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薬師錬金術士の歩む道
ナーリン小聖堂
しおりを挟むナーリン小聖堂の聖堂。
普段は多くの長椅子が置かれて、精霊様に祈りを捧げる空間。 今は、野戦救護所のような有様に変わっている。
床に 【清浄浄化】と、【解呪】の魔方陣を打ち込むの。 患者さんはすべてこの上に。
異界の魔力が昇華した証の、光の粒が患者さん達の身体から湧き上がるわ。 誰もかれも、その身に蓄積した異界の魔力の量に見合った量の光の粒を噴き上げて行く。
魔法灯火が必要ないくらい、聖堂の中が明るくなるわ。 ここまでとは、正直思っていなかった。 でも、まだまだするべきことは沢山あるわ。 ええ、体力を失って、げっそりと痩せた方々。 魔力が大量に持っていかれて、魔力切れを起こしている方々。
それに……
栄養状態の悪さからくる各種の病に侵されて苦しんでおられる方々。 老人も、女性も、子供たちも…… 皆…… 疲弊しているわ。 そうよ、禍つは、いつも弱い人を、苛むのよ。 力なき人々を。 自分で自分を護れない、弱気人々を。
でも、そんな人達は、その弱き身の代わりに、英知が備わっているの。 耐える心を持っているの。 力ではどうにもならない事を知っているの。 だから、考えを巡らし、少しでも、少しでも、生きる為に知恵を絞るのよ。 その英知は、時として、国の根幹おも揺さぶる、凄い発見や発明に繋がるわ。
だから、弱いから、力が無いからって云って、切り捨てて良い筈なんて無いのよ。
全ては未来の為。
全ては、この世界を護る為。
さぁ! リーナ。 『薬師の誓い』、果たすわよ!!
^^^^^^
治療の途中で思い出したことが在るのよ。 う~ん、こればっかりは、どうしようかと本気で悩んでしますわ。 ほら、今、私…… 第四〇〇特務隊所属…… と云うか、私が指揮官なのよね。 それで、プーイさん達は、第四〇〇〇護衛隊って事に成っているでしょ?
ク・ラーシキンの街から、脱出というか、逃亡というか、そんな事をしてから、王都には全く、一度も連絡を入れていないのよ。 ほら…… 私…… 人族では無くなったし、王都の方々が知る、薬師錬金術師リーナは、聖女降誕に巻き込まれてしまった…… と云う事に成っている筈なのよね。
イグバール様と超長距離でお話した時に、おばば様ともお話が出来たんだけど、その時、おばば様は私が既に ” 人族 ” から逸脱して、 ” 原初の人” と成ってしまった事をお伝えしたわ。 だから、もう、” ファンダリアの民 ” ではなくなってしまったと、そう、ご理解していただいたと、思うのよ。
でもね、今、私が指揮しているのは、第四〇〇特務隊でしょ? これって…… どうかな? 軍の…… それも、ウーノル王太子殿下直下の部隊よ? 報告も無しに勝手に動き回って…… あちらの状況も全く知らずにね。 王国にとって、問題行動をしている可能性だってあるわ。
それに…… ティカ様だって、私の足取りを追っているかも? いえ、ティカ様でなくても、王宮魔導院の方々とか、王宮薬師院の方々とか…… ね。 あの方の御気性を鑑みると、きっと私の足取りは追うわね。 姉妹…… って、仰ってくださったのだもの。
姉妹が失踪して…… まぁ、あの聖女降誕に巻き込まれたってお知りに成れば、私の生存が限りなく難しい事は、魔術師の知識として、当然突き当たるわ。 でも…… 万が一を考えて、それは、頑張ってお探しになるかな。 西方辺境域での活動は、私は表立って動いていないわ。
全部、私の意思と指示で動いた、第四〇〇特務隊の行動って事に成ると思うの。 でも、私の名前は…… 薬師錬金術師リーナがそこに居たって証拠は何処にも無いもの。
まして、国境を越えていたなんて、思いもよらない筈よ。 ナゴシ村に滞在した事は、王国の軍属としては、違法もいい処。 露見してしまえば、懲罰は間違いないもの。 動き回った西方辺境域での活動は、黙認されていた。 そう思うの。 だってね、なんの御咎めも、ご連絡さえ、第四〇〇特務隊へは届かなかったんだもの。
” 私、亡きあと、健気に私の遺志を遂行している ”
と、思われている可能性が大きいのよ。 そうでなくちゃ、きっと検察隊なんかが、第四〇〇特務隊に向けて発せられていた筈よ? でも、そんな事は無かった。 西方の護りは万全…… とまでは云わないけれど、西方禁忌の森は護れると思うの。
そう、ティカ様の御意思の通りね。
