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汚濁の根源 異界の魔力
旅立ちに必要な事柄。
しおりを挟む夜月も、もうすぐ終わるわ。
国王陛下主催の『 秋季大舞踏会 』から、二週間の刻が刻まれたの。
私は、その間に私自身の準備や、後に残す王都の方々に対する、” 義務 ” 果たしていたの。
―――まぁ、その実を言えば、『 第四軍、特務隊 』 としてのお仕事を、王城外苑の薬師処で果たしていたって事ね。 大量のポーション、そして、疾病薬。 品質は中位、中容量の小瓶たちを、錬成し続けて居たの。 劣化しない様に、【状態保存】の術式を小瓶に刻み込んだから、五、六年は持つはずよ。
出来るだけ大量に用意したのは、幾多の筋からの御要望。 そして、市井の小聖堂からの、懇願。 さらに、街の薬師処からの、熱望もあったの。 街の薬師の方々には、水飴…… いいえ、『シロップ』や、常備薬の錬成術式を公開して、対処してもらう事になったの。
街でも、大きくて、設備の整った薬師処ならば、” 錬金釜 ” を、お持ちだから、私が居なくても、錬成出来る様にってね。 でも、街の薬師処は、いわば民間の商家と変わりないわ。 対価を得なければ、成り立たないわ。 だけど、高価なモノにすれば、必要な時に必要な人に渡る事が出来なくなるわ。 そんな事は認められない。
貴族の方々のご要望も多くて、とても、街の薬師処だけでは供給が追い付かないわ。 ざっと計算しただけでも、この冬だけでも、相当量錬成する必要があるのだもの。 その上、お貴族様方は、有れば有るだけ懐に入れてしまおうとされる。 当然、市井に出回る量は少なくなり、高価にもなる。
そうなれば、小聖堂の司祭様達が、独自で運営されている、” 孤児院 ” なんかには、とても届きそうにも無くなるのよ。 だから、市井の小聖堂からの、懇願があったの。 良く理解されているわ。
だからね、私は…… 王宮薬師院、調剤局の薬師として、貴族様向けにも、『シロップ』の錬成術式を公開したの。 調剤局の大錬金釜に直接錬成術式を記憶させたのは、様々な仕掛けを施す為。 貴族様向けに、色んな味を追加して、さも、” 特別製 ” ですって感じで、お渡ししたのよ。 それでね、その『シロップ』の小瓶には、【状態保存】の術式は刻み込んでいない。 さらに、味を付ける為に、新鮮な薬草が必要としておいたの。 ええ、とっても劣化しやすい性質のものばかりを選んでね。
つまりは、高貴な方々向けのモノは、とても品質が落ちやすい。 長期保存なんか、望むべくもない。 そんなモノにしたの。 内緒よ? 知っているのは、その術式を組み込むときに、” 念の為に ” って、ご一緒して下さった、ティカ様くらいよ。
彼女、私が編んだ魔方陣を見て、薄く笑われたわ。 そうね、どうやっても三ヶ月程しか、品質が安定しない様に編んで有るんですもの。
「リーナ。 貴女、貴族の事が嫌いなのね。 まぁ、理解できるわ。 長期保存出来る様に錬成したら、それこそ、貴種の方々は大量に買い溜めするわ。 そして、何かの折に、高額で売買される。 そこに、慈しみなんか欠片も存在しないわね。 ……なかなか、いい案ね。 市井で錬成される分には、味はついて無いのよね?」
「ええ、多少雑味…… 喉を保護する薬効のある、魔法草を加える事を必須としましたから、味はまぁ…… ちょっと…… 高貴な方々の御口には合わないと思われるような……」
「なるほどね。 それで、取り扱いは…… フルーリー総合商会が窓口になるって?」
