その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
581 / 714
北辺の薬師錬金術士

私が、私であらねばならない『理由』

しおりを挟む


 でもね、おばば様の怒りは長くは続かなかったのよ。 私が何処に居るとか、何でおばば様の所に向かわなかったかとか…… そんな事、どうでもよくなった見たいなの…… みるみる顔色が白くなるおばば様……




 〈 リーナ…… あ、あんた…… その姿……〉





 やっぱり、おばば様には隠せないわよね。 おばば様の視線は私の耳に向かっているの。 うん…… そうね。 たぶん、おばば様なら、『海道の賢女様』なら…… 一目でわかると思っていたの。 だから、お話がしたかった。 私が私で居る為に、その事は避けて通れない道なんだもの。




「おばば様。 『光』属性以上に、『聖』属性の魔力は、私の『闇』属性の魔力を喰いました」

 〈あ、あぁ…… そうなんだね〉



 何も説明もしない内に、おばば様は全てを察して居られた様なの。 イグバール様やブギットさんは、判らなかった様ね。 でも、おばば様の眼には、私に何が起こったのか…… しっかりと理解されたみたいなのよ。 荒い映像でも、しっかり判っちゃうほど、私の『柳耳』はその事を示唆しているから。



「おばば様が、無理を押して、「西方禁忌の森」へ向かい、私にシュトカーナ様を引き合わせて下さった時と同じで御座いますね。 ツードツガ長老様に、私が必要になるであろう、魔法の杖を乞いに、あの『闇』属性の魔力の濃い、「西方禁忌の森」へ…… その後、おばば様は体調を大きく崩された。 当時は判りませんでした。 でも、今ならわかります…… 体内魔力も相対消滅してしまう危険を冒して、私の為に…… おばば様……」

 〈けッ! いいんだよ、そんな事は。 あんたに見合うだけの『魔法の杖』を、あんたに授ける為には、ツードツガの爺に頼むしか方法が無かったンんだ。 第一、あんたは私の弟子だよ。 弟子に魔法の杖を授けるのは師匠の役目さ。 ……それと、あんたのその変わりように、何の関係が在るのさ…… ま、まさか、あんた…… 肉体を失ったとでも……〉





 ゆっくりと…… 私は頷くの。 そう、全ての事の起こりは、「聖女」様のご降臨に関わる事。 まさか、溢れんばかりの『聖』属性の魔力で、私自身が消滅しかけたなんて、云えっこないもの。 それを…… 精霊様方をして、どうにか、この世界にとどめる為に…… 


 人成らざる者に変容させたとか……


 普通は思うわよね、それって、どんな冗談なのよッ…… てね。 でも、私はそうやって今を生きているの。 エスカリーナであった私。 リーナである私。 どんな姿形で有っても、私は私……

 シュトカーナ様もそう仰ってくださった。 でも…… どうしても…… 言えない相手は居るもの…… 


 ” ―――― もう、貴女の知る ” エスカリーナ ” は、失われてしまったのです。” 


 なんて…… 言えない。 私の我儘でもあるの。 それを告げるのを、少しでも先延ばしにしたくて…… ねぇ、御義姉ロマンスティカ様…… 私は、まだ、貴女の義妹いもうとで居て…… 良いですか?





 〈……その容姿が、お前が連絡もせず、荒野を彷徨う原因かい?〉

「はい…… 御師匠様。 私はもう、” 人族 ” では、御座いません。 精霊様の御導きにより、” 原初の人プリメディアン ” に変容いたしました」

 〈遠い記憶の中にしか存在しない…… ハイ・エルフ にかい? 古・エフタルの民である?〉

「いえ…… ハイ・エルフよりも、もっと原初にあたる…… モノです」

 〈……精霊様も酷な事を…… それほどまでに、あんたを欲しがれるのかい…… それで、あんたはどうしたい? それによっちゃ、こっちの出方も考えなくちゃならないしね〉

「と、申されますと?」





 おばば様は暫く考えた後、私に告げられるの。 王都での混乱の原因。 特に王太子府と、王宮学習室に於いて、深い困惑が広がっている理由をね。




 〈もう一人の弟子が、情緒不安定になって、使えないらしい。 ウーノル王太子から直々に連絡が来た。 勅使でね。 ” 彼女ロマンスティカの師匠として、どうか、王城に来てもらえないか ” と、問い合わせがあったんだよ。 勿論、私の『 隠居届 』の事や、背景となった事柄は、重々知っているが、そこを曲げてお願いしたいってね。 …………礼を尽くした文言だったよ。 どっかの馬鹿と違ってね。 ……あとね、もう一人、来て欲しいって昔馴染みも云うんだ〉

神官長パパパウレーロ猊下…… でしょうか?」

 〈ご明察。 そうさね、アレも困っているじゃないか? 西方辺境域で『聖女降誕』なんてね…… その対処の相談もしたいらしいよ。 何しろ、聖女様が絶対に西方辺境域を離れないって、駄々こねてるらしいんだ。 どうも、『 薬師リーナ 』 の、所在を明らかにするんだと、そう云ってきかないらしいんだ。 〉

