その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 20

 閑話 ギフリント城塞の修羅

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「すべては、既にご通達致しました通りに御座います」

「それは、どういう意味なのでしょうか、東方辺境域外務官殿?」




 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるのは、ミレニアム=ファウ=ドワイアル子爵。 特例を以て、外務大臣ドワイアル大公の信任を受け、東方辺境、北方領域に位置するギフリント城塞に、外務官職を以て赴任している。 彼は、怜悧な顔に不敵な笑みを浮かべながら、マグノリア王国、王室外務官を相手に背の高い椅子に座ったまま、特別外務官の執務机越しに視線を合わせていた。 



「意味はお分かりかと? 当職は、東方辺境域の外務全般を職務としております。 本領との間での取り決めにより、東方辺境域の外事は全てわたくしに集約されております。 若輩の身なれば、お教え頂く事も多々ありますでしょうが、本領とへの文書、通達、親書は全てわたくしの認可が必要となりました」

「……では、そちらの王城コンクエストム宛にお送りいたしました書面は……」

「全て、私的な書面と云う事で、正式に陛下には届きませんね。 各役所にて、” 処理されている ” と、そう思って頂ければ宜しいでしょう」

「じゅ、重要な書面ですぞ?」

「ならば、尚の事わたくしが目を通さねばなりますまい。 若輩・・とはいえ、わたくしは正式に信任された外務官なのですから。 我が国の陛下に於かれましては、現在北伐の準備に忙しく、外務関連のお話は全てドワイアル大公閣下に集約されております。 また、ドワイアル大公閣下もゲルン=マンティカ連合王国との外交交渉に御心を砕かれておられます。 故に王国の『東方』、『西方』、及び『南方』の辺境域に三名の特別職外務官を派遣されました。 そのうちの一人がわたくし。 ミレニアム=ファウ=ドワイアルに御座います」

「つまりは、子爵が…… ファンダリア王国東方国境を全て・・掌握する外務官で在らせられると?」




 初老のマグノリア王室外務官を前に、ミレニアムは軽く頷く。 初手はミレニアムからだった。 ギフリント城塞に着任し、マグノリア王国に対し特任の外務官が到着した事。 外事関連の連絡は全て、ここギフリント城塞を通す事。 本領、王城コンクエストムに於いて、ミレニアムの承認が無い書面は全て私信として扱われ、高位高官に届く事は無い事。

 対してマグノリア王室外務局の外務官たちは、その通達を最初から無視していた。 常の如く傲岸不遜な彼等は、若干十五歳の小僧の云う事など「真実」ではなく、通常通りの経路を通じ、王城コンクエストムに苦情、陳情、依頼を掛けていた。 

 しかし、その全ての【書状】が高位高官に届く前に、ことごとく ” 処理 ” されてしまっている事に気が付いたのは、ミレニアムが着任してから数週間の後の事だった。 その間にミレニアムから、先々代 ” 獅子王 ” 陛下との約定違反を厳しく問いただす質問状が、マグノリア王国、王都グランマグノリアの王宮外務局に届けられた。



 ――― マグノリア王国、王宮外務局は極めて混乱した。



 それまで、黙認していた、獣人族 ” 居留地の森 ” への侵攻。 獣人族の奴隷を手に入れる為の侵攻を厳しく糾弾するモノだったからだった。 そして、不穏な空気がマグノリア王国西方辺境域南方領域に醸されている。 前代の王に仕えた者達が終結を始め、”蜂起軍”なるモノを編成し、南方各所の軍事集積所を襲っている…… 

 軍関係の貴族達から、悲鳴の様な報告が日々王都グランマグノリアに届けられていた。 その歩みは遅く、未だ鎮圧可能だと、王都の主だった貴族達は楽観していたが、その中に看過できない情報も含まれていた。

 曰く……


 ”蜂起軍”を統べるモノが、白銀の鎧を纏い、腰にマグノリアの聖剣を佩いている。 


 色めきだったのは、外務局の外務官たち。 その装束は言わずもがな、マグノリア王国国王陛下の戦装束でもあったからだ。 彼等の思考の帰結点として浮かび上がるのは唯一人。

