その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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聖女の行進

進化

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「…………リーナ殿。 そのな…… 一人。 診て頂きたい『 病人 』が居ります。 宜しいかな?」




 唐突にラディック様がそう仰られたの。 えっと、私は薬師だから、病を得た患者さんが居れば診る事はやぶさかではないし、むしろ、診なくちゃいけない立場なんだものね。




「宜しくてよ。 どちらに居られるのでしょうか?」

「病が、病なもので、隔離個室にて…… 辺境を渡り歩いておられた、シャオーラン小聖堂の童女アコライト様に ” 癒し ” を与えては頂いたのですが、芳しくなく……」

「…………身体大変容メタモルフォーゼ症状が進行中なのですね。 それもかなり重篤化されていると。 その方は、とても大切な方とお見受け致します」

「ええ、大切な私の【手】であり、【目】でもあります。 北域の状況をつぶさに見て参った者。 彼の地のギルドへの繋ぎ役としても…… なかなかと手に入る様なモノでは御座いません」

「ノクターナル様の御導きで御座いましょう。 診ましょう。 そして出来る事を成しましょう。 御先導お願い申し上げます」

「良しなに…… 頼みます」




 周囲の気配が一斉に動くの。 えっと…… まぁね。 かなり動揺している節があるのよ。 言い方を変えれば…… ” マジかッ!! ” って云う驚きね。 それほどまでに病状が進んでいるのかもしれないわ。 救えるかどうかは、その患者さんの遺志次第。 ” 生きたい。 まだ死ねない。 ” っていう、確固たる意志があれば……



    なんとか……

         なるかな?





 ^^^^^^





 そのまま、促されるままに、暗闇に包まれた廊下に出るの。 シルフィーはとても緊張しているわ。 彼女は基本的に暗視の能力は持ってはいたんだけど、それでもよく見えないらしいの。 後できいたら、本当に命の危険を考えて、逃走経路を模索してたって…… ちょっと笑っちゃうわ。

 あの・・シルフィーがよ? ファンダリアの王都でも有数の、かなりの数の人に、恐怖と共に語られていた、あの『疾風の影』 シルフィー=ブレストンが、命の危機を感じるって…… どうなのよ?

 でも、その気持ちに判らないでは無いわ。 だって、ラディック様が向かわれる先…… かなり強い異界の魔力の気配が濃厚に漂っていたんですもの。 周囲の闇に潜む人達が一人、また一人と脱落していくのが判ったわ。 きっと、あの鬼気とも呼べる異界の魔力に耐えられないんだ。

 わたしは、ゆっくりと例の魔法術式を編み上げるの。 そう、【清浄浄化メンダリクピュリファリオン】と、【解呪デカース】。 勿論間に挟むのは、魔力変換術式ね。 異界の魔力を以て、この二つの術式を駆動させるのよ。 魔方陣としては、【妖気浄化ピュアリカンツ】の魔方陣とも云えるわ。

 異界の魔物達が魔人様と一緒に、自らの世界に帰還された日には、全てを封印すべきそんな魔方陣ね。禁忌の魔法どころでは無いわよ。 禁呪よね。 でも、今は一番有効な魔方陣。 だから、組上げ発動するの。


   起動魔方陣は何時もの通り。


      十全に私の魔力を注ぎ込んで、発動……


 前方のお部屋から漏れ出していた、異界の魔力が魔方陣に吸い込まれ、解呪され、分解昇華を始めるわ。 それはさながら、光の膜が生成されたように…… 綺麗な光の粒が不可視の壁から立ち上るのよ。

 驚きは、私以外の人に伝播するわ。 だって、見た事も聞いた事も無い魔方陣なんですものね。 足が止まりかけた、ラディック様に促すの。




「どうも、時間があまりある様には思えません。 患者さんの元にお早く」

「はい…… いや、凄まじいモノですな」

「前方のお部屋一帯を封じ込める結界の為に、異界の魔力が濃度を増しておりましてよ。 これは、必然です。 ……お早く」




 私の言葉に頷きをもって答えられたラディック様は、廊下の先に厳重に封印された小部屋に向かわれたの。 扉の前で複雑な【開錠の印】を結んでられるわ。 きっと、この扉を開錠出来るのは、ラディック様お一人かもしれない。 開錠は時間が掛かっていたけど、その間にお部屋の中を走査するの。

 居たね。 ほぼ、身体大変容メタモルフォーゼ症状が進行し尽くした、生物居たのよ。 もう…… 手遅れの可能性もある。 ただ、一つ。 希望があるとすれば、暴れていない事。 お部屋の隅で蹲り只々固まっていたわ。 己の変容を受け入れた訳じゃ無い。 その変容に対する ” 畏れ ” が、彼か彼女をして、なにも行動しないと云う選択を強いているのよ。

 つまり…… まだ、意思は残っている。

 お部屋の扉の開錠は終わったわ。 そして、中に入ろうとしているラディック様。 ラディック様に私は云うのよ。





「中には、私一人で入ります。 この中は危険です。 貴方まで ” 汚染 ” される危険が多々あり、入室される事は許可できません。 薬師として、薬師錬金術士リーナとして命じます。 中の方については、わたくしの出来る限りの処置を致します。 治療の効果の程は、全く保証出来ません。 が、一つ希望はあります。 その希望に掛けますか?」

