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北辺の薬師錬金術士
私が、私であらねばならない『理由』
しおりを挟むでもね、おばば様の怒りは長くは続かなかったのよ。 私が何処に居るとか、何でおばば様の所に向かわなかったかとか…… そんな事、どうでもよくなった見たいなの…… みるみる顔色が白くなるおばば様……
〈 リーナ…… あ、あんた…… その姿……〉
やっぱり、おばば様には隠せないわよね。 おばば様の視線は私の耳に向かっているの。 うん…… そうね。 たぶん、おばば様なら、『海道の賢女様』なら…… 一目でわかると思っていたの。 だから、お話がしたかった。 私が私で居る為に、その事は避けて通れない道なんだもの。
「おばば様。 『光』属性以上に、『聖』属性の魔力は、私の『闇』属性の魔力を喰いました」
〈あ、あぁ…… そうなんだね〉
何も説明もしない内に、おばば様は全てを察して居られた様なの。 イグバール様やブギットさんは、判らなかった様ね。 でも、おばば様の眼には、私に何が起こったのか…… しっかりと理解されたみたいなのよ。 荒い映像でも、しっかり判っちゃうほど、私の『柳耳』はその事を示唆しているから。
「おばば様が、無理を押して、「西方禁忌の森」へ向かい、私にシュトカーナ様を引き合わせて下さった時と同じで御座いますね。 ツードツガ長老様に、私が必要になるであろう、魔法の杖を乞いに、あの『闇』属性の魔力の濃い、「西方禁忌の森」へ…… その後、おばば様は体調を大きく崩された。 当時は判りませんでした。 でも、今ならわかります…… 体内魔力も相対消滅してしまう危険を冒して、私の為に…… おばば様……」
〈けッ! いいんだよ、そんな事は。 あんたに見合うだけの『魔法の杖』を、あんたに授ける為には、ツードツガの爺に頼むしか方法が無かったンんだ。 第一、あんたは私の弟子だよ。 弟子に魔法の杖を授けるのは師匠の役目さ。 ……それと、あんたのその変わりように、何の関係が在るのさ…… ま、まさか、あんた…… 肉体を失ったとでも……〉
ゆっくりと…… 私は頷くの。 そう、全ての事の起こりは、「聖女」様のご降臨に関わる事。 まさか、溢れんばかりの『聖』属性の魔力で、私自身が消滅しかけたなんて、云えっこないもの。 それを…… 精霊様方をして、どうにか、この世界にとどめる為に……
人成らざる者に変容させたとか……
普通は思うわよね、それって、どんな冗談なのよッ…… てね。 でも、私はそうやって今を生きているの。 エスカリーナであった私。 リーナである私。 どんな姿形で有っても、私は私……
シュトカーナ様もそう仰ってくださった。 でも…… どうしても…… 言えない相手は居るもの……
” ―――― もう、貴女の知る ” エスカリーナ ” は、失われてしまったのです。”
なんて…… 言えない。 私の我儘でもあるの。 それを告げるのを、少しでも先延ばしにしたくて…… ねぇ、御義姉様…… 私は、まだ、貴女の義妹で居て…… 良いですか?
〈……その容姿が、お前が連絡もせず、荒野を彷徨う原因かい?〉
「はい…… 御師匠様。 私はもう、” 人族 ” では、御座いません。 精霊様の御導きにより、” 原初の人 ” に変容いたしました」
〈遠い記憶の中にしか存在しない…… ハイ・エルフ にかい? 古・エフタルの民である?〉
「いえ…… ハイ・エルフよりも、もっと原初にあたる…… モノです」
〈……精霊様も酷な事を…… それほどまでに、あんたを欲しがれるのかい…… それで、あんたはどうしたい? それによっちゃ、こっちの出方も考えなくちゃならないしね〉
「と、申されますと?」
おばば様は暫く考えた後、私に告げられるの。 王都での混乱の原因。 特に王太子府と、王宮学習室に於いて、深い困惑が広がっている理由をね。
〈もう一人の弟子が、情緒不安定になって、使えないらしい。 ウーノル王太子から直々に連絡が来た。 勅使でね。 ” 彼女の師匠として、どうか、王城に来てもらえないか ” と、問い合わせがあったんだよ。 勿論、私の『 隠居届 』の事や、背景となった事柄は、重々知っているが、そこを曲げてお願いしたいってね。 …………礼を尽くした文言だったよ。 どっかの馬鹿と違ってね。 ……あとね、もう一人、来て欲しいって昔馴染みも云うんだ〉
「神官長パウレーロ猊下…… でしょうか?」