 ” マクシミリアン=デノン=ファンダリアーナ ” いや、先代国王陛下の忘れ形見である、マクシミリアン殿下だけで在った。 

 急ぎ、王城コンクエストムに問合せを始め、マクシミリアンの居所を掴む為にあらゆる伝手を使った。 しかし、全ての経路に於ける返信は無く、外務官は仕方なくミレニアムに面会を申し出たのだった。





 ^^^^^




「……口頭にてお話いたしますが、ご興味が在ると思われる、マクシミリアン殿下と公女リリアンネ殿下に於かれましては、王城コンクエストムに於いて恙なくお暮しに成っておられます。 北伐の準備もあり、王族の方々に万が一の事態が発生する可能性も鑑み、王城奥深くにてお暮しに成っておられます由」

「そ、そうなのですか? で、では、我ら外務官が王城コンクエストムに向かい……」

「ファンダリアの警備に御不審が有るのでしょうか? これは、これは…… いやはや、なんとも…… 公女リリアンネ殿下よりの書状は、定期的に王都グランマグノリアに送れて居られると仄聞致しますが? それでも尚、そう云われるのですか?」

「い、いや、それは……」

「それにしても、今更わたくしに面会希望とは。 それで、わたくしの質問状に関してのお応えを頂きたいものですね」




 ミレニアムの視線が冷たく凍る。 フファンダリア王国東部辺境域に於ける、マグノリア兵の度重なる侵入、王国では禁止されている奴隷商人の跋扈、そして、「居留地の森」に於ける軍事作戦の説明。 どれを取ってしても、まともな説明が付かない外務局の初老の外務官。

 冷や汗が額に浮かぶ。 その様子を冷え冷えとした視線で見つめるミレニアム。




「……貴国よりの問い合わせの件につきましては、貴国から当職にあった、『 正式な質問状 』と言う形で、本日、只今から本国に問い合わせ致しましょう。 ……まずは中位の者達に。 しかし、我が国からの問い合わている件つきましたは、どうなっておりますでしょうか? 先日正式な 『 質問状 』 として本職より問い合わせ致しました筈です。 改めて、本職より 『 質問状 』 を、通知しなくてはならぬのでしょうか? ……これらの件に関しましては、わたくし ” 特務外務官、ドワイアル子爵 ” が専任とされております。 我が国からの、” 問合せ ” の件に関しましては、” 友好国 ” の 『信義』を揺るがす様な行動は御慎み下さるよう、” 要望 ” 致しますが、如何か?」

「お、御言葉に御座いますが、これはマグノリア国内の内政に関する事柄。 いかな友好国と云えども、掣肘は ” 内政干渉 ” に当たると鑑みます」

「左様に御座いますか。 では、此方も状況に対応した即応体制を整えなければなりますまい。 そちらが、条約を無視し ” 内政 ” と云われるのであれば、此方も相応の対応を迫られると云う事なりますでしょうね。 まずは、膨大な取引が行われている「小麦」を含む物資の移動制限からとなりますでしょう」

「なっ! それは、横暴に御座います」

「対価の支払いが滞っております。 売買が成立していないと、財務よりお叱りを受けております。 ”奴隷”は対価には含まれません。 ファンダリアの国法に記載されております。 また、仄聞するに、南方で莫大な軍の編成が発令されているようですね。 そちらの南方諸国より、懸念が我がファンダリアにも伝えられ居ります。 この事に関して言えば、誠、そちらの ” 内政 ” ですので、わたくしからは、なんともご返答も出来ずに居ります。 すべて、” グランマグノリアにお問い合わせして頂きたい ” とご返答申し上げている次第。 同じく仄聞するに、貴国の商務、財務の官僚の方々に於かれましては、貴方と同じく、ファンダリア本領、王城コンクエストムに多々『書状』を送られても居ると。 わたくしも、興味が御座います。 わたくしと云う、” 特務外務官 ” を、無視した貴国の官僚の方々 そして、国力を無視した貴国の兵員の動員についてですが……」




