その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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汚濁の根源 異界の魔力

想い……

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「リーナ様? お判りになりません? 事情を知っているわたくしなら、理解できます。 貴女は、彼女たちを救ったのです。 彼女たちを物理的にも、精神的にも、御救いになったのは、他ならないリーナ様ですわよ? 貴女の事だから、一時的に保護しているくらいにしか思ってらっしゃらないかとは、存じますが、彼女たちにとって、貴女は救世主以上の存在ですわよ? お判りになりません? その貴女が、彼女達の事を思っていたとしても、彼女達にとっては ” 捨てられた ” と、同義ですわよ?」

「えっ?」

「【主従契約テイミング】の様なモノででしょうか? 魂の奥底に刻み込まれた、術式を使わない、『信義』と云う名の、『奴隷紋』とでもいうべきなのでしょうか? リーナ様。 彼女たちの信義と献身はたぶん…… 貴女のみに注ぎ込まれている筈ですよ? 貴女の全てを受け入れて、貴女の為にすべての力を注ぎ込む…… まるで、わたくしの様ね」

「ふぇ?」




 変な声が出た私。 その様子をにこやかに微笑みながら、言葉を続けられれるの。




「間の抜けた顔など、珍しいですわね。 当たり前でございましょ? わたくしの命を救い、グランクラブ男爵閣下の…… いえ、お父様の御心を救い、政商としてのグランクラブ商会をファンダリア王国の未来への力へと変えたのが、貴女なのですよ。 先ほど、お話頂いた、ベネディクト=ペンスラ連合王国の思惑。 貴女を彼の地へとのお誘いは、彼の地にとって、とても有益な立場と成るのは必至。 上級王太子妃殿下もダクレール男爵閣下の御息女に在らせられたと仄聞そくぶん致します。 彼の国との貿易を担うのは、ダクレール領の商工ギドでございましょ? 穿った見方をすれば、貴女を取り込みむだけでなく、ダクレール領を全て…… 上手くいけば、南方アレンティア辺境侯爵閣下の御領も、” 経済的に支配する事 ” くらいは、見据えてらっしゃるのかもしれませんわ。 西方領域にまでその手は伸ばしておられますもの……」

「深く、御考えに成っていたのは…… その事でしたの?」

「ええ、用意周到な彼の国の事ですし、イグバール商会の方々からの情報や、ダクレール領の商工ギルドの情報もこちらには入ってきております。 政商の娘たるわたくしですので、怠りはしませんわ。 その上で、リーナ様が彼の国に向かわれなかった事に、安堵しておりますの。 なんだか、私って、嫌な女ですわね。 だって、先ほどお話頂きました事柄の中で、リーナ様が一番 『 安全 』 に、過ごされるであろう選択でもあったのですから。 でも、それは、” 嫌 ” であったと、お伝え申し上げますわ」

「……そうなのですね」

「ええ、こちらの方々と同じく、わたくしも、貴女に心を奪われている一人ですもの」

「……えぇぇっと…… それは……」

「ファンダリア国内に於いてのみ、貴女とかかわりを持てるのですよ? だから、彼の国にも、マグノリアにもいって欲しいなどとは、思いもしません。 特に、マグノリアには、向かうべきでは御座いませんわ。 あまりにも、人の思惑が強く働きますもの。 いくら、侍女であるシルフィー様が有能であろうと、絶対に隙が生まれるのは間違いないでしょう」



 真摯な瞳が私を捕らえるの。 彼女が言わんとする処は、なんとなく理解できるんだもの。 下手をすれば、マクシミリアン殿下の御意思に沿った行動を求められ、囲い込まれ、周囲の方々の思惑でどんな場所に向かわされるか、知れたものじゃない…… と云うのでしょうね。 心の奥底の前世の ” エスカリーナ ” ならば、それも ” 是 ” と答えるかもしれない……



