その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北辺の薬師錬金術士

遠い場所へ言葉を送る方法

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「リーナ様。 私達が網の目に敷設した魔力線を介し、ク・ラーシキンの街まで、魔力線繋がりました。 これから、あちら側を呼び出します。 ギルドの暗号符牒を使用します。 えっと…… 直接、ギルマス、ラディック様に直接御繋ぎ出来る、極秘符丁なのです」

「宜しくね。 とても大切な、お話です。 これから私達がどのように動くのか、これで決まりますから」




 真剣な目でエストを見詰めるの。 彼女の紅い瞳もそれに真摯に答えてくれた。 シルフィーも、そんな私達の言葉に深く頷いているわ。 とても重要なお話をしなくては成らないもの。 補給が無ければ、この先の戦いはかなり厳しくなる。 その為には是非とも、ラディック様にお話を通さないといけないわ。

 魔法通信機に取り付き、さっそく極秘符丁らしきものを、通信機に打ち込み相手側呼び出し通信起動呪文を唱え、暫く待つエスト。

 あちら側が魔法通信機の傍に誰もいなけらば、当然、沈黙は続く。 だから、辛抱強く 呼び出し符牒を唱え続けるの。 



 ―――― 数十度の呼び出し。


          明らかに、エストは焦れている。



 こちらから、連絡が入るとは想定していないだろうし、そんなものだよ。 エストはちょっと、自信があったんじゃないかな、使っている 『呼び出し符牒』は、明らかに特別な感じがするし。 自分も暗殺者ギルドでは高位に会った存在でも有るしね。

 ほら、ラディック様だって、お暇じゃないし、突然呼び出しをしても、繋がるとは限らないもの。 第一、ラディック様がク・ラーシキンの街に居るって断定できないじゃない? 一回目の通信で繋がるなんて、そんな都合のいい事は無いわよね。 

 だから、半分は期待していなかったの。

 それに、エストが使う、特別な極秘符牒が誰を呼び出しているのか、判らないじゃない? 直接、ギルマスに繋がるとは言っても、最初に取るのは、きっとラディック様の側近の方じゃないの? 王都でも、長距離の魔導通信機は担当の部署と、専門の担当官様が当たっておられたしね。 

 聖女様由来の魔力暴走で、空間魔力も相当に擾乱されているから、ク・ラーシキンの街の長距離通信は相当に混乱している筈よね。 ただでさえ忙しいのに、突然、普通は使わない様な方法で、連絡しても受けて貰えるかは、不透明だもの。

 今の私達にとっては、今後の動きを決める為の大事なご連絡ではあるわ。 それは間違いない。 でも、至急緊急で、焦眉の急の通信じゃないわ。 そんな取り決めなんかもしていないしね。 期待半分、諦め半分での挑戦だったの。 

 時間はまだ有るわ。 確実に連絡を取る為に、時間を置きましょうか? 急いだって、繋がらない時は、繋がらないものよ。




「エスト。 ク・ラーシキンの街は相当に混乱しておいでしょう。 すこし、時間をおいてから……」

「き、来ました! 呼び出し符牒を、反応在りましたッ! 受信可能の符丁ですッ!」




 最後まで私が言葉を発する前に、エストは小型魔法通信機から、顔を上げて、キラキラした顔で話し始めたのよ。 まるで、子供たちが新年祈願祭で、お祝いを述べ合う様な感じで…… 嬉しさが滲みだしてるのよ、その呼び出しの声に。 




「リーナ様ッ! いま、御繋ぎしますッ!  ……………… あー あー 聞こえますか、ギルマス」



 ザッ…… と、小さく雑音が入った後、綺麗で歪みの無い声が、通信機から流れ出したの。 相手の魔法通信機は、流石に暗殺者ギルドの本部に設置されているモノらしく、音声はとても澄んだ音なのだけれども、映像は入ってこなかったわ。 こちら側の映像は…… 多分、あちらには投影されているとは思うのよ。

 ちょっとだけ、畏まって、魔法通信機の前に座るの。 相手は暗殺者ギルトのギルドマスターよ? 普通の方じゃ無いんだもの。 普段よりもずっと緊張するわよ。 でも、そんな事はお構いなしに、ラディック様は極めて朗らかな御声でお話に成るのよ……

 やっぱり実の娘からの連絡は、喜ばしいモノなのかな? そうね…… 只でさえ、危険な場所に来てるんだものね。 親御さんとしては無事を確認出来て嬉しいわよね……



 〈 ……あぁ、聞こえる。 エスト……愛しの娘。 聞こえるぞ! どうした、ク・ラーシキンの街の街の傍まで戻ったのか?〉

「いえ、ギルマス。 私達は「禁忌の森」の北端を抜け、現在、ゲルン=マンティカ連合王国領土内に滞在しております」

 〈なっ! なにっ!! ど、どうやって、その距離を魔法通信で?〉

「お話は、いずれ。 今は、リーナ様がギルマスにお願いしたい儀が在りますので、そちらを優先していただきたく」



 エストは事務的にお話をしている。 でも、その声には、確かに嬉しさが紛れ込んでいるわ。 なんだか、声色で判っちゃうのよ。 名残惜し気に、ラディック様は言葉を紡がれるの。



