その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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薬師リーナ 西へ……

王国西域の禁足の森

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 私にとって、西方辺境域と云うのは、お隣様な感覚があるの。 おばば様の下で、薬師錬金術士として研鑽を積んでいた頃、足を延ばして行き来した場所でもあるわ。 あの時は、気を張って、漲って、困っている人を何としても助けるんだって、そう思っていたんだっけ……

 自身の力と、立ち向かう膨大な距離と空間を、全く計算もせずにね。

 つまりは、常に過負荷状態が続いていたのよ。 そんな状態が長く続くわけも無く、在る時、西方辺境域の禁足地の近くで、お定まりの魔力欠乏による、昏倒を起こしてしまったのよ。 まだいける、まだ大丈夫、なんて、お題目唱えながら、真っ黒に視界が閉ざされつつ、足元も覚束ない状態で、荒れた旧街道を辿っていたんだっけ。

 ついに、昏倒に至るのよ。 人事不省の大失態。 そしてね、その場所は、今でも覚えているの。 だってねぇ……

 おばば様が私をシュトカーナに逢わせて下さった、 ” 西方禁忌の森 ” の、陸地側から向かう、『とば口』に当たる場所なんですもの。 



 ^^^^


 音も無く、静かなキャリッジの中、振動もほどんど感じないそんな、まるで羽の絨毯の上に座っているみたいな私。 手にしているのは、これから向かう、西方領域の ” とある場所 ” の情報が記載されている、極秘の印が捺印されている、一通の報告書。 

 出所は、王宮魔導院。 そう、ティカ様からの贈り物ね。 内容は、とても重大な事が書かれていたの。 先程、ずいぶん昔の事を思い出したのは、その内容からだったのよ。


   ――― そう、最初の目的地は、『西方禁忌の森』の境界部。


 報告書は云うの。 すぐそこまで穢れは来ているって。 なんでも、空間魔力に異常が認められていると、そう報告が上がっているらしいわ。 その他に幾つか特異点の様な「穢れ」の ” 澱み ” も、観測されているって……

 理由を考えてみたの。

 あの「異界の魔力」が壊れた『大召喚魔方陣』から漏れ出して、空気中を漂い、そして伝播していく速度はそれ程早くない筈。 それは、獅子王陛下の御世から、現在に至るまでの時間が証明してくれているもの。 もし、空間を漂い、圧倒的な密度で伝播するならば、これ程の時間は掛からない筈。

 だったら何故、” 今 ” 急速に穢れによる汚染が広がっているの?

 答えは一つなの。 そう、” 何者か ” が、それを運びそして増殖させているから。 増殖の原因は、体内に膨大な魔力を有するモノが、体内魔力を「異界の魔力」に置き換えられて、魔力経路が変質し魔力回復回路まで、「異界の魔力」対応型に変質してしまったからだと思うの。 

   ―――つまり、この世界の ” モノ ” が、異界の魔物に変化したって事。

 【身体大変容メタモルフォーゼ】が、魔法陣なしで引き起こされているって事なのよ。 由々しき事態ね。 当然、もう一つの仮説も成り立つの。 それは、壊れた『 大召喚魔方陣 』 の隙間から、あちら側の魔獣がこちらに漏れてきている可能性。

 でも、魔人さんは仰っていたわ。 物質の等価交換が行われなければ、二つの世界の均衡は潰れるって。 それに、壊れた 『 大召喚魔方陣 』 には魔人さんの本体が栓に成っているとも仰ってたわよね。 つまりは、その可能性はかなり低いって事よね。 

 汚染され、【身体大変容メタモルフォーゼ】してしまった、こちら側の魔物が、あちら側の特性を保持しつつ移動し、そして、その身を苗床として、異界の魔力を撒き散らす、澱みと化す…… 

