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薬師錬金術士の歩む道
作戦開始
しおりを挟む皆を前に、作戦の説明に入るの。 朝日が眩しいわ。
――― 作戦実行に於いて、第四〇〇特務隊は、三つに分けたの。
全ての事を同時に行わないと、異界の魔力の侵攻は止められないもの。 そして、時間は決して多くは無いわ。 特に北の荒野…… 昔の大森林ジュノーに敷設された軍道の入口周辺は、濃密な異界の魔力が流れ込んでいるの。
地理的に云えば、軍道は北方辺境域西北部に位置しているの。
もっと言えば、かなり西方に敷設されていたわ。 ドラゴンバック山脈への道を考えると、その道が深い禁忌の森だとしても、距離的には最短経路だったのよ。
もっと言えば、森の聖域の近くを通るの。
よくもまぁ、そんな場所に道を通そうなんて考えたものよ。 よっぽどのことが無い限り、動けなくはずなのにね。 稀代の魔術師である、おばば様の存在があってこその、策謀だったのかもしれないわ。 でも…… 聖堂教会はこの侵攻には反対していたって…… 歴史書には有るのよ。
最も激しく反対されたのが、現神官長パウレーロ猊下。 おばば様と共に戦野を駆け巡った方だったから、余計にゲルン=マンティカ連合王国との戦闘を避けるべきだと、そう声高に主張されたって…… 御本には記載されていたわ。
” 徒に人民の命を失う様な戦は、ファンダリアにとっても避けるべき事柄。 精霊様の御意思にも背く。 反対する。 北伐は精霊様の御意思に叶わず! ”
だから、獅子王陛下の北伐時…… 神官戦士様方の参戦は無かったの。 ひとえに、おばば様達、魔術師の力が求められたのよ。
多くの魔術師が、軍道開削に従事して、そして、命と魂を削ったって……
――― 無茶もいい所よ。
歪みは、今もファンダリア王国に災いをもたらしているわ。 そう…… 北の荒野から、異界の魔力の漏れ出す一番の場所としてね。
荒野からの異界の魔力の侵攻を止める為には、おばば様の設置した【重結界】に代わる魔方陣が必要なの。
でも、私がそこに【妖気浄化】の魔方陣を展開しても、それだけでは問題の解決には至らない。 何故かって云うと、あの魔方陣相当の魔力を消費するの。 つまりは定常的に魔方陣に対して魔力の供給を行わないと、直ぐに昇華してしまうわ。
私がずっと、その場所に居れば問題は無いのだけれど、私には為すべき事柄が有るのよ。 そう、北の荒野に踏み込んで、汚染の根源たる「大召喚魔方陣」を昇華しなくては成らないんだもの。
その間…… 漏れちゃったら、北方領域は甚大な被害を被るわ。 いいえ、北方領域に留まらない可能性の方が大きいの。
だから……ね。 そんな事態に成らない様に、魔力線で魔力の供給をしなくては成らないわ。 それも、膨大な魔力を必要とするのよ。
――― 必要なのは真摯な祈り。
精霊様への絶大な感謝に他ならないわ。 感謝の祈りをもって、魔力を収集することが…… 現状を打破する唯一の解決策なの。
部隊を三つに分けた理由がそこに有るわ。
一つは、私を含む六人。 私、シルフィー、ラムソンさん、エスト、ピールさん、それに、ウーカルさん。
一つは、狐人族の ナジールさん ニライさん カナイさん ヌエルバさん ルベルさん の五人。
最後の一つは、穴熊族プーイさん達の他全ての人達ね。
構成は、色々と考えたの。 でも、最善を尽くすならって、この陣容になったの。
最大戦力であるプーイさん達は、西方辺境域同様、北方の国境沿いに 魔力網状供給線の敷設をして貰うわ。 異界の魔力への備えだけじゃ無くて、聖堂騎士団への対応もして貰わなくてはならないからね。
莫大な量の魔石と魔道具を、補給馬車からプーイさん達が使っている馬車に移し替えたの。 もちろん、食料や水やその他の補給物資もね。 軍道入口の西側を網羅してもらうの。 汚染が酷い所だから、本当に気を付けてねってお願いしたわ。
私達と、狐人族のナジールさん達は、まずは一緒に行動するの。
情報を信じるなら、敬虔な祈りを捧げ続けて居る筈の、小聖堂が近くに有るわ。 沢山の難民の方もそこは居るらしいの。 診察と診療。 癒しの心を以て、その方々に対峙するわ。 対価として、祈りを精霊様に捧げて頂くつもりなの。 聖壇を置き、魔力線を魔力網状供給線に繋ぐの。
そこからは別行動。
私達は次の小聖堂に向かう。 ナジールさん達は、魔力線を敷設しつつ、プーイさんの敷設した魔力網状供給線に接続する。 そのあとは、また、魔力線を引きつつ、私が向かう別の小聖堂に向かう。
小聖堂は五か所を想定しているわ。
其々の小聖堂を結ぶ魔力線も必要だから、敷設距離はかなり長くなる。 私達だけでするには、限界に近いわ。
でも、やり切らないと北方辺境域の安寧は来ないもの。
それで、半分よ?
