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聖女の行進
魂魄
しおりを挟むちょっと待ってね。
今、噛み砕いて理解するから……
えっと……
――― まず、わたしはエスカリーナ。 うん、これは、間違いない。
先の王妃殿下であった、エリザベートお母様から生まれたのよね。 うん、そう、私は純然たる ” 人族 ”
それは、庶民階層に降り立って変わりっこない事実。 そうだよね。
高貴な生まれとはいえ、まともに認知さえして貰ってないから、お母様の庶子って事で、市井の人々と同じ立場のファンダリア王国の民だよね。
――― うん、此処まではいいや。
南部領域で、イグバール様とかおばば様に出会って…… 魔法の杖を貰いに、西の禁忌の森へ行ったっけ。 そこで、樹人族の忘れ形見であるシュトカーナ様と出会って…… 彼女を左腕に格納したのよね。 あぁ、それで、樹人族の息吹も受け入れたって事よね。 その先は…… おばば様の所で、妖精族のブラウニー達と、血の契約を持ちかけられて受け入れたよね。 ちょびっと、彼等の血と魔力を受け入れたよね。 うん、そうだった。
それから……
えっと……
幽界に入ったり、魔人様のノートを魂に転写されたり、穴熊族の王であるバハムート様の魔力を借りて、ブルシャトの森の再生を完了したんだっけ……
アレも…… 身体の中に受け入れた、因子の一つ……
えっと……
それで、ここに来て、聖女様の『 聖 』属性の魔力を大量に浴びちゃったのよね。 それで、私の中の魔力が対消滅を起こしたってこと? そのうえ、その対消滅した後に、聖女様の『 聖 』 属性の魔力が流入しちゃったの?
…………
…………
受けれた全てのモノが、魂に溶け込んで……
魂が変質して、身体が……『 魂の器 』 が、ソレに耐え切れないの? う~ん、私の本質たる、「闇」の属性に 「光」以上の強度と純度を誇る『 聖 』属性の魔力だものねぇ…… 符呪師としての知識が、私に語り掛けるのよ。
” そんな生物が生きているの等、不可能だ ”
ってね。 だって、光系統の術式と、闇系統の術式を同時に符呪する事は出来ないんだもの。 相反する属性の術式を、仮に何かに符呪しようとしても、対象物が自壊するか、対消滅して小爆発してしまうもの。 それを、身体の中で? むりむり、有り得ないわ。 そんな相反するモノで、身体を構成するなんて……
私が、一生懸命理解しようとしても、何の答えも出て来やしないわ。
でも、ノクターナル様の御言葉……
”原初の人” って…… そう…… 仰ったわよね。
――― その、原初の人って、何???
困惑の表情を浮かべていたと思うの。 だって、本当に困り果てていたんですもの。 理解できないんだもの。 私の困惑を、敏感に嗅ぎつけたのは、やっぱりな御方ね。 そうレディッシュ。 妖精女王のレディッシュなのよ。
「リーナ? 良く判らへんのやろ?」
「ええ…… そうね。 私の知識では、とても理解する事は出来ないわ。 ねぇ、レディッシュ。 いえ、妖精女王陛下。 教えて下さらないかしら? ノクターナル様の仰った、原初の人って…… 何モノなのかを。 お願いします」
真摯な視線を彼女に向けるの。 礼を尽くし、彼女に問いかけるのよ。 なんてったって、妖精女王陛下なんだものね。 彼女私の気持ちに応えてくれた。 口調を改め、私の問い掛けに応えて下さったの。
「リーナ。 それは、わたくしも存じません。 ただ、それをお知りになる方は存じ上げておりますわ。 崇高なる樹人族の末。 シュトカーナ=パエシア様。 長き命を持つ方ならば、ご存知かと」
私は視線を、ゆったりとバケットソファに身を委ねている、シュトカーナ様に向けるの。 眉が下がっているのは自覚しているわ。 こんなに困惑した事なんて、産れてから…… いいえ、前世も通して未だかつて一度も無かったんだもの。 私がレディッシュに問うた言葉は、シュトカーナ様もお聞きになっている筈なのよね。
