その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 21

親征の裏側 ④

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 オフレッサー侯爵の言葉に頷く、同席する 一、二、三軍の指揮官達。




 まだ、十五歳の王太子がそこまでの決断を成し、老練で藩屏たる大公、公爵を味方につけた事自体、驚愕にも値し、さらに、信じられない気もする。 軍人ならば、軍務大臣たる、フルブラント大公の命に従えば良いのだが、事が事だけに、自らの耳で聞き、そのまなこで確かめたかったのが理由だろうか。


 が、それは叶わぬ希望でもあった。 沈痛な面持ちで、フルブランド大公は、彼の部下たちの希望を否定する。





「済まぬが、それは出来ぬ。 現在、王太子殿下も、王太子府も、執政府も、更には、宰相府も、西方で発生した大規模な魔力爆発への対応で、時間が取れない。 聖堂教会の力添えも、当てには出来ぬでな。 聖堂教会の「神官長パパ」パウレーロ猊下以下、聖堂教会の神官達が、色めき立っておられる」





 第二軍 アレクサス=ドニーチェ=ビコック侯爵付きの副官が、そっとビュコック侯爵に耳打ちをする。 フルブラント大公の言葉の意味を副官が補足する為の言葉だった。 ビュコック侯爵は眼を細め、腕を組んで首を傾げる。 そして紡ぐ言葉は、大公に対しての疑問であった。




「……つい先日発生した、西方辺境域、北部領域、ク・ラーシキンの街に於ける、魔力暴走事故の件ですかな? 発生場所は、シャオーラン小聖堂。 かなりの規模の魔力爆発の事に御座いましょうか? 報告では…… たしか…… シャオーラン小聖堂も、ク・ラーシキンの街にも、周辺に何一つ被害が無かった筈…… かなり特異な魔力爆発であったと、そう報告があり申した。 被害は僅少ではあるが、空間魔力の擾乱が激しく、遠距離はおろか、近距離の魔力通信ですらままならぬ…… と。 それが、王太子府を含め、王国中枢の混乱になんの関りが有るのでしょうか?」

「ビュコック卿。 その爆発の魔力の属性が、『 聖 』属性であればどうだ? 軍関係には、まだ報告されていないが、シャオーラン小聖堂の司教から王都聖堂教会に ” その旨 ” が、伝えられた」

「……聖女、……降臨 ですか」





 小さく言葉にする、ビュコック侯爵。 聖堂教会の混乱…… 歓喜とも呼べる擾乱への理解は出来た。 文献に出る事すら稀な、『 聖 』なる魔力を有する者が発現したならば…… 聖堂教会が色めき立つのも頷ける。

 ただし、あくまでも、聖堂教会に限って言えばの話だった。 魔力爆発による、空間魔力の擾乱は、少し前に東方辺境域、北部領域でも発生している。 その時にも混乱はあったが、王太子府を含む王国上層部が混乱した事は無い。

 『北伐親征』に於ける、軍の最高司令官たる、メルカツェ侯爵が、現在進行中の「北伐」の準備への影響を、フルブラント大公に問う。 王国の上層部が混乱してしまえば、フルブラント大公の云う、『王太子殿下の御決断』も、揺らぐのではないか…… 





「しかし、解せませぬ。 確かに『聖女降臨』は、王国上層部に衝撃を与えるでしょうが、それが理由で混乱に陥る事はありますまい。 混乱の原因は? そして、王太子殿下の御決断は…… 揺るがぬモノなのですかな?」

「メルカツェ侯爵。 既に我々は動き出しているのだ。 止める事は出来ない。 御決断は既に示された。 後戻りは出来ぬよ。 親征の準備に関しては、粛々と軍の方で進める。 懸念があるとすれば、決定的な時に、決定的な勅命を広域魔力通信で発信出来るか否かであろうな」

「どういう事なのですかな? お話の作戦では、【広域魔力通信】の発信は、この件の『 肝 』に当たりますぞ? それに、その通信を担うのは、王宮魔導院特務局の局長で在る、ロマンスティカ嬢ニトルベインの魔女と仰られたではありませぬかッ」

「だから…… なのだよ。 魔力爆発に巻き込まれ、王太子殿下秘蔵の薬師錬金術士の行方が掴めん。 魔導院はおろか、王太子府の『王家の見えざる手』、宰相府の『月夜の瞳』、外務の『眺訊ちょうじんの長き手』の手の者達が躍起になって追ってはいる。 いるのだが……」





 フルブラント大公の言葉に反応するのは、オフレッサー侯爵。 太い眉が跳ね上がり、詰問の口調で言葉を紡ぐ。





「王太子殿下秘蔵の薬師錬金術士? まさか…… リーナ殿の事ですかな? たしか、西方辺境に出向かれたと、仄聞しておりますが?」

「その通りだ。 薬師錬金術士リーナ殿。 海道の賢女様の愛弟子であり、「辺境の聖女」の異名を持つ、あの可憐な…… まだ十五歳の少女の事だ。 魔力爆発の中心に居たと、そう確認は取れた。 最初は彼女が「聖女」本人と思われたが、どうも違うらしい」

「それと…… 魔導院の「広域魔導通信」の可否は、どう繋がるのですかな、大公」





 剣呑な声で、メルカツェ侯爵が問う。 





「口外するには憚れるが…… な。 その…… なんだ……」

「御早く申されよ。 すべてはそこに掛かっておるのですぞ?」

「あ…… あぁ…… そうだな。 実を云うと、ニトルベイン大公のお嬢ロマンスティカ嬢様が錯乱に近い状態なのだ。 早々に王宮薬師院の薬師達が付いたが、未だに情緒不安定なのだ…… 王太子殿下の妃となるドワイアル大公の御令嬢が、今はご一緒に居られる。 外部の我らにはどうする事も出来はしない。 彼女の祖父である、ニトルベイン大公ですら…… 近寄らせてもらえぬと聞く…… どうにもこうにも…… な。 何かしら、ロマンスティカ嬢と薬師錬金術士リーナ殿の間にには、あるのであろう。 次善の策として、次席の魔導師からは、【広域魔導通信】の発信は問題なく発信すると、そう云われてはいるが…… な」

