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薬師錬金術士の歩む道
そして来るは、希望の光
しおりを挟む脇街道の辺境領域の境。
そして、国境もすぐ北側にある、この丘の上の宿営地。 東側には壮絶な現実が横たわり、私の心を暗くさせていたの。 為すべきを成す…… それだけを考えて、今まで辿って来た道は、とても困難な道だったと思っていたわ。
でも、振り返ってみたら、それはまるで、緑の野を行くがごとき平坦な道。
今から向かう道は、それと比べれば、峻厳な山道を命綱なしで辿る様な物…… 精霊様の願いは、とても大切だけど…… 心が折れそうになってしまうわ。
身を縮める様にして、二晩を過ごしたの。 それは、とても緊張を強いられる状況なのよ。 森狼族の方々は、物見に出たがっていたけれど、それは押し止めたの。
だって、万が一を考えたら、危険は冒せないもの。
動くんだったら全員で。 十分な警戒の元に…… ね。
^^^^^
ジリジリと時間が過ぎるの。 予定では既に落ち合っている筈なんだけれど、まだ、商隊の姿は見えないわ。 エストも、少々焦りぎみなの。 彼女は最後の通信で、彼女の父君に何度も何度も、予定を問い質していたんですものね。
確信を得たから、ナゴシ村から出発したと云うのに、最後の段になって、なにか良くない事が起こったのかと、とても心配しているのよ。 そんな彼女の側に行ってね、そっと声を掛けるの。
「ギルドの皆さんも、精一杯のお仕事をされておられるわ。 だから、待ちましょう。 この北辺の荒野に於いて、予定が狂う事など、茶飯事ではありませんか」
「リーナ様…… 申し訳御座いません。 商隊がどこかで引っ掛かっている…… 夜盗やクソ刑吏に襲われたとは、考えづらいのです。 そのくらい、護衛に付いている者達にとっては、予測の範囲内です。 が、此処まで予定が狂うとなると…… 予想外の出来事が連続して発生しているとしか……」
「予想外…… ですか」
「はい。 商隊の者達は、北辺の道行には成れている者が当たっております。 そして、護衛にはギルドの精鋭達がその任に付きました。 最優先で、各町を通過できるように、父も手配を行っております。 ナゴシ村を出る前までは、その旨の連絡も受けておりました。 此処で落ち合う日時を決め、それに間に合うように出立したにもかかわらず、相手側が今だ、到着していない…… 由々しき問題です」
「…………何が起こったのでしょうね? 「異界の魔力」の影響で、引馬に異常が発生した…… とか?」
「考えられます。 南方よりの物資も、相当量と聞きおよんでおります。 情報の漏洩を防ぐために、商隊の全貌は、わたくしにすら伝えられておりませんので、幾台の馬車が商隊を組んでいるのは…… 済みません…… もって、正確に聞いておくべきでした」
しょぼんとするエストに、精一杯の笑顔で応えるのよ。 だって、皆さん頑張ってくださって居るのよ? イライラしたり、八つ当たりしたりしたんじゃ、申し訳なさ過ぎるもの。 こちらに向かっている事は確かなんだもの。 私達の成すべきは、じっくりと待つことだけ…… よね。
この丘を待ち合わせ場所に選定したのは、成程って感心していたのよ。 西方辺境域から来る私達が、足跡を残さず、北方辺境域に入るには、国境沿いに向かうのが、正解なのよ。 一見、無謀に思えるこの道行、現状を考えれば、最適だったと、思えるの。
^^^^^
ガングータス国王陛下が親征を宣下されたのだから、それに伴い、ゲルン=マンティカ連合王国との国境沿いは、『戦時下』に置かれるのよ。
親征の行軍経路は、『北の荒野』が、ゲルン=マンティカ連合王国との間に横たわっていて、比較的安全に行軍する為に取れる行軍路は限られているわ。 それ故に、親征軍の大部分はその行軍経路に集中する。 でも、長大な国境全域に兵は捻出しなくては成らないわ。 でも、長大な国境線全てに兵を張り付かせる程、ファンダリア王国の国軍は将兵を抱えていないのも事実。
その為の兵は、北部辺境域が独自で用意するしかないの。 王国軍には、どうやったって、それだけの人員を割く事が出来ないんだもの。
つまり、国境沿いの警備は、周辺の貴族の領兵さんたちが担うって事。
そして、辺境領の領兵さん達は、屈強で精兵揃いだけど、人員の数は限られているわ。 拠点防御に成るのよ。 巡回して警備活動くらいしか出来ないわ。 その哨戒も頻度は低いの。 いくら戦時下とは言え、北辺の御領には、余裕は殆ど無いもの。
