その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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薬師錬金術士の歩む道

想いの形

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 シルフィーの帰還は、ちょっとした衝撃を私達にもたらしたの。 私も彼女の無事な帰還を望んでは居たのだけど、こんな劇的に帰って来るとは思っていなかったわ。 必要な情報を集めてくれていた筈なのよ、シルフィー。 それが、この場に帰還したって事は、ある程度の情報は集めてくれたって事よね。


 ――― でね、商隊の親方とエストが、固まったの。


 理由は、多分彼女の装備。

 そうよ、彼女 「疾風の影」の装備をしていたの。 この真昼間に、その装備で人前に出てくるなんてね……




「リーナ様、取り急ぎ情報を収集して帰ってまりました。 お約束通り、危ない真似はせずに」

「シルフィー…… 貴女、その姿でその言葉は説得力が無いわ。 ……貴女の居た場所よね、この北部辺境域って場所は。 『刻銀のナイフ』だったかしら?  敢えて、その時の情報屋さん達に、繋ぎを取ったって云うの? もし、貴女の身に何かあったら、どうするつもりなのよ。 危ない事はしないって約束なのに……」

「最も危険を冒さず、この地の情勢を得る為の方策です。 この地のギルドも、私には手を出しません。 古き西のギルドの長が、リーナ様直属の者達への手出しを禁じております」

「でもぉ……」





 口を尖らせて、抗議の意を顕わにしてみるわ。 本当に危なくないの? いくら何でも、ギルドを抜けた暗殺者に対して、ギルドの処置は厳しい筈よ?

 ニヤリと口元に笑みを浮かべるシルフィー。 ” 何でもない ” と云う雰囲気を漂わせながら、言葉を繋ぐの。 私にでは無くて…… そう、商隊の親方アンナンダ様に対してね。





「さて、立ち話もなんでしょう。 リーナ様の重防御魔方陣の中に入りませんか? 勿論、商隊の荷馬車も一緒に。 きっと、歓待してくれるでしょう。 皆が待ち望んでいた ” 荷 ” ですから」

「お、お前は…… リーナ殿と行動を共に……」

「筆頭侍女です。 エストと共にお仕えしております、アンナンダ」




 あ、あれ? あれれ? シルフィー…… 面識あるの?  エストだって、眼を丸くしているのって…… もしかして、エスト…… 貴女知らなかったの? ら、ラムソンさん…… どうしようッ!





「あぁ、とりあえず、此方に来られてはどうだ? 疲れもたまっているのだろ? 特務隊には、人族はリーナしか居ないし、どんな種族だって、俺等が思う所は無い。 行程の厳しさは理解している。 此処なら、この丘ならば、安全だ。 装具を解き、身体を休める方が、お互いにいいんじゃないか?」





 珍しくラムソンさんが、多くの言葉を紡いてくれたわ。 固まっていた人達もそれで、やっと動き出してくれたの。 荷馬車も【重結界】の内側に入れて下さった。 浄化の魔方陣を踏んで、身体に纏わりついている「異界の魔力」も拭い去れた。 ようやく…… 落ち着いてお話が出来るわ。




 ^^^^^



 ―――― 夕闇が忍び寄り、辺りに夜の帳が下りる頃。



 焚火を取り囲んで、夕食にしたの。 残り少なくなってしまった手持ちの食材を放出してね。 だって、きっと、イグバール様の補給物資には糧秣も含まれている筈なんですもの。 そう、お約束して頂いたもの。 荷馬車二台だけなんだけど…… きっとね。


 旅装を解いたアンナンダ様。 やはり、外套の下には重装備を纏ってらしたわ。 何が起こるか判らない、北部辺境域なんだもの、その用心は必須よね。 

 プーイさんが作ってくれる、野趣あふれる炙り肉に舌鼓を打ちながら、夕食は進むわ。 そして、定例の情報交換となるのよ。 まずは、荷馬車の受け渡しね。 一番大事な事なんだもの。




「イグバール商会より、荷馬車二台。 それを曳く ” 特別な ” 馬二頭。 御引渡し致します。 こちらに、御名を頂きたい。 箱馬車の扉は硬く封印されていて、リーナ様自ら開錠されないと、開きません。 イグバール様から、直々にそうお伝えせよと、申し付かりました」

「はい、了解致しました。 遠路遥々、ありがとうございました」




 深々と頭を下げて、お礼を述べたの。 きっと、私のキャリッジと同じように…… 第四〇〇特務隊の使っている馬車と同じように…… あの二台の荷馬車も特別製なんだろうなって、確信したわ。 イグバール様自ら符呪を施した逸品。 




