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断章 20
閑話 暴虐王の萌芽
しおりを挟む丘の上の大天幕の前に立った三人の漢達。 遠くに移動するマグノリア蜂起軍の兵達を望む。 大天幕の周囲には獣人族の兵が詰め、警戒を張り巡らせていた。 中心に居る人物は、白銀の鎧と兜を被る少年とも云える人物。
少年の名は、マクシミリアン=デノン=マグノリア。
マグノリア王国の正当な後継者と云うべき立場の人物。 ファンダリア王国に於いて大切に育だてられていたはずのマグノリアの第一王子。 亡命にも近い形で、幼少の頃にファンダリア王国に向かった、正当なマグノリア王国の王位継承権者。
公式にはファンダリア王国、王都ファンダルの王城コンクエストム内で養育されている彼が、マグノリア王国西部辺境域に、その身を置いている。
” マグノリア王権の奪還 ”
その作戦が始動したのは、三週間前の事。 闇に紛れ、民に身を窶し、小隊編成でマグノリア王国に浸透侵攻を開始したのは、マクシミリアンに付けられた第四四師団の面々。
ファンダリア王国、ウーノル王太子より示された期限は三ヵ年。 その期間の間にすべてを掌握するべく、マクシミリアンは動き始めた。
^^^^^
彼の白銀の兜には、面体が取り付けている。 そのため、彼の表情は伺い知れない。 すぐ傍に侍る漢たち。 黒衣に身を包み静かに佇んでいた。 その数、二人。
小さく言葉を吐き出したのは、黒衣の人物の内の小柄な一人。
「兵は云われた通りの数、集まっておりますが、如何か師団長卿」
「烏合の衆ですな。 農民に装備武具を渡し、それらしく見せているのでしょう。 まず、戦闘力など期待できません。 マグノリアの正規兵相手に一戦あれば、半数は打ち取られ、半数は逃散しましょうな」
「その評価は、第四軍の練兵基準ですか?」
「現在のファンダリア王国軍の基準に御座います。 随分と様変わりは致しましたが……」
細く目を細めて兵達を睥睨した、略式軍装に身を包んだ、将校の威厳が滲み出している漢。
このマグノリアの正規兵でも、まして蜂起軍でもないこの男は、マクシミリアンに三年の期限を以て付き従う事を、ファンダリア王国、ウーノル王太子に命じられた、第四軍第四師団の元副師団長。
勅命をもって特任とされ、マクシミリアンの側に立つ、第44師団の師団長。 急遽師団長に任命されても、周囲からの納得を得た漢。
―――― グスタフ=ノリス=アントワーヌ子爵 だった。
アントワーヌ子爵は、鷹の目の様に鋭い視線を、緩慢に動く蜂起軍に投げ遣りながら、呟くように嘯く。
「これでは、戦に成りますまい。 相手は、なんと言ってもマグノリア正規兵。 最初から無理があるのでは?」
「この地で蜂起した貴族共は、そうは考えないでしょうね。 戦は数と。 それに、あの者達には ” 肉の壁 ”が在ったからね。 戦死する事になんら痛痒を感じない存在……」
「奴隷兵…… ” 獣人族兵 ” ですか。 全く…… なんて事だ」
「まさしく、御言葉の通り。 しかし、それは ” 取り上げ ” ました。 さて…… あやつら、どう出るか。 見物では御座いますね。 『肉の壁』無しに何処まで善戦出来るのやら」
白銀の兜の少年から、言葉が紡がれる。 兵達を見つつ、その声は断固として、冷たく硬く…… 零れる言葉には、嫌悪が滲み出していた。 叔父を玉座から叩き出す事を心に決めた彼は、当然の様に ” 修羅 ” の道を歩む事を知っていた。
「烏合の衆は、当てにはしないよ。 私に忠誠を誓った、獣人兵達と、王太子殿下が特にと付けて下さった、” 貴方達 ” が、いてくれればそれでよい。 今はまだ、そのくらいしか信用に値する者は居ない。 ところで、獣人兵達の家族や、大切な者達はファンダリア王国に送ったか?」
「はい。 輜重隊の荷に紛れ込ませました。 こちらに媚を売ってきた、主だった奴隷商人共は斬って捨て、彼らの持つ『契約書』は焼き捨てました。 王宮魔導院より、奴隷紋の開放術式を刻み込んだ、羊皮紙と魔石を支給されておりますので、彼らの奴隷紋はすべて廃却し…… ファンダリアのルートを用い、『居留地の森』に送り届けております。 彼の地から、ブルシャトの森への移送も順調と…… そう報告に在ります」
「今回の蜂起軍に従軍した、獣人族に関して言えば、ほぼ全員の関係者を解き放てたと考えても良いのか?」
「……半数でしょう。 いまだ、奴隷経済はマグノリアに深く根差しております故」
「…………そうか」
白銀の兜のしたから溜息が漏れる。 犯罪奴隷ならまだしも、他の国から攫ってきた者を奴隷として扱う事は何とも許しがたい。 階層社会なのは理解できる。 が、その階層を家宅固定するような事は、国力の増大を望むのであれば失政と云える。 人が人を差別する心を増長させる事に他ならない。
マクシミリアンの溜息は、まだまだ、先は長いと感じていた事の証左。 その声に反応するのは、黒衣の少年。