優雅な笑みを浮かべられたシュトカーナ様は、指を頬にあてて、朗らかに言葉を紡ぎ出されたのよ。
「原初の人は、全ての人型の生き物の祖に当たる種族よ。 遠い樹人族の記憶の中に、その痕跡があるわ。 創造神様が、御自ら作り出された、知恵ある者の原型だとか。 太古の昔、まだ、大地と空と海が混沌の中に在る時、その三つを分け隔て、空を行くモノ、水を泳ぐモノ、地を駆けるモノを御作りになった。 てんでバラバラに動き回るそれらのモノ達が、世界を壊さぬ様に知恵のあるモノを御作りになった。 世界の調和を司り、空を行くモノ、水を泳ぐモノ、地を駆けるモノに知恵を分け与えるのが、その役割。 そして、彼等と交わり、幾多の種族を紡ぎ出したとも云われている。 精霊様に強く守護されているモノ達に知恵を分け与える為の交わり。 だから、原初の人たる者は、この世界におわします全ての精霊様を受け入れる存在でもあったの。 そうね…… 知恵ある者達の種ね。 だけど、世代や年代…… そして、世紀……超えるような生き物は居ないわ。 この世界の世界中の人型へ、原初の人は知恵を分け与えそして、歴史の中に消えて行ったの。 色濃くその特徴を引継ぐ種族も居たわ…… 数百年前までは、まだ、居たんだけど……」
「居た…… と、云う事は……」
「その種は、森の人…… 自然と共生し、他の種族と極力交わらない様に独自の集落を作っていたわ。 各地にある、禁忌の森の中にね。 でも、人族が禁忌の森にまでその手を伸ばしてね…… やがて、住むべき原初の森もやがて…… ね。 そして、彼等も又歴史の中に消えて行ったの」
「そ、そのお話は、何となく想像が付きます」
「貴方達 ” 人族 ” の、御伽噺にも出てくるわよね」
「森の神人…… 古・エフタルの民…… なのですね」
「人型の種族の魂の器には、その痕跡が残ると云うわ。 でも、発現はなかなかしない。 でも、ノクターナル様はご存知だったのよ。 エスカリーナ。 貴女の魂の器には、その痕跡が他の人より、ほんの少し多く存在するって事をね」
「痕跡? ……なんの事でしょうか?」
「耳の形。 貴女の耳は独特の形しているのよ。 かつて、居た古・エフタルの民に良く似た耳の形。 ノクターナル様が一縷の望みをかけて、無理を願われたのよ。 時を司る方ですもの。 そして、精霊様方はリーナの事が大好きなんですものね。 すべての大精霊様方の御力をもって…… 今、懸命に復元されているわ。 失われたかつての種族、原初の人をね」
えっと…… どう言っていいのか…… そう云えば、ティカ様もそんな事言ってたような気がするわ。 耳の形が特徴的だって…… どんなに【変化】の魔法を掛けたって、そこは変わらない……【自身形状変化】くらい、高度な魔法でないと…… 変わらないとか何とか……
理解は出来たけれど…… わたしが、そんな大それた存在になるの? 色々と取り込んじゃった魂には、そんな大それた、『魂の器』 が、必要なの? 困惑が困惑を呼び、惧れと慄きが私を包み込んでいるの。 指先が震えているのが判るわ。 手に持った木製のカップの中身に丸い波紋が幾重にも重なっているもの。
「リーナ。 良くお聞きなさい。 貴女の「使命」は何? それに…… 魂の器が変わろうとも、貴女は貴女なのよ? エスカリーナ。 真っ直ぐに自分を見詰めなさい。 貴女を愛しているのは、精霊様方だけでは無いの。 此処に居る私達も、そして、暗闇に没している貴女を、ただただ待ち続けて居る人たちも、皆ね。 貴女が揺らぎ、貴女でなくなったら、彼等や私達の想いは何処に行けばいいの? しっかりなさい!」
魂の避難所……
そして、新たに紡がれる私の魂の器。
そうね……
たとえ、どんな姿形になっても……
私は私。
エスカリーナなんだものね。
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