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薬師錬金術士の歩む道
状況開始
しおりを挟むラムソンさんに言われて、その夜は私は馬車の中で眠る事に成ったの。 心配かけちゃったようね。 ラムソンさんの口から綴られた、『例の薬』の件で、思いっきり悩み込んだからね。
「とりあえず、眠れ。 良い考えも出るだろう? 第十三号棟ではいつもそうだった」
「ええ、そうね…… 眠った方が…… いいかも?」
「あぁ、そうだ。 眠れ。 疲労していてば、良い考えも浮かばない。 それに……」
「それに?」
「まだ、情報は収集不足だ。 取り敢えずは、動けるが、ハッキリ情勢を見極めた方が、より効率的に動ける。 そうだろう? 第四〇〇特務隊の指揮官殿?」
「ラムソンさんったら…… うふふふ、そうね。 その通りね」
焚火の周囲に居る、エストやシルフィーに暇乞いをして、馬車の中で眠る事にしたわ。 満天の星空。 神話を描く星々に見守られながらね。 ちょっと、壮大な絵巻物を枕に眠るって、なんだかとっても素敵な事だと…… そう思う事にしたの。
夜風は全く吹かないの。
シンと静まり返った野営地の丘の上。
明日から…… 明日から始めるわ、皆さんには、明日、伝えよう……
眠るわ。 今日一日、精一杯生きたんだものね…… おやすみなさい。
^^^^^
朝日は馬車の窓を明るく照らし出しているの。 よく眠れたかと云うと、そうでもないのよ。 眠ろうと努力はしたわ。 でもね。 色んな思考が頭の中をグルグル巡るだけなのよ。 憔悴感とか、嫌悪感とか、とにかく負の感情が湧き上がって来るのよ。
これって…… 「異界の魔力」の影響かな?
とても眠っていられなくって、馬車の扉を開け外に出るの。 まだ、早朝と云う事も有って、やっぱり、野営地の丘は静まり返っているの。
焚火も既に『熾き』に成って細く白煙を上げているばかり。 少し薪を足して、火勢を強くしてから、ポットに水を満たして火にかけておくの。 美味しいお茶を飲みたくなっちゃたからね。 まだ少し残っている、王都で購入した茶葉も有るもの。
湯が沸くまでの間、イグバール様から送られて来た二台の箱馬車の確認に向かうの。
大型の荷馬車。 今は例の天馬は繋がれていないけれど、それでも、重厚な偉容にちょっと仰け反ったわ。 イグバール様のお書きに成られた、長い長い内容物の巻物。 ちょっと考えただけでも、おかしいのよ。 だって、その総量たるは、優に王城外苑の軍資材倉庫群と同等。
あの、第一軍から第四軍が必要とする資材を備蓄しておく倉庫全部を合わせた位の量なのよ……
荷馬車の後ろに回り、扉に仕掛けてある魔方陣に手を載せるの。 【開錠】の魔法を発動するとね、その魔方陣が私を認識して、強固な封印を解く仕掛けに成っているのよ。
馬車自体には、それこそ王宮宝物庫並みの【重防御】の魔方陣が練り込まれていて、物理攻撃も魔法攻撃も通さないわ。 可動部はどうしようもないけれど、それはそれ。 でも、ブギットさん印の部品でしょ、滅多に壊れるような事も無いのよ。
――― 強固に、堅固に、ひたすら頑強に作り上げられているの。
車輪の向こう側に、笑顔のブギットさんの御顔が浮かび上がるわ。
まぁ、普通の人なら、卒倒するような怖い笑顔なんだけれどもね。 扉を開けると、細い通路が見えたのよ。 でもね…… 可笑しいの。 明らかに馬車の全長より長いの。
その両側にラベルを張った保管箱が上下三段にズラァァァって、並んでいるのよ。 判りやすいようにって、そうして頂いた様なんだけど、それも、どうかと思うのよね。 だって、その保管箱の中に入っているのは、とても高価な大型の魔石や、魔道具の数々。
イグバール様ご自身で符呪された、私が望んだ、【解呪】、【聖浄浄化】の魔道具なのよ。 その上、それらの魔道具には、定量一杯の魔力も込められているんだもの。 保管箱に相応の仕掛けが無いと、共鳴しちゃってトンデモナイ事になる様な量なんだから……ね。
対価を支払うとすれば、間違いなく一国の宝物庫が空になる程のモノなのよ。
一体どうやって集めてたんだろう? かなり謎よね。 心配するなって仰られても、とても、常識で考えられるような量と質じゃ無いのよ。
――― イグバール様…… 本当にどうやったの?
ちょっと、呆然としてしまったの。 でも、此れだけの補給物資が有れば…… ええ、大丈夫。 北部辺境域全てを浄化しても未だおつりが来るわ。 ええ、此れで魔法関連の物資の確認は出来た。
安心したわ。 色々な手が打てる。 選択は幾つも増えたわ。
馬車から降りてしっかりと【施錠】しておくわ。 さて、もう一台も見ておかなくてはね。
もう一台の馬車には、生活物資が入っている筈。 多分、魔法関連の馬車と同じくらいの容量を誇っているから…… 部隊の皆が安心してご飯を食べられるくらいは有る筈よね。
馬車の荷台に有る扉は、同じように【開錠】するの。 同じように小道の様な通路が現れるの。 その両側に、やっぱり同じように、荷物がズラァァァってね。
水の樽、肉、野菜、小麦粉なんかの食料、調味料、嗜好品の類。 石鹸とか布とか、針糸、鞣した皮、みたいな生活用品。 それに、簡単に武具や武器を手直し出来る様にって、相応の金属板やら半製品の装備なんかも入っていたわ。 通路の長さは、確実に馬車の長さよりも長いのよ。 振り返って、扉を見ると小さく見えるくらいなの。
――― ホントにどれだけの空間をこの馬車の荷台に畳み込んだの?
