その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

成すべき成す為に……

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「エスカリーナ様……」


 「闇」の中から姿を現した私。 そして、そんな私に、縋りつく様に私を抱きしめて来たわ。 崩れ落ちる様にハンナさんは膝をついたの。 何度も、何度も、しっかりと、抱きしめてくれた。


「ハンナさん。 久しいですね。 ……こうして、エスカリーナとして貴女と逢うことは」

「ええ、ええ、その通りですッ! なぜ、何も言わずにッ! 何故、あの場からッ!! 私の記憶を封じてまでッ!!」

「そうする必要があったのです。 ハンナさん。 私は、貴女を頼りにし過ぎておりました。 あのままでは、貴女の行く道をわたくしが、閉ざす事に成っていた…… そう、わたくしは思います。 この姿を現したのは、「闇」の精霊ノクターナル様にお願いしたからです」

「それはッ!! 一緒に、ベネディクト=ベンスラ連合王国に向かっては下さらないのですかッ!」

「それは、出来ません。 貴女にとっては…… わたくしの母であり、姉である貴女と一緒には、行けません。 わたくしには、違う事が出来ない ” 約束 ” が有るのです。 『 使命 』 と云っても、過言ではありません。 ハンナさん。 貴女との優しい時間は、わたくしにとって、宝物の様な時間でもあります。 ずっと、ずっと、この先ずっと、変わるの事の無い真実です」

「ならばッ!!」


 大きく目を見開かれ、美しい御顔に涙が流れ落ちて行くの。 逢いたくて、逢いたくて…… 痕跡を追い、周囲の誰しもが、エスカリーナは身罷ったと云われようと、私の生存を頑なに信じ…… そして、ついに突き止めた彼女の執念。 きっと、諦められないのでしょうね。

 でもね、ダメなのよ。 



 ―――― それでは、世界は救われない。


 ハンナさんの事を想えば、此処でベネディクト=ベンスラ連合王国に向かうと云えばいいのだけれど、それは、私が私でなくなるのよ。 ――― 薬師錬金術士リーナ ――― ではね。


「ハンナさん、何処でわたくしが、薬師錬金術士リーナでは無く、エスカリーナであると、確信されたのですか? その切っ掛けとなったのは、何で御座いましょうか?」


 ちょっとね…… アレだけ強固に記憶の改竄をしたにも拘わらず、その封印を解いた原因が知りたくなったの。 あの魔法を掛けた私にとっては、驚きの出来事なんですもの。 


「最初は…… 違和感です。 ダクレール領のお父様の御邸。 私が錯乱しそうになっていた時に、お父様が貴女を…… 「薬師リーナ」をわたくしの専属にとお連れされた時です。 混乱の最中、薬師リーナの御顔を見ていると、何故か心がとても温かくなり…… そして、心が安らかになりました。 エスカリーナ様の存在が亡失していたにも関わらずです。 「薬師リーナ」様との会話は、とても穏やかで、素直に受け取る事が出来ました。 最愛のあの方の元に嫁ぐとなった時も…… 本当なら…… お断りするべきでもありました…… でも、姫様のお言葉で…… 姫様ッ! 何故、わたくしをお見捨てに成ったのです?!」

「あの日…… あの娼館のベッドの上で、貴女はルフーラ殿下に助けを求められました。 そこで、わたくしは決断したのです。 最悪の状況下に置いて、貴女は選ばれたのです。 誰を貴女の御心が求めて居られたのか。 そして、天秤は僅かにルフーラ殿下に傾いていた。 それだけです。 貴女の、貴方だけの幸せが、そこに有ったのです」


 抱き着かれたハンナさんは、殊更、腕に力を籠め、私をしっかりと抱きしめたの。 見捨てた訳では無いと、理解して下さったかしら。 涙に濡れる彼女は、只々しっかりと私を見詰めながら、言葉を紡ぐの。


「……そう なのですか? お見捨てにはされていなかったのですか?」

「ええ、勿論です。 小さい私を教え導いて下さった方ですもの。 でも…… それでも、わたくしは、思うのです。 貴女の人生は、貴方のものであると。 ……無理矢理にでもそう思わねば、あの決断は出来ませんでした。 もし、わたくしが、あの時、貴女の手を離さなければ、きっと……」

「きっと?」

「わたくしは、わたくしでは無かったでしょう。 何時までも、親鳥の羽の下にいる、無力なヒナに留まっていた。アレは、わたくしにとっても、絶対に必要な決断でしたのよ?   ……封印の術が解けた、最初の違和感は、何となくわかりました。 でも、強固な術式ですのよ? どこかに、綻びが有ったのでしょうか? 薬師リーナと、エスカリーナを繋いでしまう…… なにか……」

