その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

力への意思と、光への道 (3)

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 ウーノル王太子殿下が、ゆったりと……


 そう、あくまでも、ゆったり、余裕のある感じで、ルフーラ殿下に問いかけられたの。 まだ、十五歳にも成っていらっしゃらないとは思えない位、王気を纏い堂々とされて…… その纏われる空気は、まるで、本物の ” 国王陛下 ” の王気と同様…… いえ、現国王ガングータス陛下よりも…… その…… 陛下らしいと云うか、何というか…… 



「ルフーラ殿。 御国ベネディクト=ペンスラ連合王国の御考えは?」



 ピリッ とした、空気が執務室に漲るの。 参集された方々の視線が、一斉にルフーラ殿下に向けられるわ。



「ウーノル殿、拙も同意いたします。 ……ハンナ、奏上申し上げなさい。 彼の国の実情と、情報から導かれた、予測。 そして、思惑をな」


 優し気な視線を、ハンナさんに向けたルフーラ殿下がそう、言われたの。 頷かれ、恭しく礼を差し出されたハンナさんが、言葉を紡がれたわ。


「ウーノル王太子殿下、並びに、ファンダリア王国重臣の方々に奏上いたします。 情報は…… 一つの未来、彼の国の統一聖堂の思惑を差し示しております。 野望とも云える物。 野望の果ては、” 神聖統一聖堂帝国 ” の樹立。 統一聖堂、法王猊下による、” 神様 ” による直接統治。 神官達の神聖不可侵は元より、その施政に意見する者は、全て神への反逆者となる世界の樹立に御座います」

「……馬鹿か、奴らは。 その考察の信憑性と、実現の可能性はどれ程であろうか?」

「一つの証左として、居留地の森への侵攻があげられます。 統一聖堂の獣人族への視線は、優しくは御座いません。 蔑視とも…… 人族より劣った者達との認識があります。 彼の国では、奴隷制度が御座いますが、獣人族に限り、奴隷からの解放は御座いません。 ただ、獣人族と云うだけで、人族より劣るからと、人族の所有物としてしか、その存在を許されていませんから。 よって、彼等の住まう居留地もまた、人族のモノで有ると、そう認識しており、兵力強化に伴う、人手不足を補うために、大量の奴隷を必要としたための侵攻…… と、云う事に成ります」

「……あ奴ら…… 獅子王陛下との ” お約束 ” を、反故にするか」

「はい、いにしえの約束事。 更に申せば、獣人族を奴隷とする事に関して、彼の国の所業をファンダリア王国、国王陛下は何も仰らない。 つまり、承認されているとそう、考えられております、殿下」

「それで、居留地の森は…… 蹂躙されるか?」


 その殿下の問いに応えらる人は、やはり、ハンナさん一人。 キラリと光る理知的な瞳。 情報を積極的に集められている彼女だから……。 判らなければ、その場に飛び込んでいくような、そんな彼女だから、彼女の言葉はとて、とても、重いのよ。


「いいえ、ウーノル王太子殿下。 獣人族は誇り高い民族です。 今まで、青息吐息だった生活が、潤いに満ちまして御座います。 後背地が出現して、その場所には人族は決して侵入できない ” 結界 ” が張られております。 その場を司る種族の頭領が、全ての種族の避難民を受け入れる事を宣しました。 よって、弱き者達。 女性、子供、老人の獣人族は、種族を問わず、皆その森に向かい、現在居留地の森に残っているのは、純粋な戦闘民族のみ。 居留地の森の ” すべて ” を戦場と化し、マグノリア王国軍の侵攻に対峙しております。 この方面で、マグノリアの思惑は思い通りには行きますまい。 すべては、 『』 の復活に在りました。 ええ、弱き者達は、あの『揺り籠』とも云える森の中で、安寧を得ております故、漢達は勇敢に勇猛に気高く戦えると、そう申されておりました」



 えッ? ブルシャトの森? 東部商業都市へーバリオンのほど近く…… あの、「穢れし森」が復活して生まれた、ブルシャトの森の事よね。 そ、そんな大変重要な位置に成っているんだ…… きっと…… そんな場所になったのは、バハムート王の思召しよね。 あの森は、バハムート王と、精霊様方の御加護がみなぎっているし、妖精族の方々の強固な守護結界で閉ざされて、人族は侵入すら叶わないもの……

 ドワイアル大公閣下が言葉を紡ぐの。 疑義が御有りなのかしら?
 


