その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
536 / 714
薬師リーナ 西へ……

異界の魔物 その根源たるは……

しおりを挟む


 魔猪の状態には特徴的なモノが有ったわ。

 ええ、とても、特異な状態なの。 生物としての、魔猪はこの世界の理に縛られている。 だから、臓器や筋肉、骨格は全く変わりないの。 でも、大きく違う所があったわ。

 魔力辺縁系と魔力回復回路。

 臓器としての、魔力回復回路は既にこの世界の理から逸脱していたの。 纏う魔力は「異界の魔力」 普通の魔猪が纏う【身体強化】を、この変異した魔猪も纏っていたの。 だけど、その強度が問題に成るわ。 「異界の魔力」には、特性が有ってね…… 強くその特性を引き出しているのよ。

 特性…… この世界の魔力が、「異界の魔力」に置き換わった時に発現する、トンデモナイ特性は、使用している『魔法』の強度が三倍増しになる事。 いいえ、最低三倍になるって云えるの。 ナジールさんの精霊魔法…… よく止めたわよ、この魔猪の突進を……

 筋肉に纏う【身体強化】を、【完全鑑定】して、判った事なの。 ミチミチと筋肉がその最大能力を上回る様な力を発揮しているの。 それが故に…… この世界の理から脱せずにいる、魔猪の足の筋肉は、あちこち断裂して、分厚い毛皮の下で、出血していた。 

 

「一度、【魔力変換】を試してみます」

「あまり近寄られえては…… 少々気がかりです。 あの魔猪の戦意は、衰えておりません」

「ええ、理解しているわ。 少し距離を置いて、術式を打ち込んでみます」



 シルフィーの警句は本当の事。 此処まで束縛されれば、普通の魔猪ならば、大人しくなるもの。 戦意を顕わに、ブヒブヒ云っているのは最初だけ。 敵わないとなれば、さっさと逃げ出す、基本的には臆病な生き物のはずだもの。

 でも目の前のこの変異体は、そんな様子は全くない。

 手に紡ぎ出している、【魔力変換】の術式を、ある程度の距離から投擲して打ち込むの。 四肢を拘束されてはいても、その挙動には十分な注意が必要だもの。 頭を振ってくれば、危険な牙が下から救い上げる様に、私の身体を貫くわ。

 撃ち込まれた、【魔力変換術式】。 起動魔方陣付きだから、詠唱せずとも、既に起動はしている筈。 


 そう、” 筈 ” なのよ。


 でも、その魔猪の魔力…… 一向に変換している感じを受けないの。 苦し気に身を捩らせはしているのだけれど…… どうも、変換された魔力を、再度、魔力回復回路内で再変換しているみたいなの。 もう既に、その事からも、重度の【身体大変容メタモルフォーゼ】を成していると、そう理解できた。




「埒が明きませんね…… これでは……」

「もはや呪いの様ですね、リーナ様」




   ――― 呪い?

 そうね…… 呪い…… あながち間違っていないわ。 「厭魅の呪法」ですか…… フルーリー様に掛けられていたモノを思い出したわ。 でも…… アレでもこの世の理の内側の呪法なんだけど…… あっ! そうか…… 【解呪】使ったじゃない。 あちら側の魔法が具現しているモノには、基本的に【解呪】が効いたんだっけ!!

 そうとなれば、一つの合同術式して、色々と重ね合わせた、アレを使うべきなのかしらね。

 ブルシャトの森で使った、 【聖浄浄化メンダリクピュリファリオン】の術式。 あの時は、魔力枯渇寸前で、シュトカーナに助けて貰たわよね。 それに、あの時はまだ、魔力変換術式も今ほど完成された物じゃ無かったし、【解呪】に関しても、甚だ不完全なモノでしか無かったわ。

 でも、時間を掛けて見直し組み立て直し、異界の法理を読み解いて、理解した結果……

 今じゃ、相当精巧な術式を編めるようになっているのだもの。 おばば様に教えて貰った、対 ” 穢れ ” 用のこの、【聖浄浄化メンダリクピュリファリオン】と、私のが咄嗟に思いついた、異界の魔法を分解する【解呪】 組み合わせて、一つの術式に纏めたのよ。