〈……クッ…… 判った。 リーナ様はそこに、おいでか?〉

「はい。 変わります。 …………リーナ様どうぞ」




 ちょっとね…… なんだか、悪い気がして来たわ。 でも、大事なお話だもの。 エストもきっと、その事をよくわかっているのよ。 にこやかに笑顔を表情に浮かべ、お話を始めるの。




「有難う。 久しいです、暗殺者ギルド、ギルドマスター ラディック様。 薬師錬金術師リーナです。 突然のご連絡、申し訳ございません」

〈い、いや…… ドラゴンバック山脈を越えられ、あちらのギルドからでしょうか?〉

「いいえ、エストが案内を受け、ナゴシと云う村に……」

〈なんて事を!! あの呪われた村に案内するなどッ!!」

「呪われた村? ラディック様? おかしな事を仰いますね。 この村は、火の精霊様に愛され、御眷属や他の精霊様も大層愛され、慈しまれておられるそんな場所ですわよ? 言うなれば、失われた大森林ジュノーの聖域に最も雰囲気が近しい場所。 そんな素敵な場所を呪われたと? それは、この地に住まう、半獣半人族の方々への蔑視でありましょうか?」




 かなりきつい口調で、そう問い詰める。 えっと…… 彼は鼠人族の、獣人族。 獣人族の中でも最下層と云われる種族の者。 でも、誇りも矜持も在るわ。 そんな方が…… 混血の者に関しては…… たとえ獣人族であろうとも、その偏見は強いって認識した方が良いって事ね。




〈……い、いえ、その様な訳では。 し、しかし、半獣半人の者達に御座いますぞ?〉

「なんの問題が在りましょうや? この世界に生まれし命には変わり在りますまい? 心根の優しい、良い人ばかりですわよ? ナゴシ村において、私達は厚く遇せられております。 ご心配なきよう」

〈左様に御座いましたか…… エストの先走りかと思ってしまいまして…… 思召しでございますれば……〉



とても、歯切れが悪いのね。 やっぱり、獣人族の間でも、半獣半人の者達へは、相当に偏見がありそうね。 それは、判るのだけど…… 私的にはちょっと、許せない事なの。 でも、今はちょっと棚上げね。 言い争う事や、議論を交わす事が目的でこの通信をしたわけじゃ無いもの。



「……ギルドマスター様に、お願いの儀なのですが…… 宜しいかしら?」

〈はい、リーナ様。 何なりと〉



 そして、私は伝えるの。 これからの私達の動向に非常に重要な事柄をね。 私達が必要とする物資を提供してもらえる場所への繋ぎの取り方。 その場所は、南方辺境域ダクレール領のイグバール商会なのよ。 とても遠い場所にある、イグバール様への直接連絡を取る為の方策。 お話が通った後で必要となる、用意された荷を、問題なく私が受け取れるようにする方法。

 ――― それがギルドマスター様へのお願いなの。



 通信に関しては、ちょっと当てが在るのよ。



 ほら、ダクレール領で、ベネディクト=ペンスラ連合王国との交易が盛んになるにつれ、あちらの商人さん達がファンダリア王国南方領だけでなく、西方辺境域にもその足を延ばされたのは、周知の事実。

 その際にね、交通の便をどうにかするために、アレンティア辺境侯爵様に働きかけられて、南西街道の整備に資金を提供されたのよ。 おかげで、『南西街道』は、飛躍的に整備されて今では、荷馬車がひっきりなしに通る様な、辺境の主要で最重要な街道に成っているわ。



 ――― ファンダリア本領で、問題視される程にね。



 でね、” 当て ” って云うのは、その街道を照らす街灯。 その街灯はね、独立式では無く、魔力線での魔力の送り配線に成っているって事。 利便性を考えて、魔力線を街道沿いに張って、間隔をあけて魔法灯火に繋げて行く感じで敷設してあるの。

 最初に御話を聞いたときに、成程なぁ…… って思ったのよ。 沢山の人の手を煩わす事無く、街道を照らし出す街灯が、連鎖的に次々と点くんだもん。 人里離れた場所でも街道だけは明るいし、その光は、商隊を襲う山賊も嫌うもの。

 そう、悪漢は闇を好むものだしね。

 西方辺境、北方に編みの目に張り巡らせた魔力線も、それが下敷きになっているのよ。 誰が考えたのか知らないけれど、とても有用な方法なのは確かだもの。 ……でね、その魔力線。 当然のことながら、一本では無いわ。 もしもの時とか、予備とか、保守点検とかに複数の線が敷設されているの。

 使えるよ。 その予備の魔力線。

 そこに、ここから魔力を流して、魔力線に充填して…… 通信線化するの。 街道はアレンティア領、領都セトロ=アレンティアを経由して、ダクレール領に伸びているわ。 最終地点は現在、ブルーザの港。


 ダクレール男爵領では、街の治安維持に街灯を整備しているし、その線に乗せるように通信としても活用しているわ。



 だから、ダクレールの御領にまで通信が届けば……



 そう、そこまで届けば……






   ―――― イグバール様と ” お話 ” が、出来るのよッ!






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