「重ね重ね…… それにしても、何故、ティカ様が?」

 〈 ” 贄にしてしまった…… また、あの子を…… 私のせいで…… ” って、ぶつぶつ言って、どうにも情緒が安定しないらしい。 あの子が使う魔法までも、安定を失っているそうだよ…… 全く…… 王太子妃が今は一緒にいるらしいが、使い者に成らない位、憔悴しきっているとか何とか…… 本当に、私の弟子は二人とも、どうしたもんかねぇ…… 片方は暴走するし、片方は心を壊しそうになっているし…… あぁ、なんとなくだが、獅子王陛下のご苦労が、理解できたような気がするよ〉

「……おばば様と、神官長パパパウレーロ猊下を両翼に従えられた?」

 〈そうさね。 あんたは、私と似ている。 あぁ、とても、よく似ている。 目的がはっきりしていて、そこに繋がる道が見えているなら、迷わず、真っ直ぐに、周囲の視線も思惑もすべてを吹き飛ばしながら、驀進する処なんてね。 ……ティカは、パウと同じさ。 辺りを用心深く見て、全ての均衡を保ち、その上ですべての事柄に責任を持とうとする処なんて…… ね。 ウーノルの坊やも、たまらんだろうに。 魔力暴走の可能性を抱える二人が、そんな様子じゃぁね。 その上、あの子にはなすべきことが多すぎる。 阿呆な国王の尻拭いに、王国の安全保障。 経済状況の均衡化と、貴族共の取りまとめ。 十五歳の子供が背負うようなもんじゃないよ、全く…… でも、やるんだろうね。 ウーノルの小僧は、やるね。 あぁ、やり切ろうと努力している…… 何かに追われるように、そして、先が見えているかのようにね。 はぁ…… ” 誓約 ” を、内に持つ、” 老女 ” としては、手を貸してやるしかないね……〉





 おばば様の言葉…… その言葉から、おばば様は王都に向かわれると、そう思ったの。 でも…… おばば様は…… 王都の貴族から…… その上、ご体調もまま成らない筈なのに…… 私の言葉に成らない視線を受けて、笑いながらおばば様は仰るの。





 〈まぁ、行くんなら、忍びでね…… 弟子の心の安寧を齎しに行くのさ。 『聖女の事』は、知らないよ。 あっちはあっちで勝手にやればいいんだ。 私は、私さ…… 荒野を駆けずり回った、魔導童女マジックアコライト ミルラス=エンデバーグ。 獅子王陛下に誓った、” 誓約 ” は、まだ、生きているのさ。

 ” ファンダリア王国が危機に見舞われる時、その力解放せしむ ”

 ってね。 幸い、ガングータス王愚か者は王都を離れている。 クソみたいな考えを実行しやがった。 誰に吹き込まれたんだか…… まぁ、アレだろうけどね。 フローラル妃 お花畑 は、ニトルベインの爺腹黒たぬきに、後宮に押し込まれたそうだ。 もう、何も出来ない……な。 国母ではあるが、王妃の席に座れるような者じゃ無かったんだよ。 ……今なら、こっそり王都に行ってもいいかと思ってね。 そこでだ…… 聞かせて貰おうかね。 お前が何者で、何を成そうとするのか。 それによっちゃ、もう一人の弟子に、気合を入れる言葉が変わる。 いいかい、アレを再起動させないと、王国は無茶苦茶になりそうなんだよ。 、お前だと云う事、覚えておきな〉




 おばば様の真摯な瞳。 迫力のある美つくしき老夫人。 そこには、浜の「百花繚乱」の女主人では無い、もっと凄みの有る…… ” 賢女 ” の姿があったの。

 ” ファンダリア王国が危機に見舞われる時、その力解放せしむ ”

 街道の賢女様の御姿がね…… あったのよ。




 私は、言葉を紡ぐの。 ええ、私が成すべき事柄をね。 やるべき事は、多いわ。

 まだ、第一段階を終えたばかり。

 これから更に厳しくなると、そう思えるの。

 荒れ果てた北の荒野。

 異界の魔力に浸食され続けている北方辺境域。

 そして、半壊しても尚、稼働を続けている 「大召喚魔法」の魔方陣。

 全てを終わらせるために。

 この世界に、この世界の「ことわり」を取り戻すために。




 精霊様の「託宣ハングアウト」を、実現するために。




 私は私の成すべきとを、おばば様にお伝えするの。




 それが、私が私である理由でもあり……




 再誕した、理由でもあり……




 お母さまも含めた…… 




 意志半ばで、遠き時の輪の接する処に逝ってしまった者達の……




 
 心からの 『  』 なんですもの。








しおりを挟む
感想 1,880

あなたにおすすめの小説

天才になるはずだった幼女は最強パパに溺愛される

雪野ゆきの
ファンタジー
記憶を失った少女は森に倒れていたところをを拾われ、特殊部隊の隊長ブレイクの娘になった。 スペックは高いけどポンコツ気味の幼女と、娘を溺愛するチートパパの話。 ※誤字報告、感想などありがとうございます! 書籍はレジーナブックス様より2021年12月1日に発売されました! 電子書籍も出ました。 文庫版が2024年7月5日に発売されました!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。