その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北辺の薬師錬金術士

隠れ里 ナゴシ 

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 ――― ナゴシ村 ――――



 そこは、険しい山の中に突然、開けた窪地の様な平地。

 周囲をぐるりと山々に囲まれた、そんな場所だったの。 そして、物凄く精霊様の息吹が強い場所。 特に火の精霊様の気配が濃厚な場所。 たぶん、山脈の向こう側に、火口が有るから…… なんだろうなって思うの。

 きっと…… この地も、繋がっているのよ。 

 壁のような断崖に出来ている、細い道を下るの。 車輪幅で一杯に成るくらいの道幅よ、ここ…… 村は見えているけれど、そこに到達するには厳しい道行ね。 そうね、最後の難所って事かな? 徐々に谷底のような場所に降りて行ったの。 そして、やっとの思いで到着したわ。

 早速、エストが交渉に向かったの。

 こちらの素性は、極力明かさない様にしてね。 まぁ、でも、皆さんの装備品を見れば、ゲルン=マンティカ連合王国方なら、気が付くわよね。 だって、ファンダリア王国軍の軍装を弄って各人に合わせて作ったんだものね。 

 でも、まぁ、エストには、村の方に本来の私達の目的にあった、” 素性 ” を伝えて貰ったの。




   旅の一行……

    野良薬師の移動診察所……



 みたいな感じで説明してもらったのよ。


 お話し合いの合間、馬車から降りて、周囲の様子を伺うの。 ふんだんに漂う精霊様の息吹。 その村自体が、とても精霊様に愛されている証拠ね。 だから、膝をつき、胸に手を組み、祈りを捧げるの。



 ” この地、この場所に到来出来た事を、精霊様に感謝申し上げます。 奇跡のような、この場所が、幾久しく安寧で有らん事を伏し願い奉ります ”



 目を閉じ、頭を垂れ、真摯に祈りを捧げるの。 ふと、頭を熱気が撫でるわ。 あぁ…… 火の精霊様がご降臨されたわ。 私の祈りに、応えて下さったのよ…… 畏れ多く、頭を上げる事は出来ないけれど、濃密な火の精霊様の気配を感じるわ。

 私の祈りは…… きっと、聞き届けられるわ。 きっとね。 だって、この平和そうな村は、遠い昔から『火の精霊様』の御加護が与えられているんだもの。 瞼を開けると、熱気を伴った風が、私の頬を撫でるの。 火の精霊様だけでなく、色々な精霊様の息吹も感じられたわ。

 私の周囲に、赤い花びらの様な霊体が飛び回っていたの。 クルクルと回る、花弁のように…… それは、もう、この世のモノとは思えない光景だったわ…… 



 ――― 本当にいい場所ね。



 エストと共に、巨大な人影が、祈りを捧げていた私に向かって歩いてこられたの。 立ち上がり、その方の前に進み出ると、柔和な御声で 『ご挨拶』 を、して頂いたわ。 敵意や害意なんてものは、微塵もない、そんなお声でね。




「……これは、これは、また素晴らしき方を、お連れされましたな、エルド殿。 ほむらの精霊様が、このように舞うとはッ! このナゴシに祈りを捧げて下さったか。 誠、商人エルド殿が、仰るがごとき人でありますな。 ウオッホン!  私はこの村の村長を務めております、カリバール。 半馴鹿王ハーフ・トランダス族の、カリバール=クエストと申します。 お見知りおきを」




 祈りの姿勢を解き、今度は貴人に対する礼を捧げつつ、御挨拶をするの。 何事も第一印象が一番大切。 広い世界の中で、上手く生きて行くには、相手を尊重しつつ、こちらも尊厳あるモノであることを示さねばならないもの。

 それにしても、大きな方。 身の丈が私の倍ほども有るのよ? それに、頭に立派な角が有るの。 両方に張り出した、力強くも優美な角…… ちょっと、ドワイアル邸の応接室を思い出しちゃったわ。 だって、あそこの壁には、大きな角飾りが掲げてあったんだもの……

 被っていたフードを下ろし、顔が良くクエスト村長様に見える様にして、ご挨拶をするの。 丁寧にね。 顔も見えない、異邦人では必要以上に警戒されてしまうもの。 だから、ね。 この際、耳の事は忘れて、礼を尽くすのよ。 こちらはお願いする立場なんですものね。




「ご丁寧なごあいさつ、誠にありがとうございます。 わたくしは、辺境を行く薬師。 『薬師錬金術師リーナ』に御座います。 同道したるは、わたくしの同胞はらから。 大切な仲間に御座います。 ドラゴンバック山脈に迷い入り、エス…… いえ、商人エルドが案内で、このナゴシ村に、辿り着きまして御座います。 甚だ、ご迷惑かと存じ上げますが、何分、わたくしの仲間達が難渋疲弊しております故、村内に一時滞在を御許可頂ければ、幸いに存じます」

「エルド殿が云われた通り、山道に迷われたか。 それは難儀した事でしょうな。 ならば、我らは歓迎いたしましょうぞ。 精霊様への祈りを忘れぬ方ならば、、無いでしょう。 ようこそナゴシ村へ。 何も無い村ではありますが、滞在を許可しましょう。 険しい道で、お疲れでもあるでしょう。 村の宝たる、” 命の泉温泉 ” も、開放しましょうぞ。 疲れを癒されよ。 旅のお話を伺えるのあれば、望外の喜び。 さても、さても、この村はずれではなんです。 集会場へ。 あそこならば、皆さんを屋根の下に受け入れられましょう」