「……由々しき問題ですな。 万が一を考えますと……」

「発令までに、ニトルベイン大公のお嬢様が持ち直せばよいのだがな」





 深い沈黙が、公室に広がる。 誰も言葉を発しようとしない。 いや、出来なかった。 有る物は、王太子殿下の御決断の成否に思いを巡らせ、ある者は西方辺境域の正確な情報をどうやって得るかを考え、ある者は王国上層部の貴族達の現状を憂い、そして、ある者は薬師錬金術士リーナの安否に心を痛めていた。

 重要な伝達は終わる。 沈黙を守ったまま、漢達は王国軍務大臣の公室を退出する。 勿論誰に云われるも無く、公室の中での話は誰も口にしない。 云える訳が無い。 其々が、其々の想いを胸に、為すべきを成す為に、各所へ散って行った。





          ******************





 肌を刺す空気の冷たさにメルカツェ侯爵は我に返る。 そして、口元に歪んだような笑みが浮かぶ。 浮かれ、騒ぐ、聖堂騎士団の男達を見ながら。


 ” もうすぐ…… 此奴らも思い知るだろう。 北部辺境域の壮絶な状態と、絶望的な北の荒野の情景に、自分たちの未来の絶望をな ”


 王城外苑に、盛大なファンファーレが鳴り、ガングータス=アイン=ファンダリアーナ国王陛下の臨席が告げられる。 居並ぶ将兵が直立し、胸に拳を当て、前方を凝視する。

 重い扉が開き、中から煌びやかな甲冑を付けた国王ガングータスと、聖法衣に身を包むフェルベルト=フォン=デギンズ枢機卿、そして、大公家の威厳を押し出す様な官服を纏ったヘリオス=フィスト=ミストラーベ大公が現れる。 


 下座に、ウーノル王太子殿下も進み出ている。


 さらに、ガングータス国王陛下の背後には、ファンダリア王国の重鎮たちが居並ぶ。


 盛大で華麗で、勇ましいファンファーレが終わり、居並ぶ将兵の前にガングータス国王が一歩を踏み出す。



 静寂が辺りに広がり、国王の言葉を一言一句聞き逃すまいとの姿勢を見せる。 豪奢な銀髪。 蒼い瞳。 端正でありながら、齢を重ねた国王の顔。 輝く未来を視るか、中身の無い人形の様だと感じるのは、其々の立場の違い。

 刺す様な冬の空気の中、国王の言葉が紡ぎ出された。




「  この場に集いし諸君ッ! 誉れある、ファンダリアの漢達よ!
    北方蛮族が奪いし、我らが領土を奪い返す時は来たれり。
 我が祖父、獅子王陛下が夢見、そして、成し得なかった、北伐の時は来たれりッ! ファンダリア王国に仇成す、ゲルン=マンティカの野蛮人共に鉄槌をくらわす時が来たのだ!

             我と共に征かん!

 北の大地を我らが手に! ドラゴンバックの山並みを手中に収めんッ!!
 ……我が王都に居らぬ事により王都に残る、お前たち愛する者達が危険に晒されぬかと、その様に思う者もいるだろう。 お前たちの、『後顧の憂い』を、我は看過する事は出来ぬっ! よって、ウーノルが摂政として、此処に居る我が藩屏たる、四大大公家の者達と共に王都を護る。 何も心配はいらぬ。 お前たちの愛する者達は、護られるであろう!

 そして、誉れある諸君。 諸君らは、前を見よッ!
 ただ、我に続き、前だけを見よッ!!
 諸君らの奮励努力を我に捧げよッ!!
 そして、我はッ!! 祖父であり偉大な国王であった、獅子王陛下の『意思』を継ぎ、獅子王陛下の叶わなかった栄光を手に入れるのだッ!!
 いざ征かん! 偉大なる祖父の偉業を称え、そして、乗り越える事も又、我の欲する所であるッ! 

 総員!! 抜刀!! 天に剣を捧げよ! ” 勝利 ” を、我が手に!!」



 聖堂騎士団も、軍の将兵も一斉に抜刀し、高々と剣を天に掲げる。



「「「「  勝利を我が手に!!!  」」」」
「「「「  勝利を我が手に!!!  」」」」
「「「「  勝利を我が手に!!!  」」」」




 前列に勢揃いしている聖堂騎士達の唱和が冬の空に響き渡る。



      ―――― 熱狂が王城外苑に駆け巡る ――――



 ガングータス国王の顔に渦巻く熱気が叩きつけられた。 国王の顔に満足気な表情を浮かび上る。 同様に、デキンズ枢機卿も満足気な表情を浮かべ、祝福の『手印』を切り、聖堂騎士団の若き騎士達へ祝福を与える。 ミストラーベ大公もまた…… 広大な土地を手に入れる未来に思いを馳せ、そこから奪い取る金穀の量を推し量り、頬を緩ませていた。










 将兵が整列している最後尾……

 第一軍団 軍団長が手に持ち掲げる剣を見詰める。




    ” 願わくば、ファンダリアに勝利を…… ”




 小さく呟く様にそう唱える。

 その ” 勝利 ” が、何を意味するのかは……







     ――――― まだ、出征する兵達は誰も、知らない。 ――――





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