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北の荒地への道程
力への意思と、光への道 (1)
しおりを挟む王太子府には、基本的に大きな執務室が幾つも連なる場所なの。
そんな中で一際大きな執務室に私は居るの。 ええ、壁際にね。 だってね、執務室の中の大きな執務机にウーノル王太子殿下が付かれているし、その周囲には、高位の…… いいえ、四大大公家の内、三公爵家の御当主様が居られるのよ。
国務大臣 ニトルベイン大公閣下。
外務大臣 ドワイアル大公閣下。
軍務大臣 フルブラント大公閣下。
の方々。 それも、立位でよ? あり得るの? 更には、その補佐に、宰相ノリステン公爵閣下と、財務の実質的な実務官で在らせられる、 財務寮 執行局アンソニー=テムロット=ミストラーベ伯爵、財務寮 調査局 リベロット=エイムソン=ミストラーベ宮廷伯爵の御兄弟が控えられていたの。
もう二方。
オンドルフ=ブルアート=ファンダリアーナ 第二王子
王太子府付き 法制局長 ミーテン=グレーテン=ニトルドライ 侯爵閣下
の、御姿も有ったわ。
いくら広い執務室とは言え、これだけの方々が詰められているのよ? とても息苦しく感じてしまうの。 その重圧感は、相当な物なのよ。 皆様が等しく口を閉ざし、ご使者の御口上の御入室を待っているの……
よく考えるとね、この方々がウーノル殿下のお側に立つというのは、王国規範から外れているわ。 だって、本来なら、この方々は国王ガングータス陛下の藩屏たる方々なんだもの。
更にね、おかしいことにね、ウーノル殿下のすぐ斜め後ろにロマンスティカ様がお立ちになっているの。 舞踏会様にドレスの胸に、燦然と輝くのは、王宮魔導院、特務局第三位魔術士の記章。 つまりは…… ウーノル殿下の最後の護りとして、此処にお立ちになっているのよ。
それで、私は…… 壁際に立っているけれど、立場は軍属の薬師としてではなく、王宮薬師院 調剤局 第八位の……
“ 薬師錬金術士 ”
の、立場としてなんだって。 ウーノル殿下の侍従長様がそう耳打ちして下さったの。 そうでなくては、この執務室に…… この錚々たる方々と一緒に ” 公式 ” に、海洋国家 ベネディクト=ペンスラ連合王国のご使者のご訪問を受けるこの場に居られないって…… ね。
つまりは、緊急のご報告に対し、今は御宸襟が乱れて大変な事に成っている、” ガングータス国王陛下 ” の名代として、この王太子府執務室において、ご使者のご報告を受けられる為なのよ。 本当だったら、「謁見の間」に通ってもらうのが筋なんだけれど、今の国王陛下の状態では無理だって、判断されてね……
あんな無茶な宣下をされて、支持されると思う方がおかしいわよね。
神官長パウレーロ猊下にまで、突き放されて…… 自失呆然に成っておいでになるって…… まぁ、あちらはデギンズ枢機卿とか、フローラル=ファル=ファンダリアーナ王妃殿下とかと一緒に、王宮の奥へと帰られたらしいわ。 また、何やらよからぬ思案をしようとしなければ、良いのだけれでもッ!
