その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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聖女の行進

懐疑

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 お部屋に戻って、三日間。 私の魔力回復も完全に終わったわ。 アレはヤバいよね。 人種が変わって、内包魔力も相当に膨らんだと感じていたんだけど、それでもほとんどの魔力を持って行かれたわ…… おいそれと使える術式じゃないって事ね。


 ――― 流石は「神聖魔法」ね。 



 三日もあれば、優秀な薬師でもある、ウーカルさんが、髪染めも作ってくれたわ。 きちんと二色。 黒と赤。

 シルフィーの手によって、髪を染めたら、以前の私がそこに居たのよ。 そう、もう灰銀色シルバーグレイでは無く、黒髪に二房の紅い鬢にね。

 目の色も、【偏光】の魔方陣で、黒に紅い縁取りに変えてあるし…… あとは、フードを被っていれば、何処からどう見ても、辺境の薬師錬金術士リーナ以外に見えないもの。



 ――― 柳耳以外はねッ!



 身の回りの世話をしてくれているシルフィーは、時々遠い目をして私を見ているの。 手が御留守に成る事は無いのだけれど、” 心此処に在らず ” って感じなのよ。

 ちょっと、気になってね、尋ねてみたの。




「シルフィー、どうしたの? 貴方らしくないわ」

「リーナ様ッ!」




 ハッとした感じで、私の問い掛けに驚いていたの。 と云うより、何だが変なのよ。 本当にいつものシルフィーらしくないしね。 なにか心に蟠る物があれば、云って欲しいのだけれど……




「察するに…… ラディック様の事?」

「えぇ………… まぁ………… 暗殺者が素顔を曝け出すと云う意味…… リーナ様はご存知なのでしょうか?」

「闇に生きる者達が、その役職が何であれ、素顔を晒す事は…… 本来なれば有り得ない事。 そう…… 教えは受けた覚えがあります。 ドワイアルの御邸でも、引退した方以外の諜報に携わる方々は、その身を何かに偽装し、決して素顔を見せる事は無かった筈でしたわね。 私も…… 不思議に思っていたの。 何故、ラディック様が私に素顔を見せられたのかをね」



 シルフィーは声を潜め、呟く様に私に彼女の疑念を語り始めたのよ。 ちょっと、内容的にアレだったけどね。 彼女の疑義を理解するのが遅れた程に、結構な衝撃をもって、私の中に彼女の言葉は入って来たの。



「暗殺者の顔を知る者は…… その、家族のみ。 その条件を満たす、” 暗殺を家業 ” とする、『古き一族』 であっても、幼少期を脱し、ギルドの一員に成った時には…… その素性を隠します。 家族では無く、暗殺者の一団の一人として…… 一族は、深く、深く、闇の間に生き、闇底で死ぬと、そう規定されていると…… ギルドの設立が古ければ古い程…… 『鉄の掟』が御座います…… それを、長自ら御破りになり、リーナ様への忠誠の証とされた事…… 精霊様の御意思と思召しとはいえ…… 異例中の異例。 わたくし達、あの場に居たモノは達は床に伏し眼を瞑り、決して見ない様に頭を下げておりました。 長殿が素顔を晒すのは…… リーナ様にのみと…… 各国、各都市の暗殺者ギルドを束ね統括する、このギルドの長様が「鉄の掟」を曲げ、リーナ様に忠誠を誓約された…… 今もって、震える程の驚きが身の内に渦巻いています」

「異例中の異例なのね。 ……そうだと思った。 でも、感謝は精霊様に向けられるべき事柄でしょ?」

「いえ、その様な意味での疑念では御座いません。 『祈りの対象』、『忠誠の在処』は、この際どうでも良いのです。 私が心配するのは…… リーナ様に対する暗殺者ギルドの立ち位置になります。 ラディック様のご様子では、暗殺者ギルドは全面的にリーナ様を支援すると云う事に他なりません。 万が一…… 何処かの誰かが、リーナ様を害そうと、ギルドに暗殺を依頼すれば……」

「依頼すれば? なにか…… 恐ろしい事でも?」

「依頼主一族郎党が…… 暗殺の…… ” 殲滅対象 ” となるでしょう。 後には屍山血河が残るのみ」

「えっ?」

「それが、たとえどこかの国の国王陛下であろうと、例外はございますまい。 そして、国の王が命じず、王の一族の者が企てたとしても、その時点で決断は下され、王は元より御連枝も含め……」

「い、いやだって…… そんな事…… 一国の王族すら、纏めて暗殺しちゃうっていうの?」

「…………その懸念が御座いますが故に、これまで暗殺者ギルドは、個人に忠誠を誓って参りませんでした。 金銭でのみ、命を刈り取る者達として、存在してまいりました。 拠り所に成るのは、闇の精霊様のみ。 しかし、此度、リーナ様に忠誠を…… 誓約された。 と云う事は、ギルドマスターは、そう云った事を、遣りかねません」