「マクシミリアン王子も、何を言い出すのやら。 貴女を御守する? 無理よ。 公女リリアンネ殿下も、あの日の装いと、あの日の貴女を見られて、貴女の同行が認めらるか。相当に不安を御憶えに成ったはずよ? きっと、事が成る途中で、マクシミリアン殿下の御側から、貴女の排除に動かれるわ。 ええ、きっとね。 そう云う人だもの」

「どういう意味でしょうか、フルーリー様?」

「あら、ご自身の事については、あまり思いが巡らないのね。 リーナ様らしいと云えばそうなのでしょうが…… 少々問題が御座いましてよ? 貴女の御美しさは、あの会場でも一際、際立っておりましたもの。 ドワイアル子爵様とのダンスに何人もの御令嬢たちが、溜息を洩らされておられましたのよ? あわよくばとお思いの方々も、アレを見せつけられては……」

「はぁ? アレは、王太子殿下の護衛ですわ。 崩れ始めた、護衛の隊形を立て直すべく…… なんとか、立て直しましたが、危ない処でしたのよ? 何組もの方々が、王太子殿下とアンネテーナ様にお近づきに成ろうと……」

「すぐに、フロアに隙間が出来ましたでしょ? アレは、貴女とドワイアル子爵の傍でダンスを踊るのを避けたのですわよ? あれほど、華麗なダンスと比べられるなんて、矜持高い方々が許せるわけ無いのですもの。 そして、貴方達のダンスに目は釘付けになって…… まぁ、結果的に王太子殿下から、羽虫を追い払う役目は全うされたのですけれどもね。 ちょっと、意味合いが違いますわ。 えっと、そんなことは、今はいいのです。 リーナ様。 お聞きしますが、王太子府…… いいえ、そうですね、宰相府より貴女の処遇についての通達は届いておりますのでしょうか?」



 顔色を変えて話題を変更されたわ。 まぁ、あの場でのお話は、そうね、思い違いも一杯あったのかもしれないけれど、フルーリー様の仰るようなそんな事は無いと思うわよ? だって、庶民の私と、ドワイアル大公家の御子息がパートナーとなって、ダンスを踊るなんて、” 理由 ” が無い限り、有り得ないでしょ? 

 フルーリー様が仰る通り、まだ、王城からは何の通達も無いわ。 きっと、色々な部局が絡んでいる私の所属が、問題に成っているのだと思うのだけど…… それに、マクシミリアン殿下が王都を出られたご様子もまだないしね。 思惑が交錯しているのかしら?



「ええ、調整にはかなり時間がかかるのかもしれませんわ。 国王陛下の宣下もありますし、アレはアレで準備も必要ですもの。 きっと、宰相府は目も回る忙しさでしょうね」

「そうですとも。 ですから、リーナ様?」

「はい」

「まだ、何も決まってはおりませんわ。 貴女の処遇も、第四〇〇特務隊の事も、第四〇〇〇護衛隊の事も。 貴女を信奉する方々に関しても考慮に入れておられるのではありませんか? ならば、わたくしも、何が有っても良い様に、準備をするだけに御座います。 だから…… だから、リーナ様も早々に御動きに成ることなく、貴女を慕う者達への心も…… 御考え下さいましッ!」

「うっ、え、ええ…… 承知いたしました。 そうですわよね、まだ、何も決まっていないのですからね」



 縋るような眼をしているクレアさんとスフェラさん。 そして、潤んだ瞳で私を見詰めているフルーリー様。 ご、ごめんね。 先走って、色々と考えて居たのよ。 そうね…… 貴方達になんの承諾も得ないうちに、決めてはいけない事だったわ。 根回し…… は、必要よ。 でもね、貴方達の想いは…… とても尊く、私の心を温かくしてくれているのだもの。 

 愛されている…… のよね。

 前世でどれだけ希求しても、得られなかったモノをね…… 今、それを、頂いているのよ。 柔らかく、温かい気持ちが、心の底から込み上げて来るの。 だから…… だからね。






  ―――― とびっきりの笑顔を、みんなに捧げたの





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