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汚濁の根源 異界の魔力
暗躍するは、優しき従姉
しおりを挟む「なにやら、面白そうなお話をしているのね。 わたくしも、仲間に入れて欲しいわ」
突然、そう声が掛かったの。 途端にシルフィーから、警戒の殺気が流れ出る。 ラムソンさんも、” 爪 ” を出して、威嚇していた。 あまりも突然だったんだもの、そうなるよね。 それも、” 表 ” からでは無く、第十三号棟の一番奥まった場所からの声だもの。
その声の主は、王宮魔導院のローブを纏って居られた。 綺麗なアッシュブラウンの髪は下ろし、片方の肩から、胸に流れ落ちているのよ。 翡翠色の瞳は、真っ直ぐ私を見つめて居られたわ。 カツカツと音を立てて、近寄るその声の主は、にこやかな微笑みを浮かべては、居られたのだけど…… ちょっと、雰囲気は異質ね。 御令嬢の醸し出す、モノとは一線を画しているわ。
――― ね、ロマンスティカ様
シルフィーが殺気を駄々洩れにするのも、ラムソンさんが、” 爪 ” を出してしまうのも、きっと、その身に纏われる、壮絶とも云える ” 鬼気 ” が原因。 王宮魔導院 特務局 第三位魔術士 ティカ様として、来られたのね。
深く首を下げ、腰と膝を折り、彼女に、” 淑女の礼 ” を、捧げる。 だって、こんな場所なんかに、来るような方じゃないし…… 来られるとしても、いつも、侍女の格好で、来られるから…… 魔術士ティカ様として、此方に来られたのは…… 初めてじゃないかな? それに、先触れも無く、直接、” 例の地下道 ” を使ってなんてね。
「王宮魔導院 特務局 第三位魔術士 ティカ様。 ようこそお越し下さいました」
「嫌だわ、リーナ。 そんな、畏まって。 裏口から、こっそり来たのですよ? 王宮薬師院、調剤局 第八位薬師錬金術士の元にね」
「えっ? と、云う事は…… なにか、御座いましたの?」
ティカ様がそう仰ると云う事は、何かしらの伝達事項が有るに決まっているわ。 私が任じられている 『役職』を呼ばわれる時は、いつもそうなんだもの。 そんな彼女を前に、フルーリー様も、クレアさん、スフェラさんも固まっているわ。 突然、高位の魔術士が目の前に現れたのだものね。
彼女達は、礼を捧げる事も出来ず立ち竦んでいた。 そんな彼女達の様子を、艶然とした微笑みを浮かべながら、ティカ様は言葉を綴られるの。
「また、リーナは何かを独り決めして、貴女を慕う者達を困らせて居た様ね」
「盗み聞きとは、ティカ様……」
「あら、まだ判っていないの? 貴女は要監視対象なのよ? 扉にそれ用の【聞き耳】の術式は埋め込んであるもの」
何ですって! もうっ!! 要監視対象って、どう云う事? 私、なにかやらかして、監視対象者に成っているの?
「はぁ…… あのね、リーナ。 貴女は、一級の重要人物なの。 貴女の身の安全を図る為に、この第十三号棟、及び、第十五号棟は、王宮魔導院の魔術師達が重防御を周辺に施しているわ。 ええ、その権利を捥ぎ取ったのはわたくしよ? 貴女の王都での身の安全を図るのは、わたくしの仕事でもあるの。 王宮薬師院の方々からも、王太子府の方々からも、特にと仰せつかっているわ。 さもなくば、この周辺に護衛騎士団の騎士の方々が大挙して詰めていたかもしれないしね。 それは、目立ってしまうでしょ?」
「……そうでしたの」
「そうよ、貴女に近寄る、有象無象を排除する為にね。 特に…… ほら、聖堂教会のお馬鹿さん達ね。 ずっと付け狙っていたのよ? ご存知なかったでしょ?」
「……ええ、まぁ」
そう云えば、そうなのよね。 お家に於いて、煩わしい方々のご訪問は無いし、十分、心安らかに過ごしても居たわ。そうか…… ティカ様が…… 王宮魔導院の方々が此処を護っていて下さったのか…… だからかぁ……
「そんな訳で、一応、第十三号棟の中の ” 声 ” は、拾えるようにして置いたのよ。 まぁ、今日は別件でこちらに来て、偶々だったのですけれどもね。 ちょっとした、お話があるのよ」
「左様に御座いましたか。 ティカ様、御心遣い誠に…… それで、お話とは?」
「ええ、そちらの固まっている、女性の方々にも関する事。 ちょうどよかったわ。 話は長くなりそうね。 お茶を淹れて下さる?」
「ええ、勿論喜んで」
作業机の元にティカ様は来られ、堅牢な椅子に腰を下ろされるの。 魔術師のローブを脱がれると、御召しに成っている、” 暗殺者装束 ” が顕わになる。 わたしとか、シルフィー、ラムソンさんなんかは良く知っている姿なのよね。 でも、他の方々は、その姿に目を丸くしているのよ。
そうよね、身体に密着する、多重防御術式を符呪した、濃い色の皮の防具。 メリハリのある御身体を、これでもかって位に見せ付けるような御姿。 表に出るような、装束じゃないものね。 唖然としている皆さんを他所に、私は黒茶の用意をして、彼女の前に差し出したの。
そっか…… この装束だったら、理解できるわ。 なんで、シルフィーが殺気を駄々洩れさせていたか。 そして、ラムソンさんがいきなり ” 爪 ” を出していたのか。 彼女達…… ティカ様の鍛錬室で、散々に打ちのめされて居たモノね…… その気配を感じて居たのか…… フフフ…… なんか、可笑しいわ。
一息入れられたティカ様は、黒茶で喉を潤し、おもむろに言葉を紡がれるの。
「大事なお話。 特に、そちらの軍属事務官の方々に関してのね」
「クレアさんと、スフェラさんに関してですか?」
「ええ、そうよ。 貴女が色々と ” 根回し ” を、王宮学習室でしていたのは知っているわ。 でもね、それは、ダメよ。 彼女達の意思はそこには無いわ。 貴女に心酔し、貴女と共に有ろうとする心。 たとえ、貴方でもそれは否定する事は出来ないわ。 そう、” 精霊様 ” とのお約束の様なモノですもの。 だからね、ちょっとお手伝いをしたの」
「えっ?」
「軍属事務官のお二人には、北域辺境域に行って貰います。 軍属としてね。 第四〇〇特務隊の特別任務として、彼の地に向かう、薬師錬金術士リーナの眼となり耳となるべくね」
「はいッ? ど、どう云う事ですか? それに、彼女達を北に向かわせるなんてッ!」
ティカ様の言葉に、私は驚きを隠せない。
でも……
クレアさんと、スフェラさん……
それまでの悲壮な表情から……
一縷の光を見た様な……
そんな、希望に満ち溢れた表情を浮かべて……
ティカ様の言葉を聞き入っていたのよ。
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