「勿体なくも有難い御言葉。 この出会いを、精霊様に感謝申し上げ、お申し出を受けさせていただきましょう。 みんなも、それでよいですね」




 馬車から降りた、第四〇〇特務隊が勢揃いして、一様に村長さんに頭を垂れる。 感謝の意を表すのよ。 誠意には誠意を。 常々、そう皆にも言っているからね。 皆さんはそれぞれの種族に即した、感謝の礼を捧げているわ。 いいわ、とっても良い。 

 皆の心がクエスト村長様にも伝わったのか、とても良い笑顔で応えて下さったの。

 満面の笑みを浮かべられた、クエスト村長。 巨躯も、頭の両側に突き出ている巨大な角も、全然怖くないのよ。 だって、村長の笑みは、ひたすら優し気なんだもの。 慈愛に満ちた視線…… 私達に投げかけて下さったのは、そんな視線だったのよ。




「さぁ、参りましょう。 大変にお疲れの模様ですな。 宅に数名の侍女もおりますから、その者達をお付けしましょうぞ」




 クエスト村長様は、そう申し出されて、踵を返し村の中に入っていかれるの。 入村の許可は下りたって事ね。 よかった。 拒絶されたら、また、アノ険しい道を引き返さなくては成らなかったんだもの。 ほっと胸を撫で下ろしてから、私と一行は、徒歩でその後に続くの。 あぁ、御者さんとして、五人は残るのだけどね。

 小さな姿の男の人が、クエスト村長の傍らから走り出して、馬車の元に向かったわ。 そして、なにやら、御者をしてくれている方々に、お話をされているのよ。 その男の人が、指さしたのは、巨木で組まれた 厩の様な場所。 きっと、あそこに馬車を持って行けってことなのね。

 視線を御者をしてくれている人たちに投げ、軽く頷くの。 皆、一様に頷き返してくれたわ。 そうね…… だって、この場所には害意も敵意も感じなんだものね。

 指定された場所に馬車は向かったし、私達はクエスト村長に先導されて、” 集会所 ” なる場所に入ったの。 大きな建物よ。 ほんとに。 御者をしてくれている人たちも、後から来るらしいし、先に入らせてもらったの。

 巨木の柱が何本も並んで、大きな梁を支えているの。 高い屋根裏の下に屋根を支える一抱えもある様な梁。 その梁にぶら提げられているのは、王城コンクエストムでも最大級の大きさの吊り下げ魔法灯火シャンデリアと同じくらいの大きさの物。 武骨ではあるけれどね。

 床も良く手入れされているわ。 長年に渡って使われているのが理解できる黒光りする、木製の床。 そして、その上に広げられている、数々の魔物や野獣の毛皮。 調度品だって、凄いのよ。 使い込まれているけれど、美しいと感じる、磨き込まれたサイドテーブルとか、銀製の魔法灯火の燭台とか……

 まるで…… アレンティア辺境侯爵様の御城のようね。 本当に此処は、辺境の隠れ里なの?




「このような大きな建物は、何の用途に使われるのですか? まるで、王侯、貴族の皆様方が舞踏会を催される程の広さ…… ですもの。 驚きました」

「いや、まぁ、そうですね。 確かに大きな建物です。 この建物の謂われは、この村が置かれる時に遡ります。 当時、まだ、個人の家は建っておりませんでね。 此処にやって来た者が一時的に住むために、建てられたと、記録にありますな。 本家の方々が精一杯に、ご用意されたらしいのです。  まぁ、放逐された我々が、早々に死んでしまっては寝覚めも悪いのでしょう」




 さらっと、凄まじい事を仰るのよ、クエスト村長様は。 なによ、それ……




「今でも、年に数名の者達が、” この村 ” に、送られてきます。 不安を抱えた者達を落ち着かせ、そして、村の一員として馴染ませる為にも是非とも必要な施設なのです、お嬢さん」

「左様でございましたか。 様々な思惑が絡んだ結果の…… に御座いますね」

「単に殺してしまうよりは、マシ。 と云う事なのです。 隠れ里という特性上、本国の者達は、大々的には援助など出来はしませんものでね。 最初に、この施設を此処に設置した時には、単なる大きな小屋でしかありませんでした。 ただ、この地に適した者達が数多く集まったのは事実。 その者達が、少しづつ、今の形にしたと云う訳でして…… まぁ、村に来る者達に『安寧と平穏』へ導くために、精霊様の御配慮があったとしか、思えませんな」




 クエスト村長様と、村の方々が指示されて、皆のお部屋の割り当てを決めたの。 みんな、大変な思いをしていたから、壁と屋根のあるお部屋に入ると、暫く立ち上がれそうにないわ。 私はと云うと、少し落ち着いたあと、クエスト村長に誘われて「集会所」の一室に向かったの。

 質素で頑丈で温かみのある調度品が私を迎えてくれたわ。

 背後には、シルフィーとラムソンさんと、エストが控えているの。 ほんとにこの人たちは絶対に私を一人にしないんだもの…… 


 でも、エスト。


 あなた偽名を使っているのなら先に言いなさいよ。

 突然の事でびっくりしたわ。



 エルドね、エルド。





 ―――― 気を付けないとねッ。 


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