 そう言葉を紡ぐと、静かに瞑目するシルフィー。 その言葉はあまりに真摯で、私は二の句も継ぐことは出来はしなかったの。 只々、息を飲んで、彼女の言葉を聞き入ってしまったのよ。



「野良の暗殺者に依頼したとしても、リーナ様に手が届く前に…… 処理されてしまうでしょう。 あの誓約にはそれ程の拘束力が有るのです。 恐怖を感じたのは…… その点に御座いますリーナ様。 そんな事態に成ったとして、それは、リーナ様の御心・・に叶いますでしょうか? ……容認すべきでないと、思召されるのでしたら、強く、強く、御要望として、禁止されます事を愚考し致します」




 絶句したの。 私は薬師。 人を ” 癒し、救い、助ける ” 者なのよ。 たとえ私の命が狙われようとも、とても、容認なんて出来ないわ。 ……問題ね。 過剰反応に過ぎると思う。 ラディック様には、しっかりと釘を打っておかないとッ! 

 ” 私に対する暗殺の依頼は受け付けない。 そして、依頼者には手を出さない。 ギルドに加盟していない暗殺者に関しては、忠告を与える ” だけで…… いいよね。 只でさえ、この世界の人々の命は、とても危ういのに、そんな中で殺しあうなんて…… 嫌よ。 


 ―――― えっと…… でも…… 私、そんなに狙わる事なんて…… あるのかしら?


 ボソリとシルフィーが呟く声が、私の良く聞こえる耳に届いたの。




 ” まだ、これでも柔らかくお伝えしたほうよ……。 本当に、リーナ様は…… 自分の事に関しては、無頓着に過ぎるんだ…… ”




 シルフィーの呟きに…… 背筋に悪寒が走ったのよ。




 ^^^^^



 恐ろしい『忠告』をシルフィーから聴いた後で、ラディック様からのご招待があったの。 あちらの方で、暗殺者ギルドの薬師様が十分な観察をされて、ラディック様のお嬢様が快癒された、そのお祝いをしたいと、そうお申し出だったの。 受けない訳には行かないし…… その席で、シルフィーの助言を確実な物にしておきたかったから…… 快く受けたの。


 それにさ、私ももう十分に休養を取ったしね。 

 ―――― 使命を全うする為に、そろそろ、出発しないとッ!


 指定されたのは、ノクターナル様の聖壇が安置されている「祈りの間」。私達…… シルフィーとラムソンさんと私の三人が、「祈りの間」に入ると、数人のギルドの方々が目の前に浮かび上がる様に現れたの。 聖壇の前に大きなテーブルが設えてあったの。 分厚い木のテーブルで、華奢な足が印象的なテーブルね。 椅子もとっても華奢な感じを受けるわ。 





「薬師錬金術士リーナ様。 本ギルド、ギルドマスター様の依頼をお受け下さった事、感謝申し上げます」

「わたくしの方こそ、わたくしの危機に際し、多々有ったであろう干渉を排除し、私を「闇」の精霊様のかいなにお届け下さった事、感謝いたします。 礼には礼を。 そして、祈りは精霊様に」

「ノクターナル様の「愛し子」が、貴女で良かった。 マスターがその御身を曝け出されても尚、態度を変えず接せられる…… 獣人族の中でも、卑しむべき者と呼ばれし方々とお知りに成ってもまだ……」

「その考え方が理解できませんわ。 この世に生を受けし者に上下関係など在りはしませんもの。 強いて言えば、全ての命は、精霊様の恩前に等価 と、そう申せます。 ならば、相手によって態度を変えるのは…… あまりにも不遜と云わざるを得ませんわ」

「…………誠、貴女は…… 辺境の聖女の名に相応しい御方であると、心に沁みます。 どうぞ、此方へ。 ギルドマスター様はもうすぐおいでに成られます」




 云われるがまま、その大きなテーブルに付くの。 沈黙はいつも通り。 耳が痛くなるような、そんな静寂を破るのは、衣擦れの音。 あれ……わざとでしょ? ちゃんと、” 音を立てて ” この場に現れると云う事で、私達に対し、害意は無いとの表明なんだろうなって思うの。

 ラディック様は面体を被っておられた。 そう易々と素顔を晒す様な事は無いのでしょうね。 でも、御立場も有るから、別段気にはしないわ。 立ち上がり、深々とこうべを垂れ、礼を差し上げるの。 彼の隣には、華奢な小さい身体のひとりの女性が経って居られたの。





 此方の方も又、面体を被り静かに佇んでおられたわ。





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