その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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薬師リーナ 西へ……

瞬間と永遠の狭間 (2)

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” あ”あ”あ”…… ”





 聖女様の様子がおかしい。

 何かがおかしい……

 聖女様の体内では確実に『異界の魔力』が分解されている筈なのに、さっきから一向に魔方陣が浮かび上がる様子が無いの。 なにかに…… 分解が阻害されている様な気もする。 魔方陣を維持するための必要魔力量が一段と増しているのですもの。 

 髪に貯めてあった魔力も開放し始めているし、色々展開していた、私自身に掛けている魔方陣も次々に停止していったの。


   ――― これは、確実に…… 何かある。


 意思の力は強大なの。 それこそ、無限の可能性が内包されているわ。 だからこそ、あまり知られていない、『聖』属性の方の意思の力は、それこそ未知の領域に分類されるわ。 『光』や『闇』の属性同様にね。

 だからこそ、確実に 『何』が起こっているかを判断しなくては成らないわ。 聖女様を抑えて下さるピールさんに一瞥を投げるの。




 ” 押さえておいてくださいね ”

 ” 勿論。 でも何を成さるのでしょうか? 危険な事は、なされないでしょうね ”

 ” 大丈夫。 成すべきを成すだけだから ”




 視線での遣り取り。 そんな気配を敏感に察知するのは、この部屋の中で唯一の男性。 そう、ラムソンさんだけ。 何が有っても私の傍を離れない彼。 だから、皆も諦めて、この部屋に居る事を許容しているの。 まぁ、司祭様は最後まで不審げな目で見られていたけれど…… 見た目少年の様だしね。 

 怪訝な表情を浮かべながら、ラムソンさんが私の問うの。



「リーナ、何かするのか?」

「ええ、ラムソンさん。 成すべきを成します」

「…………必ず帰ってこい。 さもなくば、俺がシルフィーに殺される」

「ふふふ…… そうですね。 判っています。 彼女には私から事情を説明しますから、大丈夫ですよ」

「どこまで信用して良い言葉なのか…… 精霊様の御導きなんだろ?」

「ええ、その通りですわよ。 だから、行かねばなりません」

「理解した。 もしもの場合は引き剥がすぞ」

「ええ、もしもの時は…… お願いします」




 私をよく理解してくれているラムソンさんらしい言葉ね。 さぁ、俄然やる気がわいてきたわ。 手に【完全鑑定】の魔方陣を編み、彼女に近寄るの。 真っ赤に充血した目が私を睨みつけるの。 手足をバタつかせ、ピールさんの拘束を解こうと試みているわ。

 私が掛けた、あれほどの【鎮静】の魔方陣を破り、こうして抵抗するのは、相当なモノなのよ……

 いったい何が、起こっているというの?




「あ” あ” 悪魔めッ! 立ち去れッ! この世に生きとし生ける者を穢さんとするお前たちを、私は許さない。 この命ある限り…… あの方の様に、疲れ傷つき倒れようとも…… 癒し、救い、助け、護らんッ!」




 ……聖女様、私の事が『異界の魔物』に見えているのね。 そうか、魔力回復回路に入り込んだ、『異界の魔力』が彼女の人格を変質させ、さらに【身体大変容メタモルフォーゼ】を引き起こしつつあるんだもの……

 視界があちら側に引きずられているのも、理解できるわ。

 そっと彼女の額に手を載せる。

 目の上にその手を下げ、視線をさえぎりり、【完全鑑定】の魔方陣を起動するの。 彼女の様態が手に取るように理解できるわ。 体内にある彼女本来の魔力が轟々と流れ、その量に圧倒されるの。 聖女様の在りようとは、なんと神々しい物か……

 あちこちに干渉している「異界の魔力」 特に視界なんかの感覚知覚系統に顕著にその影響が出ていたわ。 ……【鎮静】の魔方陣を破るくらいに強力に、そして、魔方陣の隙を見つける程に精緻に……



   ――― 空いている左手に【解呪】の魔方陣を紡ぐ。 



 こうなったら、直接感覚知覚系統を叩くしかないわ。 あまりにも強力な聖女様の意思。 正常な感覚を取り戻してもらわないと…… 今、戦うべき相手を正確に理解してもらわないと、彼女の意思の力で、私の魔方陣が押し戻されてしまうわ。

 紡ぎ出した魔方陣に魔力を注ぎ、視覚を含む感覚知覚系統を昇華していくの……





「やめろぉぉッ! 悪魔め!! 私に触れるなぁぁぁぁぁぁ! 惑わすなぁぁぁぁ!! …………こ、此処まで戦って…… 矜持と誇りを掛けて…… あの方に近づくために…… それなのに…… こ、ここ…… ここまでなの…… ならば、私を惑わす悪魔と諸共ッ!!」




  いっ…… いけない……


     聖女様……



         ダメぇぇぇ!!



 そんなにも激しく、貴女の魔力回復回路を回したら…… 回路を暴走させたらぁぁ!!







        ” 魔力暴走 ” が、起こってしまう…………






 諸共に? そ、そんなぁ…… じ、自爆する御積りなのですかッ!!!!!






 とっさに編み出すのは、最大級の魔方陣。 私に出来る事と云えば、彼女の魔力を霧散できる魔方陣を編むこと。 かつて赤のナグナルとの戦いで使ったアレ…… でも、彼女の属性が違い過ぎる。 その上、膨大な魔力量ッ 私だけの力では…… 間に合わないッ!!





” ホワテルッ! ブラウニーッ! レディッシュッ!! 力を!! 私に、力をッ!! 助力嘆願しますッ!! ” 




「緊急発動! 我、エスカリーナが命ずる! 天におわす神の名において、その御手先の精霊様の御力の助けを借り、今編み紡ぐは、極大魔法! 天と地と精霊の聖名に置いて、此処に術式を完成せん! 【魔力昇華マジックドレイン】 発動!!」








 地上に太陽が落ちたかと思われる爆光の中……






 私は一心に聖女様を見つめ続けていたの……






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