だから、御目溢しが在ったって云うのが私の予想。
だから…… だからこそ、ここで頭を抱える羽目に成るのよ。
” 託宣 ” と、薬師の誓いに突き動かされて…… こんなド派手に動いてしまった後で、悩むなんて、ほんと間抜けなんだけど…… 本当に、どうしよう……
^^^^^
患者さん達を診察しつつ、彼らに適合するお薬を処方、錬成。 私の展開する錬成魔方陣は常に全開状態だったわ。 勿論ウーカルさんにも、沢山手伝ってもらった。 今にも遠き時の輪の接する処に旅立ちそうな人々の顔色が、雰囲気が、立ち直り始めたわ。
そこは、とても…… 素直に嬉しい事なの。 だってね……
薬師の誓いが果たされたって事なんだもの。
でも、私の心の中にある、小さな危惧がやがて現実の姿を以て、私の前に現れたのよ。
「薬師殿!! これはいったい……」
数名の神官様をお連れになった、このナーリン小聖堂の司祭様が、聖堂を訪れになったの。 目を怒らせ、そして、驚愕に移ろい…… やがて、それは畏れに変わる。
聖堂内に留め置かれる、重症の患者さん達。 でも、そのすべての方々が、何らかの方法で癒しを受けているのだものね。 そんな彼らを見て、絶句しておられたのよ、司祭様。
真っ直ぐに、私を見詰め直されたわ。
「薬師殿がこれを?」
「『託宣』を受け、薬師の誓いを遂行したまでです。 とにかく、時間が有りませんでした。 すでに、遠き時の輪の接する処へ誘われ始めている方々も散見されました。 聖堂の結界では、症状を止めきれません。 申し訳なかったのですが、仲間の ” 森の神官 ” 様方に、結界を結び直して頂きました」
「…………それは、いい。 実際に我ら小聖堂の神官では、これ以上聖堂に結界を張り続ける事も難しかった。 しかし、これは、どういう事だ? あれだけ ” 穢れ ” に侵された者達を…… んっ?! 魔方陣…… アレを昇華したというのかッ!」
「はい。 実は、少々伝手が有りまして、王宮魔導院の魔術師様より、この「穢れ」を浄化できる可能性のある魔方陣を、配布して頂きました。 まだ、試作段階の固まった魔方陣では御座いませんが、試す価値は御座います」
「……王宮魔導院の魔術師? 何処の所属かッ!」
「お応えいたしかねます」
「……特務局か…… 得体のしれない魔術師ならば…… それも又…… いやしかし、この者達の病を癒す、それらの薬はッ!」
「この場で錬成致しました。 薬師にして、錬金術師ですので」
しっかりと司祭様にお応えするの。 でも、名前は云わないわ。 だって、放浪の薬師って事にしたいのですもの。 栄誉はすべて、この小聖堂へ。 対価は祈り。 願わずには居られないわ。
「薬師錬金術師…… まだ、少女の…… そして、はっきりとは表に出られない…… 精霊様方の「託宣」を受けたる、精霊様の「愛し子」…… 獣人族の配下を引き連れ…… 荒野を巡る…… 放浪の薬師錬金術師。 ハッ! あ、貴女は、もしや!! もしや! ヴァンケリオ=タイラル=シワーヴェ大司教猊下の仰っていたッ!! 『愛と慈しみの薬師』様」
「詮索は…… ご遠慮して頂きたく存じ上げます。 私は一介の 『 放浪の薬師 』 ですので」
「ぐ、ぐぅぅ、 そ、そうか。 ならば、名は問わぬ。 そなたの献身は、精霊様の御意思によるもの、そして、薬師の誓いに従ったものだと…… そう、理解しよう。 されど、我が名をお伝えする事は許されよ。 聖堂教会、北部大管区 ヴァオラス大聖堂直下、ナーリン小聖堂を纏める事をシワーヴェ大司教猊下より命じられた、エスタット。 司祭エスタットです。 見知り置きください」
「司祭エスタット様。 聖堂内で、治癒所のような真似を致しました事、どうぞお許しくださいませ。 「託宣」が私に求めたる 『 使命 』の遂行故…… 何卒……」
「許すも許さぬも無い。 精霊様の御意思ですから、聖堂教会としては何も問題はありませぬ。 名も無き、薬師殿。 ……名を問わぬ代わりに、我らに力を貸してもらえぬか?」
真摯な瞳に、とても強い光が宿るの。 えっと、なんだか、とても困っていらっしゃるようね。 薬師としての私が必要…… なのかな?
名は問わないって、そう仰ってくださった。
だから、一介の放浪の薬師として、お役に立てるのであれば、薬師の誓いを護りますわ。
だけど…… なんだか……
とても、厳しい状況って……
そんな感じを、エスタット司祭様からお受けしたのよ。
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