「ええ、大きな薬師処も、小さくても錬金釜を持っておられる薬師処も、同様に原材料はフルーリー様から支給されます。 そして、その支給量で錬成出来る ” 量 ” を指定して、納品して頂く事に成りました。 余力が有れば、各薬師処でも、自由に錬成しても宜しいですが、その際には、わたくしの ” 印呪 ” は、瓶には付きませんわ。 フルーリー様の納品される原材料と、お渡した『 術式 』に、ちょっと仕掛けがしてありますの」
「成程ね。 何処で作っても、同一の原材料で工程も同じならば、貴女の ” 印呪 ” が、刻まれると云う事ね。 原材料が違ったり、術式を改変すれば、たちどころに ” 無印 ” に成るって事ね。 まあ、闇の中での事は、私達が監視しておきましょう。 劣化品、紛い物の取り締まりは、お爺様に、お願いしておきますわ」
「ありがとうございます。 街の有能な薬師様ならば、更に高品質のモノも作りも出せるでしょう。 その時の見極めは、フルーリー様と、ティカ様にお願いしておきますわ」
「ええ、お役に立てそうね。 判りました。 フルーリー総合商会から依頼あらば、わたくしが直々に【鑑定】する事に致しましょう!」
「フフフッ、お願いいたしますね。 すべては……」
「「 王国民の安寧の為ッ 」」
声を揃えて、そう言葉が重なるの。 判ってらっしゃる方が居られると云うだけで、とても、とても心強いわ。 こうして、「 シロップ 」 だけではなく、疾病薬、ポーション類、傷薬の 『錬成術式』 なんかも、二系統で用意したの。 最小限度だけども、王都…… いいえ、いざとなれば、王国全土への供給元に成れるようにね。
――― 準備には時間を要してしまうの。
仕方の無い事なのよ。 私が絡んだ部署は多岐に渡るもの。 その全てで、私が居なくとも良いように、しておかなくては成らないしね。 まぁ、軍務としては、王城外苑の巨大な倉庫に目一杯備蓄すれば、一年は持つし、その間に、王宮薬師院の方も、量産の目途は付けられるはずよ。
なにも、” 超高級品 ” を錬成するって事じゃないんだもの。 そう、安定的な中級中容量の薬剤を作り続ける事が肝心なのよ。 研究や、” 超高級品 ” の錬成は、調剤局でなくても出来るし、少量の ” 超高級品 ” なんかの錬成は、あんな巨大な ” 錬金釜 ” を用いた方がやり難い筈なんだもの。 そう言葉にした時の、王宮薬師の皆さん……
――― 何故かとても苦い顔をされていたわ。 何故だろう?
^^^^^
嬉しい知らせが届いたのは、夜月の最後の日。 秋風が冷たさを増し、風に混ざり込む、” 穀物の香 ” が、薄くなり始めたそんな日だったの。 お知らせが届いたのは、フルーリー総合商会からだったわ。 特別に急いでお越しくださいって、先触れのお手紙を頂いたの。
フルーリー様が何時ものように、直接来られないのは、不思議な感じがしたのだけれど、その ” ご招待状 ” の末尾に、混乱していてこちらに来られないと、謝罪の結文があったわ。 なにか、とてつもなく、大事が有った…… 感じなのよね。
クレアさんに同行を求めて、フルーリー総合商会に向かったの。 護衛は何時もの通り、シルフィーとラムソンさん。 四人で、王都の街中をえっちらおっちら、歩いて行ったわ。 どうも…… 迎えを寄越すなんて、そんな事も出来ない位、あちらは慌てていた…… らしいのよ。
秋空の下、とても気持ちのいい風が吹いていたわ。
明日からは、精霊月。 新穀を精霊様に捧げる別名、精霊嘗月。 王国のあちこち…… 特に本領南方部の穀倉地帯では、盛大な精霊祭が営まれるわ。 「無」、「地」、「水」、「火」、「風」、「木」、それと 「光」 と 「闇」 の各属性の精霊様…… 大精霊様達へ、一年の豊穣に感謝を捧げ、来る年の豊作を伏し願う、そんなお祭り。