比較的安全であろう、ゲルン=マンティカ連合王国との国境を接する西方辺境北西部でも、暗殺者ギルドがその哨戒動向を掴める程にね。
――― だから、私達は人が多く集まる市街地を避け、本当に人が疎らにしか居ない北域街道の脇街道を進んだのよ。
多分、事情は北部辺境域でも変わりは無いわ。 いいえ、もっと酷いかもしれない。 この西方辺境域との境ですら、この有様ですもの。 予測するに、北部辺境域の北方の御領は既に住民の方々は避難されているかもしれないわ。
「異界の魔力」の影響で、痩せ衰えた、生まれ育った土地を捨てる決断を迫られた……
クレアさんも、スフェラさんも、エスコー=トリント練兵場で、北辺の御領が どれ程痩せ細っているか、お話して下さったもの。 理解は、しているつもり。
――― 私は、思うの。 国王陛下の御決断は、ファンダリア王国に禍根を残すって。
親征となれば、軍費も莫大よ。 それに、随伴する将兵の方々だって…… 兵力を維持したまま、ゲルン=マンティカ連合王国と対峙するならば、比較的安全な進軍経路を辿って、親征軍は、聖堂騎士団が詰める『北の荒野の聖堂都市』 ” ソデイム ” と ” ゴメイラ ” のどちらかに向かわれるしかないもの。
でも問題はあるのよ。 あの地では、周辺からの物成りだって期待できない。 街そのものも、補給無しでは成り立たない場所なんですもの。 この場所ですら、この状態よ? 北の荒野の中では、安全地帯とは言え、汚染されている事に違いはないわ。 街として正常に機能しているとは、言えない。
言い方を変えれば、親征に付き従う将兵の清浄な水、糧秣、装備、装具、嗜好品、何もかも持って行かなくちゃならないの。 その上、ゲルン=マンティカ連合王国に戦を仕掛けようとしているのよ? 人的被害がどれ程出ても、あの地では、満足な療養も出来ないし、まして、医薬品の錬成なんて……
例え薬師が居たとしても、たとえ、巨大な錬成釜が在ったとしても、錬成に必要な魔法草や魔獣、野獣の特定部位を全て後方から持って行かなくちゃならないんだもの。 戦況がどれだけ順調で在ったとしても、傷付き倒れる兵は居なくは成らないわ。
その方々を療養させようとしたらならば、最低でも国境を抜け、ファンダリア王国内に後送しなくては成らないもの。
この、「異界の魔力」が猛威を振るう中? 無理よ…… そんな事したら、助かる命だって、「異界の魔力」に汚染されて、変質してしまうわ。 そうなったら終わりよ。 後送中の傷病兵が、「身体大変容」を起こしてしまえば、なにをどうやったとしても、止める手段は無いわ。 そして、被害は拡大するのよ。
勝っても負けても…… ファンダリア王国の人的被害は、想像を絶する程の規模になる。
――― それは、確信を持って言えるわ。
ウーノル王太子殿下が、どのような決断を下されるのかは、判らない。 でも、本当に危機的な状況なのは、王太子殿下程、聡明な方ならばご理解していると思うわ。 なにか…… なにか、手を打たれるとは、思うのだけど…… 判らないわ。
でも、王国中央で、どのような決断を下されようとも、私は、私の為すべきを成さないといけない。
精霊様の「託宣」は、私が果たす役割をお教え下さったもの。 薬師錬金術士リーナとして、薬師の誓いを立てた者として、病み衰えた北の辺境領の方々を……
” 癒し、助け、救え ”
そう、私の魂が強く囁くの。 それが、私の為すべき事。 その為に、私は待っているの。 懐かしい、南方の方々からの、心の籠った ” 物資 ” をね。
^^^^^
北域街道本道の方から、砂塵が舞い上がっているのが見える。
キラキラと、砂塵が陽光を受けて輝いて見える。
周囲に護衛と思わしき十数騎の騎馬。 馬上には屈強な人達が手綱を曳いている。 中央に荷馬車が五台。 幌を被ったのが三台と、箱馬車が二台。
――― 【遠目】で見えたの。
かなりの速度を出しているわ。 脇街道から本街道に接続する、ボロボロの石畳を蹴って、彼等は遣って来てくれたの。
エストが、高く口笛を鳴らす。
帰って来るのも、同じ音階の口笛。
「リーナ様。 到着したようです」
「陽光に反射する砂塵が、まるで『聖なる光』の様に見えますね」
「はい…… 待ち焦がれた、『光』ですね」
「ええ、その通りね。 『希望の光』 よ」
口元に、思わず浮かび上がった笑みは、きっと、心からの微笑み……
―――― 『希望の光』 を見詰める私の心は、歓喜したわ。
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