その日の空は蒼かった

北の荒地への道程

力への意思と、光への道 （７）

　一触即発とも云える、張り詰めた空気。



　そんな執務室の空気を一発で変えられ、更に大きくその雰囲気を掻き混ぜたのは、突然、王太子執務室に入室された、五人の方々の存在。　緊急時、先触れも無く、王太子府、それも執務室に乱入出来る権限を持つ方々。　王権とは別の権威をお持ち方々のご入室だったの。



「ウーノル王太子！　なにやら、精霊様のご意志に反する事が起こりつつあるようですなッ！！　精霊様が我らに伝えられた。　辺境の聖女を他国に出される可能性が有るとッ！　とんでも無い事に御座いますな。　聖なる方、辺境の聖女様を、その様な場に連れ出す事は、これ、精霊様のご意志を無視為さると同義。　いや、この王都に留め置く事さえ、御意思に叶わぬ。　北域……　いや、最低でも、西域の辺境に聖女リーナ様をお送り願いたい！！」



　うわぁ！　うわぁぁぁぁぁ！！　　聖堂教会の　”　戦闘神官《バトルクレリック》　”　の装束に身を包まれた、高位の聖職者の方々よッ！！　　さっき、デギンズ枢機卿を完膚なきまでに叩きのめした方々なのよッ！！　そんな方々が、私を名指しで……



　――――　それも、聖女だなんてッ！！



　一介の庶民の薬師になんて、尊称を付けて呼ばれるのよッ！！




　お声の主は……フォーバス＝ヅゥーイ＝デギンズ枢機卿。　ええ、そうよ、ハンナさんのお姉さまの伴侶の方。　パウレーロ猊下に特別にと、枢機卿として復帰された、セロト＝アレンティア大聖堂の大司教様なのよ……　

　彼の後ろには……、


　東部大管区の大聖堂から　カエラレウム大司教様、
　西部大管区の大聖堂から　ルボンテイゲス大司教様、
　南部大管区の大聖堂から　ズサーク大司教様、

　そして、

　北部大管区の大聖堂から　シワーヴェ大司教様が……



　そんな高位の……　”　神官長パパ　”　の尊称を受けられるべき御方達が、勢ぞろいされていたのよ……　漲る鮮烈で静謐とも云える空気に、執務室の中の方々は思わずといった感じで、首を垂れられたわ……


　えっと……　この方々に対しては……　私は、私は……　えっと……、『　跪拝　』した方がいいのかな？　なにせ、大司教様が揃い踏みなんだもの……


　デギンズ大司教様がお続けに成られるのよ……　それは、それは、神々しくも威厳たっぷりな御姿で……　ダクレール領の男爵様の御邸でお会いした時とは、ほんと、ほんとに……　別人なのよ……



「聖女リーナ殿は、紛れもなくファンダリア王国の民。　そして、その慈愛は広く辺境に知れ渡っております。　彼女の居られた南部辺境域では、その御業は余すところなく。　西域南部領域においてすら、その威光は届いております。　さらに、東部領域に於いては、東部大聖堂に属する幾多の教会に於いて、聖女リーナ様の御業により多くの者達が、命を繋げていた。　これほどの慈悲を示す事が出来る者はおりますまい。　そうで有りましょう？　ルボンテイゲス大司教、ズサーク大司教、カエラレウム大司教。　神官長パパパウレーロ猊下に、薬師リーナへの御願いは、”　止められて　”　おりました。　……が、既に、北部辺境域の一部は魔の支配下に没しております。　北の荒野と同じように……　そうで御座いましょう、シワーヴェ大司教……」




　浪々たるお声と御言葉が、執務室の中に広がるの。　神聖な方が、声に精霊様の息吹を伴い、そう仰れるの。　もうね……　言葉が出ないの。　だって……　私……　辺境では……　精霊様のお導きに従っていただけなのよ？　それを、そんなにも……　評価されていたなんてッ！


