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薬師リーナ 西へ……
異界の魔物 その根源たるは……
しおりを挟む魔猪の状態には特徴的なモノが有ったわ。
ええ、とても、特異な状態なの。 生物としての、魔猪はこの世界の理に縛られている。 だから、臓器や筋肉、骨格は全く変わりないの。 でも、大きく違う所があったわ。
魔力辺縁系と魔力回復回路。
臓器としての、魔力回復回路は既にこの世界の理から逸脱していたの。 纏う魔力は「異界の魔力」 普通の魔猪が纏う【身体強化】を、この変異した魔猪も纏っていたの。 だけど、その強度が問題に成るわ。 「異界の魔力」には、特性が有ってね…… 強くその特性を引き出しているのよ。
特性…… この世界の魔力が、「異界の魔力」に置き換わった時に発現する、トンデモナイ特性は、使用している『魔法』の強度が三倍増しになる事。 いいえ、最低三倍になるって云えるの。 ナジールさんの精霊魔法…… よく止めたわよ、この魔猪の突進を……
筋肉に纏う【身体強化】を、【完全鑑定】して、判った事なの。 ミチミチと筋肉がその最大能力を上回る様な力を発揮しているの。 それが故に…… この世界の理から脱せずにいる、魔猪の足の筋肉は、あちこち断裂して、分厚い毛皮の下で、出血していた。
「一度、【魔力変換】を試してみます」
「あまり近寄られえては…… 少々気がかりです。 あの魔猪の戦意は、衰えておりません」
「ええ、理解しているわ。 少し距離を置いて、術式を打ち込んでみます」
シルフィーの警句は本当の事。 此処まで束縛されれば、普通の魔猪ならば、大人しくなるもの。 戦意を顕わに、ブヒブヒ云っているのは最初だけ。 敵わないとなれば、さっさと逃げ出す、基本的には臆病な生き物のはずだもの。
でも目の前のこの変異体は、そんな様子は全くない。
手に紡ぎ出している、【魔力変換】の術式を、ある程度の距離から投擲して打ち込むの。 四肢を拘束されてはいても、その挙動には十分な注意が必要だもの。 頭を振ってくれば、危険な牙が下から救い上げる様に、私の身体を貫くわ。
撃ち込まれた、【魔力変換術式】。 起動魔方陣付きだから、詠唱せずとも、既に起動はしている筈。
そう、” 筈 ” なのよ。
でも、その魔猪の魔力…… 一向に変換している感じを受けないの。 苦し気に身を捩らせはしているのだけれど…… どうも、変換された魔力を、再度、魔力回復回路内で再変換しているみたいなの。 もう既に、その事からも、重度の【身体大変容】を成していると、そう理解できた。
「埒が明きませんね…… これでは……」
「もはや呪いの様ですね、リーナ様」
――― 呪い?
そうね…… 呪い…… あながち間違っていないわ。 「厭魅の呪法」ですか…… フルーリー様に掛けられていたモノを思い出したわ。 でも…… アレでもこの世の理の内側の呪法なんだけど…… あっ! そうか…… 【解呪】使ったじゃない。 あちら側の魔法が具現しているモノには、基本的に【解呪】が効いたんだっけ!!
そうとなれば、一つの合同術式して、色々と重ね合わせた、アレを使うべきなのかしらね。
ブルシャトの森で使った、 【聖浄浄化】の術式。 あの時は、魔力枯渇寸前で、シュトカーナに助けて貰たわよね。 それに、あの時はまだ、魔力変換術式も今ほど完成された物じゃ無かったし、【解呪】に関しても、甚だ不完全なモノでしか無かったわ。
でも、時間を掛けて見直し組み立て直し、異界の法理を読み解いて、理解した結果……
今じゃ、相当精巧な術式を編めるようになっているのだもの。 おばば様に教えて貰った、対 ” 穢れ ” 用のこの、【聖浄浄化】と、私のが咄嗟に思いついた、異界の魔法を分解する【解呪】 組み合わせて、一つの術式に纏めたのよ。
それが、” アレ ” なの。
私の『切り札』とも云える、『魔法』 術の名前は付けていないわ。 ただ、” アレ ” と、だけしかね。 だって、本来あってはいけない、異界の魔法の法理を元に組上げてあるのですもの。 それに、これは誰にも…… たとえおばば様にも、お伝えするつもりは無いわ。
大召喚魔方陣を分解昇華する為にのみ、私が極秘で開発したモノですもの。 使い方ひとつで、人の世の理を壊す事に成るかもしれない程に、危険な代物なのよ。 ここで使ってよいモノやら、その判断は付きかねるのだけど…… 異界の魔力に汚染され侵食されたこの魔獣の、この世界の理とかけ離れた部分を排除する為には、限定的ながら、アレを使うしか方法は無さそう。
単に殺して分解するだけなら、多分【解呪】だけで、どうにか出来ると思うし、この後、護衛隊の皆さんの武器に、魔力変換術式を組み込んだ、【解呪】を符呪する事に成ると思うわ。 そうする事によって、異界の魔力に汚染された、魔獣や魔物に対して、特効を持つ武具になる筈だもの。
でも、今回は調査目的も有るの。 どの様に【身体大変容】が進行したのかも理解する必要があるわ。 その為には、生きたまま、穢れを浄化しないと、残ったモノを見てみないと…… 判らないもの。
” アレ ” の使用に関し、私は、私自身に許可を与える。
言葉では無く、思念によって封印していた、特別な ” 記憶 ” の扉を開ける。 思念により、バラバラに分割して、記憶していた、アレを再構成し指先から私の魔力で紡ぎ出す。 赤黒い魔力が、空間に複雑で精緻な魔法術式を描き、魔魔方陣を完成させたの。
「発動、そして、投射……」
静かに…… そう、心を静めて、殊更に平常心を以て、術式の大きさを極小に固定しつつ、魔猪にむかって投げつけるの。 ふわりと、魔猪に向かって飛び、そして、命中。
術式は、大きな体に当たり、潜り込む様に毛皮の内側に消えるの。
時が止まったかの様な静寂が訪れる。
あれだけ暴れていた魔猪が、その動きを止める。
四肢を泥濘が固まった、岩よりも固い地面に固定された魔猪。
黒光りする牙が付き出す、涎が滴る口。
意思が既に拡散してしまったかのような、虚ろな紅い瞳。
泥で毛皮が固まってしまったかのような、突き出た耳。
そんな身体の要所要所の、” 穿たれた穴 ” から、光の粒が漏れ出した。
キラキラと光る光の粒は、ゆらゆらと揺らめきながら、高い冬の空へと昇華して行く。
ゆっくりと…… 巨大な体が傾ぎ…… そして、地響きと共に崩れ落ちた。 浅い息を吐き出す魔猪には、既に戦闘意欲も敵意も何もなく。 ただ、ただ、臆病で弱弱しい姿を私達に曝け出していた。 身体から漏れ出る、「異界の魔力」は既に無く。 見知った、普通の…… この世界の理の中に生きて来た、魔猪が……
――― そこに横たわっていた。
【詳細鑑定】を掛ける。 ザックリとした、今の魔猪の状態を診る。 その身体に変化は無い。 ただ、ただ、弱っていただけだった。 もっと深く観察する為に、眼に張り付けてある、制限付きの【鑑定】眼から、全ての制限を解除するの。
すぅっと、視界が晴れる。
多分…… とても澄み切った、群青色の瞳に成っている筈ね。 視界の中に思わぬモノが映り込んだの。
魔猪の身体から、魔力経路と、魔力回復回路が消失している事が……
診て取れたの。
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