その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 20

 閑話 森の聖人。 彼の知った獣人達の秘密

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 未だ夜も明けきらぬ森の中。樹々には薄く雪が積もり、あちらこちらで、ドサッ っと、雪が地に落ちる音が聞こえるんだ。 極寒とも云える気温の中、踏みしめる雪の厚みが、冬の到来を私に告げているんだ。 一歩一歩、確かめる様に歩みを繋げるのは、たいそう骨の折れる ” 仕 事 ” 、ではあったが、精霊様のお導きにより、この先に私を必要とする者達が居る事を教えてくれていたから、否応も無い。



 遠く王都ファンダルから東。



 国境の街を越え、更に北上した先に有るのが、私が『試練の場』として望み、遣わされた……




       ――― 居留地の森 ―――




 後背に聖なる森ブルシャトが存在している現在、この「居留地の森」は、獣人族の人々と、人族の者達との戦場と化している。 人族の名は、マグノリア王国人マグノリアン。 私もまた人族ではあるが、彼等とは一線を画している、ファンダリア王国の民ファンダリアン

 神官長パパ様方に請願し、獅子王陛下が御遺志を具現させんが為、この地に来た従僕アコライトユーリ。 それが私だった。 戦端はとうの昔に開かれていた。 マグノリアンは獅子王陛下の御遺志など、無視するかのように、「居留地の森」へと侵攻。 多くの森の民が彼等の国へと連行されて行った。



 男は労働奴隷へと、女は娼婦奴隷へと…… 



 捕縛されたジュバリアン達は、すぐさま奴隷紋を刻まれ、苛まれ、貶められた。 先代国王陛下が御存命の間は、マグノリアンの活動も、闇に紛れる様に極々密やかに行われていた。 しかし、当代様が登極されてから以降、その行動は徐々に大胆になり……

 ついには、一軍を動かすほどの暴虐を始めてしまった。 これでは、兄弟国との ” 約束 ” を、完全に破ったと言わざるを得ない。 そうなのだ。 もう、兄弟国では無いと云う事なのだ。窮状や救援の要請を誇り高いジュバリアンがする訳も無く、さらにファンダリア王国に食い込んだ、マグノリアンの手先共の毒に多くの貴族が冒されて……

 見て見ぬ振りを重ねた。 本来ならば、そんな状況を看過すべきでは無く、直ぐに箴言を以てマグノリア王国の暴虐を止める様に説得するはずの聖堂教会ですら、アイツ等の毒が回っていた。 事情を知らなければ、看過していたのかも知れない。 多くの神官様達が、日々のお勤めに向かわれる大聖堂に掲げられた、精霊様の御徴に、想像神様とやらの彫像が密かに建立されていた事が露見したのは、つい最近の事。

 一重に神官長パパパウレーロ猊下の御身体の調子が悪く…… 第一席枢機卿である、デギンズ枢機卿が、神官長補佐としての権能を用い、そうさせていたのだから……

 デギンズ枢機卿…… 生物学的には私の父親に当たる俗物…… マグノリア王国、統一聖堂の思想に染まり切った、聖堂教会の次席神官長にして、ガングータス=アイン=ファンダリアーナ国王陛下の側近、相談役。 陛下の耳に何を吹き込んだのかは知らないけれど、デギンズ枢機卿の視界には、マグノリア王国と同じく、国王陛下から権能を奪い去るような思想を持っていたと考えられた。

 私は…… この身に貯められる魔力の少なさ故、幼少の時、主家である南部辺境、デギンズ伯爵領に送られた。 その地で…… 本来ならば単なる貴族として生涯を終える筈だった。 しかし、元枢機卿たるフォーバス=ヅゥーイ=デギンズ伯爵閣下には、そんな私に特別な力が宿る事を看破された。

 彼の地にて洗礼を受け、従僕アコライトとしてお勤めを成し、そして、予備助祭の位を授けて頂いたのだ。 使える駒は、誰でも使う父は…… 予備助祭に成った時に、王都に私を戻した。 たしか…… 十歳の時だったか。

 しかし、わたしは、そんな父に途轍もない嫌悪感を感じざるを得ない。 だから、黙っていた。 私の特別な力を。 そう、精霊魔法の術者である事実を。



  ――― 雪がまた、落ちた。



 陽光が樹々の間から差す。 無数の金色の矢が森に打ち込まれる様な景色に目を奪われそうになった。 背負子が肩に食い込む痛みが少しだけ柔らかくなった気がした。


 歩む先を睨みながら、王都での日々を思い出す。



    ^^^^^




 王都では父の眼を掻い潜り、デギンズ伯爵様が願われていた、神官長パパパウレーロ猊下の護衛に着いた。 信仰に生きる為に産れて来たんだ、デギンズ伯爵様の願いは私の願い出も有ったんだ。 精霊様に一心に祈りを捧げ、神官長パパパウレーロ猊下の快癒を願い奉る日々。

 でも、私の祈りでは、精霊様の御力を顕現する事は出来なかった。 思い悩んだ結果、神職に有るまじき事に…… 眩しく感じる女性に、困惑と自身の力の無さを嘆いてしまった。 彼女は…… フルーリー嬢は、優しく私を諫めて下さった。




 ” 祈りは力では無いのですか? ユーリ、貴方なら出来る筈です。 わたくしは、貴方ほど、真摯に祈りを精霊様に捧げられる方を存じ上げません。 それでも尚…… 思い悩まれるならば、わたくしの信奉する薬師様をご紹介しましょう。 ”