「薬師リーナ様のお言葉が、どうしても、どうしても、心に引っ掛かりましたの。 私がダクレールの御邸で逼迫されていた時の往診に見えられた時に……」

「それは?」

「わたくしが、薬師リーナ様に、エスカリーナ姫様とご面識が有るのかと問うた時に、お答えになられました。 ” ええ、あの群青色ロイヤルブルーの瞳で、真っ直ぐに見た・・姿は、忘れる事はありますまい ” と。 なぜ、見た・・と、仰ったのか。 普通ならば、その印象をお話に成る筈。 あたかも、鏡を見るような、そんな御答え。 それが…… どうにも引っ掛かりましたの。ベネディクト=ベンスラ連合王国の王宮魔導士にその事を伝え、その辺りの記憶を…… 確認して頂きました。 巧妙に、強固に、記憶が改竄されている痕跡が有ると。 外部から解くことは出来ないけれど、わたくし自身が少しずつその辺りから、記憶を呼び起こす事は可能だと…… 息子に…… 姫様のお小さい時と同じように、しましたの。 あちらの習慣では有り得ないと云われながらも、無理を押し通し…… そして、出来るだけ昔の事から、エスカリーナ姫様と何をしたか、思い出しながら…… 薄皮を剥がす様に、記憶が鮮明になっていきました。 そして…… 思い出したのです。 あの日、何があったか。 そして、わたくしが何を言ってしまったのか…… そして、わたくしは、薬師リーナ様の足跡を追いましたの。 記憶が正しく思い出されたのか、それとも、そうあって欲しいとの『願望』が、そう思わせたのか…… 行きついた先にあった出来事が、『ブルシャトの森』の再生…… そして、それを成したのが、「薬師リーナ」様。 そして、その真の名が ” エスカリーナ様 ” であると云う獣人族が ” ひた隠しにする真実 ” が…… ” 蘇った記憶 ” が、正しいモノであると、確信するに至りました」


 やっぱり、あそこかぁ…… なんで、こうも確信を以て、ルフーラ殿下達が私に聞いて来たか理解できた。 ハンナさんの蘇った記憶。 そして、その証左となる、獣人族の隠しているエスカリーナの名前…… 知るべくして知った。 成るべくして成った出来事なのね。 判った…… なら、説得できる。


「ハンナさん。 わたくしの名を、『 ブルシャトの森 』でお聞きになったのならば、わたくしが成した事も、ご存知ですね。 あの森がどのようにして、再生されたかも。 そして、バハムート王との誓約も」

「…………はい」

「わたくしが、わたくしで在る為に、誓約は果たさらなくてはなりません。 これでも、頑張っているのですよ?」

「頑固なところは、お小さい頃と、なんら変わりは無い…… ですね」

「ええ、” 頑な ” とも思えるでしょうが、それが、エスカリーナです。 これも、お母様の ” 血筋 ” なのでしょうね」



 ホンワリとした笑顔が浮かぶ。 苦笑いにも似た、笑顔かも知れないわ。 思い込んだら、どんな困難が有ろうとも、突き進むのは…… きっと、お母様の愛娘だからかしら? そんな私を見詰めてハンナさんが、泣き顔に成るの。 抱きしめられた彼女の腕は、更に ” 力 ” が籠るのよ。



「どうしても…… ベネディクト=ベンスラ連合王国には、来てもらえないのですか?」

「わたくしの行く先は、北の荒野です。 約束の地なのです。 彼の地にて、成すべきを成さねばならないのです。 神聖なお約束なのです。 ……でも」

「でも?」

「使命が果たされた後…… 笑顔が北の荒野に戻った後ならば…… わたくしは、何処へだって訪れる事は出来ます。 それまで、暫し…… 我儘を云わせてください。 ハンナさん…… 大好きな人…… エスカリーナは、貴女との『想い出』は、決して忘れません」

「姫様…… 姫様…… エスカリーナ姫様………………」



 泣き崩れる彼女。 説得するのは、コレでお終い。 私の決意が固い事を、彼女はコレで知った。 一度言い出したら、聞かない私であることも、彼女は知っている。 だから…… きっと……



「姫様ッ! 必ずッ! 必ず、来てください。 待っています。 我が国で……  ルフーラ殿下と共にッ! 姫様をずっとッ!!」

「ええ…… 参りましょう。 時が満ち、成すべきを成した後に」

「そして、お困りの事が有ったのならば、何なりとッ! 何なりと、御申しつけ下さいッ!!」



 真摯にそう仰って下さるの。 えっと…… そうは言われても…… あぁ、そうだ! 有るわ! 大切な事で、私の心配事が!



「ハンナさん。 一つ大事な事をお願いしたいの」

「はいッ!!」

「東に向かう…… マクシミリアン殿下に、情報を。 彼の覇業に必要な情報を伝えてあげて欲しいの」

「えっ? 何故? なぜ、マクシミリアン殿下なのです?」

「あの方が苦労されると、ウーノル殿下が御手伝いされるわ…… 表立っては出来ないから、陰から…… でも、そんな事をしてしまえば、更に戦乱は広がり、多くの命が失われるもの。 それに、後顧の憂いを取り除かないと、私の成すべき事が滞ってしまう。 ベネディクト=ベンスラ連合王国にも大きな決断となるわ。 でも、それでも、お願いしたいの」

「…………わたくしの一存では、この場で ” 諾 ” とえ、言えません。 ですが、ルフーラ殿下に、ご相談いたします。 説得も……」

「嬉しいわ。 ハンナさん。 エスカリーナ、貴女の言葉に百万の軍勢を得た気分です。 御力添え、有難うございます」




 しっかりと抱きしめられたまま、視線を合わせ頷かれるの。 


 コレで、何も憂う事は無くなったわ。 ハンナさんが、ルフーラ殿下にご相談すれば、きっと、” 諾 ” と仰って下さる。  ルフーラ殿下も ” 薬師リーナ ” には、大きな借りが有ると、仰っていたんですもの。




 だから……




 だから、私は、これで行ける。



 どんなルートを通るか……



 どんな立場で向かうか……



 誰と、御一緒になるのか……




 まだ、何も決まっていないけれど……











 私は、私の










 ―――――― 北の荒野へ、向かうの ――――――。









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