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北の荒地への道程
そして…… 北の荒地へ (3)
しおりを挟む慌てて、席を立ちあがり、他国の王族様に捧げる、カーテシーの姿勢を取るのよ。 ええ、二人でね。 その様子をご覧になった、ルフーラ様はにこやかに微笑みつつも、手を前に差し出し、振られるの。
王宮での手サインね。
” 必要ありません。 『直言の許可』も、差し上げる。 この場は 『私的な場所』 と、成します ”
と言外に仰られたのと同義。 そんな、滅多に見ない手サインを示されたのよ。 私は…… まぁ、理解できたけれど、ベローチェ様は王宮で使われる手サインなどご存じあろう筈は無く……
彼女は、しっかりと頭を下げ、視線も上げずに、カーテイシーの姿勢を保ってらしたの。 そう、ご自身よりも遥かに上位の貴族…… いいえ、王族様ですものね。 度胸がついているというか、王太子府にてウーノル王太子殿下と対峙する事が多い私は、ルフーラ殿下の手サインを確認して、その内容を彼女に、申し上げるの。
「ルフーラ上級王太子殿下に於かれましては、ベローチェ様の礼節ある態度を好ましくお思いに成られ、特別にこの場を ” 私的 ” な場所と、成されました。 寛大なる上級王太子殿下は、ベローチェ様に、特別の配慮として、直言の御許可も宣せられましたので、どうぞ、” 立礼を ” を、お解きくださいませ」
私がそういうと、目を丸くしながらも、ベローチェ様は私の言葉を信じて下さったの。 ゆっくりと頭を上げ、目の前に居る美青年な上級王太子殿下を仰ぎ見られたの。
ルフーラ殿下はと云うと…… 端正なお顔に、朗らかな笑顔が浮かんでいるの。 とても、柔らかく、私たちをご覧に成っていたの。 勘違いしそうな表情ね。 えっと、ベローチェ様? なんで、途端に、顔が真っ赤に染まるのよ……
この方、妻帯者様なのよ? この笑顔は、対外的な社交辞令の御顔よ? なんの感情も籠っていない…… 敵対はしないって、そう云う表情よ? それに、上級王太子殿下は、とっても、妃殿下を愛されている方なのよ?
それでも…… そんな、蕩けた様な表情になるの?
ちょっと、呆れた表情に成りつつあった私の耳朶に、渋く憂いを含んだお声が飛び込んできたの……
「殿下、その様に気安くすれば、ほら、御覧の通りで御座います。 お気をつけなされよと、あれほど、御忠告申し上げたというのに……」
ルフーラ殿下の傍らに立たれるのお二人は、 『 番頭さん と、機関長さん 』…… いえ、執政府 第二席 最高評議会議員 エバンズ=ローレンセン侯爵様と、王国魔導官 第三席 ジェイ=ザウール=ゴメスティアン魔導師様と申し上げた方が良いわよね。
渋い顔をされているのが、エバンズ様。 笑いを噛み殺したようなお顔で、若干……震えてらっしゃるのが、ジェイ様…… 相変わらずね…… まるで…… そう、「暁の水平線」での日々を送られていた時の様……
上級王太子殿下として、未来を担う方と成っても…… やはり、本質は変わりないのかもしれないわ。 とても、爽やかで、朗らかな方なんだもの。
「そうは言うが、薬師リーナ殿は、何も変わらんぞ? 拙の顔を見たところで、いつも通りと云うか…… あのダクレール領での日々そのままではないか?」
「殿下…… 薬師リーナ殿は特別に御座います。 そう、特別なのですよ。 あのリッカ上級王妃の御前で有ろうと、顔色一つ変えずにおられた方ですよ? 殿下では、太刀打ちできますまい」
「そ、そうは…… 言うがな…… これでも、拙は……」
口籠る、ルフーラ殿下にジェイ様が追い打ちを掛けられるの。 まぁ…… 私は、この方々の関係性を知っているから、驚きはしないけれど、他の方なら、ビックリはするわよね。 ほら…… ベローチェ様が口を半開きにして、驚いてらっしゃるわ。
「だから、そんな事、言っている場合では無いでしょうに! 判らんのですか? 殿下の顔は女性には強烈すぎる。 生まれた時から、女性に囲まれていた殿下には、とんと見当もつかない話であろうがな。 顔にでも、【魅了】の魔方陣仕込んでるのかって、王宮では噂の的だったのだぞ? 知らんとは言わせんよ?」