当代随一の符呪師なんだものね、イグバール様は。 こうやって何重にも封印を掛けていらっしゃるって事は、表の世界には出さない御積りなのかしら? 勿体ないわ。
この量なら、かなりの期間、荒野をうろつく事が出来るわ。
取れる選択がまた増えたわ。 ええ、どんな方策を練ったとしても、それに対する糧秣や物資の問題は消えたも同然ね。 だって、軍の資材庫まるまま手に入れたと同然なんだもの。
ふぅぅぅ…… お師匠様…… 貴方って人は…… 本当にもう……
涙が溢れそうになってしまったわ。
扉を閉めて、【施錠】して、皆の元に帰るの。 そろそろ、起き出している人もいるみたいね。
「リーナ様。 馬車の ご確認ですか?」
「ええ、シルフィー。 大量の物資を送って来て頂けました。 どんな策を練ろうと、これで安心して行動できます」
「それは、良かった。北の御領は何処も疲弊しきっております。 その上、北伐の親征によってなけなしの備蓄すら供出命令が下っておりますから、これ以上の負担を北部辺境域にかけると、それこそ暴動になりかねませんでした」
「……深刻ね。 皆は?」
「既に起き出しております。 馬車の用意や馬達の準備も進んでおります」
「よかった。 アンナンダ様達は?」
「北部辺境域は危険と判断しておられます。 このまま、北部脇街道を私達が辿った道を西部辺境域へと戻られるそうです。 あちらの方が、安全だと」
「そうね、その方が良いと思うわ。 あちら側では、既に防衛線は曳いているから、異界の魔力の影響もほぼほぼ無いと考えられるしね。 普通の脅威だけなら、あの方たちなら、難なく突破できるでしょ?」
「はい、その通りです。 アンナンダとも話ました。 私の掴んだ情報もお渡しいたしました。 それを勘案され、その道を通られると」
「良い事よ。 安全が一番大切よ。 私達の命綱を持って来て下さった、恩人の方々ですも」
「そうですね…… ええ、そうです…… 安全にお帰り願いましょう」
なにか、含む事が有るのかしら? ちょっと、表情が歪んでいるわよ、シルフィー。 私の表情に不審なモノを感じたのがシルフィーが口を開こうとしたときに、エストがやって来たの。
「リーナ様、お早いお目覚めですね。 今日も良い天気になりそうです。 ちょっと寒いですが」
「おはよう、エスト。 昨晩は眠れましたか?」
「はい、おかげさまで。 商隊の者達も、久しぶりに緊張を解きぐっすり眠れたと」
「体調の悪い方はいらっしゃらない? これから西方に帰られるのでしょ?」
「皆さん、昨日リーナ様に診察して頂いたからでしょうか、とても体調が良くなっておりますわ。 恙なく、西方領域へ帰還できるでしょう。 ね、シルフィーさん」
「あ、あぁ。 そうだ。 必要とあれば、手助けも可能だとか?」
「ええ、勿論に御座いますわ。 北方の暗殺者ギルドが承認さえすれば…… ですが」
「…………問題は無い」
なにか…… なにか、昨晩取り決めた事が有るのかしら? 私が知らない間に? どんな? 私の好奇心の塊のような視線に二人して、困惑の表情を浮かべるの。
――― なんで?
「リーナ様にはご心配には及びません。 これは、私達の問題ですので」
「私達?」
「はい。 私と、シルフィーさんの間の問題です。 心の向かう場所は同じに御座いますので、どうぞ、御心安らかに」
――― 納得いかなぁぁぁぁいッ!!
でも、これ以上追及しても、きっと何も答えてくれないわ。 そんな目の光なんだもの。 はぁぁぁ…… 私って、やっぱり……
頼りないのかな?
^^^^^
朝ごはんは、商隊の方々も一緒に取ったの。 とても、美味しくお茶は淹れらてたわ。 皆さんに振舞って、喜んで頂けた。 これで、私自身が王都で購入した茶葉は使い切ったの。 でも、皆の喜ぶ顔をみたら、全然惜しくなかったわ。
――― 皆さんの笑顔が、私に勇気と力を与えてくれるんだもの!
アンナンダさん達は大きく手を振って、私達が辿って来た道を帰って行かれたわ。 恙なく目的地に到着できることを、お祈りしております。 皆様、どうかお元気で。
宿営地の丘の上。
私は残った人達を見たの。
みんな、元気に揃っているわ。
考え続けた事と、為すべき事を皆さんにお話する時が来たようね。 薬師錬金術士リーナは、これから、この病める北部辺境域を癒していきます。
皆さん良いですね。
ちょっと、過酷な旅路に成りますが……
どうか、どうか、私に力を貸してください。
「作戦の説明を始めます。 良いですか?」
「「「 はッ! 」」」
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