” 神聖な儀式 ” として、王国の人々には認識されているのよ。 精霊様の息吹が、強く強く感じられる、そんな月でもあるわ。 ……南方方面ではね。
歩む足取りも軽く、私達四人は、あっという間に、グランクラブ商会の前に着いたの。 フルーリー総合商会は、グランクラブ商会の一角に ” 間借り ” しているって、そう云う事に成っているの。 でね、おかしいの。 グランクラブ商会の大きな玄関に、筆頭支配人様である、マンティスラーベ支配人様。
―――― いつぞやの方…… ね。
慇懃に頭を垂れ、私達を迎えて下さったわ。 きっと、フルーリー様からの、強い御要望なんでしょうね。 にこやかに、マンティスラーベ支配人さまに礼を捧げ、彼が開けて下さった扉をくぐるの。
「薬師リーナ様に於かれましては、ご機嫌麗しく。 我が主人なれど、少々混乱気味になっておりますので、どうかご容赦のほどを」
「混乱とは? ダクレール領より、荷が届いたと、そう先触れのお手紙に御座いましたが?」
「はい、まさしく。 その為に、本日はフルーリー様の執務室では無く、商会裏手の厩舎にお運び頂きたいのです」
「厩舎に御座いますか? なにやら、大きな荷物なのでしょうか」
「ええ…… 大きいのは大きいですね。 御自身でお確かめに成る方が、良いと思います」
「畏まりました。では、ご案内宜しくお願い申し上げます」
マンティスラーベ支配人様を先頭に、私達は誘導されるがまま、商会の裏庭に向かって歩いていったの。 グランクラブ商会の職員の方々迄、首を垂れて私達を見送って下さるのよ。 信じられる? あのグランクラブ商会の方々がよ? 庶民なんて、風が飛ばしてしまう塵みたいなモノなのに……
ほら…… お客様として、みえられている、高位の貴族様の御婦人方やお嬢様までもが、” そんな様子を ” 眼を丸くしていらっしゃるじゃないの…… ホントに、もう……
しっかりとした足取りで、私達を案内してくださったマンティスラーベ支配人様。
陽光が差し込む明るい回廊だった。 中庭…… いいえ、裏庭に面した窓の向こう側は、一級の庭園が広がっていたの。 各所にパティオが設えられ、そこでも商談が行えるように、配慮されているのが手に取る様に判るわ。 ほら、野外でのパーティとかあるじゃない。 園遊会ってモノが。 その時に装うドレスがどのように映えるか、此処で、確認したりするのよね……
前世で、私も来たことが有るのよ。 物凄く、物凄く、慇懃無礼な対応をされていた事を思い出したわ。 まぁ、そうされるには、相応の態度だったのよ。 私がね。 ” たかが商人に下げる頭など無い ” とばかりに、相当に驕慢に振舞っていた……
もう、記憶の彼方に沈み込んでいるのだけれども、その時の断片を思い出すだけで、顔から火が出る思いなのよ。 本当に、ごめんなさいね。 現世では正反対……ね。 こんなにも礼儀を護り、恭しく接せられては…… 私の中の前世の私が、とても恐縮してしまうもの……
やがて、大広間を通り抜け、いくつかの小部屋を両脇に見つつ回廊を歩み、その先の、裏庭らしき場所へ通じる扉に辿り着いたわ。
厩舎と云うだけあって、何頭もの馬さん達が繋がれているし、荷馬車だって沢山あった。 ズンズン足を運ばれ、一番端まで向かおうとされる、マンティスラーベ支配人様。
でね……
居るのよ……
大きな身体。
青い肌……
周囲に撒き散らす、威圧感。
それは、紛れもなく…… 見知った懐かしい背中。
思わず………… 思わず、声が出てしまったの。
「ブギット様ッ!! こちらにお運びに成っておられましたのッ!!! なんてッ、なんて、嬉しい!!!」
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