「い、いやしかし…… それは、拙のせいでは……」
「だから、気を付けろって、エバンズが常々、口にしておろうがッ! そんなんじゃ、ハンナ妃殿下に愛想をつかされてしまうぞ? 口差がない奴らは、殿下が港々に女を囲っているとか、なんとか…… 笑ってらしたけれど、結構気になさっている筈ぞ? 殿下が口でいくら、愛を囁かれようと、 ” 唯一 ” と、云われようと、そんな噂を妃殿下が ” お信じ ” 成られるやもしれん。 いや、既にそんな事に成っているやも…… しれんなぁ」
ニヤリと、頬が歪むジェイ様。 苦言として、一番心に突き刺さるのか、ルフーラ殿下の表情が歪む。 私? そりゃ、ハンナさんの味方よ? だから、剣呑な光を目に宿して、ルフーラ殿下を見詰めてあげたの。
「い、いや、だから…… 拙は…… 『 拙の心 』は、ハンナにのみあるのだ。 常々言っておろうがッ!」
「態度で示しなされ、態度でッ! 節操なく、愛想を振りまくのは、およしなさいと、あれほど、強く進言したではありませんかッ! 商いの常道とは言え、ご婦人、御令嬢に愛想を振りまくのは、程々にとッ!」
今度は、エバンズ様の追撃。 これで、ルフーラ殿下も撃沈ね。 ほら、口をモゴモゴさせておられるんだもの。 フッ…… フフフフッ……
変わられてないわ…… 本当に……
やっと気を取り直されたのか、真剣な面持ちで私たちを見詰めてこられたの。 この場は、ジェイ様が【防音】の魔方陣を紡ぎ出され、魔方陣内の会話は外には漏れなくなったの。
ルフーラ殿下が、私達に席に着くようにお勧めに成り、ご自身も…… そして、エバンズ様、ジェイ様も席にお着きに成ったわ。 極…… 私的な場として、この場を作られた…… ようね。
有難く……
テーブルに手を載せた、ルフーラ殿下。 私の顔と、ベローチェ様の顔を交互に見遣り、そして言葉を紡がれるの。
「ウオッホン…… それで…… なかなかに、北部情勢の真たるを 『 お話 』 の、ご様子でしたね。 我が国とは距離的に相当に離れておりますが、それでも、事、商いとなれば、情報の収集は怠りたくはない処。 拙の手の者も、彼の地にて情報の収集をしております。 流れ聞こえて来る処、シャルロッタ伯爵令嬢殿がお話に成られた事、こちらで把握している事実と相違ないかと」
私は、そんなルフーラ殿下の御言葉に、なにか引っかかるものを感じて、問い返してしまったの。 不敬ともとられかねない、そんな言葉でね。
「北部の荒野は…… それほどまでに疲弊し、状況は最悪とも云えますの? 上級王太子殿下は…… 別の何かを御存じなのでしょうか?」
「……シャルロッタ伯爵令嬢殿は、まだ、リーナ殿に、『 お話 』に、成っていない部分も御座いましょう? 北部領域における、” 奴隷売買 ” …… ファンダリア王国の国法にて禁じられている薬物の広がり…… 加担せし者達が…… 神聖で有るべき者達。 その名は……」
ベローチェ様が下に向いていた顔を毅然と上げ、ルフーラ殿下に言上されたの。
「そうでございます! 諸悪の根源たるはッ!!
―――― 聖堂騎士団の俗物共ッ!!
わたくしの朋も、闇に沈み、その行方すらわからぬままッ! 最北端のスクートム辺境伯令嬢もッ!! ブークリエ伯爵令嬢もッ!! 状況がここまで悪化する前は、友誼を結びし方々として、親しくさせて頂いていたというのにッ!!」
大粒の涙が、ベローチェ様の双眸から溢れ出し、滂沱となって頬を流れ落ちるの……
家名を……
そう、ベローチェ様が ” 朋 ” と、お呼びになった方々の家名を聞いて…… 私は愕然としたの。 スクートム辺境伯令嬢…… そして、ブークリエ伯爵令嬢……
それって、クレアさんと…… スフェラさんの事…… じゃないの?
彼女たちから聞き出した、北部辺境域から、あの山賊の巣までの様々な事柄に……
―――― 合致したのよ。
そして、それを成していたのが……
聖堂騎士?
―――――― ふざけるなッ! ――――――
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