その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北辺の薬師錬金術士

成された事と、リーナの想い

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 ク・ラーシキンの街の街を出てから、既に一ヶ月の時間が過ぎ去ったの。 その間は、ずっと、野営の連続なのよ。

 頑張ったのよ。 ええ、本当に頑張ったの。

 それぞれ皆さんが、皆さんの、成すべきを成すために、頑張りに頑張ったの。 全てを掛けて…… 能力の全てを出し切ったの。 ええ、出し切ったのよ、第四四〇特務隊の全力をね。



 ――― 西方辺境域の北部は、本当に自然しか存在しない場所よ。



 人の営みの痕跡も少なくて、大きな街は勿論の事、ファンダリア王国の中央基準で云えば、” 村 ” すらなかったわ。 当然、宿なんて存在しないし、村とは言えない、多少人が居る場所でも、村長さんのお家にお泊りできるくらいね。

 後は、野宿か野営地で夜を過ごす事になったのよ。

 ――― 刻は巡月。 季節は…… 真冬。

 場所は、西方辺境域の中でも北方に当たるから、南部ダクレール領や、それより北に位置する王都ファンダルよりも、寒さは厳しいわ。 保温の術式を縫込んだ毛布とかは十分に用意したけれど、自然の脅威の前には ” 快適 ” とまではいかないもの。

 一緒に行動してくれている方々にも、辛い思いをさせてしまった。 獣人族である皆さんはね、もともと、冬の寒さには高い耐久力を持って居られるわ。 その上、私と行動を共にして下さっている方々は、根性も座っている。 それは知っている。

 でもね、身体は正直なの。 だってね、ほら、みんなの毛並みがかなり汚れてきているんですもの。

「旅の疲れ」と、「任務の過酷さ」が、身体から滲み出て来ているのよ。

 健康状態は、そこまで酷くは無いの。 彼らの頑健さは、本当に驚嘆すべきものね。 でもね…… やっぱり、疲労は蓄積して、精神状態の方が結構来ている…… かな?

 些細な事で、遣り合っている処を何度も見てるし、それを、シルフィーが威圧して止めてたりしてたものね。 そろそろ、一度ゆっくりしないと、身体はともかく、精神的に持たないわ。

 薬師としての見立てよ…… これはね。

 十分な休養を取らないと、倒れてしまう。 私が倒れると、部隊は止まるけれど、それ以外の人が倒れても止まらない。 結果、誰かがその穴埋めをする。 そうすると、負担が増えて更に倒れることに成るの。 でね、根性を決めている方々だから、ちょっとでもよく成れば、起き上がり任務を遂行しようとするわ。 

 そのうち…… 私以外の人達がみんな倒れてしまうと思う。 長期の作戦が続き、終わりが見えないのよ。 そんな中で、全力を維持して動き回るなんて…… 自殺行為ともいえるわ。


 ” 休もうよ…… ” って、云おうとも思ったの。 でも、それは出来ないわ。 だってね……


 表立って、そんな風に言うと、みんなはきっと、” 大丈夫です。 平気です ” って、言っちゃうのよ。 私に心配を掛けまいと、笑顔でね。 見てられないわ。 だから、それとなく、休暇を取る感じで……


 皆に休養日を、設けたいなって思うの。 


 そこで、私達に課された『使命』を分ける事にしたの。



『第一の使命』は、西方辺境域の安全の確保と、人族の禁忌の森への侵入阻止。

『第二の使命』は、北方領域の ” 汚染の浄化 ” と、人々の治療。


 そして……


『第三の使命』…… 最後の使命として、北の荒野へ向かい、「大召喚魔方陣」の解呪と、荒野の浄化を目指すことにしたの。 

 長い、長い戦いになりそう。 

 だけど、これは、一足飛びに出来る事では無いのだもの。 だから、足元を固め、一歩一歩頑張るしかないわ。  




 ********




 西方辺境域の北の端。

 ええ、ついに最初の関門を抜けたわ。 そう、” その時 ” が、来たの。 最初に森を抜けたって、そうプーイさんから知らせが入った時…… 私は……

 思わず天に拳を掲げて、創造神様にご報告したのよッ!