「いやぁ…… あの荷馬車だけなら、もっと素早く来れましたのですが、なにせ、我らの商隊キャラバンも行動を共にしていたので、時間が掛かってしまいました。 御者を選定して、その者のみが手綱を握れるというご契約でしたので、交代が出来なかったのも、少々……」

「ごめんなさい。 特殊なご契約に御座いましたでしょ? ご苦労をお掛け致しましたね。 …………それで、特別な曳馬とは?」

「ええ、力が強く悪路も平気。 そして、この嫌な雰囲気でも物怖じせず前に進む気概を持つ馬など、そうそういませんからね。 イグバール商会の方が言われるには、なんでも「百花繚乱」と云う名の薬師処の店主から引き渡されたと云っておりました。 ” 薬師錬金術士リーナ様なら、お判りになるから ” と、そう云われました。 成程、とても強い馬でしてね。 どんな強行軍でも、平然と荷馬車を曳き、疲れるような様子すらありませんでした。 私どもが使う曳馬には自信があったのですが……ね。 誠、強き馬です」

「そうですか……」




 遠眼でその馬達を見てみるの。 当然【詳細鑑定】の制限を外してね。 


   えっ?
     なんで……
       そんな……


 左手の中から、ブラウニーが呟くのが聞こえるの。 おかしそうに笑いながらね。




 《おばば…… 気合入れたなぁ。 店に残った仲間達に願ったんやろう? 多分な、知らんけど。 妖精族の仲間達は、まだ、「百花繚乱」居るしな。 きっと、西方禁忌の森から、あいつら、アレを、引き摺って来たんやろうなぁ…… ほいで、普通の ” 人族 ” には見えんからちゅうて、一頭に一人づつ…… アレは…… グリーニー と、エイローか。 まぁ、ホワテルが居るから、来たんやろうな。 クックック、全くなぁ…… そうやろ、ホワテル》

 《さいな。 アイツ等なら、アレを手懐けるのも、お手のもんや。 なにせ、ワイの右腕と左腕やさかいな》




 感慨深そうに、ホワテルもそう云うの。 えっと…… えっと……  黒々とした巨躯を誇る様な馬体。 賢そうな、涼しい瞳。 【詳細鑑定】が脳裏に映し出す、二頭の曳馬の情報。 その情報に目を疑ったのよ。




       ――― ペガサス ――― 




 まさかね…… えっと、本物? だって…… 本物なら、背に羽根が付いているって…… そう、御伽噺では…… そう、伝えられている、幻獣なのよ? 幻想生物なのよ? あり得ないわッ!! そんな私の動揺を敏感に感じ取ったホワテルが、左手の中から笑いながら云うのよ。




 《リーナはん。 ペガサスには羽根はありまへん。 アレは、魔力を使って文字通り天を駆ける馬やさかい。 わいの騎馬である、鳥の親戚のヒポグリフと違うんや。 まぁ、力は本当に強いから、ええ選択やと思うで。 それに、付いて来たグリーニーとエイローは、わいと同じ妖精騎士やさかい、馬の扱いにはなれとうからな。 安心して、任せたらええ》




 ブワッと汗が出て来たの。 なんだって、そんな幻想生物が馬車を曳いているのよ…… 信じられない…… サッと血の気の引くのを感じたの。 だって…… だって…… アンナンダさんが、顔色の変わった私を心配そうに見ていたの。 そして、紡がれる言葉。




「……リーナ様? 如何されました?」

「い、いえ、なんでも、有りませんわ」

「そうですか? 少々、御顔の色が?」

「だ、大丈夫ですわ。 何でもありません。 あまりに ” 馬 ” の、力強い姿に、びっくりしてしまったモノですから」

「でしょうな。 我ら長き間、行商をしておりますが、あれほどの馬は早々目に掛かれるものではありませんからな。 いやはや、羨ましい」

「い、イグバール様のご厚意…… です」




 な、なんとか誤魔化したの。 ええ、誤魔化さざるを得ないでしょ? なんたって、ペガサスよ、ペガサス。 どうしよう…… 二台の馬車を伺うと、荷台にちょこんと座った二人の妖精さんが見える。 片手を上げ、そして、振り下ろし、胸の前に拳を作るの。

 はぁぁぁぁぁ アレは、きっと、ホワテルに向けた騎士の礼だよね。 そうだよね…… お師匠様、なんてモノを付けて下さったのッ! て、手に余る。 絶対に、手に余るわ。

 署名した、引き渡し完了書をアンナンダ様にお渡しする。 ちょっと、手が震えたのよ。 


 ―――― ホントに、なんて物、送って来るのよッ! 





            イグバール様の……






             馬鹿ぁぁぁ!































 でも…… その御気持、とても、とても、暖かく感じます。 イグバール様の御心、とても、とても、実感しました。 感謝申し上げますね、もう一人のお師匠様。







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