　　　――――　知らなかったわッ！！！！


　語り掛けられた、シワーヴェ大司教様が、かなり荒い口調で、御言葉を紡ぎ出されるの。　ええ、御怒りのご様子。　か、勘如、頂けるかしら？　大司教様の御怒りなんて……　精霊様に直に怒られるのとほぼ同義なのよ？　えぇぇぇぇ～～～～～




「そうだ……　北部辺境域は、多大なる危機に瀕している。　誠に、聖女様に於かれては、他の辺境に於いて、その慈愛に助けられた者達は非常に多いのだ……　振り返り、我が管区に於ける聖女様のご活動は……　甚だ僅少……　と云うよりも、無い！　　神官長パパパウレーロ猊下に於かれては、聖女様のご意志に沿うようにと、そう申し付かってはおった。　”　いずれは　”　と、希望して居った。　精霊様方の思召しを待ったおった。　パウが成す王都への召喚も飲んだ。　あの地を離れるのは甚だ心配ではあるが、一縷の希望も抱いておった。　よしんば、ダメだったとしても、此処王都に居られるのならば、せめて……　たとえ一言成りとも、北の現状をお知らせ致したいと……　だが、国外に向かわれるのだと？！？！　それだけは、それだけは、何としても御停めしたいッ！！　この精霊様の住まう……　御加護多きファンダリアの地より去られるのは、看過しえない。　我らが祈りを捧げる精霊様方も……　聖女様の行く先には気を揉んでおられるのだッ！！　ウーノル！　判るかッ！　この方をして、国外に向かわせしめば、この国の精霊様方にそっぽを向かれるぞッ！！」


　な……　なんだか大事に成ってきているのよ。　わ、わたし、知らないわよ……　こんな事に成っていたなんて。　只々、精霊様のお示しになった、病み傷付いた方々の助けとなるべく、暮らしていた辺境での生活が……　聖堂教会の四方大聖堂で……　こんな話に成っていたなんて……　ホントに、知らなかったのよ！

　困惑の表情が私の顔に浮かび上がっている筈よね……


　そんな私の表情をご覧になった、御重臣の方々。　中には、誰が国外に出すと云ったか！　って、御怒りのご様子も見受けられるのよ。　だ～か～ら～　私が言ったわけじゃ無いわよッ！！　ティカ様なんて、驚きに戸惑われた表情の御顔をされているんだよ？　王宮魔導院　特務局も、私を取り込もうと躍起になってるって、そう仰っていたし……　

　どうしたらいいの？　誰か……　何とか……　言って欲しいわ。　この場に集う、高位の方々もまた、固まったまま動きが取れない……

　三つ巴の真ん中に放り込まれ……　執務室に居られる方々の視線が私に集中しているのよ……　ティカ様……　そんな丸い目で私を見ないで……　アンソニー様……　縋る様な視線を私に向けないで……　ユーリ様……　キラキラした瞳で、どうして私を見るのよ……


　ウーノル殿下……　ちょっと、眼を閉じられ……　そして、再び開かれた瞳。　深い蒼い色に成っているの。　真っ直ぐに視線を私に向けられ……　深く、深く、何かを御考えに成っているの……

　そして、紡がれるのは……　確固たる意志を込めた言葉。


「薬師リーナ。　君を求める者は多い。　君の示した献身とその脅威の御業は、我らに希望を齎もたらしている。　助けられた者、助けを必要とする者。　そして……　精霊様方の意思をお持ちに成られた方々。　どの方々に対しても、その言葉に頷ける事柄は有る。　わたしが徒に、君に命令を下すのは、間違っているとも感じるのだ。　あぁ、君に何かを申し付けられるのは、ただ、精霊様のみ……　王都大聖堂『神官長パパ』パウレーロ猊下の御言葉にも有る。　君は君自身の道を決めるべきだと。　ならば、君は精霊様の御言葉を聞き、君が何を成そうとするか……　君自身が決める事を、私は望む。　よいか、皆の者」








　えっ、私の意思？




　丸投げなの？　




　そ、そんなぁぁぁぁぁぁ！！！




　口にするのは、叫び声に近い言葉。　上擦った私の声が、王太子執務室の中に響き渡ったの……







　「じ、時間を！　せ、精霊様にご相談する時間をくださいませ！！」