「……」

「如何しましょう。 時間はあまり残されていません。 ある意味、一か八かの『賭け』になる事でしょう」

「元より希望は有りませんでした。 このまま…… どうにもならぬ様であれば…… このギルドの本拠地に仇成すと私が判断したならば…… 自らの手で、ノクターナル様の御手に委ねようとしておりました。 ……判りました。 お任せいたします。 どうか…… どうか……     娘を……   」





 絞り出す様な声が響く。 彼の真摯な気持ちは確かに受け取ったわ。 判った。 やってみる。 私の前周囲に【妖気浄化ピュアリカンツ】を取り巻いて、入室するの。 周囲が金色の粒で塗りこめられたようになったわ。 えっと…… 相当濃いわね。 彼女のいる場所は判っている。

 身体も変容して、異界の魔物そのものに成ってはいるけれど…… まだ、心と魂はこの世界の者よ。 なんとしても、還して見せるわ。 だって、精霊様がそう望まれているんですものッ。





「 我、エスカリーナが命ずる。【妖気浄化ピュアリカンツ】により、この者の汚濁を浄化成さしめん! 術式生成、起動魔方陣展開…… 発動!」





 お部屋の隅に固まって蹲っていたその人の足元に、【妖気浄化ピュアリカンツ】の魔方陣が紡ぎ出されるの。 私の起動魔方陣から、魔力変換術式によって、変換された、” 異界の魔力 ” を、受け取り無事起動。 起動と同時に、眩いまでの光を放ちながら、徐々に上昇を開始するわ。

 咄嗟に駆け寄り、その魔方陣から出ない様に彼女を支えるの。 華奢な身体つきなのね。 鍵爪や牙や、剛毛に覆われた身体とか、色々な異界の魔物の特徴を持っているのだけど、魔法陣が上昇すると、獣人族の特有の身体つきに戻っていくのよ…… 欠損部分は…… 置き換えが行われて、相互に必要な臓器が変化していくわ…… でも……

 既に、粗方、異界の魔物に身体大変容メタモルフォーゼしちゃってたから、対応する臓器に損傷と欠損が認められるのよ。

 慌てて、【完全鑑定】の魔法で彼女を見るの。 色々な臓器も、再度の身体大変容メタモルフォーゼの中で十全には戻っていないわ。 ポーチから体力回復ポーションと、魔力回復ポーションを引っ張り出すの。 まだ、魔力回復は必要ない。 と云うよりも、浄化が進行中の彼女にとって、この世界の魔力回復は『毒』となる可能性が高いわ。

 取り敢えず、この疲弊しきった体力をどうにかしないとね。 ある意味、体力勝負な面もあるのだもの。 体力回復ポーションの封を切り、彼女の口元に無理矢理、割って入れるの。 いくらかでもいいから飲んで欲しい。


 あぁ! 彼女の体力がどんどんと失われる! 頑張って! 生きてッ!!


 既に手遅れだったって云うの? でも、彼女はまだ生きる意志を捨てていない。 何処までも、何処までも。 

 突然一つの思い付きが、心の中に浮かび上がるの。 そう、それは、一つの『 魔方陣 』。 えっと…… 無理よ。 知識では知っていても、そんな魔法は使えっこないわ。 だって、その魔法陣……  


 ――― 聖女様だけが使える、【神聖魔法】の魔方陣なんだもの。


 でも…… でもね。 やってみる価値はあるわ。 私の魔力は今、なんの属性も帯びていない。 純粋に練り込んだ魔力の塊だけが私の身の内に有るのよ。 シュトカーナ様も仰っていたわ。 「闇」属性の魔方陣と同じ強度で、他六属性も、そして、「光」属性の魔法すら行使が可能だって……

 なら……

「聖」属性の魔法も…… 行けるのかもしれない。 このまま、彼女を遠き時の輪の接する所に魂をお送りすべきじゃない。 ノクターナル様だって、そんな事はお望みでは無いわ。 だったら…… 私は……


 薬師錬金術士リーナならば……


    『 辺境の聖女 』 と、呼ばれる私ならば……





          やるしか無いものッ!





「我、エスカリーナが命ずる。 禁忌の魔方術式解放。 生成、神聖魔法…… 【神聖治療ホーリーキュア】 この者に慈悲の光をッ!!  ……起動魔方陣展開。 魔力変換術式停止。 魔力……注入」





 ただならぬ程の魔力の要求。 途轍もなく大きな術式…… 私の体内魔力で足りるのかしら? 髪に貯めてあった魔力も解放して、投入。 そして…… ついに…… やっと……

 魔力充足……





「 発動ッ! 【神聖治療ホーリーキュア】‼ 彼の者を救い出せ!!」





 爆発的な発光が私の周囲を埋め尽くすの。 もう、それは、光に焼かれる感覚すらする程にね。 でも…… 大丈夫。 既に、私は……




      私は、只人人族では無くなっていたんですものね…………




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