その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 19

  閑話 5 王国奪還 たった一人の戦い

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 意思を問われた。


 ” 祖国の惨状にどう対処するのか ” と。


 ウーノル王太子の藩屏たるを宣言したのは、もうずっと昔の事だったように感じていた。 王太子殿下の側に侍り、この国…… ファンダリア王国の礎になろうと、そう心に決めていた。






 マクシミリアンは、自室の細長い窓の側に立ち、精霊祭に歓びを顕わにする街を見詰めていた。


   ――― 精霊達の息吹を強く感じる精霊月。



   ^^^^^



 公女リリアンネが云うには、マグノリア王国では、既にこの様な光景を見る事も無いと。 精霊様達の御加護が薄く、その庇護を望むべくも無く…… 国は衰え、それを糊塗する為に、軍事力を高めようと年々租税は高騰し……

 民は苦役と兵役に喘ぐ日々を送っていると、聞いた。

 国からの人々の流出も、看過できない程となり、荒れた耕地、荒む人心。 物流も滞り、民の生活はいよいよ貧しく、国の取り締まりはいよいよ厳しく……

 すべては、統一聖堂の法王の御心のままと云う。

 ただ神を崇め、その神に帰依する。 それだけが正しいとされている、マグノリア王国。 統一聖堂も前王の頃はまだ、その権能も強くは無かったと、そう公女リリアンネは伝えていた。

 現国王が、父であるカルブレーキ=トップガイト=マグノリア前国王陛下を弑逆して、王権を握るまでは、まともな国であったと。 そう、言を強くし、真摯な瞳で見つめながら彼女は云う。

 現国王、エーデルハイム=カーリン=マグノリア国王陛下は、残虐の為人であることは、公女リリアンネ、さらには、彼女の側近としてファンダリア王国に留学してきた男達により、知らされている。

 フッ っと、頬に苦い笑いが浮かぶ。

 黒髪、黒目の自分自身の姿が、細が無い窓に嵌るガラスに映っている事を認識したからであった。


” この姿、マグノリアでは、忌避される色。 それが故に、マグノリアの王宮で母上は相当な苦労をされたと聞く。 さらに、ガルブレーキ陛下を、愚王と呼び、その仁政の意味をも理解せず、死に追いやった者達。 何故そんな国を祖国と云わねばならないのか ”


 王太子府、王太子執務室に於いて、三年の期限を切られ、マグノリアを奪還せしむように、宣下された。 藩屏たるを任じている自分に、そう云い放ったウーノル王太子に、少々恨み言を言いたくなる。 成程、公女リリアンネの勅使供応役として選出され、近しくはあった。

 流されるままに、彼女と多くの『時』を共にし、彼女の語る、マグノリアの危機的状況に同情もした。

 彼女の側近共もまた、何かを期待するような眼でずっと自分を見ていた事も理解している。 




   ――― だから、何だと云うのだ。




 自分は、この国…… ファンダリア王国の貴族籍に在る者だと、ファンダリア王国王家の者だと、強く想っていた。 いずれは、臣籍降下し、どこかの家に婿に入る事すら、受け入れていた。 ずっと、この国に命を捧げ、この国の者達と共に生きて行くと思っていた。 それがどうだ……

 周囲はいつの間にか、自分がマグノリア王国のモノに取り込まれていたと、そう認識していた。 晴天の霹靂とも云うべき事だった。 そして、自身が流され、公女リリアンネと共に、マグノリア王国奪還に向かうと、そう『言上』申し上げてしまった。


   ――― まるで、最初からそう決まっていたかの様に。


 彼は思う。 空気がそう云えと、強要したかのように。 その場の意思に、自身が対抗できなかった。 自嘲が口の端に浮かぶ。 


” 私は何時まで経っても、決められぬ者だったのだな。 あの場で ” 否 ” と、云う事も出来たのに。 周囲の者達の思惑やそれとなく周囲に張り巡らされていた、リリアンネの思惑が、私を…… 私を簒奪者としての道を歩ませることになったのだ。 いや…… これは、自身に帰趨する因果応報と云うべきモノか…… 情けなくて、涙も出ないな ”


 あの日の、執務室には、自身がそう云う運命の元に産れて来た者であると、そう強く確認するような空気感があったと、そう理解した。 すべては予定調和ですらないのか。 アンソニーが、ファンダリア王国の貴族籍を失う事となったのも、自身の運命に引き摺られたとそう感じもしている。

  ――― しかし…… ならば……

 強く思う事があった。

 この様なにっちもさっちも行かない境遇に於いて、心より信頼できる者が、アンソニー只一人。 そして、そのアンソニーも臣下として、付き従うと云う。 

 彼にとって、それはとても辛い現実でしかない。 誰も彼もが、自身をマグノリア王国の簒奪者としてしか見ていないと、強く感じていた。 共に有り、想いを述べ合い、民に安寧をもたらす施策を考えてくれる者が、居ないのだった。

 公女リリアンネの想いは判る。 しかし、国を簒奪した暁の先、彼女にはその先の事が見えてはいない。 旧重臣たちを政権に復帰させ、マグノリア王国の体裁を整える事は可能だと、考えている。 統一教会に関しては、彼等の政治関与を認めない方向に持って行こうとするであろう事は、火を見るより明らかだった。

 しかし…… それは繰り返される簒奪の歴史をなぞる事、変わりは無い。 たとえ、自身の簒奪が成功しても、それは、単に為政者が変わるだけに他ならない。 歴代の為政者を取り巻く者達の怨嗟が拡大されて行くとは、眼に見えて判り切っている。 