「殿下。 公女リリアンネ様を、前宰相閣下 エスポワール=ハイデ=シュバルツァー侯爵様の元に御返しに成ったのは…… その……」
「……獅子身中に虫はいらない。 隠密浸透を行うとそう明言し、第四師団の各部隊も小隊単位をもって、商人や工人を偽装してマグノリアに入国したにもかかわらず、私の位置を掴んだシュバルツァー侯爵閣下の『手の者』が、入国直後に接触してきた。 まぁ、リリアンネ嬢が一緒に行動していれば、当然とも云える。 その挙句、蜂起軍の旗頭にと……懇願する始末。 公女リリアンネの取り巻きもまた賛同の意を顕わにする。 ……馬鹿げているな」
「では……」
「拙速を以て、王都を目指すのが今の私に出来る最良の手。 早速だが、アンソニー。 お前には私の影となり、表に立ってもらう。 あいつらの思惑を逆手に取る。 反乱総軍が忠誠を誓う対象として、あいつらの愚行に付き合ってもらいたい」
「わたくしは…… お側を離れる事に成るのですか?」
「済まぬ。 だが、必要な事だ。 私の自由な行動を担保する為に、お前の行動を縛る事に成るのは心苦しい。 更に、第四四師団の大半の兵を私が使う。 アンソニー…… 君には獣人族の戦士を付ける」
「殿下…… 無理は承知です。 この国の蜂起軍には、この事は伏せ、わたくしが旗頭となり、正規兵を誘引いたします」
「……理解してくれたか。 ……頼めるか?」
「勿論に御座います。 王都グランマグノリアにてお会いしましょう。 そして、全てを殿下の手中に。 お飾りの王と成る事は、何としても避けねばなりますまい。 ウーノル殿下とのお約束も御座います。 そして、なにより、本当の国王陛下と成る為には……」
「屍山血河はもとより、『暴虐の王』の誹りすら受け入れるよ。 国体を維持し、民の平穏を望むのであればな。 父、先のマグノリア国王陛下が夢見られた、そんな国を創る為には、誰かが成さねばならぬ事。 マグノリア王家の血筋は、叔父が沢山作ってくれた。 よって、私の後継は必要ない。 国を想い、民を慈しむ者が王家を継げばよいのだから」
「殿下……」
「血塗られ、非難されるだけの国王は、私が引き受けよう。 だが、未来の事は何も決定していない。 今はただ、前を見据えるだけだ。 アンソニー。 すまぬが付き合ってもらう」
「御意に。 アントワーヌ子爵…… いいえ、第四四師団長閣下。 殿下を御頼み申します」
深々と頭を下げ、懇願するような響きすら 彼の声に滲む。 その様子をジッと伺っていたアントワーヌ子爵は、苦い笑みをその相貌に浮かべつつ、言葉を紡ぎ出す。
「……御意に。 殿下はこの『蜂起軍』と行動を別にされ、何処へ向かわれますか?」
「マグノリア王都。 グランマグノリア。 すべての元凶はあの場所にある。 アンソニーと、獣人族の戦士たちには華々しく戦ってもらい、マグノリア正規軍を引き付けてもらう。 勿論、蜂起軍の旗頭として。 北部、居留地の森から正規軍を引き抜ける処まで行けば、望外の結果となる。 南方領域の蜂起軍は、それほどの戦闘力を有していないが、数は膨大となろうしな。 判っているとは思うが、獣人族奴隷兵に関しては……」
「出来るだけ解放致します。 更に共に戦う意思を見せる戦士たちは、わたくしが直接指揮を致します」
「……マグノリアの旧勢力に牙を剥けと…… そう唆すか? ならば、許可しよう」
「御意に。 ――― それが、新しいマグノリアの礎となりましょうから」
アンソニーの双眸が暗く輝く。 マクシミリアンの心の奥深くにある、” 復讐心 ” は、何も現マグノリア国王に対するモノだけでは無い。 その事を誰よりも良く知るアンソニーは、マクシミリアンの心中を代弁するかの様に嘯く。
「殿下の治世。 殿下が目指される世。 その志を理解する者が、この国に何人居りましょうか? すべてを叩きつぶし、再構築する。 で、御座いましょう?」
「アンソニー…… やらねば、この国は世界から…… 精霊様から見放されてしまうからな。 今は拙速を以て事に当たる。 速度は、特任外務官ミレニアム=ファウ=ドワイアル子爵が何よりも望むモノだからね。 更に言えば、居留地の森にて奮戦している 従僕ユーリの負担も軽減出来る。 皆、戦略概要を明示する。 大天幕に戻ろう」
「「御意に」」
荒野に風が吹く。 冷たい風だった。 はためく大天幕を目指し、アンソニー、アントワーヌ、そして、マクシミリアンは歩みを向けた。 ちらりと視線を荒野に蠢く蜂起軍の兵士と指揮官達に向ける。 彼の心の中で呟く。
” ――― 恩賞も名誉も無い、血と泥をかぶり続ける戦いに成る。 それでも尚、マグノリアの未来の為に戦う意思のある兵が、如何ほど残る事になるか。 血塗られし私の覇道の最初の『生贄』になる彼等。 少しでも被害が抑えられる事を、精霊様に深く祈る事しか出来ない。 マグノリアの赤子達…… 無力な私を許せ ――― ”
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