^^^^^^
コンコンコンコン とノックの音。
侍従長様が、ご使者の到着を告げられたわ。
皆様が執務室の扉を見詰めるの。
息を詰めて、私も扉が開くのを待ったのよ。
ゆっくりと、扉が開く。
まず御姿を現されたのが、ルフーラ殿下。 その後ろに控え、一緒に入室してこられたのが、男性の官吏の御姿をされた女性。 更にその後ろと横に控えられる、ルフーラ殿下の側近の方々。 一団となって、王太子府、王太子執務室に御入室されてたの。
ルフーラ殿下が向上を述べられるわ。
「ファンダリア王国、王太子 ウーノル殿下。 この様な夜分に、突然では御座いますが、緊急にお知らせせねばならぬ事態が生じました。 本国より、使者として罷り越しました者が御座いまして、拙が報告を受け、その事柄をお伝えするのが常道なのではありますが、その報を聞き、これは、直接、ファンダリアの御歴々に、言上仕る方が良いと判断いたしました。 この者、我が国屈指の情報解析官であり、上級王妃殿下と共に、拙が国の機密情報を一手に引き受ける者…… 拙が妻、ハンナ=ダクレール=グランディアント 上級王太子妃 です、お見知り置きを」
「ルフーラ殿。 御恩情痛み入る。 ハンナ上級王太子妃殿、よくぞ参られた。 本来ならば、御国の機密情報なのであろう? それを、通商条約に則り、我がファンダリアにも提供してもらえるとは、なんとも有難い。 重要な情報で在る事に違いないと鑑み、本来ならば、国王陛下の御前にての言上と致したかったのだが…… 事情はルフーラ殿ならばお判り頂けると確信している。 私一人では、十分では無いと鑑み、陛下の重臣を集めた。 時間を取らせ、申し訳ない」
「なんの、ご配慮に感謝申し上げる。 では…… ハンナ。 言上、申し上げなさい」
「はい、殿下。 では、ベネディクト=ペンスラ連合王国より、ファンダリア王国へ、緊急にして重大なお知らせを言上致します」
ハンナさん……
とても…… とても長い間、お逢いしてなかったけれど……
とても、お美しく成られたのね。 すでに一児の母だものね。 あの頃は違った感じになっているけど…… やっぱり、ハンナさんだったわ。 凛として、清楚で、慎ましやかで、でも、確固とした意志の光をその瞳に宿し…… 堂々たる王太子妃殿下に御成りになったのね…… なんだか、とっても…… 私の方が誇らしく成って来たわ。
ルフーラ殿下も、そのご側近の方々も、ハンナさんが ” 情報分析 ” に、於いて第一人者と云う事を認められているのね。 ルフーラ殿下の言葉に何も…… そう、何も不審を抱いた様な表情は浮かべて居られないんだもの。
固唾を飲んで、ハンナさんの言葉に耳を傾けるの…… 澄んだお声が、執務室に広がるわ。 そして、その報告に私は耳を疑ったの。
「本日未明。 マグノリア王国が北部国境より兵を進め、獣人族が居留地が森に侵攻を開始。 獣人族側も徹底抗戦の構えとなりました。 女性と子供たちは、” ブルシャトの森 ” へと避難し、十分に組織だった獣人族の軍勢との戦闘が居留地の森に於いて始まりました。 ……また、マグノリア本領に於いて、第二王家が掌握する商館を、接収。 事前の情報収集により、商館の者達は避難は終えて、現在はマグノリア南方より、海上に脱出済み。 その結果、マグノリア王家は、王国内に戒厳令が敷きました。 背後関係を分析調査致しましたところ、ある組織が浮かび上がります。 残置諜報員からの報告によりますと、予てより兆しありし、周辺国家への ” ファンダリア王国 獅子王陛下 ” が、ごとく『 武力侵攻 』を、決断したと、判断いたします。 まず、総兵力、十五個師団の軍勢が、王都南域にて集結中。 主たる侵攻目的地は、南部諸国連合。 そして、西部バーミリオン駐屯地に於いて、三十個師団相当の将兵の招集徴兵が認められ、その進軍方向は西方…… ファンダリア王国との国境と目されます」
驚愕と云うより、他ならない衝撃が、王太子府執務室を包み込む。
誰もが、絶句したわ…… でも、その中で、一人…… そう、たった一人…… 驚きもせず、ぼそりと…… 呟かれる ” 声 ” がしたのよ………… その声の主は、手を組み、その上に顎を載せ、剣呑な表情を浮かべる……
ウーノル王太子殿下だったの。
「……やはりな。 唆したのは、統一聖堂の法王か……」
「御意に……」
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