 それが、” アレ ” なの。


 私の『切り札』とも云える、『魔法』 術の名前は付けていないわ。 ただ、” アレ ” と、だけしかね。 だって、本来あってはいけない、異界の魔法の法理を元に組上げてあるのですもの。 それに、これは誰にも…… たとえおばば様にも、お伝えするつもりは無いわ。

 大召喚魔方陣を分解昇華する為にのみ、私が極秘で開発したモノですもの。 使い方ひとつで、人の世の理を壊す事に成るかもしれない程に、危険な代物なのよ。 ここで使ってよいモノやら、その判断は付きかねるのだけど…… 異界の魔力に汚染され侵食されたこの魔獣の、この世界の理とかけ離れた部分を排除する為には、限定的ながら、アレを使うしか方法は無さそう。

 単に殺して分解するだけなら、多分【解呪】だけで、どうにか出来ると思うし、この後、護衛隊の皆さんの武器に、魔力変換術式を組み込んだ、【解呪】を符呪する事に成ると思うわ。 そうする事によって、異界の魔力に汚染された、魔獣や魔物に対して、特効を持つ武具になる筈だもの。

 でも、今回は調査目的も有るの。 どの様に【身体大変容メタモルフォーゼ】が進行したのかも理解する必要があるわ。 その為には、生きたまま、穢れを浄化しないと、残ったモノを見てみないと…… 判らないもの。


 ” アレ ” の使用に関し、私は、私自身に許可を与える。 


 言葉では無く、思念によって封印していた、特別な ” 記憶 ” の扉を開ける。 思念により、バラバラに分割して、記憶していた、アレを再構成し指先から私の魔力で紡ぎ出す。 赤黒い魔力が、空間に複雑で精緻な魔法術式を描き、魔魔方陣を完成させたの。



「発動、そして、投射……」



 静かに…… そう、心を静めて、殊更に平常心を以て、術式の大きさを極小に固定しつつ、魔猪にむかって投げつけるの。 ふわりと、魔猪に向かって飛び、そして、命中。



 術式は、大きな体に当たり、潜り込む様に毛皮の内側に消えるの。

 時が止まったかの様な静寂が訪れる。

 あれだけ暴れていた魔猪が、その動きを止める。

 四肢を泥濘が固まった、岩よりも固い地面に固定された魔猪。

 黒光りする牙が付き出す、涎が滴る口。 

 意思が既に拡散してしまったかのような、虚ろな紅い瞳。

 泥で毛皮が固まってしまったかのような、突き出た耳。

 そんな身体の要所要所の、” 穿たれた穴 ” から、光の粒が漏れ出した。

 キラキラと光る光の粒は、ゆらゆらと揺らめきながら、高い冬の空へと昇華して行く。

 
 ゆっくりと…… 巨大な体が傾ぎ…… そして、地響きと共に崩れ落ちた。 浅い息を吐き出す魔猪には、既に戦闘意欲も敵意も何もなく。 ただ、ただ、臆病で弱弱しい姿を私達に曝け出していた。 身体から漏れ出る、「異界の魔力」は既に無く。 見知った、普通の…… この世界の理の中に生きて来た、魔猪が……


   ――― そこに横たわっていた。


 【詳細鑑定】を掛ける。 ザックリとした、今の魔猪の状態を診る。 その身体に変化は無い。 ただ、ただ、弱っていただけだった。 もっと深く観察する為に、眼に張り付けてある、制限付きの【鑑定】眼から、全ての制限を解除するの。

 すぅっと、視界が晴れる。

 多分…… とても澄み切った、群青色ロイヤルブルーの瞳に成っている筈ね。 視界の中に思わぬモノが映り込んだの。






 魔猪の身体から、魔力経路と、魔力回復回路が消失している事が……






 診て取れたの。







しおりを挟む
感想 1,880

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。