その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北辺の薬師錬金術士

イグバール様に……

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 懐かしい……


 本当に懐かしい声が魔法通信機から流れ出し、耳に入り、映し出しされた、彼女の顔が目に映ったの。

 エカリーナちゃん…… と云うのは、きっと、失礼なことね。 愛らしい彼女は、きっと、皆の人気者に成っているって、そう確信できた。 ――― エカリーナさん。 イグバール様と私が、孤児院からスカウトした女の子。 

 私によく似た容姿をしていた彼女。 だから、最初は周囲の方々に、私と彼女を混同してもらって、市井に埋もれて行く事を考えて居たんだっけ…… ” エスカリーナ ” が、光芒の果てに消えるまでは…… ね。

 今じゃ、エカリーナさんは、イグバール商会の 『事務長』 兼、『会計長』。  ご活躍なのは、様々な経路で入る情報が伝えてくれていたわ。 イグバール商会で、どれだけ重要な役割を負っているのかも、そして、イグバール様がとても可愛がっていらっしゃるのも…… ね。

 でも、エカリーナさん。 魔法通信の相手が私だって、気が付いていないみたいね。

 じゃぁ、御挨拶しなきゃ。




「エカリーナさん。 こちらこそよろしくね。 私は、薬師錬金術師リーナ。 辺境の薬師。 イグバール様に御話があり、ご連絡を申し上げました。 特別な通信方法を使ってごめんなさいね。 大切で確実にお伝えしたかったから、この方法を取りました。 イグバール様とお話させて頂けるかしら?」




 キョトンとしたエカリーナさん。 そして、私の言葉を理解して…… 急に顔が青ざめるの。 えっ? なんで? 脅したり、揺すったりなんてしてないわよ? 単に通信の理由と、名前を申し伝えただけなのに?



「リ、リ、リーナ様?!?!  あの、本当に…… リーナ様が?!?! しょ、しょ、商会長!!!! 商会長様ッ!!! エスカリーナ様から、ご、ご、ご連絡がぁぁぁ!!」



 う、うわぁぁ…… そ、そこで 『 私の名前 』 を、云うぅぅぅ?!?!?





 *************





 エカリーナさんの叫び声を聞いたイグバール様が通信機の置いてある部屋に飛び込んでこられたの。 投影されている私を見て、固まってた。 そして、物凄~く、渋い顔をされて、エカリーナさんの耳を引っ引っ張られて、お部屋を出ていかれたの。


 えっと…… どういう事? なんで、誰もいなくなるの?


 微かな騒めきがチロチロと聞こえるけど…… 言葉が途切れ途切れだし、意味ある単語が拾えなかったの。 でも、口調から、エカリーナさんが、怒られているのは判ったの。

 あぁ…… エカリーナさん…… ちょっと、不用意だったわね。 いくら驚いたとしても、たぶん監視されている、イグバール商会の中で、『 私の名前 』を、口に出すのは……



 ややあって、イグバール様がお戻りに成られたの。 頬を引くつかせて、額にも青筋が立っているの。

 えっと…… やっぱり怒ってらっしゃるの?




 〈リーナ。 お前なぁ…… 今まで何をして…… いや、成すべきを成していたんだろから、そこは問わない。 一つだけ…… 何故、今に成るまで連絡と取らなかったんだ?〉



 懐かしい御声。 心に沁みる様な気持ちと裏腹に、” 怯え ” の、感情も浮かび上がるの。 だって、イグバール様ったら、お顔に凄みの有る ” 笑み ” を、張り付け、額には青筋が……。 プルプル震える握り拳…… も、見受けられるのですもの……  こ、怖い…… 怖いわ!



「えっと…… その…… あの…… ご連絡が遅くなって…… ごめんなさい」

 〈どれだけ心配したか…… 理解しているのか? ク・ラーシキンの街に於ける、『聖女降臨』による異常な魔力爆発。 その中心に薬師錬金術師リーナが居て、魔力爆発が収まった後…… 身体に異常をきたした薬師は、まるで神隠しに在ったかのように、忽然と消えた…… だと? いい加減にしろよ。 こっちの身にもなれよ……〉

「えっ…… ええ、ごめんなさい。 ちょっと事情がありまして…… そのまま小聖堂に留まる事が出来なかったんです。 でね、イグバール様。 なんとか成りましたので…… 事情があり、そのまま、ティカ様の依頼を遂行するのと同時に、精霊様の『託宣』を全うするのに必要な事だと思いまして…… 方々にはご連絡もせず、ク・ラーシキンの街の街を出たんです」

 〈………………で、今は何処に居る? この通信機の受信使用範囲と、リーナの魔力量を考えて…… アレンティア辺境侯爵領辺りか? まぁ、俺の処に連絡が来たって事は、魔石か魔道具が無くなったのか?〉

「ええ、まぁ、物資の補給をお願いしたくて……」

 〈そこは良い…… リーナの事だから、西方が落ち着けば北方に向かうのだろ? それには、例の魔道具も大量に必要になるしな。 準備はしていた。 親父殿も巻き込んで、準備はな。 アレンティア領に居るのなら、こちらに足を延ばせ。 浜のおばばも気にしているから。 早く来ないと、会えなくなる成るぞ?〉



 ドキンッ! と、鼓動が大きく打たれるの。 おばば様、調子があまり宜しくは無かったわ。 なにか…… 御身に何か…… あったのかしら? 薬師は? お医者様は? ちゃんと診て貰っているのかしら?