 今の手持ちの情報として、可能性のある穢れの拡散速度の拡大はコレで理由が付くのかもしれないわ。 だって、あの ” 事故 ” 以来、北の荒地には、人はおろか魔物だって、魔獣だって、生きていけない様な環境だったのだもの。 それが、時を経て、環境に順応するモノが現れ…… 汚染され…… 【身体大変容メタモルフォーゼ】してしまったと考えると、つじつまが合うのだもの。

 深く深く、沈考していたわ。 手に持っている、ティカ様から頂いた、極秘の報告書を見つめならがね。


「リーナ様、少しお休みに成られませんと。 既にかなりの距離を異動しております。 一度、馬車を止めて外の空気を入れませんか? もしくは、少し、外に出ても宜しいかと」

「……えぇ。 そうね。 後続の皆も疲れてしまうものね」

「ええ、そうですともッ! では、早速ご用意しますね! ラムソンッ! 馬車を止められる場所を見つけて。 休憩に入るわッ!」


 御者台のラムソンさんから、” 諾 ” の合図があったわ。 そうね…… もう、王都は遠くに離れたモノね。 王都を旅立ってから、既に五日。 西の大街道をひたすら走っているもの。 皆も疲れが出始めているのじゃないかしら?

 私…… だけだったら、あんまり気にしないんだけどね。

 だってね、南方辺境に居た頃…… 初めての場所に赴く時には、こんな豪華な馬車での移動なんて夢のまた夢みたいな感じだった。 と云うのも、おばば様のお言葉があったから。 初めての場所に行く時には、いつも歩いて行くか、荷馬車に同乗させてもらっていたから……

 皆は、このキャリッジを使えってそう仰って下さったけれど、おばば様は敢えて私により困難な方法での移動を指示されたのよ。



 ” その眼で見て、肌で感じて、精霊様のご意志を体感しな。 それが出来なきゃ、辺境で薬師なんざ出来はしないよ ”


 ってね。 私もそう思うの。 こんな豪華な馬車の中で、ぬくぬくしていたら、肌で精霊様の息吹を感じる事なんて出来はしないし、その息吹が運んで下さる、本当に癒しを必要とする ” 人 ” の気配も、判らないものね。


   ----


 何時しかキャリッジは止まり、外から扉がノックされるの。 

 内鍵をシルフィーが外し、まず彼女が周囲を検め…… そして、私に語り掛けてくれるのよ。 優し気な笑みと共にね。



「リーナ様。 休憩にいたしましょう。 ラムソンが良き場所を選んでくれました」

「ありがとう。 何処かしら? 風の中に樹々の香と水の精霊様の息吹を感じるわ」

「ええ、まさに、その様な場所ですわ」



 キャリッジから降り立つと、目の前に広がるのは……


 湖水と樹々が織りなす、美しい自然の姿だったの。 小高い丘の頂上に停車した五台の馬車。 既にプーイさん達も馬車隊の周囲に展開していたの。 その眼は、眼下に広がる初冬の美しい景色に釘付けだったけれどもね。


 胸一杯に息を吸いこみ、そして吐き出す。

 精霊様の息吹と、そこに含まれる清冽な霊気を身体に取り込み、重く沈んだ心を浮かび上がらせらる。

 精霊様方の優し気な気配と霊気。

 濁る私の思考が一気に澄み渡る。



 そして感じるの。 穏やかそうに見える、この景色の中にも、既に ” 穢れ ” の気配が紛れ込んでいる事を。 敏感に感じ取ってしまうの。 そして、それは、私の中の闘争心とも云える物に、確実に火を灯す。


 こんな素敵なモノを、穢す者は許さないんだから。


 ギッと、視線を凝らす。 遠目に見てもそこだけ、ぼやける様に視界が滲んで見えた。 居るわね。


  ―――  穢されし 『 モノ 』 が。



 「総員抜刀! 真方位125 距離2000。 異界の魔物と思しき反応。 油断せぬ様、私に続きなさい! 征きますッ!」



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