その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

そして…… 北の荒地へ (4)

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 握り込んだ拳が震える……




 静かに閉じたまぶたの下には、怒りに燃える私の黒い瞳が有るはず……

 そんな非道な事を聖堂騎士が主導で? まさか…… と、思おうとしても、それは…… 無理。 何故なら…… 以前、冒険者ギルドのお手伝いをした時に、迷宮の中で私を襲おうとした聖堂騎士が居たのだもの。 




 ―――― そう、あの腐った、聖堂騎士達の事。




 迷宮の魔物達に ” 処分 ” してもらったけれど…… 普通の人なら、庶民なら…… いいえ、たとえ貴族であっても、対処なんて出来ないわ。 わたしの場合は、たまたま、誰も見ていない迷宮の中だったし、命を落としてもおかしく無い状況だったら、不審には思われなくて、結局、あの後も聖堂教会からの接触は無かったから……




「リーナ殿……  あぁ…… 申し訳ない。 拙は、また…… やってしまったか…… 」




 私の様子に心を痛めたのは、ルフーラ殿下。 怒りに身体が震えだしている私を、気遣う様に、そうお声を掛けて下さった。 少し…… ほんの少し、自制を取り戻したの。 周囲を見回すだけの余裕が生まれたの。 ルフーラ殿下の後ろで、私を見詰めている二対の瞳が在ったの。

 執政府 第二席 最高評議会議員 エバンズ=ローレンセン侯爵様と、王国魔導官 第三席 ジェイ=ザウール=ゴメスティアン魔導師様の御二人が、やれやれって感じで、ルフーラ殿下と私を、ご覧に成っていらっしゃたのよ。


 私がここで、感情を爆発させる事は、非常にまずい事態を引き起こしてしまうのは自明の理。


 辛うじて抑えられた感情で、ルフーラ殿下の後ろのお二人を見ていたら…… 私の様子をじっくりをご覧に成っていたのが判ったの。 きっと、男爵領での私なら、こんな話を聞かされたら、考えるよりも先に行動に移していたから…… その事をよくお判りに成っていたって事ね。

 つまり…… 私が感情を爆発させ、なにかしようとしたら、抑えようと準備されていた……のよね。それだけ、以前の私の性格をよく把握されていたって事なのよね…… 恥ずかしい上に、本当に、申し訳ないわ。 

 ルフーラ殿下は、私に掛けられた気遣いを、ベローチェ様にも見せられたの。 真剣な表情と、優し気なお声で、彼女に語り掛けられたの。




「……ベローチェ嬢、北部領域の状況には、拙達も心を痛めております。 ファンダリア王国於いては、軍事行動などしている余裕は、御座いますまいに。 北部辺境域…… 特に、北限の国境沿いなどは、それはそれは、筆舌に尽くしがたい有様。 ……拙の手の者は、あの地にも居ります。 ええ、商売の為に事前に情報を収集する為ではありますが…… そこで集められる、” 情報 ” は…… 耳を覆いたくなる程の物です。 北部辺境域中部領域で、その惨状を何とかしようと、王国将兵、領の民達を支え続けている 『 高貴 』な血。 それが、シャルロッタ伯爵家。 その惨状を、王国中枢…… いいえ、王家の尊き方にお伝えする為に、ベローチェ嬢は、敢えてこの秋季大舞踏会に参加された…… のでしょう」




 滂沱の涙を流しがらも、頷かれるベローチェ様。 そうか…… そうなんだ…… 危機的な状況の故郷を後ろ髪引かれる思いで、この王都ファンダルに来られたんだ。 

 御兄弟が暴虐に傷つけられた上、領民が汚染の広がりと聖堂騎士の暴力に怯える毎日を送る、そんな故郷を後に、その状況を伝えに…… 決死の覚悟で来られたんだ。 不敬に問われる可能性もある。 いくら、アンネテーナ様の乳姉妹とはいえ、ウーノル王太子殿下に直訴すれば、ベローチェ様だけでなく、シャルロッタ伯爵家もただでは済まない…… 

 そんなことは百も承知で、王都に…… 王城に…… そして、この舞踏会に臨まれたのよね…… 彼女の滂沱の涙が雄弁にその事を物語っているもの。 涙で濡れた瞳を、ピタリとルフーラ殿下に据えて、言葉を紡ぐベローチェ様。




「畏れ多くも畏くも、ベネディクト=ペンスラ連合王国 ルフーラ=エミル=グランディアント上級王太子殿下に言上申し上げます…… 今更では御座いますが……」

「何なりと、ベローチェ嬢。 貴女が、その言葉を述べられると言う事は、公式にシャルロッタ伯爵家からの御言葉としてでしょうね」

「はい。 ご推察、誠に…… 殿下の御手の広さ、その目と耳の速さ、正確さは、広く世界中の国々に知れ渡っております。 現に北部領域の危機的状態も、そして、聖堂騎士達の非道の数々も…… ご存じに御座いましょう事、その御言葉から明らかに御座います。 それで…… もし…… 可能で有らば…… お力を…… 御力をお貸し願えませんでしょうか? 王太子ウーノル殿下の御耳に入れて頂けるだけで…… それだけで !!」




 真摯な表情のベローチェ様を、じっくりと見詰めていた、ルフーラ殿下。 思案されているのね。 ……あまり、許される事じゃないもの。  ファンダリア国内の貴族が、ファンダリア王国執政府に請願するべき内容であって……

 それを他国の上級王太子殿下が、ファンダリア王国の王太子殿下に告げる…… 

 内政干渉も疑われる、案件に成ってしまうのだもの。 通ればとても強力な、” 筋 ” の、請願…… でもね。 それでは、執政府が怒りだしてしまう事、間違い無いこと。 その事を、ルフーラ殿下も重々承知されているご様子。 それでも…… ルフーラ殿下は、言葉を紡がれるの。




「ベローチェ嬢。 申し出は、理解いたしました。 拙の立場では、直接的な言葉では、お伝え出来ない事では御座いますが、我が国の 『 国益 』 と絡め、状況のお話は出来ると、そう考えます。 ” まどろっこしい ” と、お感じに成られるとは思います。 拙もそう思いますが、こればかりは…… 済まない」

「い、いいえ!! そ、その、趣旨をお伝えして頂けるもッ!」





 ルフーラ殿下は、おもむろに私の方に目を向けられ、そして、声を抑えて仰ったの。





「……リーナ殿、その様に、怖い顔で睨まんで頂きたい。 リーナ殿も、お判り成っているのであろう? 拙が、その旨を直接的に、ウーノル殿下にお話してしまうと、どうなるか」

「……ルフーラ殿下。 判っております。 判っておりますが…… ベローチェ様の御心を思うと……」




 本当に難しい…… でも……


 なんとか…… 何とかしなくては……






 ミレニアム様も、尽力して下さっていると思うのだけれど、王太子府の壁は相当に厚いもの…… 











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