
私は薬師にして、治癒師。
薬師が誓いに掛けて、魂を安息に導く義務があるわ。
――― ならば
やりましょう。
捉えられ、永劫の苦しみに落ちる前に。 異界の魔物としてでは無く、この世界の理の中に生きるモノとして、逝くべき魂を……
” 癒し、救い、助け ” ましょう!
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