その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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薬師錬金術士の歩む道

符呪師として、誇らしい事

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 脇街道を東へ東へ進むと、辺りの林が疎らに成って来たわ。




 下生えの草々も徐々に少なくなって来ていたの。 散見される魔力溜まりは、元気が無いというか…… ハッキリ言えば、「汚染」されていたわ。

 土地が痩せ、樹々や草が生育する事が難しくなってきている証拠なの。

 当然の事ながら、徐々に魔法草も減少していくのよ。 いろんな試行錯誤をしていた私だけど、原料となる魔法草が無くなれば、どうしようもないものね。

 食料の自給の為に魔獣や野獣を狩っていたプーイさん達は、ちゃんと、魔獣が落とす魔石も拾ってくれていたわ。 魔法草の採取が細って来たんで、野営とか休憩の時にね、その魔石を使って魔道具の元となる、核たる物を作ったのよ。

 そう符呪台でね。 簡易型とはいえ、イグバール様が心を込めて御作りになった馬車の荷台に設置してある符呪台は、とんでもなく高性能なの。 王城の王宮魔導院に於いてある、その手の符呪台って、結構かさばるんだけど、基本を押さえて、余計なモノを排除しつつも、ちょっとした補助具なんかはきちんと整備されているイグバール様の符呪台は小型軽量。

 ほんと、これが普及すれば、すごい事なんだけど、またもやエストが私の感想に異を唱えるの。




「リーナ様の馬車に車載されている『小型符呪台』の普及ですか…… 難しゅうございますね」

「あら、どうして? とても便利なのよ? 使い勝手もいいし、車載しないかったら、もっと精度は上がるわよ? それに、これほどの性能ですもの、符呪師の方々にも好意を以て迎えられるのでは?」

「符呪師の方々は代々受け継がれる、その家の符呪台をとても大切にしておられますわ。 簡易符呪台にしても、どうしてもその場で符呪しなくては成らない場合にのみ使われるとか。 そうですね、大きな戦があり、それなりの符呪を施した剣や防具が大量に必要となった場合とかですね。 でも、現在のファンダリア王国の場合、符呪師の方々は王都や大きな市街地にしかおられません。 戦場について行くような符呪師の方々はいらっしゃらないでしょう。 つまりは、簡易符呪台にしても既に使われなくなって久しいのです」

「……使われないの?」

「はい。 リーナ様が特殊過ぎるのです。 薬師錬金術師にして符呪師など、ファンダリア広しと云えど、貴女以外には存在しませんもの。 それに、車載の符呪台にしても、リーナ様が使われることのみを想定して作られておられますしね」

「と云うと?」

「符呪に使われる『魔力の属性』の必須条件です。 リーナ様の保持されている『闇』属性は当然の事、従属六属性が操れなければ、あの符呪台は機能しません。 つまりは…… 希少な『闇』属性の保持者で有り、他属性も操れる者しか、使いこなすことは出来ません。 そんな希少な属性持ちが、『 符呪師 』 の見識を持つに至るまでの研鑽を積むかと云うと…… 甚だ疑問に思えます」

「つまり…… あの符呪台は私専用…… なの?」

「その御認識で間違いは無いかと思われます。 あまりにも使用者要件が特殊に過ぎます」

「そうなんだ…… イグバール様の渾身の符呪台なんだけどな」

「そうでございましょうとも。 きっと、リーナ様が必要になるであろう事を予測しての、ご用意なのでしょう。 普及は、まず無理です」




 あんまりな事を云われた気がしたのだけど、ちょっと、くすぐったい気分もあるの。 だって、私専用って、凄い事なんだもの。 私を弟子にして下さったイグバール様。 御実家との確執も、父君とはなんとか解消されているらしいのよ。 御兄弟は嬉しくは無いでしょうけど、イグバール様の符呪師としての名声もまた、南方領域では高まっているのよ。

 堅実で手堅く壊れ難い魔道具の作り手。 イグバール様自身が商会の会頭と云う事も在って、何らかの不具合が有れば、直ぐに手直しをされているのも、人気の秘密。 だってね、多くの符呪師の方々って、その希少性もあってか、かなり尊大な方が多いのもの事実なんだもの。

 そんな中で、イグバール様は魔道具を使う方々のお話をよく聞き、お客様が何をお求めに成っているかを良く理解してから魔道具の制作に掛かられるのだものね。 人気が出ない筈も無いわ。 顧客に、ベネディクト=ペンスラ連合王国の第一王家の方々すらいらっしゃるらしいから…… 符呪師としての名声は高まるばかりなんだもの。

 そんな方が、私の為に…… 私の為だけに作ってくださった符呪台よ。 もう、なんていうか…… 誇らしくも在り、恥ずかしくも在り…… きちんとお礼も言ってないから、今度会える時にはしっかりと御礼しなくちゃね。