 さらに冷たさを増したミレニアムの視線。 その視線に射すくめられた初老の外務官は口を閉ざさるを得なかった。 侮り、無視し得る特任外務官との認識が崩れた。 


 ” こいつ…… どこまで、何を知っている? 業腹だが、統一聖堂の坊主に頼んで、ファンダリアの内情を…… ”


 と、そこまで思った時だった。 ミレニアムが、思案深けに口を開く。




「ファンダリア在中の統一聖堂の聖職者様方に於かれては、近々マグノリアの聖堂に御帰還されるとの事でしたね、そう云えば。 我が国の聖堂教会が、” 精霊様への信仰を否定する者達の居る場所は無い ” との 神官長パパパウレーロ猊下の宣下が御座いました。 時に外務官殿…… 統一聖堂は、精霊様への信仰を御捨てに成ったので御座いましょうか? 由々しき事態に御座いますね」




 額から滑り落ちる冷や汗。 流したのは初老の外務官。 顎に筆記具を握った手を当てたミレニアム。 その怜悧な表情は、まるで感情を浮かべない。 冷ややかな視線を初老の外務官に向けたまま、おもむろに言葉を紡ぎ出す。




「……外は寒く御座います。 お帰りの際には、十分にお気を付けて。 次回、おいでになる時には、是非とも御答えを携えて頂きますよう、心よりお願い申し上げます。 ……外務官殿はお帰りの様だ。 お見送りを」




 クルリと椅子を回し、背凭れだけが初老の外務官の視界に入る。 交渉は決裂。 何の進展も無く、追い込まれる。

 ” こ、小僧…… 憶えておけッ! ”

 握りしめる拳が震え、怒りに視界が赤く染まる。 そんな彼に追い討つ言葉が一つ。




「舐めるな、マグノリアの民マグノリアン。 眠れる獅子王太子殿下の尾を踏んだ事、後悔しても遅すぎる。 とっとと、巣に帰れ」




 冷たく感情の籠らない声。 初老の外務官は心に決めた。 何としても、排除してやると。 只では殺さない。 少なくとも自分に許しを乞わせるまでは、生きながらにして、死ぬことを乞わせるまでは……

 ふと表情が緩み、慇懃に頭を垂れた初老の外務官。



「では、また・・



 下げた頭の下で、狡猾な表情が浮かび上がる。 ” 暗殺部隊に指令を下す準備を整えねば ” と、緩く、暗く、ほくそ笑んでいた。




 ^^^^^^




「ミレニアム様。 遣り過ぎでは?」

「遅いくらいだ。 セバスティアン、あの外務官…… グランマグノリアに帰還できると思うか?」

「………………御意に」




 セバスティアンと呼ばれた、ドワイアル大公家から付き従った、ドワイアル大公家の家令。 ミレニアムが無理を通し、ドワイアル大公から毟り取った、『眺訊ちょうじんの長き手』の前長官。

 彼はミレニアムが発した言葉を過たず理解する。





 ” あの男…… また、直ぐにミレニアム様に会う事に成るか…… 物言わぬ骸としてか…… それとも、死を乞う程に痛めつけられてか…… 毒蛇の子は修羅か…… 誠、ドワイアルの血は恐ろしきモノよ…… ニトルベインの魔女が眷属も居る。 『月夜の瞳』も既に展開済み。 ならば、私の成すべきは……”




 深く首を下げ、ミレニアムに忠誠を誓う。

 その様子を視界の傍らに収めたミレニアム。 心の内でそっと呟く。







 ” マクシミリアン殿下。 毒蛇の幾疋どくだのいくひきは喰らいましょう。 修羅の悪鬼が喰らうが如く。 しかし時間は限られているのです。 一年。 そう一年限りです、殿下。 ユーリ、君にも大変な役割を担って貰っています。 生き残って下さい。 そして、また、顔を見せて下さい。 お願いします。 王太子殿下……。 ウーノル殿下。 今にして思う事が有るのです。 この場に…… この薄汚れた場所に、薬師リーナが居てくれればと。 心より、あの方が北方に向かわれた事、残念に思います。 この場所には…… ファンダリア東部辺境域と、「居留地の森」には、切実に、本当に切実に ” 癒し ” が、必要なのですから”






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