「やりました! やり遂げました!! この世界の崩壊につながる、異界の魔物による、巨大【魔物暴走スタンピート】を、阻止し得る防衛線の構築を完了しましたぁぁぁッ!! 」

 ってね。



 ^^^^^



 異界の魔力が、『禁忌の森』へ侵入出来ないように、阻止線を張る事に成功したのよ。 人の手が入ってしまった森と、まだ手が入っていない部分の境目を丹念に調べ、魔道具を置き、魔力線でつないでいったの。

 立役者は、プーイさん達、穴熊族の五人の方々。 妖精さんの御声も聞こえるし、私と長い事一緒に居たから、意思の疎通も出来る様になっていたのが決め手ね。 【重結界】の術式を刻み込んだ、イグバール様から頂いた魔石を核とした魔道具。 そこに妖精さん達の精霊魔法である【迷いの道】が加わると、妖精さん達が許可した者しかそれ以上森の中に入れなくなるもの。

 そんな境界線を構築しながら、西方辺境域中部から北部へ、そして、その先の「禁忌の森」が終わる場所まで、森の中に阻止線を張ってくれたのよ。 そして、ようやく、その阻止線が完成したのッよ! 魔力線は人の手が入っている森の中に伸ばされていて、そこに、他の皆で手分けして、西方辺境域の中部から北部にかけて地域に、魔力線を編みの目の様に張り、敷設したものと、接続したの。

 荒地に敷設した、網の目状の魔力線の「結節点」に、これまたイグバール様から贈って頂いた、魔道具を設置していったのよ。 私の考案した術式を刻んだ魔石を核とする魔道具ね。 その魔道具は云わば浄水器の様なモノ。 空間に漂う異界の魔力を浄化して光の結晶にしてしまう代物なの。

 これで、” 汚染 ” は収まるわ。 濃い異界の魔力が存在しなければ、【身体大変容メタモルフォーゼ】も起きない。 異界の魔力の浄化魔道具で、空間に漂う異界の魔力だって、地面に落ちることなく浄化され、昇華される。 だから、地面だって「汚染」されない。

 森狼族のツェナーさん達の早期警戒で、特異点の洗い出しも順調だったの。 北方辺境域から流れてくる、汚染されちゃった野生動物や、中脅威程度の魔物達を効率よく発見してくれたわ。 連絡が来ると直ぐにその場所に向かって、私達で処理したの。

 処理って言っても、別に命を奪う訳じゃ無いわ。 例の魔法でね…… そう、【妖気浄化ピュアリカンツ】を打ち込むの。 「身体大変容メタモルフォーゼ」が進んでいないか、なにかしら、『生きる事』に、執着している個体なら、どうにか「身体大変容メタモルフォーゼ」を元に戻せるしね。 

 ダメな子も居たけれども…… それは…… どうしようも無かったわ。 でも、この世界の生き物として、遠き時の輪の接する処に還っていったんだもの。 この世界の理を乱すものを全て浄化し、無垢なる魂としてね。

 幸いな事に、人型の方で汚染の進んでいる方はいらっしゃらなくて、助かったの。 流石にそこまで、異界の魔力を大量に浴びた方はいらっしゃら無かったって事。 


 でもね…… 北方辺境域では、こうは行かないかもしれないわ。 心配が募るのよ。



 ^^^^^^



 巡月はとっくに過ぎ去り、今は初月…… に、成るのね。





 長い間、王都にも南方辺境域ダクレール領のみんなにも連絡が取れなかったわ。 敢えてそうしたんだけど、それでも…… ちょっとね。 ほら、王国の現状なんて、こんな辺境には伝わってこないし、それでなくてもとっても忙しかったしね。

