その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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薬師錬金術士の歩む道

邂逅の丘で。

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 西方、北方の辺境領の領境。


 小高い丘の上。


 周辺は木々も疎らな荒れた土地が広がっていたわ。 そう、そこが私が北方辺境域に踏み出す第一歩に成る場所なの。

 南方辺境からの補給物資を運んできてくださる、商隊との待ち合わせ場所。

 遥か南の辺境領から遥々とこんなファンダリアの北の果てまで来てくださったのよ。 丘の頂上にまで馬車を進めると、目の前に広がる光景に、少々驚いたわ。

 だってね、それまでの西方辺境域とは全く違うのですもの。 それが、この目に張り付けてある【制限付き詳細鑑定】のせいだとしてもね。 特別製の私の瞳に張り付けてある魔方陣は、「異界の魔力」も映し出すことが出来るの。 だから、目の前に広がる光景は、悲惨の一言に尽きるわ。

 空間に漂う「異界の魔力」 地面が汚染されて、斑に見える大地。 大地からの祝福を受ける樹々だって、その影響を受けるわ。 荒れた大地に育つ草も、異界の魔力に耐性のあるモノがぼそぼそと生えているだけ。

 そして、何よりも、遠目に見える小川が酷い状況なのよ。

 水が汚染されているの。 普通の人には、単なる水にしか見えないだろうけれど、私の目には黒々したタールの様に映っていたわ。


 ――― 絶句してしまったわ。


 こんなにも…… こんなにも、大地が病んでいたなんて…… 思いもしなかった。

 異界の魔力は空間を漂い、大地に沈降する。 そして、それは水に入り、水生生物を汚染し、大地を汚し…… いずれ、この地を異界と同じ状況にしてしまう。 汚染…… と云うより、浸食ね。

 丘の上の広場に到着すると、直ぐに魔方陣を広げるの。

 ええ、そうよ。 こんな中に居ては、私達も汚染されてしまうわ。 だから、五台の馬車を円状に並べて、全てを包み込むように、重防御結界を張るの。 張ったうえで、結界のすぐ外側に、同心円状に【妖気浄化ピュアリカンツ】を張り巡らせるの。



 ――― そうでもしないと、とても安心できないもの。



 みんな、私の険しい表情を不審に思っているわ。 特に兎人族の方々。 でもね、【妖気浄化ピュアリカンツ】を発動させてた直後に、光の粒が魔方陣から立ち上るのを見て、納得してくれた。




「リーナ様ぁ…… 気持ち悪いですね」

「ウーカルさん。 皆さんに伝えて。 この土地由来の食べ物は、準備が整うまで絶対に食さない事。 食料は、現在の手持ちを優先的に食べ、水は魔法で紡ぎ出したもの以外は飲まない事。 浄化魔道具を作るまでは、手を出してはいけないわ。 手持ちの魔石に限りがあるから、今は出来ないけれど、補給物資が到着さえすれば、きっと魔石も入っているから…… それまでは、待ってね」




 狐人族のナジールさんが、つかつかと近寄りってくるの。 彼も又厳しい視線で周囲を見詰めていたわ。 この場所…… いいえ、北部領域の北辺と云う場所が如何に危険な場所かえを、” 理解 ” されたのよね。 だからこその進言だと思ったの。



「リーナ殿、この場を引き払われては如何か? 精霊様の息吹薄き場所であり、なにやら、不穏な気配が濃厚にありますな。 リーナ様の仰っていた、「異界の魔力」とやらが、渦巻いておりますのでしょう。 現に、リーナ様の特別の魔方陣から、光粒が立ち上っております。 よほどの「異界の魔力」が、漂っているのでしょう。 さすれば、このような場所にリーナ様を置くのは良くは御座いますまい? 丘を西に下り、安全な場所まで退避される事をお勧めいたします」

「御忠告、ありがとう。 森の神官様の御忠言、痛み入ります。 でも、この場所で大切な方々と落ち合う約束に成っております。 離れる事は叶いますまい。 この場所を離れてしまえば、私が必要とする ” 補給物資 ” を手にすることが出来なくなります。 それに、その ” 補給物資 ” には、大切な方々の絶大な ” 想い ” も、一緒に乗せられておりますもの。 お出迎えする事が、受け取りには必須と成っておりますでしょ? だから、動けないのです」

「…………せめて、リーナ殿だけでも」

「駄目ですよ、ナジールさん。 この場に私以外で、「異界の魔力」を無力化出来る方はいらっしゃらないわ。 大丈夫。 私の内包魔力はこの程度では、びくともしませんもの。 大魔法の二個や三個、同時発動など、問題にもなりません」

「…………人族の言うのは、そこまで魔導に長けておられるか?」

「わたくしが特に…… でしょうか? 幼少のころから、魔力だけは普通の方よりも、多く保持できました」

「その上、高度な魔法を幾重にも重ねて発動されている…… あまり、その様な方を存じ上げない。 リーナ殿。 リーナ殿の師は何方か?」

「『海道の賢女ミルラス=エンデバーグ様に御座います。 獣人族の方々…… 大森林ジュノー、森の民ジュバリアンの方々にとっては、「忌むべき名前」の強大な力を持つ、人族の魔女…… でしたでしょうか?」

「…………魔女ミルラス ……ですか」

「はい。 隠し立てしていたわけでは無いのですが…… ごめんなさい」

「…………その名をこの場所で、貴女の口から聞くとは思ってもみませんでしたな。 あの大魔女が貴女の師ならば、貴女が魔法に長けているのも頷けます。 そして、貴女の師が誰であろうと、貴女の成した事を知っている私にとっては、その名は「忌むべき名」では無いと言う事です。 お気になさいますな。 最もその名に嫌悪を抱く、森の神官がそういうのです」

「お気遣い、誠に有難う御座います。 この場から動けない理由は、ご納得いただけましたか?」

「気に入りませんが…… 仕方なく」

「皆でひと塊となり、御客人を待ちましょう。 エストがきちんと、手筈を整えてくれている筈ですから」

「承知いたしました」




 恭しく頭を下げるのよ。 えっと、そんなにしなくてもいいのに。 獣人族の方々の精神的主柱である、狐人族ナジールさんの想いは皆の想いでもあるのよ。 そう、皆私を慮ってくれているの。 この場所が危険な事は、みんな理解できた。 でも、私は約束の為に動けない ってね。

 だから、皆で一塊になって、野営の準備をしたのよ。 水も汲めないし、狩りもやらない。 勿論、脇海道を西に向かって行って、西方辺境域内で狩りをしたり、水を汲んだりも考えたんだけど、狩場も水場もかなり遠いわ。 部隊を分散するのは、あまり宜しくないもの。




 特に、何が起こるか判らないこんな場所ならね。


 だから、みんなで固まって……


 刻を待つことにしたのよ。




 ――― 野営の焚火。




 グルリと、取り廻した五台の馬車の中央に、火を熾す。 橙色の火が灯るころには、空は群青色に変わってて、冴えて鮮烈な天空に、様々な星が輝き出してきたの。

 食料も水も十分にあるんだもの。

 恐れる事は無いわ。



 昇華する「異界の魔力」の光粒が夜空に立ち上るのを見詰めつつ……






   これからの旅路が

      過酷になるなぁ……





 って、思っていたの。











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