 そんな符呪台と、プーイさん達が集めて下さった魔石で作る魔道具はもちろん、浄化の魔道具。 

 魔力溜まりが汚染されて居たなら、それをどうにかする事が先決なんだもの。 符呪台を使って、魔石に浄化の術式を符呪していく。 それを、錬金魔法で表面を固め、容易には壊れない様にする。 各種、入力線、出力制御術式なんかを、更に符呪してから、もう一度、表面処理。

 出来上がった核を、金属の箱の中に入れて、魔力線を外に出して…… 完成。

 西方辺境域から、長々と引っ張ってきている、魔力線に接続して、私が外から起動魔方陣で初期起動を為すの。 後は、汚染されつつある魔力溜まりの近く設置しすれば、後は魔力線が切れない限り、細々とだけど起動を継続出来るわ。

 汚染の速度よりも浄化の速度が早ければ、いずれ全部『浄化』出来るわ。 そう、西方の祈りが途切れない限りはね。

 徐々に痩せて行く大地と、汚染されつつある魔力溜まり。 空間魔力に存在している、僅かばかりの「異界の魔力」がその主たる原因なのは、これまでの事を勘案すると間違いないわ。 網の目とは言えないけれど、西方に於ける空間魔力の浄化装置も、適宜設置していくの。 問題はね、魔道具の魔力の供給源。 この北部領域に近い西方領域ならば、まだ、魔力線からの魔力供給は可能なんだけれども……

 これが領境を越えると、どうなるかは判らないもの。

 北部辺境域でも、誰かが精霊様に祈ってくだされば、いいのだけれど、すでにかなり汚染させているから、そもそも、精霊様の息吹自体が希薄になっているわ。 そんな中で、いくら真摯に祈ったとしても、十分な魔力が集める事が出来るのか……

 心配の種は尽きまじ…… よ。


 ^^^^^


 そう云えば、ニ、三日前から、シルフィーは傍を離れているの。 道行きに関しての情報収集と、” 繋ぎ ” と ” 物見 ” が必要って、云ってね。 夜の野営地でシルフィーが、ラムソンさんとエストに告げたのよ。 彼女は成すべきを成すってね。 




「エスト、ラムソン。 リーナ様の安全を頼む。 先行して、確認したい事と、繋ぎを付けて置きたい者達が居る。 リーナ様の周辺護衛は、ラムソン。 お前に頼む。 商隊の者達との折衝や、道中の選択はエスト。 お前の得手とする処だろ。 リーナ様の行く道を遮りそうなものが有るかどうかを探るのが私の役目だ。 リーナ様、暫くお側を離れます。 無茶はしないで下さい。 ラムソンの言う事をよく聞き、エストが忠言を信じて下さい」

「ええ、シルフィー。 でも、それは、貴女も同じよ? 無茶して傷つく事は私の本意ではないのです。 危ないと思ったら引いてね。 皆で知恵を出し合って、どうにかしましょう。 だから、危険は敢えて取らなくてもいいの。 西方の危機は抑えました。 今度は北方です。 北方には第一軍、第二軍の方々も大勢居られます。 また、聖堂教会からも神官の方々が沢山いらしている筈ですもの…… 汚染だって、食い止めていらっしゃるわ」

「そうでしょうか? 事実は、この目で確認するまで、判りません。 その為の情報収集でもあります。 リーナ様、気を緩めなきよう。 危険が察知されたら、北部領域には侵入せず、お待ちいただく事を願います」

「シルフィー。 えぇ、判ったわ。 貴方の帰還を以て、北部領域に侵入する事に致します。 だから、決して無理しないで」

「判りましたリーナ様。 では、暫くお側を、離れます」





 そう云って、彼女は風の中に消えて行ったの。 それは、彼女の二つ名の通り、まるで『疾風』の様に、『影』の様に……





 ^^^^^^




 疎らな木々の間を抜ける脇街道。

 緩やかに上る坂道の石畳。

 馬車はゆっくりと進むわ。

 出来るだけ、馬車の負担を減らすためにね。 

 小高い丘と、疎らな木々、そして…… 



 その先の蒼い空。



 坂道の向こう側に見えているのは、雲が浮かんでいる、真っ蒼な空。


  更月二月のまだ春には遠いそんな中……


 古惚けた石畳の坂の向こうに、抜けるような蒼い空が見えていたの。


 御者台に座る私が見ているそんな景色。  


 いよいよ、北部辺境域の入り口に到達したのよ。 この先、どんどんと道行きは険しくなるだろうけれど、それも、私が選んだ道なのだもの。 「託宣ハングアウト」を受け、そして受け入れ、私が決めた、光へと続く道。




 だから、後悔なんてしない。

 ただ、真っ直ぐと前を見据えるだけよ。





 緩く、ふんわりと…… 精霊様の息吹が、そよぐ風の中に紛れ込んでいる事が……





   ―――― 私の道行きが正しいと思える、証左だったわ。






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