 この身体に成って…… もう以前のエスカリーナではなくなってしまった私。 本当はね…… ティカ様にだけは、私の事をお知らせしたいと思ったの。 だけど…… 思い留まったの。 だって、ティカ様は、王国を…… ファンダリア王国に住まう、” 人族 ” の世を護る、守護者なんだもの。

 私は…… そうね…… その内に入らない、人成らざる者に成ってしまったの。 当然そんな事は、気にはされないとは思うの。 でも、きっと、これから、相反するような出来事があると…… 確信をもって断言できるの。 だって…… 人族に特化した護りでは、この世に生きとし生ける者達全てを護る事は出来ないんだもの。 



 ――― だから…… ごめんなさい……  ファンダリアの秘されし王女殿下大切な私の、ロマンスティカ義姉様




 網の目の様に【 浄化魔道具 】を、置きつつ各村々を回って、大量にお薬を錬成して、ナジールさん達、狐人族の方々に小さな祭祀場を建立してもらっていたのよ。 ね、成すべきことが、多過ぎなのよ。

 祭祀場の側に、小屋掛けをして、そこに錬成したお薬を貯蔵。 各村々の獣人族の方々に合う ” お薬 ” をね。 何年も持つように、お薬の入っている瓶には、キッチリ保存術式を刻み込んでおいたわ。

 手伝ってくれたのは、兎人族のウーカルさん達。 流石よぉ~ 呪術医ソーサラーなんですもの。 それに、色んな種族の獣人さん達特有の病気なんかも良く知っておられてね。 助かったわ。 お薬を錬成する時に、どんな薬草の調合が必要か、どんな分量で調合していたかを、事細かく覚えていてくれていたんだもの。


 ―――― だから、どんな村に着いても、大歓迎なわけね。


 エストが……ね、そんな村ともいえない集落に行くときには、上手くやってくれていたの。 ほら、彼女…… 情報収集に商人の商隊に紛れていたって言ってたでしょ? あれで、うまく顔を繋いでくれたのよ。 特別警戒心の強い、荒野狼ステッペンウルフ族の方々には苦労させられたけどね。

 色々な患者さんも見たわ。 怪我をした方、持病で動けなくなった老人、婦人病に悩む女性、そして、空元気を出して、親御さんに心配を掛けまいとする病を得た子供達…… おばば様に教えを受け、兎人族の方々に習った『お薬』の知識が役に立ったわ。 ええ、とってもね。

 貧しい村々で、何も差し出せる物が無いと嘆く村長さん。 でもね、私は金穀が欲しくてしたわけじゃ無いもの。 そう、祈りが…… 精霊様に対しての真摯な祈りが欲しかったの。 切望していたわ。

 だから、村長さんや村の代表の方にお願いしたのよ。 ナジールさん達が建立した祭祀場で、感謝の祈りを捧げて下さいってね。 真摯に一途に、この世界に産れて来た事と、そして、精霊様の御加護を頂けることに。 私が皆さんの前に現れたのも、全ては精霊様の思召しです ってね。



 ―――― お願いは聞き届けられたの。

 薄く広く…… 小さいけれど、真摯な『祈りの輪』は、確実に西方辺境域に広がって行ったわ。




 僅かに一月。 でも、その期間の中で、出来るだけはやったもの。 ティカ様の祈りを糧に魔力を引き寄せる術式はとても効率よく稼働してくれた。 編みの目の結節点に設置した魔道具は想定通りの効力を発揮してくれたし、禁忌の森の【重結界】の維持も完璧にこなしてくれた。




 だから…… もう…… 心配は無いわ。

 この偉業とも云える出来事は、私一人ではできなかった。

 決して一人では…… 無理な事なのよ。



 皆が居てくれたから…… 成し得た事なの。






 皆を私と巡り会わせて下さった事を、精霊様に深く感謝して、祈りを捧げたの。








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