 王の代わりは居るが、実際に王国を動かしている者達に代わりは居ない。 つまりは…… 王が変わったとしても、なにも変わりはしないと云う事と同義だった。 その事を、今更ながらに認識するマクシミリアンは深く悔恨の溜息を落とす。

 統一聖堂の対処にしてもそうだ。 聖職者として、迷える者達の精神的主柱となるべき者が存在しない。

 マクシミリアンは想う。 あの時、願い出た、第四〇〇護衛隊…… いや、『薬師リーナ』の存在がその精神的主柱となると。 簒奪が成功裏に終わったのち、彼女を『聖女』として、統一聖堂に向かえ、邪教の一掃が可能になると、そう咄嗟に想った故の願いでもあった。


   ――― それは、薬師リーナ自身に於いて、廃せられた願い。


 彼女は北の荒野に向かうとういう。 多分…… 幾度も幾度も、考えを練り返しても、同様な帰結に向かうのだろう事はマクシミリアンにも理解出来た。 薬師リーナは、精霊様との『精霊誓約』をどこまでも、遵守される御積りなのだと。 薬師リーナと云う、稀代の薬師は、『権威』や『栄達』など、眼中になく、ただただ、民の…… 人の…… 生きとし生ける者達の安寧を願う『聖女』に他ならない。


   ――― その彼女の真摯で誇り高い思いに、自分は何も言えなかった



と…… そう、苦く笑う。


 ” 所詮は、そんな男なんだ。 私は。 手を取って助けてくれる者がいつも居ると、そう思い込んでいた。 役立つ者や、利用できる者を側に置くのは、王族としては当り前の話だ。 しかし、そんな驕慢な行動をとっても、ウーノル王太子殿下の周囲には、藩屏たるを自認する優秀なる者達が集う。 振り返って、私にはアンソニー 只一人しか付いて来ては呉れない。 いや、そのアンソニーですら、私と歩みを共にするのでは無く、主従の関係を堅持すると宣言している。 この先…… どのような事に成っても、もう導いてくれる者は、だれも居ない。 只一人で…… そう、私自身たった独りで、マグノリア未来の暗闇に灯火掲げる理想を以て、歩み続けるしか方法は無くなったのだ ”



 苦い笑みが、端正な顔に広がり…… そして、困惑の表情に移り変わる。 そんな大それた事が自身に可能なのであろうかと、思い悩む。 今やるべき事は、そんな自身の弱気な心や、恐れに震える心を、改めねばならない事だった。



   ――― 策を練り、上手く立ち回り、烏合の衆である、反乱軍を纏め上げ、マグノリア王都に乗り込む。



 隣国であり、強国であるファンダリア王国は、この機に乗じる事は無く…… 全て、自身がマグノリア王国を掌握する為に使う事が出来る。 お膳立ては終わっている。 マグノリア南部諸国との和平も早急に結ばねばならない。 マグノリア国内における不穏分子は、早急に駆逐せねばならない。 

 問題は山積し、その解決方法は甚だ少ない。 僅かに十五歳の自分に課された、幾多の困難。 軽く視られるつもりもないし、侮られる様な事が有っては成らない。 つまりは、自身が振るえる純粋な ” 力 ” があるうちに、どうにか、マグノリアを平定しなくては成らない。

 その為の軍勢は、ウーノル王太子殿下より貸し出された、第四四師団。 精強を以て鳴る、第四四師団の力を借りれば、相応の体制は整えられると、そう確信してはいる。 しかし、精強な外国軍と云う事で、” 公女リリアンネ ” は、案じている。 マクシミリアン自身がファンダリア王国の傀儡になるかもしれないと、危惧しているのだった。 


 彼女の側近も又、同じような考えに成っている。


 よって、マグノリア王国軍の再編成も焦眉の急の課題でもある。 陰鬱で重い感情が、彼の心を重くする。 そして、行き当たる一つの想像。 果てしも無く、嫌悪を感じる現実に、思わず顔が歪む。




 ” 薬師リーナが同行しなくて…… 良かったのかもしれない…… かな? あれほどの超人的能力カリスマ性を見せつける彼女がマグノリアの民を救ったと云うだけで…… きっと…… 公女リリアンネは、敵視するやもしれない。 まして、統一聖堂改革の旗頭として成す。 それも、『聖女』として…… などと云えば…… な。 要らぬ策謀が、また、練られ、薬師リーナの行く末と、ファンダリア王国との国交に暗いモノを置く……か。 ならば…… 忘れなくては成らないのだ。 彼女の…… あの澄んだ瞳を。 柔和な笑みを…… 彼女が側に居てくれた時のあの穏やかな心持は…… 二度と得られないモノと成る事をな ”



 マクシミリアンは、黒い瞳に浮かんだ寂し気な色を消し、さながら、万の軍勢に対峙する雑兵の様な表情を浮かべつつ、眼下に広がる精霊月の街並みから視線を切った。




 軍装は、公女リリアンネが、ひそかに持ち込んだ、” マグノリア王族の軍装 ”

 マントには、深紅の糸で刺繍された、” マグノリア王家の紋章 ”

 腰に佩くは、母ミラベル=ヴァン=ファンダリアーナが密かに持ち出した、” マグノリア王の聖剣 ”




 チラリと、最後に窓に映った自身の姿を視界に写し、自嘲の笑みを浮かべる。 紛い物の王が、何処までやれるか。 父王を越える為に成すべきを成す事に異存は無い。 簒奪された自身のモノを奪い返すのだと……


 無理矢理自分を納得せしめ………


 心安らかに過ごした、安寧の繭の様な王城コンクエストムの自室から、足を踏み出した。






「覇業の道。 修羅の街道。 マクシミリアン=デノン= いざ、参らんッ!」







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