「詳細な情報ですね…… どこから、その情報を?」



 そうね、『眺訊ちょうじんの長き手』の首領たる、ドワイアル大公閣下が知り得ない情報が多分に含まれている物ね。 そんな貴重な情報を、何故ベネディクト=ペンスラ連合王国の王太子妃殿下がご存知なのか…… 気になるわよね。



「わたくし達の国は、商人の国。 ウーノル王太子殿下以下、御歴々の方々は、ご存知では無いでしょうが、辺境を歩く行商人の多くは獣人族の方々。 とても良い、商売相手なのです。 良き関係性を築き上げたのは、他ならぬルフーラ殿下に御座います。 上級王太子候補の試練に於いて、各地の獣人族行商人とも手を結ばれておられたのです。 彼等は、我がベネディクト=ペンスラ連合王国の良き朋なのです。 彼等は今も尚、『ブルシャトの森』へ入る事が許されているのです。 彼等を通じ、彼の地の事も伺い知れますわ。 商売の対価に情報を頂く事は、簡単に御座いましてよ?」

「……ドワイアル大公、だそうだ。 疑問は晴れたか?」

「御意に…… ウーノル王太子殿下。 まさか、これ程の情報網とは思いもよりませんでした」

「事、商いに関しては、情報が全てであると、ルフーラ殿もそう申されておられた。 更に、王太子妃殿はその情報の一括管理者であり、最良の分析官だと公言されておられる。 詳細情報を手にされているのも頷けるな。 さて、諸侯。 コレで ”  ” の在処が理解できたと思う。 さらに、その思惑も。 獣人族の者達が、居留地の森で徹底抗戦の意思を見せ、その戦を全うしようとすれば、彼の国の思惑も大きく外れような」


 ウーノル殿下は、暗く重い声を紡ぎ、そう皆様に語られるの。


「マグノリア北部に展開したマグノリア軍は、居留地の森での戦闘となる。 獣人族のモノ達は、戦闘力を保持した、組織された兵士達。 つまりは…… マグノリア王国軍に相応の出血を強いる。 となれば、増援を送らざるを得ない。 ニトルベイン卿。 マグノリアが何故、居留地の森に侵攻したのか、理由が理解できるか?」

「……獣人族の奴隷を集める為…… でしょうな」

「そうだ。 獣人族の居留地の森を犯し、多数の奴隷を得る為にな。 では、何故それほどの奴隷が必要となるか、理解出来ような、フルブラント卿」

「マグノリア国内で編成する、マグノリア王国軍の徴兵により、働き手が著しく減少するのが目に見えております故、その補充にと。 土台、あの国で、もともとあるニ十個師団の内、十五個師団を南方に、更に三十個師団を編成するなど、正気の沙汰では御座いますまい。 それこそ ” 根こそぎ ” の、動員を掛けねば成らない事でしょうな」


 妖しく、殿下の深い蒼い瞳に光が揺らぐの。 軽く頷かれ、そして、黒い笑みがその御顔に広がるの。




「マクシミリアンは、隣室に控えているな。 あぁ、マグノリアの公女、その側近も同席している筈。 此処へ」




 何かをお決めになった、そんな表情を伺いながら…… この、トンデモナイ状況に只々流されて行く私。


 本当に、この場に居て良いものなの?


 そんな疑問だけが湧き上がるの。


 ねぇ、誰か…… 誰か、何とか言ってよ。





   ―――― 私、身の置き所が無いんだからッ!!



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