「えっ? おばば様の御体調に何かあったのですか?」

 〈いや…… 身体的には大丈夫だ。 元気にルーケルやらブギットの旦那やらを叱り飛ばしておられるよ。 リーナ、お前何も聞いていないのか? かなりの大事に成っているんだぞ、王都ファンダルはッ!〉




 えっ? どういう事? 単に一介の薬師錬金術師が、荒野に消えただけでしょ? それに、ちょっと、事情はお話出来ないもの…… 王太子殿下へのご連絡を、止めてしまったのが…… そんなに、お怒りを買っているのかしら?




「……ごめんなさい。 西方辺境域と、「西方禁忌の森」の異界の魔力からの防衛に専念しておりましたの。 外部からの情報はほぼ途絶状態でした。 ……でも、まだ、二か月程ですよ? 私が王都を出てから」

 〈……その二か月で、色々と状況は変わっているんだ。 魔力擾乱が原因で西方辺境域の北部とは、長距離通信が途絶状態が続いているんだ。 ハト便すらままならない。 従来の文のやり取りでどうにかしているらしいが…… 『北伐の親征』にも、かなりの影響を出しているんだ。 ん? お嬢。 どうした、来ないのか?〉



 考え込む私の姿に、イグバール様は気が付いたみたい。 北伐の親征? あぁ。あれね。 でも、準備には、相当の時間が掛かる筈なんだけれど…… ファンダリア上層部の貴種の方々も、軍も、動きたくない筈だし、親征を実施するには、金穀も足りない。 一過性で生半可な兵員の動員なんかでは、とても、とても……

 だって…… 相手は、ゲルン=マンティカ連合王国ですもの。 準備には少なくとも一年は必要なはずよ?

 でも…… なんだか様子がおかしいわ? なにか…… あったのかしら?


「えっ……と。 王都の状況については何も知りません。 北伐の親征に関しては、何処まで準備が整っているのかも存じ上げません。 王都の混乱は、それが主たる原因なのでは? ……私も、お目に掛かりたいのは…… 皆様と、特に おばば様 と、お会いして『お話』したいのは山々なのですが…… 如何せん、距離があり過ぎますので、直ぐという訳には……」

 〈まぁ、王都の状況については、こちらでも掴みかねているんだ。 それはいいが…… お嬢? 『 距離 』って何のことだ? お嬢は、アレンティア領に居るんじゃないのか?〉

「ええっと、違うんですよ、イグバール様。 今、私達はナゴシ村と云う処に滞在しております。 疲労が蓄積して、行動不能になる処でしたので……………」

 〈 ナゴシ村? 聞かない名前の村だな。 西方南域の「禁忌の森」の近くかなんかか? それにしては、映像も声も綺麗に送られてくるんだが? 〉

「えっと、場所は…… ドラゴンバック山脈の南稜で、厳密にいえば、ゲルン=マンティカ連合王国の村に成ります」




 息を飲み、私を見詰め、私が事実を御話しているのを、かなり疑っていらっしゃるのが手に取るように判るの。 まぁ、そうね。 普通じゃあり得ないもの。 そんな長・長距離の魔力通信なんて……ね。




 〈えぇぇ? はぁぁぁぁ? お前、冗談キツイよ。 そんな所に? 信じられんなッ! 〉

「えっと…… そ、そうだッ! リタさん! 彼女の姿を見たら、判ってもらえるわ!」




 エストにお願いして、私は魔法通信機の前に、リタさんを引っ張って来たのよ。 だって、彼女の姿を見れば、一目瞭然なんだもの。 頭の両側に有る大きな巻き角。 そう、半綿羊ハーフオビアリス族なんだもの。 魔法通信機の前に彼女を立たせて、一緒に映っている姿があちらに送られるわ。

 戸惑い気味のリタさん。 そんな彼女を眼を丸くして見ている、映像に映し出されているイグバール様。 半獣半人族の人って、基本的にファンダリア王国内では見ないもの。 だから、私のいる場所が、決してファンダリア王国では無い事が理解出来る筈なのよ。

 ネッ! 言った通りでしょ? イグバール様ッ!




 〈 お、お嬢…… お嬢は本当にそんな遠い所に居るのか?〉

「はい。 残念な事に、西方辺境域での第四〇〇特務隊の作戦行動で、私の同胞が皆、疲労困憊してしまいまして、その回復にこの村に立ち寄りました。 とても穏やかな村で、歓迎されておりますの」

 〈……またぁ、お嬢の事だから、その村で簡易診療所でも開いたんじゃないのか?〉

「ええ…… まぁ…… それは、そうですね。 そこに、病や怪我でお困りの方がいらっしゃるのならば…… 私は誓約を違えませんもの」

 〈………………そうだね、お嬢はそう云う ” 為人ひととなり ” だった。 判った、ちょっと待ってってくれ。 もし、出来るなら、もう暫く通信を繋いだままにして欲しい〉

「はい? 大丈夫ですが…… なにか?」

 〈 呼んで来る。 ブギットの旦那に走ってもらう。 その間、お嬢が必要なモノを伝えてくれればいい。 西方辺境域、北部に於いて、お嬢が何をしたのかも…… な。 仔細を詳しく。 そして、大小拘わらず、必要なモノと、どれだけの物が必要なのかを。 いいかい?〉

「はい。 わかりました」



 呼んで来る? 誰を…… ブギットさんが、”お使い”に、行くの?

 どういう事かしら? 

 でも、イグバール様にお伝えしたかった事はこれでお伝えできるわ。

 今後の策を実施するための大切な物資の数々。

 結構、大量には成ると思うけれど……


 大丈夫よね。


 用意してもらえたら…… 


 暗殺者ギルドの方々に、運んでもらえるのだものね。



 やっと…… 心に余裕が持てる。


 これで、やっと…… 


 北部辺境域に入る事が出来るのですもの。



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