軍道東側から、汚染の弱まっている場所までの国境線は、次の段階の作戦。
作戦予定は、全部で五週間。
補給馬車は私と同道する。
そこまでの説明を一気に終えたの。
^^^^^
光眩しい、宿営地の丘の上。 皆さんが一様に沈黙を以て応えてくれた。 ごめんなさい。 負担を掛けるわ。 ちょっと、辛いの。 こんなにも、皆さんの力を借りなければならないって、ほんとうに、私って無力ね。
「リーナ殿。 我ら狐人族は、全幅の忠誠をリーナ殿に捧ぐ。 貴女が念頭に置かれるるのは、大地の再生。 ならば、我らはその意思を尊重する」
ナジールさん…… 貴方達が護る聖域を…… 森を焼いた人族だった者の願い……なんだけど、いいの? 問いかける視線に、ナジールさんは瞑目して応えるの。
「リーナ殿はリーナ殿。 その真摯な祈りは、我ら狐人族の神官とって、何物にも代えがたし。 よろしいかな?」
「はい」
プーイさんが手を上げて、問いかけてくるの。
「リーナ。 そのなんだ…… 聖堂騎士団がどうとか言っていただろ? どうするんだ? 馬車の中にかなりの量の物資を積み込むんだ。 それを狙ってくるかもしれないって、ラムソンが言っていたけど?」
「ええ、それなんですが……」
言い淀む私を見兼ねたのか、ラムソンさんが答えてくれたの。
「聖堂騎士団が何か言ってきても、無視するか実力で排除していいぞ。 あいつら、なにか禍々しい薬を常用していると、情報にあった。 不死化している可能性すら散見される。 浄化の魔道具を噛ませたやれば、倒れる可能性が大いにある。 そうとなれば、もはや人では無い。 汚染された魔獣と同じ。 ならば、何を斟酌する必要がある? いいか、プーイはリーナの御手先となるんだ。 穢れし者は浄化する。 それだけだ」
あ、あのね、ラムソンさん…… それは、そうなんだけど…… 彼等もファンダリアの民よ? 元を正せば、『人』なのよ?
「浄化で倒れなければ、お前たち穴熊族の咆哮一発で戦意は霧散するぞ。 聖堂騎士などと云っても、第四四師団の連中とは違う。 気合の入り方が甘いんだ。 いいか、無用の戦闘はするなよ? その為に、お前たちに最大戦力を渡すんだ。 リーナの護衛が些か心許なくなるくらいになる程にな。 いいか、プーイ。 決して無理はするなよ」
「おうゥ!」
プーイさんが、とってもいい笑顔で応えて下さったわ。 えっと…… そうね。 極力戦闘は控えてね。 逃げられるなら逃げて。 回避できるなら、回避して。 お願いよ。
「では、皆さん。 行動の時間です。 宜しくお願いします」
「「「 応!! 」」」
そこからは、皆、為すべきを成す事に集中するのよ。 私は荷馬車の封印を解き、扉を開けるわ。 必要なモノは、みんな知っているんだもの。
魔力網状供給線に必要な資材、自分たちの必要とする食料、水、生活必需品。 次々と運び出され、そして積み込まれて行くわ。
荷物の積み替えの間に、私は、プーイさん達に渡す護剣を作っていたの。 【妖気浄化】を短剣に符呪したものをね。
みんなに御守代わりに使って貰おうってそう思ったの。 気休めみたいなモノなんだけれど…… 無いよりあった方が良いかなって。 使う魔石も中型の物だから、魔力の消費量を考えたら、そんなに長くは使えないかもしれない。 だけど、危なくなった時に…… ココ一番って時に浸かって貰えたらなって、思ったの。
みんな分の符呪を施した『護剣』が出来上がったのは、お昼を少し回った頃。 皆に『護剣』を配り終え、簡単な昼食を取ったわ。
そして……
荷物の積み替えも終わって、最後に私が確認して……
パタリと荷馬車の扉を閉めた。
振り返り皆に伝えるの。
祈りを以て……
感謝を以て……
過酷な旅路の無事を祈って……
「作戦の開始です。 よろしくて?」
「「「 応!! 」」」
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