 そういって、飛び切りの笑顔を私に下さったんだ。

 でも、そんな悠長にしている時間は無かったんだ。 神官長パパパウレーロ猊下がの御身体はもう…… 藁にも縋る思いでフルーリー嬢に彼女が信頼を寄せる薬師様にご連絡を取って頂いた。 朝早くから、グランクラブ商会に無紋の馬車で向かい、彼女を連れ立って…… 行った先は、薬師院外局の第十三号棟……


 つまり、御紹介して頂けると云うのは……


 私が不注意で、聖堂薬師処の長である兄より、ウーノル殿下に御渡しするように頼まれた菓子に使われている小麦が毒化している事を見抜かれ…… 殿下に近寄る暗殺者を撃退し、その功績をマクシミリアン殿下に御譲りに成られた…… ニトルベインの魔女と、そう言わしめる、ロマンスティカ嬢が御自身から朋友と呼ばわれる……



      アノ…… 



 薬師錬金術士リーナ様だった。 アレには驚いた。 心底驚いた…… 貧民街の小聖堂の秘密の通路にお招きしても、さも当然といった表情だったことも…… 私は詳細は知らされてはいなかったが、どうも、フルーリー嬢は、私同様パウレーロ猊下の御側に付きしだがう、エクスワイヤー枢機卿とも繋ぎを付けて居られたらしい。


 ……なんだか、疎外感を覚えたのは、今となっては秘密だ。



   ^^^^^



 結果、パウレーロ猊下は快癒し、そして、聖堂教会内部はとても…… そう、とても住みやすい、祈りの家に立ち戻った。

 デギンズ枢機卿の息子として…… 謂れのない不躾な視線を浴びた事もある。 しかし、それは、猊下や、エクスワイヤー枢機卿閣下の特別な思召しで、気にも成らなくなっていた。 しかし、父がやらかした事は、かなり重大であり教会の組織としても、その責任の所在は明らかにせねばならない。

 多分…… 父は北部領域へ向かう事に成る。 国王陛下の藩屏として…… 私も同じ家の人間。 あのまま、王都ファンダルに居ていいモノでは無かった。 だから…… 私自身が私として、成す事を考え、精霊様にお祈りを捧げ、そして、『御託宣』を授かった。




 ”私の行く道は、東北の地にあり” と。 ”生きとし生ける者の命と尊厳を護れ” と。




 だから、乞うたのだ。 『試練』を。

 この東北の森に来てから、身体が軽い。 「使命」を得た私は、成すべきを成す為に、全力をもって事に当たる。 王都ファンダルでは有り得なかったほどの荷物を背負い、森の小道を歩き通す。 唯人の私が成せる事は少ない。

 ただ、精霊様の御意思の元、私が成せることを誠実に、誠意をもって成すだけなのだ。





 ガサリ……




 突然、右側の森に敵意と殺気が充満し、そして、消えた。 見つめると一人の屈強な体を持った漢が、朝日差す森の中から進み出て来た。





「人の子の神官。 一人で進むな。 バァサマに叱られるぞ」

「精霊様の御導きに御座います。 この先の秘匿陣地に、傷付きたる森狼族の戦士が数名。 行かねばなりません」

「お前が屠られれば、その者達も精霊様に遠き時の輪に連れていかれるぞ。 判っているのか?」

「それは十分に。 よって、此処に精霊様の護符を」

「そうか…… しかし、奴らも薄々気が付いているのだ。 殺った奴ら…… 神官の衣を纏っていたぞ? あれは…… お前が目的だと、想定できる。 殺さぬまでも、連れ去ろうとしていた」

「……それは……」

「だから、俺が影護衛として、遣わされた。 バァサマに言われてな」

「穴熊族最高の戦士をですか? それは、また……」

「覚えておくがいいぞ。 バァサマはお前を人の子の神官としてではなく、小さき魔術師の友人として迎えられた。 獣人族の為に、ブルシャトの森を浄化して下さった、あの方の朋としてな」

「……薬師錬金術士リーナ様。 また…… あの方に助けられたと云う事でしょうか?」

「ん? そんな名なのか? エスカリーナじゃ無いのか? 小さき魔術師の名は。 バハムート王から、そう聞き及んでいるのだが?」

「エスカリーナ? はて…… あの森を再生されたのは、薬師錬金術士リーナ様だと…… エスカリーナ? えっ、そ、それは、誠ですかッ!! え、エスカリーナ=デ=ドワイアル王女殿下の名なのですかッ!!」

「アッ! い、いや、忘れてくれ。 この名は、口にすべき名では無い。 いや、俺は…… その名を口にする資格すらないのだから……」





 私は、思わず穴熊族最強と呼ばれる戦士に縋りつく様に、言葉を重ねてしまう。 薬師錬金術士リーナ様が、エスカリーナ王女だったなんて…… 




 それから、秘匿陣地に着くまで、必死に穴熊族の戦士に聞くも……

 彼の口からは、何も答えて貰えなかった。

 しかし、この情報は絶対に送る。

 ミレニアムが居るギフリント城塞にも……

 なにより、王城に居られる高貴な方々にも……

 そして、誰よりも彼女の安否に心を痛められている……

 アンネテーナ王太子妃殿下に。







  ―――― でも、その機会が訪れるのは、ずっと先の事だったんだ。





 精霊様に導かれた秘匿陣地に着き、癒しの精霊魔法を展開しているときに、マグノリア国軍の精鋭に襲撃を受けて…… 命からがら、秘匿陣地を脱出した時、僕は……


 ほぼ致命傷とも云える傷を負い……


 半年以上の間、生死の狭間を彷徨う事に成ってしまったから。






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