〈ご明察。 そうさね、アレも困っているじゃないか? 西方辺境域で『聖女降誕』なんてね…… その対処の相談もしたいらしいよ。 何しろ、聖女様が絶対に西方辺境域を離れないって、駄々こねてるらしいんだ。 どうも、『 薬師リーナ 』 の、所在を明らかにするんだと、そう云ってきかないらしいんだ。 〉
「重ね重ね…… それにしても、何故、ティカ様が?」
〈 ” 贄にしてしまった…… また、あの子を…… 私のせいで…… ” って、ぶつぶつ言って、どうにも情緒が安定しないらしい。 あの子が使う魔法までも、安定を失っているそうだよ…… 全く…… 王太子妃が今は一緒にいるらしいが、使い者に成らない位、憔悴しきっているとか何とか…… 本当に、私の弟子は二人とも、どうしたもんかねぇ…… 片方は暴走するし、片方は心を壊しそうになっているし…… あぁ、なんとなくだが、獅子王陛下のご苦労が、理解できたような気がするよ〉
「……おばば様と、神官長パウレーロ猊下を両翼に従えられた?」
〈そうさね。 あんたは、私と似ている。 あぁ、とても、よく似ている。 目的がはっきりしていて、そこに繋がる道が見えているなら、迷わず、真っ直ぐに、周囲の視線も思惑もすべてを吹き飛ばしながら、驀進する処なんてね。 ……ティカは、パウと同じさ。 辺りを用心深く見て、全ての均衡を保ち、その上ですべての事柄に責任を持とうとする処なんて…… ね。 ウーノルの坊やも、たまらんだろうに。 魔力暴走の可能性を抱える二人が、そんな様子じゃぁね。 その上、あの子にはなすべきことが多すぎる。 阿呆な国王の尻拭いに、王国の安全保障。 経済状況の均衡化と、貴族共の取りまとめ。 十五歳の子供が背負うようなもんじゃないよ、全く…… でも、やるんだろうね。 ウーノルの小僧は、やるね。 あぁ、やり切ろうと努力している…… 何かに追われるように、そして、先が見えているかのようにね。 はぁ…… ” 誓約 ” を、内に持つ、” 老女 ” としては、手を貸してやるしかないね……〉
おばば様の言葉…… その言葉から、おばば様は王都に向かわれると、そう思ったの。 でも…… おばば様は…… 王都の貴族から…… その上、ご体調もまま成らない筈なのに…… 私の言葉に成らない視線を受けて、笑いながらおばば様は仰るの。
〈まぁ、行くんなら、忍びでね…… 弟子の心の安寧を齎しに行くのさ。 『聖女の事』は、知らないよ。 あっちはあっちで勝手にやればいいんだ。 私は、私さ…… 荒野を駆けずり回った、魔導童女 ミルラス=エンデバーグ。 獅子王陛下に誓った、” 誓約 ” は、まだ、生きているのさ。
” ファンダリア王国が危機に見舞われる時、その力解放せしむ ”
ってね。 幸い、ガングータス王は王都を離れている。 クソみたいな考えを実行しやがった。 誰に吹き込まれたんだか…… まぁ、アレだろうけどね。 フローラル妃は、ニトルベインの爺に、後宮に押し込まれたそうだ。 もう、何も出来ない……な。 国母ではあるが、王妃の席に座れるような者じゃ無かったんだよ。 ……今なら、こっそり王都に行ってもいいかと思ってね。 そこでだ…… 聞かせて貰おうかね。 お前が何者で、何を成そうとするのか。 それによっちゃ、もう一人の弟子に、気合を入れる言葉が変わる。 いいかい、アレを再起動させないと、王国は無茶苦茶になりそうなんだよ。 その要が、お前だと云う事、覚えておきな〉
おばば様の真摯な瞳。 迫力のある美つくしき老夫人。 そこには、浜の「百花繚乱」の女主人では無い、もっと凄みの有る…… ” 賢女 ” の姿があったの。
” ファンダリア王国が危機に見舞われる時、その力解放せしむ ”
街道の賢女様の御姿がね…… あったのよ。
私は、言葉を紡ぐの。 ええ、私が成すべき事柄をね。 やるべき事は、多いわ。
まだ、第一段階を終えたばかり。
これから更に厳しくなると、そう思えるの。
荒れ果てた北の荒野。
異界の魔力に浸食され続けている北方辺境域。
そして、半壊しても尚、稼働を続けている 「大召喚魔法」の魔方陣。
全てを終わらせるために。
この世界に、この世界の「理」を取り戻すために。
精霊様の「託宣」を、実現するために。
私は私の成すべきとを、おばば様にお伝えするの。
それが、私が私である理由でもあり……
再誕した、理由でもあり……
お母さまも含めた……
意志半ばで、遠き時の輪の接する処に逝ってしまった者達の……
心からの 『 願い 』 なんですもの。
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